第10話 カチコミはダイナミック入城で

号令一発。統率の取れた機敏な動きで宙に浮かぶベッドに乗せられ、俺と空撃の怪我人が二つ目玉の横側から内部に運び込まれる。近くに来ると騒音も凄い。渓谷を削る激流のような風の音と重く唸る音。頭を潰された方は黒い光沢のある袋に入れられ硬い床に丁寧に横たえられる。続いてバンゴが黒い輪っかの付いた椅子に座らせられて運ばれてくると、何が何だかわからぬまま、腕に針を差し込まれ、針と透明な管を繋ぐ。管の先は透明な液体の入った透明な袋が吊るされていてその液体を管を通してバンゴに流し込んでいるようだ。バンゴの方は眠らされているのか、椅子の上でグタッとしている。二つ目玉の中はそれほど広くはなく、バンゴの所のリコ達雇人を載せたら少々キツイ。


いや、簡易ベッドに寝っ転がってる俺が言えた義理じゃないんだが、そこへ更にアレッサンドラが乗り込んできて、壁にかけてある耳当てのようなものを各自に配り「騒音がひどいので耳当てをお付けください」とこちらに向かって言うと、自分の耳当てを指して指で叩き、各自が耳当てをつけたのを確認すると、外へ出て入り口の扉を閉めた。


硬いベッドを通して背中に伝わる振動が激しくなって浮かび上がるのかと、「地面から離れる」恐怖心がつま先から頭までを一気に駆け上ってくる。どうこうできるわけでもなし、行きと同じように居眠りでもしてやろうかと考えた所で再び横の入り口が開くと、


「失礼、ヴァルキア兵の方はどちらでしょうか?」


鉄鏡で顔を覆った次女が尋ねてきたので横のベッドと床に置かれてる黒い袋だと伝えると両方が静かに宙に浮いて入り口の向こうへと雇人どもの頭の上を滑るように流れて行った。

よほど疲弊しているのか、バンゴの雇人たちはざわめきもせずその様子を見つめていた。椅子に座ったままのバンゴに至っては半分イビキかいて眠ってるようだ。クソッタレ、俺もこのまま眠りこけてやろうか。


 

「うおあうああああああああああっ!」

アリアッカの小屋に入った後、鼻をつく異臭に気分が悪くなり、薄荷頭メンソルヘッドに支えられて小屋の外の出た後、湧き上る脱力感と浮遊感に抗えず座り込んでしまったあたりからの記憶がない。両耳を覆う耳当てのせいで周囲の音が全く耳に入ってこない、どうやら柔らかい敷物に寝かされているようだが、背中から骨に響く地鳴りのような振動が伝わってくる。口元を覆う大きな盃からは無味無臭の弱い風が吹き出しており、徐々にぼやけた視界が鮮明になってくると、今自分が置かれている状況を理解して驚きと恐怖のあまりみっともない声をあげてしまった。


壁も床も見たことのないもので組み上げられた結構広い空洞に寝かされていて口元には透明な盃、剥き出しの腕には細い針が差し込まれ、頭上に吊られた透明な液体の入った透明な袋から透明な管を通して自分の体に透明な液体が一雫、一雫づつゆっくりと流れ込んでいる。周りには顔が鉄鏡で覆われた濃い青色々で揃いの服を着た怪しげな連中が手にした薄い板と繋がった冷たい金属を私の胸に押し当てては手元の四角い板を見て何事か話し合っている。そして私は一糸纏わぬ素っ裸だった。正確には肌触りの良い薄い布がかけられていたが、小さい金属を胸に当てているため貧相な胸を曝け出していた。


周りは私を隠すように背の低いカーテンで囲われているが、何をされているのか、ここがどこで、私の部下は何処にいるのか、そんなことで気が動転していると、カーテンの向こうから薄荷色の髪をしたこの世のものとは思えぬ美少女がひょこっと顔を覗かせた。美少女?確か男だったと聞いたが、ならば美少年だよな、混乱している頭が余計混乱する。が、私の本能が「男」に裸を見られたと判断し咄嗟に胸を隠して上半身を起こしてしまった。これでは背中も尻も丸見えではないか!

驚きのあまりつい反射的に叫んでしまった。


「おい、何か着るものを寄越せ。素っ裸じゃ落ち着かん」


前だけ隠してもしょうがないので掛けられていた布に包まるように首だけ出して要求あすると、


「捕虜の分際で厚かましい。その慎ましい胸くらい慎ましく振る舞えないものでしょうか」


とハッキリ聞こえる口調の落ち着いた大人の女の声で嫌味混じりのキツイ口撃を浴びせながら周りの鉄鏡と同じような蒼い服を着た長身の金髪女が畳まれた衣類を抱えてやってきた。


「「胸」以外はサイズが合うと思いますので大丈夫かと存じます。「胸」以外は」


やかましいわ!「胸」を強調するな!こちとら花も恥じらう乙女(処女)だぞ。男に毎晩揉まれまくりゃそんなにデカくなんのか?そうに違いない。金髪の侍女が指先をクィッと上に曲げると私を囲む背の低いカーテンが上に伸びて丁度私の背丈ほどになり周囲からは完全に見られなくなる。


「では失礼して」と金髪侍女が抱えている畳まれた衣類を広げると、カーテンの隙間から差し込まれた木製の衣装掛けに掛けられた。一本一本の糸が見たことのないを輝きを放つ真っ白な、やたらと腰のラインが体にぴったり張り付くような踝丈の服で、片側に大きな切れ込みが入った簡素ではあるが上品さと高級感を携えた、王室に献上でもすればかなりの領地を下賜されるであろう一品かもしれない。

衣装に見惚れている私を鉄鏡侍女の一人が立ち上がらせ、なすがままにあれよあれよと着付けられて、つま先から首周りまで体に密着したタイツのような磨かれた黒い金属調の服を着せられ、その上に先ほどの光沢のある白い服を着せられる。不思議なことに、私が着込むと、服の色が白から鮮やかな紫色に変化した。光のあたり加減で赤味を帯びたり青味を帯びたりと、実に不思議な生地だ。

領地どころか、この服巡って戦争起きても不思議ではない。ってーか、ってゆーかぁっ!

「すまんが侍女殿、とてもではないがこのような高価な服など汚してしまったらとてもじゃないが弁償できん。もっと下働き相応の服はないだろうか?」と尋ねると


「おやおや、アレッサンドラ(サーシャ)の報告では「くっ殺」もできない教育のなってないダメ女騎士と伺っておりましたがなかなかどうして、上等な服を着せればそれなりの芸はできるようですね、少々ですが好感度が上がりました。躾ければもうちょっと上等な芸が期待できそうではないですか、ほほほ」


と口元を手で隠して笑いつつ、かなり失礼な事抜かしよるわ、このアマ。


「あ、申し遅れました、私、北方方面遊撃艦隊、艦隊司令官鎭裡海尋様付侍女の強襲揚陸艦AIペレスヴェートと申します。主人共々お見知り置き下さいませ」


スラッと事務的に挨拶されると、こちらが返礼する間もなく「それではご開帳」と周りのカーテンが一斉に床に落ちる。それまで見えなかった周囲を見てまたも混乱しかけて後ろに倒れ込みそうになる。が、後ろ向きによろめき倒れ掛けた私を支えたのは金髪侍女の豊かな胸部だった。


クソクソクソッ。そこまで気にしている訳ではないが、体型的な劣等感と、この侍女の男は毎晩いい思いしてんだろうな〜と女としての敗北感から涙が出そうになる。

 

 気を取り直して周りを見ると本国地下に張り巡らされた遺跡に等しい先代文明の残した下水道よりも広く角が丸くなった四角いの空洞とそこにつながる半円状の空洞は生物の肋骨内側のようで、鉄の柱が規則正しく並び、側壁には弱い灯りが灯されている眩い程に明るいわけではないが、活動するには十分な灯りだ。側壁の行き詰まった所に扉のついた壁、仕切りがあり、その前であの忌々しい小屋の後ろにいた労役に連れてこられたヴァルキア人たちが毛布で身を覆って座り込んでいる。反対方向には白い巨石、石棺が置かれ、その先には迫り上がった床があり、両脇に渡し板が畳まれている。

その手前にある石棺のようなものの、中を覗いてみると、中に横たわっていたのは鎧を着たまんまのアリアッカだった、だが、その鎧の胸部は何でやったのか大きく深く凹んでいて、装甲板の縁が歪に捲れ上がっていた。これでは胸を潰されて即死だろう。


私の部下が二人ともこの下衆に一人は殺され、もう一人は重症を負わされたと聞き、やるせない気分になりはしたが、遺族への説明として兵士の勤めを果たした上での戦死と負傷であるただみっともなく殺されたのではないと、怪我人の方は現在治療中であると聞かされては少しは憂鬱な気分が薄れた。そんなことを考えながら石棺の前に立ち惚けていると、「お加減は良くなりましたか」

と落ちついた物腰の柔らかい声で性別不明の薄荷頭、いや、ここで薄荷頭メンソルヘッド

などと呼んでは周囲の鉄鏡にどんな仕打ちを受けるかわからんのでこの際発音など知った事かと「ミ、ミィロ、お前本当に男なのか?」などと視覚情報をそっくりそのまま口にしてしまった。だってなぁ、年齢はともかくどう見ても男にゃ見えない細っこい体に腹のあたりを幅広の布で巻き留めた前あわせの服は、首の後ろが大きく開いて細く白い首となだらかに下がる肩の付け根が見えて情欲そそる作りだし、胸下から腹のあたりを幅広で厚めの豪華な刺繍の入った布で巻いてるせいでやたら腰の細さが強調されて丸く包み込まれた小さな尻は垂れて平らな男の尻とは全くの別物だ。


「我が主人に見惚れるなどもっての外です、せめてアヘ顔ダブルピースの芸くらいは覚えてからにしてくださいな」


なんだその芸、こいつらは飼い犬にそんな言葉から想像も出来ない芸を仕込むのか?

「ま、我が主の嫋やかな所作に見惚れるのは田舎の小娘にしては大変良い審美眼をお持ちのようで、褒めて差し上げましょう」


貶されてるのか褒められてるのか。

「なぁ、ペレスヴェートさん、だったな、このご主人様は本当に男か?」


「なんと疑り深い。ここまでの美人が女の子なわけないでしょう。」

そう言ってミヒロの服の肩先をつまんで左右にひん剥いた。真っ白な肌に真っ平、いやほんの僅かに膨らみ始めた女の子のような胸が顕になると ペレスヴェート以下、鉄鏡の侍女達は揃って耳を塞いだ。


「っきゃあああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!」


と箱が震えるほど大声で叫んで両手で胸を隠してしゃがみ込んでしまった。


「な、、な、な、い・い・い一体何するんですか!もうっ!」


顔どころか耳の先まで真っ赤になってジト目涙目でペレスヴェートを睨みつける。が、ミヒロの絶叫以後、侍女たちを除いてヴァルキア民も私も空洞の中で宙に浮いている。正確に言えばこの空洞は乗り物か何かなのだろう。

全員が宙に浮かび閉じた扉に吸い付けられるように引き寄せられる。この感覚はコストゥルツィオーラから落ちる時の感覚に似ている。


空撃騎兵ならこの程度なんともないのだが、ヴァルキア民たちはパニックを起こし悲鳴と絶望と悲痛の叫びを上げる。が、それも束の間、体が床に押し付けられ、水平状態から緩やかな上昇へと変わってゆく。

 

「・・・箱が空を飛んでいるのか?」迫り上がった床の両端に四角い透明な板があり、そこから外の様子を見ると、かなりの高さを飛んでいる。景色が流れる速さも相当な速さだ。空撃騎兵が誇るコストゥルツィオーラではこんな高さをこんな速さで飛べない。すさささっとミヒロの後ろに回り込み、ガタガタ震えて笑ってる膝から伝わる震えを隠す事なく両肩をしっかりと掴んでヘタり込むのを堪え、


「お、おい、空を飛んでいるのか私達は!?」


「はい、そうですよ。ヴラハからヴァルキア王都に向けて飛行中です。いきなり服脱がされたんで操縦が途切れちゃいました。びっくりしました?」


「おやおや、空飛ぶトカゲを乗りこなす女騎士様は高い所が怖くて震えていらっしゃると?ほほほ」


このアマ、やっぱりコケにしてやがるな。反論すれば言葉尻捉えられてさらに追い討ちかけられるだろうからここは素直に認めておこう。


「空撃騎兵はせいぜい船のマスト一本分(大体甲板から40メートル位、海面からだと50メートル位)程度だし、尖って高さのある靴だから余計に不安定なんだよ!」


「だとすると大体60倍の高さですかね。速さで言えば4倍程度ですが」

冗談じゃない!落下防止にコストゥルツィオーラの|鐙と腰帯をロープで繋いでいるが、それでも訓練、実戦での落下による死亡はある。現に昨日の昼に死にぬかと思った。


「ヴァルキアの近くまで来ましたので、案内をお願いします」と背中を押されて操縦室というところに連れられてきた。誰も座っていない正面を向いた椅子が四つと壁を向いた椅子が一つ。そして前方には透明な板が3枚、その横に透明な板が一枚づつ。椅子の前には丸い透明な板の中に文字が書かれた中で針が忙しなく動いている。椅子と椅子の間に黒くて丸い摘みとレバーのようなもの椅子の正面には黒い板の中を文字のようなものが絶えず移り変わって現れては消え。消えては現れている。


 何が何だか、理解の範疇を超えて三度目の卒倒をしそうになったが、椅子に掴まってなんとか堪えると、そのまま椅子の前に回って座るよう促される。ただ、くれぐれも動かせそうな物には触らないようにと念を押されてのことだ。正面にはヴァルキアの市街地、石造りの家屋に薄い板状に割った灰色の粘板岩を重ねた屋根がヴァルキアの街並みでのその上空だと分かるのだが、まぁ、かなりごちゃごちゃしているので辻角に架けられている通りの名前が書かれた看板が見えるで無し、何処が何処やら、目立つような大きな建築物といえばオウフラス教の大聖堂なのだが、前方にその姿は見えず、遠くがぼんやりと霞んで建物かどうかもわからない。目にみえる範囲にないということは行きすぎたのかもしれない。こうも高い所からだと全く違った景色に見えてさっぱりわからん。


「なぁ、もう少し低く飛べないか?それと後ろが見たい」


「はーい、ちょっと待ってくださいねー」とミヒロが隣の席に座り、足元から生える杖の握りを掴み

я контролирую I have controlと呪文らしきものを唱えると、特に何が変わるわけでもなく、空飛ぶ乗り物が大きく右回りの旋回を始めた。


どうやらこの乗り物をミヒロが操っているようだ。ミヒロが操舵するに倣って私の足元から生える杖の握りも同じように動き始める。街並みの上を大きく旋回する様を見ながら、大きく開いた十字形の焼け落ちた廃墟の群れが目に入り、位置関係の見当がついた。

「左だ、左に舵を取ってくれ、大体の方向はそれであってるはずだ」


「左ね、りょーかーい」


右旋回で傾いた姿勢を水平に落ち着けてから左方向に傾いて旋回、進行方向を左方向へ向ける


「なんだまどろっこしいな、こうグワーッと行かないのか」


手首を左に傾けて急速に右方向に切り返す仕草で「グワーっ」を表現すると、

「後ろに人が乗っております。急激な動きは混乱を招きます。そのような乱暴な軌道は優雅ではありません」


侍女に怒られた。

見物人がいるわけでもなしと下方を見ると、通りや窓から上を見上げて呆然としている人だかりがあちこちに見える。表情まではわからないのでなんとも言えないが、帽子を押さえ、こちらを指差し慌てふためいて逃げ惑う者の姿も見える。すでに陽は頂上近く、密集した家屋の屋根を滑るように動くこちらの落とす影が巨大な魚のように見えた。

 家屋が疎になり、畑も見えなくなると、柵で囲まれた牧草地帯に入る。


「牛はいるけど羊はいないんだ。となると羊毛なんかは輸入かな」


と見たまんまの感想をミヒロが口にする。


「いるにはいるが、牧畜業が育たないんだ。昔は織物が盛んだったんだが、綿の輸入が盛んになってそちらに市場が傾いたんだ、おかげで羊を育成する牧場主が減ったんだ・・・そういえば「青札」だったか・・・商人?・・・ただの商人がこんなケッタイなもの乗り回すのか!?空飛ぶ乗り物なんて聞いた事ないぞ!」


「ですよね〜〜」


となんとも気の抜けた返事を返され言葉を失う。帆も櫂も使わず水の上を走る船に空を飛ぶ箱、大勢の侍女に見たことのない生地の服、こいつは本当に一体何者なんだろうか。

 

 いつか正体を暴いてやろうと考えながら透明な板の向こうに視線を向けると、数本の白い煙が地表近くにたなびき、見覚えのある建物が見えてきた。革細工職人の集落を超え、荒地を流れる三本の河を超えると強固な市壁を飛び越え、灰白色の壁と素焼きの粘土で作られた薄赤い屋根の街並みが猛烈な勢いで下方を流れてゆく。ここまでくれば流石に分かるか。小高い丘に立ち、広葉樹の植え込みの向こうに白い壁と青い屋根の一際大きな建物が鎮座ましますその場こそ、我がヴァルキア王都の中心。強固な壁で囲まれたギュネイ・ウォスハント城塞がある。城の周りは濠に囲まれ、複雑な地形を作り、城塞内に設けられた道は所々が壁で阻まれ上から見る分あからさまな城攻めからの防御を固めた城であると改めて認識させられる。その中央に青い屋根と白い壁のヴァルキア王が住まう城があり、城正面の広い庭園に大勢の兵士と事務方の小官どもが自分の仕事をほっぽり出して、見物人が集まり、こちらを指差し、警備の兵士どもが弓をつがえ、お飾りの攻城兵器(バリスタや投石機)までこちらに矢先を向けている。


冗談じゃない!ここまできて落とされてはたまったもんじゃない!そう言えば、何しにここまできたんだろうか、この薄荷頭は?今更だけど。いや、だって珍しくって、空飛ぶのが楽しくって、薄荷頭の微かな甘い匂いが心地良くって・・・、なんかもうどーでもいいやって・・・。

 

 わらわらと集まってくる兵士や下働きの群れを見ながら

「結構少ないな、でも遠ざけるには十分か」と言うや席を立ち後方へ向かった。誰も操舵していないのにこの箱は城の上に滞空を続けていたのだが、スーっと静かに横滑りするように動き、濠を超えた隣にあるもう一つのこじんまりした明るい緑色の屋根と透明な壁の庭園を持つ城、マトリカ・ヴァンクス城の真上でとまった。箱の上から下を見下ろす私の顔から一気に血の気が引いた。何をするのか知らんが、「ここ」だけはマズイ!ヴァルキアが「帝国」を称していた頃の残滓、歴代ヴァルキア王を傀儡の如く顎の下で使い、たった一人で国をも陥す古代の危険廃棄物、あやかしの王、死か服従かを迫る魔神。遥か大昔の我が祖先。の住まう居城マトリカ・ヴァンクス城、その城主『ハーメット・ネフ・カシス』言葉を交わせば魂引っこ抜かれるとか、気に食わない役人の素っ首を手刀で跳ね飛ばすとか、反乱起こした役人兵士丸ごとまとめて一気に躊躇なく苛烈に無慈悲に言葉通り握り潰したヴァルキアの女帝。


座り込んでいるヴァルキア民を踵が針のようにとんがった慣れない靴で掻き分け最短距離で取るものも取らず迫り上がった床が下方に開き、その前に置かれた石棺に足をかけたミヒロに駆け寄る「やめろ!考え直せ!この「石棺」落とすんじゃないだろうな!?やめろ!絶対やるな!今すぐ止めろ!とにかく止めろ!」この下には悪鬼羅刹が住んでるんだ!」

肩を掴んで揺さぶり、それでもしっかりと切れ長の翠色の瞳を見据え、説得にもならない「止めろ」の連呼するしか言葉が思いつかない。


側から見たら顔面蒼白で少女に掴みよる変質者にしか見ないだろうな。それでも構わん。マジでヴァルキアが滅ぶかもしれないんだ。

ヴァルキアだけで済めば恩の字か?必死の訴えもこの薄荷頭に届かないらしい。

「石棺?力加減間違えて底にヒビ入った浴槽ですよ、これ。」

「ああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

それまでの切羽詰まったって声でなく、肺から抜けるような間抜けな声を出してズルズルとその場に座り込んでしまった。絶望しかない。そうじゃない、そうじゃないんだよ、今すぐ扉を閉めて、せめて広場に下ろしてくれ。そう願うのも儚く、体にのしかかるような圧迫感を感じつつ空飛ぶ箱は上昇を始めた。

本っ当に察し悪いなコイツ。


「さて、それじゃぁカチコミ行きまっしょっか」「やめてくれえええぇぇぇっ!」


ペタリと座り込んだ私に目もくれず、

足をかけていた石棺、いや浴槽?を思いっきり蹴落とした。

終わった。さらばヴァルキア、さよなら世界。

 

蹴落とした浴槽に続き、蹴落とした本人も川遊びの子供のように二、三歩歩いて開いた扉の向こうへ飛び降りる。それに続いて鉄鏡の次女が数名、それぞれの得物を小脇に抱えて「ypaaaa!(ウラーーーーッ!)とさも楽しそうに飛び込んで行った。どいつもこいつも狂ってやがる。自殺すんならもっと他に方法あるだろ。地上に向けて開いた扉に次々飛び込んでゆく蒼い侍女を見送り、座り込んで茫然自失としている私の首根っこを掴み

「証人が行かないでどうします?」とヴィータと呼ばれていた長身金髪の次女が私を扉の向こうへ放り投げた。


「うああああああああああああああああああああああっ!!!!」


素っ頓狂な叫び声と共に落下する私の後ろから


「ご安心を。重力制御でそっと下ろします」


侍女の声がする。

すでに大穴が開いた屋根の上、ふわり、またふわりと鉄鏡の侍女が綺麗に優雅に降り立ち、さらに屋根の穴へと飛び降りる。穴の底には一番乗りで屋根と二階の床ブチ破って一階の床に半分埋まっている浴槽の中のアリアッカを足で踏み押さえているミヒロと、その周りを囲んで得物の先を部屋の入り口や窓の向こうに向けて立ち膝で鉄鏡の侍女、少し遅れて浴槽の横に降り立つ長身金髪侍女と座り込んだ格好のまま倒壊しかけている床に置かれる私。


白い壁に磨き抜かれた白石の床、部屋の長さいっぱいのへし折れた長テーブル。

確か客を招いての食堂で、上の部屋は客間だったはずだ。人がいなくて良かった。


いいかげん古い建物なのだろう床や屋根の木材が腐食してボロボロと崩れてくる中、ドドドドドッと城を揺るがす猛烈な勢いで近づいてくる駆け足の音。部屋の入り口に現れた警備兵の物々しい音など微風程度に感じさせる。抜き身の剣を構え、包囲するようにジリジリと近づいてくる警備兵をあっさりと薙ぎ倒し、もの凄い勢いで勢いで現れたそれは、緊急事態に焦り緊迫した表情ではなく、サーカス芸人の正面に座る無邪気な子供のような笑顔で部屋に突入してきた。咄嗟に顔を背けて目があわないようにしたが間に合わなかった。

「あらああらあらあら、私の居城にダイナミック入場かます愉快なクソ野郎はどんな奴かと面拝みにきたら

そこにいるのはリルちゃんじゃなぁ〜〜〜い。元気ぃ〜〜。ちゃんと食べてる〜〜〜。いい男作っていいセックスしてるぅ〜〜?」それ以上喋るな、口を開くな、今すぐ回れ右して寝床へ帰れ。なんなんだよ、この状況。なんとかしてくれと絶望混じりの涙目でミヒロを見上げれば、耳をつんざく黄色い叫声『きゃあああああああーーーーーーーーーっっ!!!」

「なになに、リルちゃんの男?うそやだ、飼ってるイケメン共が汚物に見える!何何!この子男の子、いや男の娘!初めて見た濡れる滴る溢れ出す。リルちゃんてばいい趣味してるわぁ〜〜っ、さっすが私の血族。めっさ美人の男の娘なんてファンタジーの生き物か尚且つレディースコミックのドS美少年なんて」タメにタメて「最っっっ高じゃないのよおおおおおおおおおっ!!!」といい放ちやがった。「いやん、リルちゃんのえっちぃ〜〜〜。血は争えないわねぇ〜〜〜〜」頬に両手を添えてクネクネ悶えながらなおも続ける遥か彼方のご先祖様。

「失礼ですが、僕はリルさんの男でもありませんしドSでもありません。あなたがヴァルキアの一番偉い人でしょうか?」

おい待て、その口ぶり、知らずに屋根と天井ブチ抜いたんかぁーーーっい!!!

救いのないこの状況に失望と絶望、諦めの感情が私の口から

「くっ 殺せ いっそこの場で殺してくれ」とこぼれ出た。そうか、これが「くっころ」かと要らぬ理解が咲いたところで

「おのれそこな美人の男の娘ちゃん!ナチュラルに我が子孫に「くっころ」させるとは、おぬし出来るな、気に入った!名を名乗る事を許す!あっそ〜れ「貴方のお名前何てぇの〜〜♪」とオペラ調で歌いながらどこから取り出したのか数珠を通した細い棒を黒い細技で囲った楽器?のようなものをチャッチャカチャカ鳴らして音頭を取って囃子出す我が祖先。


「恐れ入りますがその芸(算盤を楽器として使う事)は特許に反します」


と次女が冷たくあしらうも


「突然の訪問(ダイナミック入城)誠に失礼致します。僕はテュルセルの青札商人で鎭裡海尋(シズリミヒロ)と申します」


この状況で臆さず怯まず一歩も引かず眉も細めず石棺の横に飛び降りてド正面から平然と返す。コイツのキモはどれだけ座ってんだか。


「なにぶん極東のさらに東の果てよりの田舎者ですので無作法のほどは何卒ご容赦下さいませ。それとこちら、ささやかなものでは御座いますがお口に合えば幸いに御座います」


「ご容赦下さいませ」の後、なんとも上品な仕草で膝を揃え、裾を織り込むようにその場に座ると

背筋を伸ばして後ろ腰に手を回し四角い包みを取り出すと、両手を添えてつつつと差し出して

「どうぞよろしくお願い致します」と膝の前で指をついて座ったまま深々と頭を下げた」

その所作のなんと見事な事か。異国の慣習などわからぬが、実は相当高貴な身分なのではないかと

思わせる流れるように美しい一連の動きは礼儀として一分の隙のない動きだった。それにあわせて周りの次女たちも直立不動で深々と頭を下げる。膝をついて頭を下げないのはこの隙を狙われる事を踏まえて用心のためだろう。

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