第39話 ハリボテの船

砲撃だ!遠く海岸の方向からドオォォォンという発射音の後に近くの建物が吹っ飛び、地面が抉れる、飛び交う悲鳴と叫び声。再び、ドオォォォンと発射音、土塊が上から降ってくる。どうやら建物には当たらなかったらしい。

「全員、頭を低くして建物には近寄るな!」海尋ちゃんの声が聞こえるが着弾点が目の前の俺はどうすりゃいいんだ?その海尋ちゃんといえば、空の一点を見つめて立ち尽くしてる。

「おいカピターン!三射目がくるぞ!早く伏せろ!」俺が吠えたが、なんの反応もない。空の一点を見つめて呆然と立ち尽くしている。「何やってんだ!おいカピターン!」こっちがヤキモキする。あぁもう、俺が抱えて走るっきゃねぇか。と海尋ちゃんを見てうずうずしていると「大丈夫ですよマークスさん。あんな照準器のない目測射撃で、どうこうなるもんじゃぁありませんよ。それに次弾の装填にはもうちょっと時間がかかります」

お前ぇ自分が何いってんのか分かってんのか?次に着弾すんのは・・・

「おし!データ揃った!、クロンシュタット!54口径砲発射準備!目標!定遠の主砲!座標送る。・・・撃てーっ!」なんだ、何が起こった?突っ立てたかと思ったらいきなり射撃命令?

クロンシュタットって、俺達が乗ってきた船だろ?ここで叫んで聞こえるものかよ。

逡巡してると反対方向からドォォォン!とさっきの砲撃よりもデカイ音が聞こえて頭上を何かが猛スピードで通過した。衝撃波で辺りの建物が歪む。ドカァァァァァァンという音と共に鉄が鉄にぶつかって抉り込むような音がした。「集合、前進!」と手にひらひらと扇か?ありゃ扇を手に進軍を支持する海尋ちゃん。その姿には、軍神というか、神というか何かこう、神々しいものがあった。なんかもう全員海尋ちゃんを見る目が違う。福音もたらす神様か、それとも勝利を約束する戦神かって顔だ。自然と前進速度が上がってゆく。壁沿いだったのが、道のど真ん中をザッザッザッザッと小走りに近い速度でかけてゆく。目の前に煙をあげる船が見えてきた、もうすこし寄ると、船の乗組員たちは上を下への大騒ぎでどうやら火消しに右往左往しているらしい。よく見りゃ鉄の船だ、で思わず「へぇ〜鉄って燃えるんだ」と言っちまった。すると、海尋ちゃんがこちらを向き

「マークス、それとコーバック、ヌモイちょっとつき合って。残りは全周警戒。」

というと、俺たちは海尋ちゃんと一緒に燃えてる船の甲板に降り立った。泥臭い近接戦闘を繰り返し船体中央の甲板から一団体所の艦橋で、俺たちは目当ての人物の前に立つ。俺達の姿を見るやいなや、横についていた補佐の人間を俺たちに向かって突き飛ばし一目散に船の中えと逃げる。追いかけようとしたが海尋ちゃんに止められた。

迂闊に追いかけるなということか。

 ざっと周りを見回すと、取り立てて特に外傷は一箇所だけ、船体の大砲部分。砲門が市街地の方を向いたところで

斜めになってい燃えている。おそらくは砲門の直下船体から張り出した半円形の部分に直撃後があるから、着弾の衝撃で砲塔部分が上方向に持ち上がったのか半分傾いて、そこから炎が顔を覗かせている。騒がしいのはその辺りか。何やら人の声のような雑音が聞こえる。そして、ライフルを構え直して船の内部に入り込むと、ドアの向こうで物音がする。癇煩か?

マークス達四人が甲板に消えて石造りの港にライフル構えて突っ立っているが、船から降ろされた梯子のちょうど降り口あたりでライフルを構えている。逃げて来る者は殺せとのお達しだからだ。時たまザパーンと人間一人が海に落ちたような音がするが、放っておこう。近くの岸辺に辿り着いて、岸に上がろうとする奴を撃ち殺す。狙うところはどこでも良い。とにかく殺す。癇煩は殺す。根絶やしにする。その一念で引き金を引く。ここら一帯だって酷い有様だ。砲撃の衝撃で石造りの倉庫がひしゃげているし、木造の建物なんかは跡形もなく吹っ飛んでいる。馬も人間も吹っ飛ばされて滅茶苦茶だ。横倒しになって苦しみ嘶いている。トドメを刺してやるのが慈悲ってものか?


癇煩が一人、油臭い部屋で、腰をがっちり掴んで、女みたいな顔した、と言っても海尋ちゃんみたいな自然な顔でなく、化粧で誤魔化した女の顔だ。まだ年若い男の腰をがっちり掴んで仕切りに自分の腰を前後に動かしている。「負けるはずがない!俺たちは優等民族だ!誇り高い癇煩があんな劣った連中に負けるはずがないっ!最高だっ最高だっ俺たちは最高なんだっっ!うっ、射精るっぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

何やってんだコイツら。逃げ込んだ先で男のケツ犯してるなんて、どんな地獄絵図だよ。一刻も早くこいつらブチ殺して目の前の悪夢を終わらせてぇ。終わらせたのは海尋ちゃんだ。ライフルを一髪、尻を差し出す女の化粧をしたキモい野郎のこめかみに当てて、引き金を引いた。それまで俺達が見えて無かったのか、「ひいぃぃっ」と叫んで男の尻から後ろに下がる。男の尻から糞がついたチンポが抜けてクソが溢れおちると、癇煩野郎が「なんだぁ貴様らぁっ!」と威勢よく叫んだが、萎えて萎んだチンポ同様「うぐぐ」と唸って服に手を伸ばす。そこへ、海尋ちゃんが腰に蹴りを一発。蹴りを喰らって倒れる癇煩に銃を突きつけ、

「質問に答えろ。その間は生かしておいてやる。余計なことはしゃべるな」

なおも吠える癇煩に

「まずはこの船だ、この船はどうした、そしてライフルはどこで手に入れた」

それに対して

「この船は俺たちのだ、金日成が仕掛けた戦争で俺たちは長津湖〜〜38度線〜〜」


長いので要約すると、要するにこの兄ちゃんは独立戦争(朝鮮戦争)で敗走していたいわゆる韓国側の兵であり、釜山の港にあった定遠や戦車揚陸艦などを盗んで逃げたが、沖に出たところで大嵐に遭い、大嵐を抜けたら知らない土地に来ていた。らしい、米国人は皆殺にしてしまったが、その際に大量の武器弾薬を奪った、との事で、中でも秀でて一番優秀で教養のある自分が先頭に立ち、武器を売り込んで金を得て癇煩による癇煩のための癇煩からなる一大帝国をこの地に作るために武器を売る「死の商人」を気取った大馬鹿野郎だっちゅー事だ。


 それを聞いた海尋ちゃんは、静かにの怒りのオーラたなびかせて「自称」「死の商人」を睨みつけていた。プルプル震える体は今にも泣き崩れそうだ。ギリ、と奥歯を噛み締めて、

「マークスさん、全員でこの船の武器弾薬運び出しちゃって下さい。下の人にも声かけて・・・それでも足りないか」と言い、鞭を手にとる。

とりあえずいわれたれた通りに、甲板にパレットを敷いて、その上に武器弾と思わしきものを積み上げる。今の海尋ちゃんは突いたら弾けるカタバミの種のようだ。俺はあの癇煩の話はナ二が何やらさっぱりだが、金のために米兵?海兵隊?ってのを殺して船も武器も奪い取るために殺したというところはわかる。助けて貰って奪って殺すだなんて、あんまりだ。俺だって、彼らのために涙流したくなる。火事騒ぎで消化に動きまくっている奴らを捕まえて、武器庫の位置を吐かせた後で、下の奴らにも声をかけて木箱に入った武器弾薬をかき集める。海尋ちゃんが鞭を鳴らして、船の倉庫から全部でパレット15枚分はかき集めた。それを海尋ちゃんが手をかざして空中に浮かせて、陸地に降ろした。癇煩どもは全員ロープで繋いで、艦橋のマストに根元にくくりつけ、「自称」(死の商人)野郎も同じくマストの根元に括り付け、俺たちは船から降りた。降りるまで、「自称」(死の商人)が何やら喚いていたようだが、おしゃぶりでも咥えとけと海尋ちゃんが何やら咥えさせて船から降りると、ボンッという音ともに静かになった。

  

  「一応全部見回っておきますか」

騒動も治ったようなので、船の中身をぐるりと見て回る、まずは艦橋というか発令所。古い艦なので甲板中央が高く作られていて、その上に発令所がある。独立した部屋になっておらず、開けっぱなしの露天になって、どこからでも大海原が見える。見晴らしの良い展望台のようだ。そして、ブリッジの真正面、一段下がった所に15センチ速射砲が一門。展望台左右に中心をずらして配置された30.5センチ連装砲が2問。こいつで砲撃かましたわけだ、街中を。

右舷の大砲はクロンシュタットに直撃喰らって、一度持ち上がって、回転機から外れて傾いている。たしか定遠の装甲って錬鉄軟式複装甲だったよな、砲台のある右舷側の甲装甲が見事にブチ抜かれて・・・ちょっとまてよ、いくらなんでもヤワすぎないか?黄色い砲塔のカバーも木造に塗装しましたって感じだし。ハリボテのなんちゃって定遠か、この船。で、膨らむ疑念を解消するべく、エンジンを見に行ったらば、機関室に入る前に絶句した。まず汚い。廊下っちゅうか通路にゴミが散らばっている。飲みかけ、食いかけの酒やら皿やらが散乱し、歩く所のみ床が見えているような状態だ。そして、あたり一面に漂う臭気、人の汗やら油やら、テュルセルの癇煩の溜まり場のような不潔な匂いが充満している。花をつまむよりも先にマスクを装備した方がいい。僕の護衛についたマヌエルさんたちを下がらせて機関室に入ると、大きな四角いボイラーが鎮座していた。定遠の化けの皮が剥がれた。もう十分だ、さっさと外に出よう。こんな空気の悪いところにいたら服どころか僕自身にも匂いが移るというよりも「匂いに侵食」されそうだ。悪臭に耐えて、ハンモックだらけの廊下を進み、艦長室に来ると、扉を開けて中に入り、机の上を物色する。が、書類のようなものは何もなく、酒盛りと、セックスパーティの後が儲けられるだけだった。


「汚いなぁ、掃除って概念がないのかな。カッコ付けで置かれた本を手にとってパラパラとページをめくる。

「一番教養がある、か、本持ってたって読めなきゃしょうがないじゃない」

識字率はそんなに低くはないはずだ、とは言っても貴族階級とか比較的身分の高い人間に限るが癇煩には文字ってもんはないのか?いや、「半島の人間モドキ」にだ。軍人である程度上の

人間なら、読み書きくらいは」できるだろ、命令書とかのやり取りは口頭か?だとしたら証拠にならないから、と艦長机の周りを漁ると、大きな羊皮紙が丸めて応接セットの椅子の下に転がっっているのが目についた。しゃがみ込んで椅子の下に手を伸ばして・・・ヌルリとした感触が手に伝わり、「ぬるり?一体なんだこりゃ」と拾ってみれば、羊皮紙がぐちゃぐちゃに丸められており、広げると、真ん中あたりに黄色い大きな滲みがあった。

「なんだこりゃ?」

筒の先端に真ん中を当てがうように被せたようなシワのよりかたをしている羊皮紙には、こちらの文字で何やら書いてある。

「売買契約書?じゃないか!?」誰が、どこへ、何をしにここへ来たのか。ご丁寧に指名と発令元のサインがしてある。まだ受領のサインはない。

「こんな大事な書類をナニに使ってんだか」ヌイた後始末で拭いたのではなく、飛び散るのを懸念して被せて使ったのだろう。

「こんなの被せてしごいたのか?どういう趣味だよ」

そう言って、中心部に触らないように丸めて、書簡入れに入れようとしてやめる。とは言ってもこんな「えんがちょ」いつまでも持って歩くわけにもいかないだろう。当たりを適当に物色して、入れ物を探す。封筒なんてものはないから筒状のちょうどいいものなんぞという難易度の高い探し物になる。ちょうどA3くらいの大きな羊皮紙で、これを入れられる物は、そんな都合のいい物があるはずもなく、せめてバインダーでもあればと思う。大体こんなえんがちょ持ち歩くなんてご免だ。本心を言えば、さっさと燃やしたい。書いてある事は自分でも読めるのだが、読む気が起こらない。こんな半島人の精液で汚れた書類なんぞ後生大事に持っていられるか!あとは誰にこれらを売り捌くのか突き止められれば御の字だ。しかしこっそり商売しようとして、これだけの騒ぎ起こすなんて考えられないな。終わってるよな、半島人って。

  そんなことを考えながら、耐え難い悪臭から逃れて表に出ると、ヌモイとマークスが青い顔して待ち構えていた。なんでも地元の守護兵に囲まれたらしいのだが、責任者を出せとの事で、相当頭に血が登っているらしい。一応、ロレイン・サンダース卿の計らいで時間を引き延ばしてはいるが、そんな所へ遅れて顔を出したら苦情の嵐だな。まぁいいや。毅然とした態度で臨みましょ。

  と出た先には馬に乗ったいかにも指揮官らしき年配の口髭生やしたおっさんがサンダース卿とマークスさんを交えて話しているが、馬から降りないとはどうにも偉そうな感じだな。少なくともマークスさんはともかく帝国の近衛たる立場がははっきりしているサンダース卿の前でも馬上からの会話とか、相手は身分にこだわるようだ。あくまでも自分の方がこの場では立場が上ってことをアピールしたいのだろうか?

「お待たせしました、僕が責任者の鎭裡海尋です」

と差し障りのない挨拶をしたが、案の定無視された。どうにもここの人間は身分という物に

固執する傾向があるな、港湾管理事務所の・・・なんと言ったかライオネルも身分の上下に

拘りがあったな。そんなものなど一向に気にしないサンダース卿の方がよっぽど好感が持てるというものだ。一体何をごねているのか、馬上から唾を飛ばして捲し立てるオッサンを置き去りにしてマークスに尋ねると、

「この騒ぎの元凶、砲撃はなんだって事っすよ。んで、出た損害をどうするのか吠えてるんですよ」

ってな具合で簡潔かつ明確に現状を説明してくれた。

「おい貴様!私に許可なく口を開くな。なんだ、その小娘は」

(あ、バーカ、やっちゃったよ)サーベルを抜いて、マークスに突きつけた後、僕の顔にサーベルを突きつけようとしたが、サンダース卿のが速かった。

  僕はこの無礼な剣先をひん曲げてやろうとして、剣の先端をつまんだんだけど、サンダース卿はどこに剣を隠し持っていたのかと思う程の速さで右手を動かし、馬上の男の二の腕の真ん中を服ごとスパッと切り上げた。男は平然としているところから、切られたことに気づいていないらしい。切られた片腕は、僕が切先をつまんだサーベルの柄を放してボトリと馬の足元に落ちかけたが、僕が拾った。斬られた本人が気づくまで放っておこう。マークスの方はと言うと小銃の銃口を馬上の男にピタリと狙いを狙いを定めた状態で、「コイツやっちゃていいですか」と僕にアイコンタクトしてくる。当然「Het」《ニエット》、英語の「No」だ、なんだけど、「これ」どうしようかと両手に抱えた右腕を見る。そして、血がかからぬように一歩二歩後ろに下がる。サンダースさんが

「おい貴様、いい加減にしろよ。こちらは帝国近衛の司令官で黒札持ちの商人、そしてカシス様のご友人であらせられる鎭裡 海尋殿である、この騒ぎを沈静化させるためにわざわざヴァンクス宮よりお越し下さったのだ」

(・・・・そんな大袈裟な)

身分に拘る現場指揮官もどうかとは思うけど、効果覿面だったのが、「黒札持ち」ってところと、帝国近衛の司令官って事ろだろうが、僕は帝国近衛の司令官になった覚えはない。

「はっはっは、サンダース卿も冗談がお好きなようで」

と右手で何かリアクションしようとしたらしい、右手がないことに気がつくとそれまで手綱を握っていた左手を離し、右手を庇うように押さえ込む。「うわぁぁぁぁぁっ!」という悲鳴と一緒に馬が暴れ出し、振り落とされる。右手抱え込んで地べたを転げまわる指揮官が海尋の持っているそれが目に入ると、貴様あっ!返せぇぇぇっ!、それは私の右腕だぁぁぁっ!こっちに寄越せぇっ!」と必死の形相で苦悶の表情を浮かべて海尋に海尋に縋り付く。

「マークスさんもヌモイさんも銃おろしてください、一応は怪我人です。どうしましょうかねぇ、これ」と言いながら持ってる右手をプラプラさせる。

「早よせんと失血死だなぁ、でも下賤の手当なんぞ受けられないだろうなぁ」とわざと聞こえるように独り言る。

「気さまぁっ!、なんでもいいからその手を返せぇっ!返さんかぁっ!」

からかって遊ぶのも命がやばいとなればそんんなことやってる場合じゃねぇと

「クロンシュタット、お願い」と言うやいなや海尋の右手がバシン!カシャカシャガキン!と音を立てて一回り、ふた回り、巨大化して現場指揮官の胸ぐら掴んで、空高く、クロンシュタットの方向へとものすごい勢いで放り投げた。ドップラー効果で悲鳴の低音部分が聞き取りづらい。

唖然とした顔のまま

「いいのかね、少なくとも相手は現場指揮官で、軍属だから爵位はありそうだけど」

「何言ってるんですか、原因つくったのは貴方じゃないですか」

半ば笑いながらサンダースに応えると。抱える右手をまたもやクロンシュタットの方向にブン投げた。

「シズリ殿、・・・その腕は?」尋ねるサンダースに肘したから巨大化した腕を叩いて応える。

「戦闘用の義手です。僕は両手両足が義椀に義足なんです」にこやかにあっけらかんと答える。いっくらにこやかに答えられても、答えられた方はどんな顔をすりゃぁいいのかわからない。

  一方、クロンシュタットの方では、飛んできた人体を重力制御で立てたベッドで衝撃なく受け止めて、床に置き、手術室まで運ぶ。気丈にもギャンギャン吠えまくるが

「うるせぇよ」の一言と拳の一発で大人しくさせる。麻酔も何もあったもんじゃぁない。

そして、目の前に並ぶ銀のトレイに置かれた手術道具を見て恐怖が最大値になる。

  「しかし、見えない太刀筋、お見事でした」と海尋が言うと、

「何?貴殿私の剣が見えたのか??」すっげぇやばいって顔したサンダースに「ええまぁ」と曖昧に答えると

「ついてませんねぇ。かまいたちにやられるなんて、そう言うことにしときましょ、僕も腹立ったし、」

ますますわからなくなる。一体この少年はどんな生い立ちなのか。聖上様からは「朕の友達がそっち行くからよろしくな」としか仰せつかっていない。個人的にもこの少年に興味が湧いてきた。

「ま、これで一件落着かな。そちらの人はどうしますー?これ以上怪我人増やしてもしょうがないでしょう、ここらでお終りにしませんかー?」とこちらに向かってマスケットを構える守護隊に向けて声を投げると、両手をあげて交戦の意思がないことを表して、何人かが近づいてきた。マスケットは逆さまにして玉を抜いた後、傍に放り投げられた。

「撃つな!撃つな!そちらの言葉に従う!」そう言ってやってきたのは

「私はハンク・ボサロ港湾守備隊の隊長だ。あなた方はこの騒ぎを鎮めにきたんだろ?なら

こっちは争う気は全くない」

ハンクと名乗った男は海尋達の傍により、まずは右手を差し出した。真っ先にサンダース卿、そして海尋、それからマークス、ヌモイの順に握手を交わすと、まずは現状確認で、一度めの砲撃があってからだいぶ時間が経ってしまったが、まずは砲撃による住民の退避と住民の安全優先で避難誘導を行い、軍艦が相手では、戦力が心許ないと覚悟を決めたところで、砲撃の音がした方へ来てみれば、他所の軍隊が船に乗り込んでいた。といったところだった。

そして、改めて皇帝陛下の命により治安維持に駆けつけた事を説明した上で

「責任者の鎭裡海尋です」と名乗ると「なんの冗談だ、女の子が鉄砲持って指揮官とか冗談だろ」とサンダースさんの方を見る。

「おいおい、私は皇帝陛下の近衛だが、鎭裡殿とは別口だ。それに鎭裡殿の方が身分が上だ」

サンダース卿がそう言うと、ハンクと名乗った軍人さんは目を丸くして僕を見る。目を合わせた僕はとんでもなく驚いた顔をしていただろう。誰が誰より身分が上だって?おかしい、何かがおかしい。ここで反論しても、あれよあれよと口車に乗せられて僕の立場がとんでもないことになる。カンベンしてください。何せ現在進行形でマークスとヌモイを加えてサンダース卿がある事ない事ハンクさんに吹き込んでいる。どうなっちゃうんだろうか、僕の人物像。

  なんて心配は全くの無駄で、ハンクさんは実に話のわかる人物だった。マークスやヌモイの手前、敬称を略す訳にはいかないかマークス達に倣ってカピターンと呼ばせて欲しいと言うことになった。そんなに難しい発音なのか。僕の名前は?そしてほうとう砲塔が傾いた定遠の中を見たいとの事で、中に入ろうとした。悪いことは言わないからやめた方がいい、中の悪臭が酷いからと伝えると、自分たちは大丈夫だ。戦場の後始末は散々やらされたから腐臭にも慣れている。と言って再び定遠の甲板に来た。癇煩の体臭でここに来ただけでも酷い匂いだ。黄色く塗られた煙突を背ににマストに括り付けられた癇煩の群れを見て、ハンクさんは呆然としてサンダース卿は顰めっ面になった。

「こんだけの人数を10人足らずで制圧したのか、すごい練度だな」

「いえ、多少抵抗はありましたが、イキってるやつを殺せば大人しい物です」

そりゃ、マスケットじゃぁ、セミオートのライフルにゃぁどう足掻いても敵わないだろう。

しかも奇襲されたんじゃぁ反撃の手段なく一方的に言いなりになるしかないわな。

「ざっと200人ってところか」魚の餌にするにゃ多すぎるな。どうします」

「全員殺します」

僕がすっぱり答えると顔が引き攣るらせたマークスさんとサンダース卿が顔を見合わせる。

「何を言ってるんだ?そこまでやったら虐殺だぞ。その誹りを背負えるのか?」

サンダース卿が真剣に僕を止めようとする。

「そちらこそ何をおっっしゃってるんですか、癇煩一匹のために店とその従業員がとんでもない目に遭わされて死して、なおも侮辱されたんですよ。奴らは害虫や伝染病と同じだ、汚染されたくなければ一人たりとも逃さずに殺さなきゃ後々厄介な事になる」

実際に店舗の惨状を見た手前、何も言い返せないサンダース卿に背を向け、

「確かに死体を処理するのに一手間かかる。腹すかした猛獣がいるわけでもなし、穴掘って埋めるにも一手間かかかる。何か良いものは・・・」と考えていたらハンクさんとこの兵隊達がずどどどどっと定遠の中に入って行った。と思ったら、一人二人と口を抑えて環境のある甲板から階段を降りて海に身を乗り出して盛大に吐いた。

「隊長!悪臭がひどくて中なんて調べられる状態じゃぁありませんぜ」

と叫んでいる。賊扱いの船なので積荷は港湾守備隊の総取りになるとウキウキだったのが、もはや剥ぎ取る元気もない。すでに僕等が積荷は徴収してしまったので、目ぼしいものは何も残っていないのだが、それでも賊の略奪物は私物化が認められているので、まぁ向こうも前装式以外の銃が欲しいんだろうなー。流石に見るに見かねて

「もう何も残ってませんよー」と口を挟むついでに「銃ならこちらの見聞終わったらそちらに

お渡ししますから」と言ったら、手すりに手をかけたままがっくりと膝をお落としてにこやかに親指あげてどこか満足げにニカッと笑った。気持ちはわかるけど、運用方法がまるっきり違うから大変だぞ。まぁ、お陰様で、も一度見回り直す手間が省けたと省けたと思えば・・・それどころじゃぁないか。

  すでにパレットで下ろした木箱詰めのライフルをクロンシュタットに頼んで運ん貰い、僕等はテントを立てて怪我人の治療にあたった。その間。手の空いた者は瓦礫の片付けと、温かい食事を家を壊された人達に振る舞った。僕としてはどこの誰かもわからない状態がベストだったのだけれども、ハンクさんとサンダース卿がやたらと「カシス皇帝」を連呼したのと「鎭裡隊長」と声高々に会話してくれたおかげで、民衆の間に「皇帝陛下直属の部隊が救助に来てくれて癇煩どもを駆逐して下さった」なんて図式が出来上がり、「カシス様万歳!」とか唱える人が出てきた。そんで、ここからが問題なんだけど、僕はどうやらカシス様の縁者として精鋭舞台を任されているなんちゅうことになっているらしい、見た目が10代の少女なのは聖上様と同じサナリだからで、でなきゃあんなに綺麗な少女が、野郎ばかりの軍隊なんぞ引き連れてやってくるかよ、とかの想像力逞しい噂話がでっち上がった。

どうしてこうなった?


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