第11話 再びの老舗和菓子。そして褒賞
第11話
「これは大変ご丁寧な挨拶痛み入ります。と同じ様式で膝をついて腰から頭を曲げて返礼をすると
ミヒロの差し出した包みに手をかける。
「あらまあ、榮太郎本舗。とすると中身は・・・うふ。うふふふふふふふふふふふふふふ。失礼。ではお話を伺いましょうか」
一体なんの儀式だったんだ?狐と狸が腹の探り合いしてるようには見えなかったが。
「と、その前に、ミヒロちゃん、ちょっとそこのオネーサン達にその辺片付けてお茶の支度してくれるように言ってもらえないかしら。人目が来ない方がいいでしょう」
「御意に」「ヴィータ」
区切って言うと、人差し指と中指を合わせて空中えくるっと回す。
一緒に降りてきた他の鉄鏡5名の中で紫髪で背の高い二人が周囲を警戒しつつ、同じくらいの背丈の3人がぱぱぱっと崩落して崩れた木片やら石材をどかして、壁際のへし折れていないテーブルを整え、床にめり込んだ浴槽を床に立て、テーブルから中身がよく見えるように配置した。おとなしくなったヴァルキア女帝ハーメット・ネフ・カシスに対してミヒロと私が向かい合うように用意された座席、すぐ横でヴィータがお茶の支度をしている。このヴィータと呼ばれる侍女が侍女頭のようだ。底が一段上がった底に椀が乗ったような形をしている、ティーカップというより素朴な作りの木碗のようだが、ゴツゴツして窪みの荒い表面は艶と滲みのある塗料で塗られ、カップを置く皿は磨き上げられたように艶のある朱色で中心周りが少々窪んでいる。私の前にも置かれたが、三つとも一見同じように見えるが表面の荒さや塗装が異なっていた。
そこへ先程ミヒロが渡した包の中身が一つづつ朱塗りの皿に乗せられて配膳される。
「さて、朕が現ヴァルキア女帝ハーメット・ネフ・カシスである。本日は何用でわが居城まで参った?そこの置物は辺境ヴァンダル家のアリアッカじゃな。見るも見下げた無様を晒しよって、此奴の断罪かえ?」
目はしっかりとミヒロを見ているが、手元はわしゃわしゃと菓子?の包みを剥がしている。
「単刀直入に申し上げます」ときっぱり返す。
「フリストス同盟加盟港湾都市テュルセルの材木商バンゴ・ブリザットがヴラハにて貴国の軍人に拉致され、身代金を要求されました。友人である一等航海士のモイチに協力して材木商人の救出にヴラハに出向きました所、現地にてヴァルキアの罪人を労働力として材木の密伐採を行なっているとの情報だったのですが、
罪人であるはずの彼らの手はゴツゴツしてふしくれだった職人の手で罪人の手には見えませんでした。それと、彼らを一堂に集め野宿させている場所で黒い油染みを見たのです。
臭いからして内燃機関の燃料ではないかと思い、拠点の山小屋を探索しようとしたところ、想定外の刺激性溶剤の臭気にこちらのリル・リーメイザース空撃騎兵隊長が急性中毒を起こしまして。
僕が責任者であるこの下衆を殺してしまったので尋問できず、問題点の審議とこの下衆を改造したのはこちらの技術なのでしょうかと確かめに参った次第に御座います」
「つまりは我がヴァルキアに我々以外の勢力が侵食しており、そ奴らに誑かされた阿呆どもが朕の許しなく他国に侵入し、その資源を横取りしている。と、しかして、「改造」とはなんじゃ?確かに2倍近い背丈は不自然じゃ・・うぇっ、ゲホッ、ゲホゲホ。失礼。堅っ苦しいのは苦手だわ。軽い口調でいいかしら?」
「聖上様のご随意に」
「ありがとう。感謝のキスしたい気分だわ。で、この下衆、改造っちゅーけど、ちょっと体のデカいウスら木偶ちゃうの?」
「ご気分を害すかと存じますが証明のためこの場での解体をお許し頂けますか?もしくは
リーメイザース隊長に立会人となって」
「いや、良い良い。チャチャっとやってちょうだい。それより、はーちゃんとか、なんならカシスおねーちゃんとか呼んでくれるとおねーちゃん嬉しいな」
と女帝ハーメット・ネフ・カシスが口走った瞬間、その場の空気が凍った、というか割れた。
「聖上様、お戯れも程々に。家臣の密偵がどこで耳を立てているやも知れません」
険しい顔でミヒロが咎めると少し黙り込んだ後、
あっちゃー、と気まずい顔で傍に控えているヴィータを手招きで呼ぶと、
「次女さん次女さん、私もしかして地雷踏んだ?踏み抜いた??」
「ええ、それはもうこれ以上はないほどクリティカルに場外乱闘ホームラン級のブチ抜き具合に御座います」
と頭を伏せながら答えると、今度は私に向かって涙目で「なんで教えなかった」と非難の目を向けてきた。そんなん知らんわ。そして目の前の女帝のこんな姿も知らんわ。
飼育箱の隅っこで完全に怯え切った一匹の小動物だ。てっきり拝むように両手を合わせてごめんなさいするかと思えば口調を戻して
「許せ、其方の事情は知らぬ故」と重く硬い口調で謝罪した。
「いえ、あくまでもコチラの事情ですのでどうぞお気になさらず。『ハーメットお姉ちゃん』」
「ブゥオォッフゥオオウ!」目の前でヴァルキア女帝が鼻水とばして咽せ出した。
私は私で笑いを堪えるのに必死で前歯で軽くで舌先を噛む。まさかそう返すとは。侍女が女帝の鼻水と吹き出した唾を拭いてるし。子供の頃から何かと目をかけて頂いて何度も
お目通りしているがこんな姿は初めて見る。威厳溢れる女帝として常に毅然とした態度だったのが、そこら辺の世話好きなねーちゃんにしか見えん。
「ふむ。まず、拉致強制労働ヴァルキア民だが、それぞれ事情を聞いた上で私の責任において元の集落なり街なり、に戻そう。もちろん
次にヴラハだが、迷惑をかけた事の謝罪と賠償は私の名義で行う。材木商のバンゴ殿とそのご家族、雇人も同じだ。特に材木商殿には他よりも一層篤く詫びを入れるとしよう。負傷した航海士殿も同じじゃな。友人思いの侠気には惚れたわあ。本人が望むのであれば、うち(ヴァルキア)の海軍提督に抜擢しても良い。そんなツマラん男じゃなさそうだけど。ここまでは謝罪と保証ね、んで・・・」
とここで一息ついて皿に置かれたお菓子を短い木の串で突き刺して口に入れる。すでにかなりの数が、7、8個は平らげてるぞ。その度、ヴィータが海尋の側から動いて新しい皿に新しいのを出した後一口サイズに切り分けてそっと女帝の脇に置く。さりげなく、音もなく、それでいて軽く頭を下げて後ろに下がる洗練された動きは宮廷次女頭でも真似は出来まい。
「んん〜〜〜たまらんわぁ〜〜〜」木の串持ったまま頬を押さえて笑顔満面の女帝サマ
お顔の周りに花咲いてんぞ。
「「年季増しても食べたいものは土手のきんつばさつま芋」とはよく言ったもんだわぁ〜」
「で、なんだっけ。そうそう海尋ちゃん。わかんないのはあんたよ。どうして関係性の薄い海尋ちゃんがここまで出来るのよ?おねーさんどう考えてもわっかんなぁ〜い、金?名誉?正義感?」
「ダイナミック入「場」をやりたかっただけですよ。「口実」があれば尚更でしょう。そういうと、席を立ち、立てた浴槽を蹴り転がして床に放り出され仰向けになったアリアッカの腹を踏みつけ、ひしゃげた胸部装甲に手をかけて「バコンッ!」と一気に引っ剥がす。
胃の腑から猛烈に込み上げるものを押し込めるのに口に手を当て塞いでも、腹筋と胃袋が
濁流のような吐瀉物を逆流させる。堪えきれずに、立ち上がることもできず、椅子から崩れ落ちて這いつくばったまま床の大穴に腹の底から中身をぶち撒けた。菓子に手をつけていなかったのが幸いか、それでも何度も何度も吐いてようやく吐き気が治ったら、腹筋、背筋、喉の奥、頭痛、と次から次へと体が異常を訴え始める。ゼェゼェと荒い息をあげ、極力アリアッカの方を見ないように顔を上げると、悍ましさに耐えきれず粗相をかましたのは私一人だけだった。ひき剥がされた鎧の中身、胸の辺りがゴキブリの腹のような表面の薄皮で胸から首に向けて女の股のような恥丘と女性器、そこから半開きの口から緑色のゲロを吐いているアリアッカの首が生え、ゴボゴボと泡立ったゲロまみれの口から空気を求めるよにヘロヘロと赤い舌が蠢いていた。
「セヴァストーポリ、リルさんを表へ」
「いや良い、まだあるんだろう。ならば見届ける」
ミヒロの言葉に従って私に近寄る鉄鏡の裾から赤紫の髪を覗かせた侍女を制して気丈に振る舞うも、もう吐くモノがない、この吐き気をどうしようと冷や汗を流す私に
「まぁお茶だけでも」
と熱いお茶の入った器を差し出す侍女ヴィータ。猫舌なんぞなんのその、出されたお茶を一気に煽ると胃の中からお茶の熱さが身体中に染み渡り、だいぶマシにはなったが、正直、次を見届ける度胸はない。
汚れて取り払った白いテーブルクロスをつかみ出し、直接触りたくないといった様子でテーブルくろす越しにアリアッカの髪の毛を掴むと、そのまま女性器から引き抜いた。
「リルさん、気をしっかり持ってくださいね」と念を押して。
引き抜かれてぶら下がる「それ」はアリアッカの首から赤黒い蛭のような芋虫で、グネグネとその身を震わせ芋虫のような出っ張ったボコボコしたところの先から爪が生え、閉じたり開いたり怖気を煽るように蠢いていた。私たちがその醜さから目を知らせないでいると、その芋虫は髪の毛を掴まれてぶら下がっていたが、突然緑色のゲロを撒き散らかしながら
「ギョエエエエエエエエエエエエエっ!」か「ギュウウウウウウウエええエエエエエっ!」
だか、人語では出来ない発音で絶叫しながらもがき苦しむと、最後に
「ピィエエエエエエエエエエエエッッ!!」
と一際大きな鳴き声を上げ、がっくり項垂れ、だらりとぶら下がると芋虫の部分がずるりと剝け落ち、アリアッカの生首から下が球根のように白い根っこが生えていた。その根の一本一1本に腕やら足やら心臓だの干からびて縮小した内臓らしきものがくっついていた。
あまりの悍ましさと凄惨さに気を失いかけた私を、先ほどセヴァストーポリと呼ばれた侍女が支え、椅子に座らせてくれた。気付けに用意されたお茶を手にとって、そのまま自分の頭からぶっかけた。めちゃくちゃ熱い!自分の馬鹿さ加減に悶絶していると、
「リルさん、そんな奇行に走るほどのショックを・・・」と哀れむ目で私を凝視するミヒロ
に「お前に言われたくはないわぁっ!」と吠える。こいつよく平気でいられるな。平気と言えばうちの女帝サマもだが、腕で体を支え、机に身を乗り出し、学校の講義に集中して耳を傾ける学生にように切長の険しい目をカッと見開いて口を引き締めて気絶していた。
目が開きっぱなしだ。試しに顔の前で手をちらつかせてみるが反応がない。アリアッカだった芋虫を浴槽に放り込み、
「カフカ、ヴァージュ、スコール。バスタオルとバスローブ、できればお湯入れた手桶探してきてもらえませんか」海尋の言葉に改めて女帝様の様子を見ると、こいつ、 目ェかっぴらいたまま気絶して失禁してやがった。他に比べて背の低い侍女3人がそれぞれ散った後「僕ちょっと席外すから後お願いね」と女帝様登場時に吹っ飛ばされた兵士どもを腕を軽く振って浮かび上がらせるとそのままスイーっと廊下の向こうに流して下げた。ミヒロもヴィータ女史と同じ「ジューリョクセーギョ」なる未知の技を使えるのか!いや、ここにいる侍女さん全員使えたりします?
しばらくすると、侍女さん3人組がパタパタと小走りで帰ってきて、ミヒロにこしょこしょと耳打ちして、ミヒロが頷くと、女帝様の体が宙に浮き、そのうちの一人がスススーっと部屋の外へ押し出してゆく。残った二人は椅子と床の周りをモップかけたりして後始末を終えると、再びパタパタと小走りで女帝様の後を追うように部屋の外に出ていった。私もゲロって汚れた床を綺麗にしとこうかと思ったが、ヴィータ女子が床にドン!と踵の高い靴を叩きつけると、穴の周辺がボロボロと崩れ私が汚した部分は跡形もなく穴の底へ落消えた。
さて、女帝様は何処に行かれたのかとミヒロに聞けば、浴室があったのでそちらで綺麗にしてくるとの事ですと答えたのだが、そのままの流れであんなモノよく平気で直視できるなと
素直な感想を投げると、あのくらいは普通でしょう?と言った顔して不思議そうな顔を返すだけだった。石棺の中に放り込んだアリアッカだった芋虫はどうするのかと聞くと、あくまでも聖上様の家臣、僕が勝手処理するわけにはいきません、と変なところで律儀な奴だ。
大きな穴の空いた天井と床、何するわけでなく崩落し、崩れた、かつては豪華な部屋だった廃墟じみた部屋で、ただ椅子に座って無駄な時間を過ごしていると眠気に襲われそうになる。話題もなく、お互い口を開くわけでもなく、なんか話題くらい寄越せと若干イラつき始めると、
「ヴィータ、ヘリのヴァルキア民を下ろして住まいの近いグループにわけて待機させて」
「御意 オトヴァージュヌイ達からですか?」
「うん、直通で来た。聖上様御付きのメイドさんに「あの豚共呼んで来い」とかなりお冠りのご様子で捲し立ててたらしいからもうじきこっちにくるんじゃないかな?」
話の様子はわかるが、どうしてそんなことがわかるんだと頭に「?」マークを浮かべていると
「失礼致します。お客様方、恐れ入りますが謁見の間までご案内致しますのでどうぞこちらにお越しくださいませ」
王宮のメイドがドアを3回ノックしてからドアを開け、私たちに告げると、
ドアの外で直立不動の姿勢で私たちを待つ。
「セヴァスポートリとクロンシュタットはこの場で待機、アレを誰にも見せるな。ヴィータ、後方監視。リルさんお先にどうぞ」と私を先頭にメイドの後ろに続き、彫刻された白い柱が並ぶアーチ型天井の廊下を進み、黒い滲み模様の入った白い石作りで紅カーペットを敷いた階段を登り、そのままカーペット伝にメイドの後ろに続く。途中、後ろの並びに気づいたメイドがミヒロを先頭にとならびをかえる。彫刻といい、壁の装飾と言い、王宮よりも贅を尽くされたつくりは居城の主の財力と権力を歩く者に見せつける。前を歩く海尋に臆した様子は全くなく、薄い板っきれを足の指に通した紐だけのサンダルで足音ひとつ立てず、カーペットに引き摺らずスタスタと小刻みに爪先からいとも平然と歩いてゆく。突き当たりを右に曲がると、その先に廊下、壁、天井いっぱいいっぱいの重厚な扉があり、扉の前にミヒロの鉄鏡3人の侍女たちが全くブレない起立姿勢で待ち構えていた。私たちが正面までくると、姿勢を正し得物を胸の前で斜めに構え踵を鳴らす。
カッコいい!今度教えてもらおってうウチ(空撃騎兵)でも採用したい。
王宮メイドが扉を4回ノックすると、内側に向けて扉が開く。王宮メイドが中に進み出て、こちらでお待ちくださいと立ち止まって私たちの足を止める。まぁ正式な手順だ。
だがしかし、正直私は振り返ってこの場を逃げ出したい。広い部屋の奥、天井まで届きそうなっ背もたれの多いすにふんぞり返っておわすはまごうことなく我がヴァルキアの女帝様に間違いないのだが、その御前。女帝の足元に全裸の男の尻が横一列に並んでいる。それだけでもうよからぬ事が待ち構えているとしか思えない。
椅足を組んで椅子に座り、真ん中のケツ剥き出しの男の頭を足置きにして険しい顔で眼下の全裸共を見据えている。私たちに向かってニコニコ笑って手を振ると、再び険しい顔つきに戻って
「下がれ、豚共!そのツラ暫く見せるでないわ!」
と足置きの頭を蹴り飛ばす。口々に「ヒイイイイッ」と叫びながら一目散にドア目掛けて走り出す全裸の・・・全裸の王様とその家臣達。・・・王様?あれヴァルキア王じゃないか!ヴァルキア王が全裸で畏まってた尻だったのか、別の意味で吐きそうだ。
「すまんな、子飼いの小僧共が全員此度の一件またく知らぬとほざきよるので説教くれてやってたら時間食ってしまったわ。」
「もっと近う近う。遠慮するでないわ」と手招きで招き寄せる。
「ん?紫髪の二人がおらんの。置いてきたのか」
「はい、遺体が余計な人目につかぬようあの場に待機させております」
「良い良い。私腹ででっぷり肥えて弛んだ小僧共に後で嫌と言うほど間近で見せつけてやるわ。侍女たちも主人の誉を近くで見たかろう。ここに呼ぶが良い。」とミヒロに言うと、
「例のものをこちらへ」と直近の王宮メイドに伝える。
ノックが4回、そしてあの場に残した紫髪の鉄鏡次女が二人入ってきて、得物を正面で構えて踵を鳴らす。
「良い良い、そち達も近う近う」と招き寄せる。
「本当は家臣一同集めて大々的にやりたいのじゃが・・・」
申し訳なさそうな顔つきで傍に控える王宮メイドから「例の物」と称した物を受け取る。書簡と徽章のようだが王宮では見たことがない。
「さて、リル・リーメイザース。わが遠い血族の者よ、此度は誠にようやった!よって貴殿をわれ直属の近衛とし、空撃騎兵隊全てをその配下に置くものとする。命令書と数百年不在じゃった近衛の徽章じゃ。受け取るが良い」
そう言って私に書簡と徽章を手渡しうっすら笑う女帝。
「そしてミヒロ、此度は大変世話になった。このハーメット・ネフ・カシス、心から礼を言う。
貴殿には特に世話になった。その勇気と行動に最大の敬意を表し、我の御用商人として
ヴァルキア王宮への立ち入り自由と我が居城マトリカ・ヴァンクスへの自由立ち入りを許す。いつでも気軽に遊びにくると良い。それと、これが我の紋章じゃ。これを翳せばヴァルキア国内においてそちに口出しする者はおるまい。今はそれを持ってゆくが良い。後日改めて書簡と徽章を使いの者に持たせる。それとこれはおまけじゃが、フリストスの黒札じゃ。確か商人の黒札はおらんはずじゃから我が後見人として署名しておる。本当に世話になった今後も我を助けてくれ!」そう言ってミヒロにヴァルキア紋章入りの銀の表彰盆を手渡す。
「つ、謹んで、頂戴致します・・・ぐっ、くっ、う、ううう」
何だ、声がうわずって肩まで増え出したと思ったらボロボロと涙流してぐずり始めた。隣のヴィータ女子が盆を手に取り主人の涙を拭う。
「申し訳ありません。お見苦しい所得を・・・人に感謝されるなんて初めてで・・・」
そこまで吐露すると顔も目も真っ赤にして、それでも毅然と前を向いて姿勢を正した。
「立派じゃのうさぞかし親御さんご家族も誉に思うじゃろうて」
(親も家族もおりません。家族は侍女のみんなと船だけです)
横目で覗き見ていた顔がこわばり、閉じた口がそう動いた。そして
「ありがとうございます。お役に立てるよう尽力いたします」と頭を下げた。
「取り敢えず私の感謝の気持ちだ。後日改め全国民の前でド派手に大々的にやってやる。
その前に調査だな。アリアッカは確か辺境のヴァンダルん所の者だったな。まずはそこからじゃが、先に保護した国民を元のところに返すのが先だのう。それまでの間皆ゆっくり休むと良い。疲れたであろうから今日のところはわが居城に泊まってゆくが良い。」
立ち話も疲れる。と女帝様に誘われて隣の控室に入ると王宮メイド達がお茶の支度と焼き菓子を用意する。が、どうにもミヒロの様子がおかしい。畏まって固まったというか、バツ悪そうな顔というか、それに女帝様も気づいたようで、
「なになにミヒロちゃん、そんな畏まった顔しちゃって、あ、あれだ。天井と床ブチ抜いて悪いことしたなぁ〜とか思ってる?いーのよ、いーのよ、老朽化も酷いし、いい加減建て替えようと思ってたのよ。それに石棺に乗って「ダイナミック入城」かまされるなんて面白おかしいことされる女帝なんてこの先私だけでしょうが!後世に自慢できるわ!これほど貴重な体験があるか!「ダイナミック『お邪魔します』」程度ならあるでしょうけど、『入城』よ『入城』しかも絶世美人の「男の娘」がって所で倍率ドン!ってもんよ!親方ぁ!空から女の子がぁっ!」とは比べ物にならないのよ、女の子ならその辺で突き落とせばミッションコンプリートだけど「男の娘」しかもゲイビ女装オカマとかビョルン・アンドレセンじゃなく竹宮恵子先生や萩尾望都先生。魔夜峰央先生クラスの美少年が嬉しはずかし「男の娘」!元祖龍炎狼牙神に感謝の生贄捧げないとあきませんわ、これ!」
とかとこれまた嬉っしそうにカンラカラカラと笑っていらっしゃる。あかんわ、これ。開いた口から壊れた水門のごとく癖と趣味が全速全壊で噴出いsて狂喜乱舞している。うち(ヴァルキア)の女帝様は少年男娼がお好みだったのか。呆れてため息をつくと、なぜか鉄鏡侍女達に周りを囲まれて、得物の切先を顔面と喉元に突きつけられた。中でも怖いのは紫髪の鉄鏡だ片方から鋭利にとがったギザギザの歯で威嚇され、もう方からは底冷えするような笑いになっていない笑いを向けられ、こうなっては大袈裟に両手を挙げて
「すまん、悪かった!謝罪する!」と平謝りするしかないのだが、幸運なことに「次はねぇぞ」と溜飲を下げてくれた。というか、頭ん中でも読まれたのか?と訝しむと、
「いえ、しっかりと口に出しておいででしたよ」とヴィータ女史が教えてくれた。
「ま、そんな訳で海尋ちゃん!暫くご厄介になるわねぇ。」
「要は御用商人の特権と海運から陸上運送まで全部任せるから物資と職人集めて建て直せ。と言うことですか、で、建築中は僕たちのところに転がり込むから案内せい。と言うことですね。承知いたしました。しかし、僕のところも現在構築中でして」
「雨風凌げればいんだけど、ミヒロちゃんのお部屋でも構わないわよん」
次に両手を上げる羽目になったのは女帝様のようだった。しかし、今度は得物ではなくもっと分かりやすい片手持ちの短剣だった。しかも刃を水平垂直にに構え喉元に脇腹、骨を避けてブスッと確実に根元まで確実に突き刺せるように。
「待て待て落ち着け、ジョークじゃ、ジョーク。ちっとはユーモアっちゅうモンを学習せえよお主ら」
刃物突きつけられて両、手挙げ、て冷や汗流して作り笑いしながら良くもまぁ軽く流せるものだ。侍女達も侍女達で、恐れ多くも一国の女帝にそこまでするかね。
「初仕事でこれだけ大きな仕事ができればフリストスからの信用、評価も得られる、と言うことですね。成功させれば一躍トップ。失敗すれば資産没収で追放。みんなどう思う?」
全員沈黙。ヴィータ女史が入れるお茶をカップに注ぐ音だけが室内に流れる。
「そうと決まれば、様式とデザインだね。あと拠点もちょっと改装しよう」
赤毛を左右で螺旋状の巻き毛に垂らした侍女が随分はしゃいでいたのだが、
「それじゃぁ早速帰って取り掛かりますのでれにてお暇致します」と席を立ち、部屋からゾロゾロ出ていくミヒロ&侍女の皆様。その後ろに女帝様・・・女帝様?
「もうちょっとあそんでってよぉ〜〜〜」と追い縋る。「10年20年規模のお仕事なんだから一日位いいじゃなぁ〜〜い」そんなに退屈してたんだろうか、ウチの女帝様。
女帝様の言葉に腹に据えかねるものがあったのか、赤毛両脇巻き毛侍女の首が後ろに転がり落ちそうになる程傾けられ、ゆっくりと鉄鏡のむこうから射抜くような視線を女帝様に飛ばし「 あ゛あ゛? んだと?海尋様ナメんじゃねぇぞコラ」と中指立てて恫喝した。
相手に向かって中指立てる行為ってのはこやつ特有の挑発か侮辱行為なんだろうか。
そういヴラハのカリル川でコストゥルツィオーラに乗って襲撃した時にやられたような気がするんだが、品のない行為であることには間違いなかろう。
暫くして海尋達一行にひっついた女帝様に同行した女帝様お付きの宮廷メイドが二人、バタバタと戻ってきて
「リーメイザース様 聖上様より鎭裡様の所に暫く滞在するので同行せよとのお達しです。ご支度をお願いいたします」
そう告げてまたバタバタと謁見の間から出ていった。
ご支度って・・・兵舎までどんだけあると思ってるんだ。正規兵とはいえ・・・。まぁ、特に大事な物がこれ以外にはないし。そう言ってついさっき下賜された命令書と徽章を手に控えの間から謁見室、廊下へと取ると、それはもう、天地を日繰り返したように大騒ぎになっていた。「聖上様!女帝様!何卒お考え直しを!」とかなんとか、あっちは正門の方だったか?ワイワイガヤガヤ騒がしい。おおかた、「遊んでくれないならこっちから押しかけてやる〜!」とカシス様の我儘だろうか、と思ったら結構マジだった。荷造り、というか、宙に浮いた板材に女帝様の私物を積み上げて縄で縛った大荷物が私の横を通り過ぎ、搬入搬出用の裏口通用口へ流れるように滑ってゆく。便利だな。ジューリョクソーサって。
その流れの後についてゆくと、ヴァルキア王やら家臣やら、(どうやら服は着たようだ)が海尋他達一行と女帝様の一団の後をあたふたと、口々に「おやめ下さい」「お考え直しを」と哀願しながら表へ続くなんの装飾もない石の廊下を進む。
「おい、リーメイザース!何をしている、貴様も聖上様をお止めせんか!役立たずの空撃風情がっ!」
と取り巻きの家臣が嫌味まじりの暴言を吐く。すると、王宮メイドの一人が踏み出した左足
を後ろに下げ、そこを軸に左回りに振り返りざま、右手で暴言吐いた家臣の顎を拳で打ち上げる。綺麗に決まった顎打ちに後ろに吹っ飛ぶ家臣。なんかもう、階級ってのが麻痺してきた。ただ物じゃないとは思っていたが、直参家臣なんて王に次ぐ階級だぞ、それを躊躇なく
ブン殴るとは・・・。と感心していたら、口から心の臓が飛び出るくらい驚く言葉が飛び出た。
「口を慎め。リーメイザース殿はカシス聖上の近衛であるぞ!先程聖上様御自ら申したのを忘れたか!貴様らよりも上の身分と知れ!」
そう吐き捨て、ふっ飛ばされた家臣に目もくれずカシス女帝の後ろに並ぶ。
そのまま通用口を出ると、来た時の空飛ぶ箱が後ろを開いて待機していた。
「ほうMi-6(ミー・シェースチ)とは海尋殿は良い物をお持ちだ。確か「ろしあ」の輸送ヘリだったかの?これで運送業とは気合い入っておるのう」
偉く焦った顔してミヒロが振り向きかけたが、女帝様が後ろから抱きついて
「ほれほれ、あっちで城の家来どもが見物しとるわ。一緒に手ェ振って仲良しアピールでもしとこか」
なんかもうすっかり仲良し親戚のオネェさんみたいになっとるわ、うちの女帝様。
そんなことやってる間に荷物がスルスルとスロープを上がって箱の中に入ってゆく。
ヴィータ女史を残し、鉄鏡メイドたちが無へ入りってゆく。突っ立っているのもおかしいので、中に入って手伝おうとすると、
「おいおい、そろそろ近衛の立場ってもんを自覚してくれ。自己紹介は後でするから今は聖上のお側に控えていろ」
同僚の後輩に諭すように王宮メイドの一人に遮られた。
昨日まではただの地方部隊の分隊長程度だったのがいきなり近衛と言われても自覚なんてないよ。よくよく見れば、この王宮メイドたちも黒字の半分を銀で刺繍して残った半分の黒地に紫のブルーベルが刺繍された私と同じ近衛の徽章がついた服を着ている。つまりは私の大先輩に当たる人物だということになる。
「はっ、申し訳ありません。以後心掛けます!」
直立不動の姿勢で軍属らしく答える。ミヒロの国の(礼装?)衣装のままだったのでその有り様は些かおかしな光景だろう。トイレで用を足すのが物凄く不便なので早く着替えたい。
「お荷物の固定終了致しました」と鉄鏡侍女さんたちが箱から降りてくると、女帝様が通用口で一塊になっているヴァキア王とその家臣一同に目をやり、
「おう、そうじゃそうじゃ、忘れとった。あのボンクラどもに現状を認識させてやらんと」
そう言って通用口から館内へと向かい
「海尋殿、すまんが奴らに教えてやってはくれまいか?」
ミヒロを連れ立って館へ戻ってゆく。嫌な予感しかしない。また「アレ」を見なきゃならないんだろうか。
戦々恐々としたものの、再び「アレ」を見せられる事はなく、床に空いた大穴の淵に尻をぶりぶり突き出して穴の底にゲロゲロ合唱しながらゲロを吐く王とその家臣達。中でも一番でっぷり肥え太った家臣が、割れた床板がその重みに耐えきれず、崩落すると、左右のお友達を道連れに大穴の底に転落した。当然ゲロと埃まみれ&新たに降り注ぐゲロのぶっかけ。
伊藤、穴の底はなぜあるのかわからないすっからかんの石牢で取り壊し確定なら気にすることもなかろうそんな最中、女帝様はヴィータ女子に「ちとすまんが」と切り出して、ジューリョクセーギョで人の首に芋蔓状に内臓のついたグロい「人だった何か」と、胸から首の付け根あたりが虫の腹で、その先端が女性器のようになっている鎧を穴の中に下ろして
「ハルカムのアリアッカとやらじゃ。我が外遊しておる間に原因を究明せよ。但し、我の許しなく軍は動かすな!お前たちじゃ逆立ちしても勝てんわ」
穴の下ので石牢では先を争って出口に殺到し、木製のドアに拳を叩きつけ「出せ」「助けろ」
等々必死の形相で喚きまくっている。扉の向こうには誰もいないけどな。尚も女帝の言葉は続く。「おい、ボルモン。お前それがどういう事か分かるかえ?」
それでも階下の連中がでごちゃごちゃやっていると、「ダンっ!」と床を思い切り踏み鳴らし、腕組みしながら睥睨すると、ゲロまみれの床に額を擦り付ける等にして尻をブリブリ振りながら視線から遠ざかる。
「話にならんわ、こいつら。貴様ら、朕の腹探っとる暇があるなら国内に目をむ向けい!
王権奪せんとする謀叛者はいくらでも沸いてくるぞえ。のうハッサバ?最近商売繁盛しとるようじゃのう?」
「め、滅相も御座いません!単に我が国の商業圏の拡大と充足を図る為にございますっ!」
「どうだかの。ま、手痛い失態晒す前に程々にしとくが良いぞ」
「ははーっ!」
またしても尻をブリブリ振り振りにじり下がる王と家臣たち。
「貴様らいつまでも朕の手を煩わせるでないわ。朕が帰るまでに処決せい!」
「ははーっ!」
ひたすら尻をブリブリ振り振りにじり下がる王と家臣たち。
「まったく、暫く放っておいたらこのザマじゃいっそ海尋殿に丸っと国ごと譲ってしまおうかのう」
「悪い冗談はおやめ下さい。割とマジで侍女達が実行しそうなので」
「小国の小競り合いならともかく、大国同士ともなれば、流通、工業、農業、資源のせめぎ合いじゃ。武力と金だけ溜め込んでもなぁんもなりゃせんわ。馬鹿どもめ」
そんな怖い話が飛び交いながら空飛ぶ箱まで戻り、通用口に差し掛かった所でマトリカ・ヴァンクス城の侍従長ルッキーノ・マセラッティが腹の前で右手を水平に掲げ
「いってらっしゃいませカシス様」女帝様に封書を一通渡し女帝様から耳打ちされると「畏まりました」従者の礼をしつつ私たちを見送った。よくよく見たらこの人も近衛徽章を詰襟の制服に着けていた。
テュルセルへ向かう空飛ぶ箱の中、「操縦席」とやらが見たいと言い出した女帝様を伴って操縦席・・・来る時私が案内した所か!にヴィータ女史と女帝様が消えると、
「遅くなってすまないが」と王宮メイドの制服着たこの絵の先輩方から自己紹介されて近衛の仕事、礼儀、上下関係などはそのうちイヤというほど身をもって知るだろうから、今のところは自分たちを真似てくれれば良いとか、随分大雑把だな。両方ともボンネットを目深に被っているので表情はあまりよくわからないが、目つきが鋭く黒髪を肩口で短く切りそろえ他方がダリア。同じ黒髪でやや垂れ目気味なのがブランと名乗った二人とも腰に剣を吊っているので近衛は剣が主武装になるんだろうか。
それから暫くは先輩二人から質問攻めだった。「ミヒロ殿とは仲がいいのか」とかコストゥルツィオーラの運用、「アレ」とはどう戦ったかとか、そこは小屋に籠った溶剤の中毒で気を失っていたと答えると、ひどくがっかりした様子で、
「状況から見てミヒロ殿が一人で戦った事になるんだが、あんな細腕でどうやってあの分厚い装甲がひしゃげるほどの一撃が加えられるんだか。まだモイチって一等航海士が一撃かましたって方がうなづける」
二言三言でそこまで状況分析するか!?まぁ、「アレ」と取っ組み合って手のひら握りつぶされてモイチは戦えないだろうし、なんて名前だったか、侍女は負傷者手当てしてたからミヒロしか残ってないのは確かなんだが、そういえばヴラハで使ってた小型船はどうしたんだろう。置きっぱなしか?
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