第12話 会議でおどる悪巧み



第12話 

ミヒロといえば、操縦室で女帝様から新しい居城の様式や装飾の希望を聞いて赤毛の侍女と意見交換っぽいことをやっている。赤毛の次女が無地の紙束を纏めた本のようなものに細長い筆記具で次々にスケッチを書き上げるとミヒロに見せては書き直したり褒められたり楽しそうにやっている。


あんなに真っ白な紙が豊富にあるなんてどんな文化なんだ?


いくら煮込んでも硬くて食えない植物から中の茎だけ取り出して芋の粉で固めたらゴワゴワの羊皮紙っぽいのが出来ましたってのがヴラハで使われていたが、やはり羊皮紙のがいいってんで羊皮紙、特に重要な文書には羊皮紙使えって勅令もあったくらいだし、そう考えながら後ろから覗き見てみると、建築家が弟子入り懇願するような線で描かれた緻密で荘厳な絵画の下書きのような絵が次から次へと作成されていた。思わず口から称賛の言葉が出たのだが、「侍女ならこのくらい出来て当然」と不思議そうな顔して見返された。

 

気まずいというか、交友関係築く手前で「突っぱねられた感」が押し寄せてスゴスゴと引き返そうとした所、


「リルさん、リルさんはどちらがいいと思われますか?」


2枚の絵を翳してミヒロが尋ねてきた。どちらも正面から見た全体図のようで、どちらも甲乙つけ難く少々悩んだ末、


「どちらも美しいと思うんだが、それぞれ差別化を図った所などあるだろうか?」


仕える主人の居城には興味があるから教えて欲しいと無理矢理会話を繋ぐ。すると、出るわ出るわ、外壁柱の彫刻から細かい内装の形、石の積み方、重ね方、木の柱なんぞは楔を使わず噛み合うように木を削り、噛み合わせることで強固に組み立てつつ、増、改築時には再使用が可能な組み立て方ができるとかパラパラと紙を捲りつつ説明と解説が止まる事はない。


それらを踏まえた上で、改めてどちらが良いかと聞かれた時は、正直殆ど理解できない話だったので、やはり、女帝様の居城であり、目立たなくとも、最新の様式を備え、後世の目にも衰えぬ美しさを兼ね備えた丸い傾斜のついたドーム型の天井と、台形を細長く縦方向に伸ばした塔を持つ居城の方が良いと我ながら無理難題を伝えると、


「ふふ〜〜ん、お姉さん、芸術が分かる人だね。よぉっしゃぁ!いっちょやったるぜい!」


と妙な感じに気合を入れたところで


「そっちのおねーさんたちも一緒にお茶せーへん?」


と私の先輩二人に声をかけた。しかし、ここの侍女さんたちは一人一人お茶会セットを持ち歩いているんだろうか。


ダスキアやバッサロのお茶とは違う香りと味を楽しんでいると、明かり取りから入ってくる光が減り、内部の淡いくて白い照明だけになった。


「はい、到着です」そうミヒロが言うと、後部の扉上半分が開き下半分がタラップのように下方向に開く、かなり深く掘り抜いた白い石壁の側面天井を鉄の柱が支えているのが見える。

かなり広く奥も深い掘られた横穴の壁寄りに降り立っていて、中央らしきところは濃い灰色に白線のついた広い道が奥まで続いている。見た事のない景色に呆然としていると、

女帝様の荷物が箱の中から滑り降りて来て壁に設けられた倉庫のような所へ入ってゆく。

その様を見続けていると、


「お帰りなさいませ海尋様。この度のご快挙と誉れ、侍女として大変嬉しく思います。遠征の疲れも御座いましょうからまずはごゆっくりお寛ぎください」


と確かアレッサンドラだったか、銀髪の侍女が頭を下げて主人の帰りを出迎えた。

「ただいまっ!サーシャ。サーシャも別行動、お疲れ様」

侍女の腰に手を回して抱きつくミヒロ。

主っつーよりお貴族様のおぼっちゃまを迎えるメイドのようだが、お貴族様のおぼっちゃま

は侍女の働きを労うような事はしない。


「恋人同士のようじゃのう。年齢差萌え、おねショタ萌えにはたまらん光景じゃわい。そのままベロチューとかやらんの?」


タイミングをずらして箱の前方、小さい出入り口から後ろにヴィータ女史を引き連れて細いタラップを降りてくる女帝様。そういや「操縦室」とやらに行ってたんだっけ。

ミヒロから離れ、女帝様の傍まで近づき、恭しく一礼すると


「ようこそおいで下さいましたヴァルキア帝国女帝ハーメット・ネフ・カシス聖上様。主人共々心より歓迎いたします。どうぞ奥でお寛ぎになって疲れを癒して下さいませ」


「出迎えご苦労、ふむ、其方が筆頭侍女のアレッサンドラ殿か?此度は誠に大儀であった。アレン(ヴラハで頭潰された方)とソリヤ(同じく背中斬られた方)が大変世話になった重ねて例を言うぞ」


一歩下がって腰下で手を重ねて深々と頭を下げ

「侍女には身に余るお言葉大変恐縮にございます」


礼を述べた後、スススと後ろに下がって、ツツツとミヒロの横に並ぶ。

「モイチさんたちの容態はどう?」そう海尋が尋ねると、


「バンゴ様は即日お住まいまでお送り致しまして、安静にされていらっしゃるかと存じます。雇人の方々も同じで御座います。ただ、モイチ様ですが・・・」


「まさか義手に換装とか!?」


いえ、そこまで酷くはありません」

なんとも言いづらい事らしく言い淀んでいると

「少し失礼致します」そそくさと口と腹抱えて小さいドアの向こうに消え去った。

「なんじゃ?モイチとは確か「アレ」ととっ組み合った一等航海士殿のことじゃな?

どうかしたのかえ?」

そう女帝様がミヒロに尋ねると、笑いを堪えたミヒロの顔が歪み、口元を押さえて吹き出しそうになるのを必死に堪える。これは無理だと判断したのか、ヴィータ女史が代弁する。

「掻い摘んで申しますと、治療のため一度清潔にする為っ風呂に放り込んで清潔にした後

左手を固定してひとまず治療を終えたのですが、その際髪を整え無精髭も剃りました所、

「別人」のような風体になりまして「こんな姿は見せられねぇ」と治療室に籠ったところを面白がった一般侍女たちからいいようにオモチャにされて追いかけっこの最中でございますそろそろこちらに到着するかと」そこまで句読点なしで一息に言い切ると「も、申し訳ありません」と断った上で両手で口元抑えて肩を震わせて笑いを堪え出す。

一体何がそんなに可笑しいのだろうか?あの一等航海士が侍女にでもなったのか??



 そんな馬鹿話をしながら女帝様の荷物が滑り込んだ小部屋に入ると背後から壁が降りて部屋を塞ぐ。すると、空飛ぶ箱でも感じたスゥーッと頭の先から足元に体内を何かが抜けるような感覚とともに小部屋が動く。垂直に上昇しているのだろう、これも侍女様のジューリョクセーギョなんだろうか。再び壁が上に上がると目の前に白い廊下と床が見えた。一歩進んで廊下に出ると、右側に広いサロンのような部屋と、左側に伸びた廊下の先には入り口らし開口部が見える。サロンの手前のスペースに置かれた白いクロスが掛けられたテーブルを囲んでコの字型の並んだ一人がけの椅子に鍛え上げた体をほとんど黒に近い緑色の制服に包んだ男が組んだ足を解き、立ち上がる。結構な長身だが鍛え上げた体躯のため、かなりがっしりした船乗りのような体格をしている。・・・船乗り?まさかモイチか??いや、どう控えめに見てもあの不潔に見える無精髭ヅラでだらしのない日焼けしっぱなしのチリヂリの髪、所々ほつれて汚れと潮の匂いが染みついたような古着を着ているような男が正装した闘士よりも立派に見えるなんて事はありえんのだが、おまけに靴もボロボロの皮ブーツではなく、周りが映るほどに磨かれた黒い靴だ。着ているものでこんなにも変わるのかと思うと、込み上げてくる笑いを抑える侍女さんたちの気持ちがわかった。現に私も同じ目に遭っている。


「おう、ご苦労さん。遅かったじゃねぇか。おかげですっかり世話んなっちまったぜ」


と手を挙げて挨拶した時、押さえていた笑いを腹の底から吹き出しそうになった。吹き出すのはゲロでではなく爆笑なので人の容姿を笑うのはあまりに失礼だとは思うが、許せモイチ。左手が包帯で首から吊られているのでモイチに間違い無いだろう。間違えたらえらい事だ。つっーか女帝様の御前であるぞ、いい加減控えろや。まぁ、王政であるヴァルキアの『女帝』の事など知る由もないか。ゾロゾロと並んだ椅子へ近づくと、


「お客様方、どうぞ奥の席へ」


侍女のアレッサンドラが女帝を先頭に段差のある奥へと案内する。低い階段を降りたサロンの奥は赤い絨毯の上に低めのテーブルを囲むように配置された低めの革張りの椅子が海と側壁の岩肌透明な壁の向こうに見える見晴らしの良い席に案内された。女帝様は奥の椅子に案内されたのだが、その前に、と。

「其方が名高い一等航海士のモイチどのかえ?此度は大変世話になった。朕の家臣がご迷惑をおかけした事心からお詫びいたす」


「滅相もございません。ヴァルキア帝国女帝ハーメット・ネフ・カシス様。ただ、友人の救援に駆けつけた折の偶然にございます」


女帝に声をかけられ、堂々と、軍人のように直立不動の姿勢から足を引いて跪き宮中儀礼で見るような見事な礼の姿勢をとる。なんとも様になる光景に冷やかしてやろうなんて気も失せる。そんな心境の中、女帝様の言葉に気を失いそうになった


「一等航海士殿はなかなか良い男じゃないか。筋骨逞しくツラ構えも野生味のあるイケメンではないか」


値踏みするようにマジマジとモイチを見まわし、


「なぜ侍女殿方は先程大笑いしておったのかさっぱり分からんわ」

と独りごちて椅子へ腰を落とした。

長方形のテーブルの奥側に女帝様、その対面位置にミヒロ、海尋の指示のより海尋の左右にはアレッサンドラとヴィータ女史、女帝様の横にダリアとブランが直立不動控える。私は女帝様の真後ろ。残りは各々入り口と廊下へ


「さて、それではまず朕の正体でも明かしておくかの」


他言無用とか秘密厳守とかなしにいきなり直っ球だな。


「朕はまぁ、簡単に言えば精霊の末裔じゃ。近い過去には『サナリ』とも呼ばれる事もあったかのう。なので主らには想像も付かんような所業もできたわけだが、それ以外にも他の時空に跳んだり異なる世界に跳んだりもできる。そこで異なる文化と技術を学びヴァルキアの発展に活かそうとしとる。海尋殿の時空で言えば30世期程度までは歴史も知っとる。


朕の居城であるマトリカ・ヴァンクス城にその要となるものがあるのだが、彼奴の機嫌次第で色々とハチャメチャな事が起こる」

一口茶を啜り、周りの反応を伺い

「たまったものではないぞ。朝目が覚めたら全く右も左もわからん世界に放り込まれるなぞ眠るのが恐ろしゅうて不眠症になるわ。海尋殿もひょっとしたら彼奴の仕業でここに来たのやもしれぬな。


そこは置いといて、かつて『ヴァルキア帝国』と呼ばれた時代。いろいろな有象無象魑魅魍魎が彼の地に現れ出した。朕もその一人でもあるのだが、あっちゃこっちゃ

の次元や時空からせせこましい大陸に湧き出て戦争が起こって、元の住民共にも迷惑が掛かる。

そこで姿形の近い朕ら精霊族が住民たちを今のヴラハ、ヴォスロ領ヴラハへ逃がしたのじゃが、その頃、あのような異種族同士を結合させる技術はなかった筈。海尋殿たちの所有する『原子力』同様な。昔の友人から「便利は便利だが危険極まりないんで超絶弩級無燃機関ぽじとろにっくえんじんとやらにすり替えておいたからしばらくは心配ないでしょ、持ち主にあえたら賢く使え」って伝えといてね」と言われたんで確かに伝えたぞよ。久方ぶりにミラーノが姿現したと思ったらそんだけ言うてどこぞに消えよったんで、どんな者が来たのかと楽しみにしておれば、まさかのダイナミック入城の上辛抱たまらん美人の女装男子おのこじゃろ。これは退屈吹き飛ぶわ!んで沸って濡れるわ!だいぶ端折ったがそんなんで、お主たちに驚きゃせなんだが、主らの些事は問わん」


そこで女帝様はテーブルに肘をついて組んだ指に額を乗せて溜息をついた。


「『些事は問わん』だから協力、ないしはあの悍ましい蛭人間をヴァルキアから駆逐してくれ」と仰いますか?お断りします」


・・・・キッパリとお断りしよった!そこは謹んでお受け致す所だろうが!

卓についている全員が驚きの声をあげる反面、ミヒロの次女達はさもありなんと済ました顔していらっしゃる。贔屓目に見ても十分武勲を上げられるチャンスだろうに。他所の世界?から来たのなら尚更の事、ここで手柄を立てて貴族の地位をせしめれば今後安泰だろうに。


「条件はなんじゃ?どうにも海尋殿には『欲』がなさすぎて交換条件が思いつかん」

「ご褒美でしたらもう十分に頂いておりますので条件なぞ御座いません。時期が悪う御座います」


「聞こう。続けよ」


大きく息を吸い込んで呼吸を整えるて


「まず今回の襲撃犯を反帝政派としましょう。今頃は尻尾巻いて隠れているでしょう。あの装甲騎士が彼らの切り札なら、下っ端とは言えあんな使い方、番犬以下の使い方などいたしますまい。装備の試運転程度かはたまた実験台か。ヴラハで木樵小屋調べられなかったのは痛いですね。サーシャ!」


いきなり次女の名前を呼ぶと、横の侍女が一度、パン!と手を叩くと全員が囲むテーブルの上に木樵小屋周辺の様子が浮かび上がる。


「皆様がヴァルキアへお立ちになった後、木樵小屋のあった場所からさらに奥より我々の世界で使用する装備で武装した一団が訪れまして、近辺をくまなく捜索した後、木樵小屋から機材を運び出し、火を放ち、足がつかぬよう焼却処理を済ませております。搬出した機材の中に精製された燃料の他、用途不明の薬品類と皆様方がご覧になった蛭の幼生体が入った容器が運びされております」


ヴラハの河を登るボートのなかで見た立体的な地図ではなく、かなり高所から見下ろした情景がそのままテーブルの上に浮かび上がる。


私とモイチは一度見ているので驚きは少ないが、ダリアとブランは浮かび上がって動く情景に目をまん丸にして驚いている。先輩方、私も昨日はそうでした。

黒い輪っか、馬車の車輪よりも幾分小さく太い、そして緑色で目から光りを放つ箱の前後に

それぞれ二つ。馬もなく車輪?が回って進んでいる。そんな輪っか付きの箱が五つ。

木樵小屋の増築された部分の側に止まると、襟のところに赤一色の目立つ徽章のついた

中から上下緑色で、腰やら胸やらに小さな箱を納めた装備をつけて空撃騎兵の持つ「らいふる」のようなものを持って次つぎに木樵小屋に入ると、次々と樽やら木箱を台車に乗せて運び出していたのだが、突然、中に入った緑服の連中や壁を吹き飛ばして木樵小屋から大きな火の手が上がり間欠的に火の手が木樵小屋を吹き飛ばした。


「サーシャ、これは『焼却』とは言わない。」とミヒロが口を出すと、

「消化活動も無しに燃え尽きるまで燃えっぱなしでしたので余程のアホかと。自分たちごと消し炭になって下さるのですから『滅却』の方がよろしいでしょうか?」


このサーシャって侍女には人の心ってもんはないのか?


「彼らの装備を見る限りでは僕らよりも前の年代、リルさん達の装備と同じくらいの年代のものですね、東西ごっちゃでポーチ類は綿生地だからベトナム朝鮮戦争あたりかな?」


「20世紀の後半あたりかの?共産主義コミュニズムが革命妄想でマスかいてアヘってる頃だったわな」


「聖上様、お口が過ぎます」ダリアに咎められると


「良い良い、分りゃせんわ・・・い」


ミヒロと侍女一同の顔が険しくなり引き締まる。共産主義コミュニズムがなんなのかは知らんが男が自慰に耽る行為を「マスをかく」というのは知ってるんじゃないか?

ミヒロなんかは顔赤らめそうだが、と期待半分で海尋の顔を覗き模様とした時、


共産主義コミュニズムってのは器用な連中だな。そんなに女っ気ないのかねぇ。俺っちら船乗りでも長期航海になる男の腋毛で勃起するやつがたまに出てくるけど仲良しには慣れねぇなぁ」


・・・モイチお前って奴は・・・。侍女さんよ、外見と一緒に中身も変えてくれれば良かったのに。


「え〜〜〜っと、続けてよろしいでしょうか?」

ミヒロが引き攣りながら切り出すと、全員無言で頷く。

「戦力的にはこちらが優勢であると思われます。所有戦力の事もありますが、『僕達』自動人形相手に彼等の兵器は有効ではありません。しかし、大群で押し寄せられては攻めあぐねます。まずは敵戦力の調査をすべきです。渦中に僕らを放り込め万事解決とはいきません。敵が僕らのような別次元のものなら尚更です」


女帝様は「うんうん」と、ダリアとブランもお茶の入ったカップを眺めて沈黙している。


「うん、益々持って気に入った!海尋殿は「兵法」にも明るいのかの?その年でその物事の見方、とてもではないが見た目相応には見えん」


「聖上様かてそうやろがい!」と私の心中で叫びが上がる。


「まぁ、その辺、特に敵の内情はすぐにも分かろう。とりあえず「ふるい」はかけた。今頃家臣の貴族どもは我が身可愛さで乗り換え先をどこにするか奸計めぐらしとるか、さもなきゃのぼせ上がったおつむで討伐だの遠征だの盛り上がっとる最中だろうよ。しばらくは血生臭い闘争が湧き起こるだろうのう」


「ご歓談中もしわけないが、俺っちは中座させて貰うぜ。おっかねぇ話すんなら聞かない方が身のためだ」


モイチがやれやれといった具合に席を立つ。


「一等航海士殿は可愛いもんじゃのう。まだお互い腹の探り合いしとる程度よな。重要な話なんぞ何一つ出とりゃせんわい。そういや、お主、左手の負傷はあの化け物の胸に一発喰らわした時のものかの?」


「は?なんじゃそりゃ。アレに一発かましたのは俺っちじゃなくてそこのミヒロちゃんよぉ。

右で一発入れて吹っ飛ばした後、追撃でこう、左でもう一発!」

腰を回して右手を振り抜き、足を開いて腰を落としてからのカチ上げるような左の一発。そんな動きを交えつつ雄弁に語る航海士に、女帝様が私の恥を晒してくれた。


「すまんのう、そこらへん肝心なことウチのリルちゃんから聞いとらんのよ。ちょうど下品げぼんのヤクキメてラリってた最中だったみたいで」


「人をヤク中患者みたいに言わんでくださいっ!「ユーキヨーザイ」によるチュードクショージョー」ですっ!だったよな!『海尋』!」 あれ?発音上手くできた?


「えーっとですね。モイチさん。船の防腐処理とか防虫処理している時や革細工のなめし処理の最中に異臭で気分悪くなった事とかありませんか?それのもっと酷い症状です。実際には大分違うんですけど、「臭気で気分悪くなる」って症状はお分かり頂けるかと」


例えの方はわからんが、私がヤク中ではないと証明はしてもらえるとは思う。実際、革職人たちは住民からの「異臭が酷い」との訴えで城下から離れた場所に集落作って工房ごと移した程だから、これでモイチも私がヤク中ではないとわかってくれるだろう。


「そいつぁいけねぇなぁ、嬢ちゃん。ものには順序ってもんがあってよ。まずは軽い樹液固めたやつから初めて・・・」


「ちがぁーーーーーうっ!なんだお前、私をヤク中認識したいのか!?悪ふざけとしても容認できん!」流石に名誉を傷つけられては拳一発程度じゃ済まない。決闘だこの野郎!くらいの憤りで憤慨する。あと「嬢ちゃん」って格下扱いも気に入らん。


「まぁまぁ、ルリさん。多分船酔いの酔い止め薬のことを言ってるんだと思いますよ」


ミヒロが仲裁に入った後、


「お主らいいトリオじゃのう。見ていて飽きんわ」との女帝様のお言葉で素に戻った。

「しかし、どうにも信じられんわ。その細腕であの巨体を吹っ飛ばすとか、投石機の直撃でも受けたんかと思うとったんじゃが、まさか拳の一発とはのう。あれか、

しゃいにんぐふぃんがーとかくろすかうんたーとか言ったかの?そんな技かえ??」


「ただの質量兵器です」拳を摩ってあっけらかんと答えるミヒロ。


「余計信じ難いわ!」 激しく同意です女帝様。「橦木しゅもく(日本の寺で梵鐘ぼんしょう鳴らす時の丸太)でどつきました言うた方がよっぽど納得できるわ!」


「あ、近いっちゃぁ近い例えですね。そういうことにしときましょう」


「モイチ殿は間近で見ておったのではないかえ?」

女帝様の疑心は晴れず、矛先が航海士に向いた。ミヒロもミヒロで煮え切らない物言い

で躱わそうとしているし、怪しむわけじゃあないけれど、回答が欲しくなる。人には言えない事なら深く追求すべきではない事なのかも知れない。


「わりぃな、暗くてそこまで見えんかったわ」陽は昇りかけてたし、周りが見えない程暗かったわけじゃあない。モイチが気を遣ってるのか、軽い口が重くなっているのだから触れちゃぁいけない話なのかもしれない。この話はいい加減切り上げよう。そうなればダンマリに限る。興味本位で突っ込んでほじくり返しちゃならん事がある。


「ふむ、となると、あれを屠るには罠仕掛けて上から大石落とすか攻城兵器直撃させるしかないかのう。動くかどうか怪しいもんじゃが大昔の戦でかっぱらってきた「せんしゃ」でも引っ張り出すか」


「やめて下さい。そんなもの引っ張り出しても、教練や整備の手筈がないでしょう。今は

静観決め込んで相手の規模を把握する方が先です。間者とか内偵のできる組織はありませんか?武装は最低限でも生きて情報持ち帰れる技能を持った集団とか」


海尋が女帝様に問いかけると、



「王宮の御用商人なんかがそんな役割しとるのう。あちこち動き回って商用ついでに国勢探ったりその為のヴァルキア商業圏だったのじゃが、フリストスの台頭でそれもよう機能しとらん。不服ではあるが人間族の成長は喜ばしい事じゃ。後は商人に身を窶して情報集める『酒場の街灯』なんてのもあったのう。今じゃどうなっとるかは知らん。テュルセルにも『黒の貴婦人』なんてのがおったろう。あ、モイチ殿は知らんかったか」慌てて口を塞ぐ女帝様。親近感湧くなぁ。そんなケッタイな連中がいたとは知らんかったけど。


「取り敢えずは情報収集じゃな。どこにおるかもわからんでは手の出しようもないか。国中ひっくり返して尻尾でも掴まん限りは手の内ようもないか」

一同の視線が女帝に集まる中、

「時に海尋殿。晩餐のメニューは何かな?」と斜め方向にすっとぼけた問いでこの話はここまでとなった。


その後、少しばかりの雑談の後、カフカースによる新しい居城の打ち合わせが始まった。

先程の話のに出たマトリカ・ヴァンクス城の地下要石までの隠し通路についてどうするかで、女帝様のご意見を伺った所、「用があるときは勝手に向こうが回廊を繋ぐので気にせんで良い」との事で空飛ぶ箱の中で作成していたデザイン画をご覧頂いた上で三階建ての土台に3階建ての建物が乗って高いドーム状屋根と低い傾斜屋根、四角い見張り塔のある緑色の柱に白い石壁の建物に落ち着いた。


細部に至っては、ヴァルキアの芸術家や職人に任せてみてはどうかとのミヒロの意見があったのだが、残念ながら先々代のヴァルキア王統治時に芸術など下らん!と職人や工房がほぼ消滅している。私としても非常に残念なので、ならばと


「聖上様、我が国の芸術は現状衰退の一途を辿っております。これを機に国内の芸術家と工房に仕事を任せてみてはいかがでしょうか?」


ヴラハで見た港湾管理事務所の彫刻や寺院の様式美あふれる建築に、羨望の念を抱いていたので、ここぞとばかりに発言したは見たものの、カフカースから「そんなんしとったら何年かかるか分からんわ」と一蹴されてしまった。

が、しかし、「芸術の復興」には女帝様の興味を引いたらしく、主だった基調となる部分はカフカースに任せ、他の回廊に飾る絵画や彫刻をヴァルキアの芸術家と職人、工房に任せてみてはどうかとの結論に落ち着いた。


その最中、モイチは腕組みしながら居眠りしていた。


建築資材の話で石材に関して「ここ」の磨かれたキメが細く白い石材が気に入ったので分けて欲しいと頼んだところ、「個人所有のものでもないし、いくらでもありますので好きなだけお譲り致します」とミヒロの即答がきた。気前のいいやつだ。木材の話になってテュルセルの材木商人を思い出し、「いかんいかん、忘れとったわ。明日にでも詫びに伺わねばのう・・・」女帝様が頭を軽く叩いて下を出す。なんてことはせず、ちょっと間をあけてまだなんかあるんか?と構えると


「馬車も馬もないわ!歩いて行くか!」


何やら張り切ってそう宣言すると、ダリアとブランがマジ顔で聖上様を引き止める。なんでも。テュルセル郊外、特にこの辺の岩棚地域には「赤脂蟲」鋭い顎牙の巨大な蟲とか「やせっぽち」と呼ばれる赤茶色の萎びた根菜みたいな二足歩行のヒトモドキが彷徨いているので表を歩くのは非常に危険であるというのだ。


「そういえば、前に歩きで港湾事務所行こうとしたらサーシャに止められたっけ。同じ理由なの?」


「左様に御座います。駆逐の子たちが城壁作ったので侵入を防いでおりますが、「赤脂蟲」の方はあらかた駆除致しましたので後は穴に籠った生き残りを駆除するだけです。生態系に影響はございませんので駆除してしまっても問題はありません。」



「???そんなところにあのアルルカンたち駱駝置きっぱなしにしたの!?無事に回収できてよかったぁ。スコールイ達お手柄お手柄大手柄!」


ミヒロが部屋の入り口に立つ背の低い銀髪侍女に賞賛と拍手を送ると親指立てて軽く腕を上げて返答する。


「アルルカン?駱駝?なんで暗殺組織なんかが出てくるのじゃ?」


聖上様の疑問もご尤も。身代金がどうのといった事に関係あるんだろうか。


「それはですね」と事の発端。材木の買い付けに材木商人の店を訪れた所、細君と娘を脅し

主人の身代金せしめようとしたアルルカンを制圧した時からの話をしてくれたのだが、

「甘いのう、甘すぎじゃ。そのアルルカンが今度は細君と娘を人質に逃亡するとは思わなんだか?」


「聖上様、そりゃぁありえねぇとは言えねぇけど、まずねぇだろうな。だいぶ賢い連中だぜ。それこそ神を前に死ぬしか逃げる手段がないのを身をもって「分からされた」連中だからなぁ」


モイチお前寝てたんじゃないのか??敬語を忘れたか?


「うん、よく分からんが言いたいことは分かる」


「バンゴの所行くのなら俺っちも同席させてくれねぇか?容態も心配だし、ミヒロちゃんもきちんと紹介しときてぇ」


「そうじゃのう、いきなり朕が姿出したらあまりの美しさに心臓止まるやもしれんしのう」


「・・・笑えねぇ冗談だ。いっとくがおべんちゃら言う腰巾着はいねぇぞ」


モイチ貴様!と私籠った時にはもう手遅れだった。威嚇のためダリアとブランが抜刀してモイチの喉元剣を突き立てようとしたが量の剣とも青味がかった緑色の、光沢を持った沼地の鰐のような革の手に掴み取られていた。掴んでいるのはテーブルに足をつき、踏み出した方の白い腿が露になっている。ミヒロの侍女」たも止めようと動きはしたものの、ダリアとブランの方が速く、ミヒロはさらに上を行く速さだった。とうのモイチは落ち着き払って

体裁を保ってはいるものの「やめとけ嬢ちゃん方聖上様の御前だぜ」と引き攣りつつ目が泳いでいた。

「やめい!すまんな海尋殿モイチ殿、従者の粗相をお詫びする」


「申し訳ありません。ついいつもの調子で軽口がすぎました」


「失礼。出過ぎた真似を致しました」


握った剣を放してパンッ!と手を叩くと鰐の革のよに変化した腕が元の白い肌に変わる。


剣の鋒は首の根本と鎖骨の間、筋肉が薄くて肺から心臓まで軽い力で突き殺せる所だ。

モイチの体格と着座姿勢の背後からともなると一撃で『黙らせる』からといって、人間離れの剣技で騎士の剣術じゃぁないよな。


テーブルクロスを乱さずに聖上様の横からモイチの前までテーブルの上を走り抜け、膝をついてほぼ正面横から突き刺すなんて出来るものか!近衛って辞表出せるのか?


第13話

ちょっとの間、会話もなく静まり返ったテーブルに

「失礼致します。お客様方、夕食の用意が整いましたのでこちらにどうぞ」

カフカースではない背の低い侍女が海尋の後ろから声をかけてくる。入り口側のテーブルに料理の器と思しき黒塗りの箱や汁物の入った椀、細かい仕切りのある皿と仕切りの中に調理された食材が収められて並んでいる。ナイフの反対側には叩いて潰した小さい三槍の銛を叩いて潰したようなものも置いてある。我々が日常使っている小さいナイフの代わりに木を削って作った代用品のような物もあった。


もう夕飯の頃か室内が明るくて気づかなかったが、席から見える海は真っ暗で、空が緑色に

ひかる帯がゆらめいている。


食事の席に着いたのは私達ヴァルキア勢とモイチとミヒロだけでミヒロの侍女たちは背後で控えている。


「こちらの次元の食材で料理ですので調味料の違いから味付けが少々くど口感じるかもしれませんので酒で舌を洗いながらお愉しみ下さい」と口上があって「新しい若い友人に乾杯じゃな」と女帝様が付け加える。昨夜ボートで出された食事もうまかったがこちらの料理も美味い。盛り付けや並びに繊細さと彩りの調和が素晴らしい。どれも一口サイズに調理されていて普段通りナイフで刺して口に入れる我々を考慮してのことだろうか。酒は葡萄や麦母作った物ではなくコメという穀物から作ったそうなのだが、舌の上から喉まで清流のように流れていくとわずかなとろみに果物の甘さが絡まって葡萄酒のような酸味は全くないが今まで感じたことのない味の奥深さと広がりが後をひき、ついつい杯を口につけてしまう。帰り際に少し分けてもらえないか聞いてみようか。女帝様も気に入った様子で、一本あけておかわりを要求している。酒ばかり評価しているが、茶色に濁った具の入ったスープも濃いめの味だが奥の広い風味があって腹から全身に染み渡るような美味さだ。酒と料理に舌鼓を打っていると、女帝様から

「海尋殿はなぜこのセンベス渓谷に居を構えようと思ったのじゃ?岩ばっかで趣に乏しくはないか?」

「そこはカフカースに任せれば素晴らしい景色を作ってくれるでしょう。船を隠して改装するにはちょうどよかったんですよ。街がち近くにあっても人の通わぬ未開の渓谷ならしばらくバレないでしょうから」


「隠さにゃならんほどの船かえ。それは興が向くのう。今度見せておくれな」

「おお、そうだそうだ!俺っちにも見せてくれ!嵐の海超えられる船がどんな船か是非とも

見たい!乗りてぇ!」

「暫く動かすのは無理ですね。超絶弩級反応機関ぽじとろにっくえんじんなるものが結構とんでもないシロモノなので。どう見ても恒星間航行できる宇宙船動かしそうなエンジンですよ、あれ」

後ろに控えたサーシャがミヒロに(我々にも聞こえるように)耳打ちする。「正直原子炉より危険度高いかと」


「さらば地球よで銀河の彼方に旅立ちそうな話じゃの」


「元の世界で《それ》ができれば良かったんですがねぇ」


珍しくミヒロが溜息混じりの発言とは珍しい。『ぽじとろにっくえんじん』とか『こーせーかん』とかさっぱりだが、壮大すぎて想できる限界のさらに上行く話でさっぱりわからん


「21世紀初頭に大陸の喧しい教養不足の強欲民族が怠慢と不注意でウラン鉱脈ごと大陸のど真ん中吹き飛ばしたんじゃったか。それで地下都市とコンクリートの壁こさえたが、どうにもらんと全体主義と選民思想が暴走してスペースランナウェイで30世紀の幕開けじゃ」


「チェルノブイリを超える原発事故って発表はあったんですけど、そりゃ大陸が割れるわけだ。地殻変動とかポールシフトとか散々デマ流して地域単位で囲って保護保全、金持ちと国会議員なんて早々に衛星上施設に避難して、それでも天皇陛下だけは日本の大地を見捨てず「太古より日本の地に命を授かった我々が大地を捨てて生きていけるものか」と星に残り、その周りに統治機構が集まりだして天皇陛下中心の統治形態が出来上がったんですよ」


「ああ、その連中(衛星軌道脱出組)なら英米が軌道外に逃げてから無政府状態で地球に降りることもできず軌道施設内で共食い起こして全滅したわい」

「あはははははははははははははははははははは!ザマァ見ろ」


笑い声と共に片手で顔を覆って笑い出すミヒロに驚いた!ミヒロでも恨みと嘲笑の混じったドス黒い笑い方する事もあるんだな。清廉潔白な皮の裏にどんだけ怨恨の渦が煮詰められているのかわからないそんな笑い方だった。侍女さん方もドン引きしてるよ。


「失礼しました。・・・・・こんなルーチンあったかな?突発的なヒステリシス曲線のトレースミス??」


その後、マトリカ・ヴァンクスの建築資材と輸送方法などで、主にモイチが石材や木材の運搬がこの地でどう行われているかを参考に意見交換して石材は先ベス渓谷から、木材は一旦バンゴというテュルセルの材木商人に聞いてみようということにな理、夕食から結構な時間が過ぎた頃、疲れたから風呂は入って寝ようということになったのだが。


とりあえず、「鎭裡海尋」とその一行がこの世界とは違うところから迷い込んできているこ事と、この世界で有効的に、商人として生活したいという所存で平穏のためには武力の協力も拒む事はないと言うことはわかった。

「ならば『屋号』がなくてはのう。と聖上様の一言で聖上様直々に「極光商会」と言う屋号が与えられた。まだミヒロが未成年なので後見人としてヴァルキア女帝ハーメット・ネフ・カシスの名前と帝室御用商人の看板を掲げテュルセル最大の資材調達から輸送、工事建築、争い仲裁の海運業の皮を被った「何でも屋」、『極光商会』の

誕生となった。


ところで、侍女さん方はなんでモイチの話が出た途端笑い出したんだ?























































































 





























 

















      














 













 












































 








 



 
















 





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