第19話 わん・ないと・いん・ バクホーデル

なんだかえらい話になってきたなー。粗利だけで金貨ナンボになるのやら。

磁器の無償提供、バクホーデルまでの街道整備、お茶の木農園とその育成、

磁器とお茶なんて中世、大航海時代、富と戦争の元になったヤクネタじゃないか。これに胡椒とチューリップの球根加わったら、あんなちんまい都市程度の財力と戦力じゃ周りからタコ殴りで瞬殺だろうに。それでもカフカースのAIに不安も暗雲ない。雲ひとつない晴天とは行かないが、ウチのご主人様はプラス方向の狂人だ。加護なしチート無し(絶えず好条件の結果になるアルゴリズム)の条件下、常に相手が勝る戦力すらも覆し数多の予想を払い除けて前人未到のルナティックまで辿り着いた。そんな主人がこの世界でどう振る舞うか、とても楽しみだし面白い。主人の傍でそんんなことを考えているうちに色々と纏まったようで、バクホーデルまでの街道整備農園の造成と外敵からの防壁を無料で請け負う見返りとして「バクホーデル」全体の年間収益からマルクトやフリストスに収める税金をさっ引いた残りの10%を極光商会の取り分として収める事。ただし、磁器とお茶の収益が出るまでは保留とする。等々契約書をこさえて双方同意済みとして署名を交わして契約成立となった。ええんかなー?極光商会としてはしばらく赤字だけど、後々の収益はとんでもないことになるだろう。ヴァルキアの聖上様の所でも磁器は見かけなかったし、陶器も素焼きの壺程度のものしかなかったので諸各国の美術品がどの程度かによるけど、もうじき、有力貴族や大商人と呼ばれる金持ちどもの我欲丸出しの醜いショッピングアニマル運動会が始まるかもしれない。欲の皮突っ張らかった金の亡者どもが奪い合い、散財するのが眼に見える。ああオモロ。


(00>1706:カフカース?ニヤけるのはまだ早いよ)

ぶるるるっ!と直立姿勢のまま体を震わせる。


(1706>00:いややわぁ!恥ずかしい!!顔に出てたん?? ちょーっと、お風呂番のシュミレーションで海尋ちゃんの裸妄想してたら、顔に出てもうた。海尋ちゃんがえっちなのが悪い)


(00>1706:僕悪くないじゃない。お風呂なんて、たらいがあればいい方じゃないかな)


「海尋ちゃんごめん。タイフーンの中にボイチェク置きっぱなしだわ。ちょっと行ってくる」

耳元でぽしょぽしょと囁いた後、奥の階段を降りてゆく。そして工房内に響きわ当たる溜息の反響エコー


「しかしよろしいのですか、スズリ殿、どう考えてもそちらが損しかしないようですが」


当面「儲け」は出ないでしょうけど、後々大きな利益を産むと考えます。貴族諸侯のお屋敷に美術品はあれども金貨はないって状況になるでしょうね、んふふ」


エルモ・バルビエリはゾッとした。運送を一手に引き受けるつもりであるのなら、自分の金で街道を整備するなど考えられない。人足はどうするのか、支払う賃金は?街道を通る自分達商人から街道の通行料でも徴収するつもりだろうか。護衛を雇うよりは安上がりだろうが、全く考えが見えない。娘のロザリナあたりに聞かせたらきっと「狂人」呼ばわりするだろう。あれは頭のいい娘だから何かしら裏を読んでくれるかもしれない。そういえば何処にいるんだ、あいつは。


バルビエリがバクホーデルに同行させた娘の事を思い出し始めた頃、工房二階の広いスペースに妙齢の婦人と薔薇色のドレスを着た少女がトレイに人数分のお茶とお茶菓子を乗せて現れた。


「ごめんなさいね、ちょっと用意に手間取ってしまって」


そう言って現れた婦人はラザニナ・モンゴメリと名乗り、ギルド長モンゴメリの細君でやや病弱気味のためバロッカが慌てて手伝いに回るところを見ると仲の良い夫婦なのだろう。海尋とカフカースを見るなり


「まぁまぁ!なんて可愛らしい!見たことのない素敵なお召し物のようですけど、外国のお方かしら?可愛らしいお客様が3人もいらっしゃるなんてなんて嬉しいんでしょう!」


病弱な割には結構テンション高めな奥方だ。そんなに興奮するとまた倒れるぞとバロッカから指摘されると「調子がいいから大丈夫でしょう」と軽くスルーして、ロザリナちゃんも手伝ってくれたので大した事ないわ。とエルマの横で自分抜きで商談始めてるエルマに文句を言ってる薔薇色のドレスを着た黒髪の、日に焼けた健康的な肌で灰色の瞳の少女の肩を抑えてずずいと自分の前に出す。


「おお、それはそれは、妻の相手をして頂いて、感謝します。お嬢さん」


突発に盛り上がった商談が終わって肩の力が抜けたところにちょうどいいタイミングとは思うが、あたりはもう暗くなり始めている。


「あ、いけない。エルマ殿もスズリ殿も部屋を用意しますのでどうぞ今夜はこのまお泊まり下さい」


「それはありがたい!。以前訪れた時は教会の宿泊施設を利用させて頂きましたが、あそこは酷い。あれなら馬車の方がまだ・・・そういえば、馬車は・・・」


「・・・あっ!いけない、橋の向こうに置きっぱなしだ!ちょっと取ってきます!」


 あっヤベっ!突然忘れ物思い出したと言った感じで踵を返して大慌てで家に戻るような感覚でバタバタとした素振りの割には一切物音立てず階段から工房へ、実際階段を公園の滑り台のように滑り降りて


「カフカース!ごめんちょっと手伝って!」


カフカースを呼びながら工房で作業中の面々の頭上を飛び越えタイフーンの天井ハッチから車内に滑り込むと、カフカースはタイフーンの助手席でいつの間にかフワッフワになっているボイチェクに哺乳瓶からミルクを与えていた。パンクして歪んだタイヤをホイールハウスに擦り付けるようなギュギュギュギュギュギュと声をあげながら哺乳瓶に吸い付く姿に驚きはするが、「一体何処にそんな物(哺乳瓶)を?」と唖然とした顔をしていると、


「侍女として当然やん。手コキ授乳プレイはおねショタの基本やで?」


さも当然のようにしれっと答えるカフカースに一体何のプレイだ?僕は何をやらされるんだ?と一抹の不安を覚えつつもタイフーンのギアを入れ、タイフーンを集落の門まで向かわせると、開きっぱなしの門の向こうには橋が無かった。


「さっき渡る時に崩れよったで」「〜よったで、じゃなくて、どうしよう、これ」


「木ぃ切り倒して仮設の橋こさえよっか。幸い木なら向こうに「生い茂ってる」」


門の足下は堀として積み上げられた水面から人の背丈を超える石垣の端、堀の向こうは急斜面の土手。

「堀の深さは精々1メートルちょっと!ダカールラリーの王者KAMAZ舐めんな!こちとら13000CC6気筒ターボディゼル1150馬力に越えられない轍はないっ!イッたれ海尋ちゃん!」

やたら説明的な雄叫びを拳と共に振り回すカフカースに同調して「ピャーーーッ」と吠えるボイチェク。本場のラリーレイドでナビに乗せたらえらいアゲアゲで楽しい雰囲気なのだろうが、KAMAZ舐めんな!は同意なのでカフカースのノリに押されて

「いっけぇぇぇっ!」とアクセルを踏み込む。ろくに加速もないので頭から濠に突っ込み、水柱をあげて車体全てが濠に嵌まり込む。一旦アクセルから足を離し、立て続けに二回奥まで踏み込んでエンジンの回転数を引き上げると、川から這い上がる猛獣のように車体の前がわを斜面から浮かせ、腹でわずかばかり斜面の角を削り、ドスン!と大きなタイヤを地面に落とす。

焚き火を囲んで濡れた服を乾かしていた自警団の面々が、濠の向こうに現れた蒼い巨体が濠を渡って覆い被るように濠の名から姿を表すと「あばばばばばばばばばばばば」と四つん這いでひっくり返りながら転げるように逃げ惑う。その中にパットンの姿もあったが、焚き火で焼いた魚を食いつつ鎧を脱いで一緒に服を乾かしていたらしい。


今はもう車体の真下、焚き火のあったあたりに散らばる自警団の武器に芝刈り用の大鎌を見つけると、タイフーンから降りて「ちょっとお借りしますよー」と一応声をかけてから

大鎌を手に取りヒュン!と軽く振り回す。死神が肩に担いで魂刈り取りにくるアレだ。振り回しやすいように柄の後端側に取手があるのであくまでも農具であって、決して人を斬ったり木を切る道具ではない。肩幅に足を開いてその大鎌を両手で水平に持ったまま大きく深呼吸すると、腰を落として身をひねってやや重心を後ろ気味みに鎌を構える。再度深く息を吸い込み息を吐き出しながら腹を屈めて肩を落とす。

 タイフーンの天井から身を乗り出し、

「おっちゃんら、はよ下りっ!ごついのかますでぇっ!」とボイチェクを抱えたまま身振りで示して叫ぶカフカース。

左足を少しうかせ、つま先で地面をなぞるように後ろへずらし吐く息を止めて踵で踏み込み、腰を中心に低い位置での横一閃

「ーーーーッ!」

パットンは自分の髪を揺らす微風に、腰は入っちゃいるけど、随分大袈裟な素振り程度に見えたのだが、その後の光景に目を疑った。

海尋は一番手前の木に近づくと、鎌の先端を幹に引っ掛け引きずり倒した。すると、重なり合う枝に引っ張られて、その奥から2本、3本と、メキメキ枝をへし折る音と共にまだ低めの木が倒れてくる。切り株の切断面は柔らかく捏ねた粘土を糸で切ったように真っ平で、磨いた天板のように滑らかだった。もう二の句が告げない。これが「宴会芸」とでも言うんだろうか。この小娘は。いっそここで切り株をテーブル代わりに酒盛りでもして目の前の現実を忘れたい。もう嫌だ、何なんだ、こいつらは。いっそ本当に悪魔か魔物だと言ってくれるのならまだ理解が追いつく。蛮蠱ばんこを打ち滅ぼす天の一撃?開いた口が顎ごとそのまま地面に落ちそうだ。しかし、着物の裾から見えたあの脚はどう見ても女だよな。頭かかけてしゃがみ込み、切り株の根っことお話がしたくなった。きっと親友のように気分よく話を聞いてくれるだろう。

すでに地面に両手をついて世の無常と己のつまらない人生を、自分の存在価値を地を這う蟻に同意を求めて話しかける者もいる。


「人間て心が折れると奇っ怪な行動起こすんやなぁ」


地面だの蟻だの切り株だのと話し込んでいる自警団の面々を見ながらボイチェクを連れて鉈を抱えたカフカースが倒れた木の一本に向かって歩きつつ、ボイチェクに話しかける。

「タイフーンにハスクバーナ(スウェーデンの建設機械メーカー。チェーンソーなどの造園機器のメーカー。オフロードバイクのメーカーでもある一応、チェーンソーを指している)積んでなかったけか?」


海尋の問いに


「セヴァスポートリが対人用に改造してん。もっとド派手に血飛沫巻き散らかすようにって」


「うえぇ、マジで。何考えてんだ、あの人。ところでカフカース?なんで関西弁?」


「あ、さっきボイチェク洗ってフワモコの姿見てエミュレーター飛んだんよ」


その名前からもわかるように海尋の侍女たちはみなロシアサーバー出身のため基本言語はロシア語である。多少乱暴な言葉使いをすることもあるが、ロシア語から日本語に変換して会話をしている。そこへ、侍女として丁寧な言葉使いの矯正フォーマットをアレッサンドラから強制的にブッ込まれインストールされているのだが、何かの拍子に地が出てしまう事もある。棚ぼたでお風呂当番込みの夜番を手中に収めた事も相まってエミュレーターがブッ飛んだのもいたしかない事である。一応、海尋ちゃんは紛れもない日本人で、中国が引き起こしたウラン鉱山の爆破事故による大規模放射能汚染に巻き込まれた日本から大陸挟んだ反対方向、欧州の果てフィンランドのオウルに治療施設ごと疎開している。


「まぁ、帰ってからもっぺん(矯正プログラム)入れ直せばええやん?」


「そうかなぁ、僕は可愛いと思うけど」


「あん、もう、やだわぁ、海尋ちゃんったら、そんなん言われたわ恥ずかしいわぁ」

と顔を真っ赤にした頬を左手で押さえ、ニッコニコの笑顔で右手に持ったごく普通の鉈で余分な枝を根本からスパスパ上機嫌で切り取っていくカフカース。


橋を失ったバクホーデルの入り口に、またも村人たちが何だ何だと集まりだし、濠の向こうで地面に崩れ落ちて「何か」と楽しそうに話を弾ませている自警団員、その向こうで鉈の一振りで枝を切り落とす赤毛の少女。その横で、枝を切り落とした木を草刈りの鎌で真っ平にスライスしている見慣れぬ装いの少女。見覚えのある自警団団長はそれら少女に顔を向け


「違う、それは木材で粘土じゃねぇ、第一、鎌はそうやって使うもんじゃねぇ・・・」


と焦点の合わない眼をして呟いていた。

そんな自警団達を気に留めず、黙々と作業を続ける二人の少女。枝と瘤を落とした長い丸太の表皮を断面が四角形になるように落とし、短めの丸太の先端を杭のように削り縦方向に2本、間を渡すように横方向へ一本、渡した丸太を挟むように更にに2本、一本の横にした丸太の足になるように組み上げ、縄で縛って固定する。それを二組作って濠の斜面側に近いところに一つ、対岸側にもう一つとつきたて、その上に厚めの板状に削ぎ落とした丸太で橋を渡す。削いだ木の皮を滑り止めとして、板の上を横に並べて枝から切り出した楔で止めて簡単な橋が完成する頃には完全に陽が落ちて水平線近くにオーロラが見え始めた。村人が松明や篝火を焚いてくれたので足元と若干の周りを見るには苦にならない明るさだが、それよりも更に強烈なタイフーンのヘッドライトと増設されたドライブライトに照らされて、完成したばかりの橋を、鉄の塊に引かれた馬車が渡る。その後ろにゾロゾロと虚な目した自警団が付いて渡る。そのままモンゴメリの工房へ向かおうとすると、野次馬の中からモンゴメリとエルマ達が顔を出してゆっくりと進むタイフーンの横、ハンドルを握る海尋の方、車体左側を並んで歩く。


なかなか戻ってこないので工房に降りた所、弟子達が四角い巨大な箱に乗ってどこかに行ったと言うので新しくついた轍を辿ってきたら濠の向こうで橋のなくなった濠の向こうで切り倒した木で何かやってるようなので、対岸から声をかけてみたが、作業に熱中して声が届かないようなので見物していたとの事。


なので先ほど橋を渡った際に、自分達が橋を落とした事、馬車を動かすため、急いで仮設の橋を組み上げた事を説明すると、全員目を丸くしていた。


「いくら仮設でも橋なんて半日で出来るものじゃないだろう」


出来上がったばかりの橋を渡ってきた見るからに奇妙な異国の少女二人を興味半分畏敬半分の目でただ呆然と眺めて見送っていると、少し離れたところで巨大な塊が止まって右側から姿を現した少女、暗くてよくわからないが、髪型からして赤毛の方の少女だろう 後ろに引く馬車を外して巨大な塊の開いた後部にわずかな灯に照らされて、その中に向かい合う椅子の並びが見えた、そこにモンゴメリやテュルセルの材木商人番頭、髭の男は確かヴラハの商人だったか?が赤毛の少女に促され乗り込んでゆく。再び馬車をつなぐと、先ほどよりも早い速度で遥か遠方まで届く協力は光で前を照らして闇に消え、光に照らされる景色の一部がだんだんと遠ざかり、天空にオーロラの輝く日いつもの夜が訪れた。


モンゴメリの工房2階、大きな広間は夜には家族団欒の場となり、大きな平板のテーブルをモンゴメリの家族と商人3人が囲み、「迷惑かけたお詫びとご挨拶も兼ねて」と海尋とカフカースが折れ曲がった造りの先にある部屋との仕切りがない厨房に立つ。モンゴメリの細君が体調悪くしがちと聞いて、細君の爪を見せてもらったところ、艶がなく、縦線が目立つ。多分貧血によるものだろうとは思っても、鉄分だ、ビタミンだと言っても理解の範疇外だろうから、普段の食生活を聞いた上で、こう言うものを食えと示したほうが早い。「せっかくのご縁なのでちょっと祖国の料理でもご紹介いたしましょう」と細君から包丁を預かったのである。しかし、ギルド長の嫁たる自分が遠方からの客人をもてなす事も出来なくては夫の沽券に関わると反対するも、何の知らせもなく突然厄介になった挙句、取引先の細君の体調を悪化させたとあって商人ではなくただの迷惑野郎に成り下がるので、どうかここは一つ自分だけではなく自分の商会のためにも譲って欲しいと頭を下げ、渋々とではあるが厨房を一時預かることが出来た。


(1706>00:あの奥さん相当苦しいんとちゃう?貧血と生理痛で歩くのも苦しそうやん。っつーか、海尋ちゃんなしてわかったん?)


(00:>1706:爪と匂い。爪はともかく、匂いに関しちゃ本人の前で言うべきことじゃないからね。ついでに「コレ」も広めよう)


袂からゴツゴツした真っ赤な根菜を取り出すとまな板の上に置いた。


(1706>00:んなもんどっから取り出してん?)


(00:>1706カフカースの「ソレ」と一緒)


カフカースの背中に背負ってるメッセンジャーバック(ワックスコットンの限定品且つ20世紀後半から21世紀初めに流行ったミッションワークショップ製の逸品、大きな長方形の袋を半分に折り畳んだような作りで肩から腋に通す一本のスリングで背負う姿がπ/(パイスラッシュ)として女子の胸を際立たせる装身具としても21世紀の秋葉原清純系女子に流行ったらしい。)メッセンジャーバック。

を指して言う。しかし、実態は容量無制限で状態保存の効くファンタジー小説御用達機能付きの超便利アイテムで、海尋の侍女達一同が愛用しており、ミッションワークショップの他比較的小ぶりでカラフルなCHROMEだったりバリバリ軍用のHELIKON-TEXだったりを各自愛用しているのだが、もとを正せば、海尋が生前「先生」から譲ってもらった年季の入ったHERZのメッセンジャーバックを好んで使っていたからであり。MMORPGで仮初の体を得てからもシャ・アンセイを巡る冒険で常に背負っていたからだったりする。今では丁寧に手入れされた状態で海尋の私物として部屋に飾られている。


(1706>00:ときに海尋ちゃん?キャベツから牛肉から食材全部揃ってんのはどういう事なん?)


(00:>1706:もし野宿になったらと思って材料一式厨房からくすねて来ました、御免なさい)


(1706>00:そっかー、ならウチのも一緒に付けといて)と開いたバックの中から出るわ出るわ、お菓子造りの機材と材料一式。

その中からピーナツバターの入った容器を一つ丸ごと足元で丸くなってるボイチェクの前に置く。フンフンと鼻を鳴らした後、鼻先から顔を容器に突っ込みガツガツかっこむ。


「慌てんとゆっくりお上がりなー、せっかく綺麗にしたのにまた「お風呂」になるでー」


「お風呂」の単語を耳にした途端、海尋とボイチェクが同時にブルルッと背中を震わせる。

最初にモンゴメリの工房についた後、野生のノミやらダニまみれの野生動物をそのまま家にあげるわけにはいかないと気づいたカフカースが海尋に耳打ちの後工房に降りたとき、お湯とたらいを借り、ノミとり用洗剤はないので、お世話用に常備している洗髪剤でワッシャワシャと泡だらけにされた挙句、ドライヤーの熱風を浴びせられていた。おかげでフワッフワのヌイグルミみたいな格好になってる。


モンゴメリの細君とエルマの娘ロザリナに猫か子犬かと思われたが、子熊と聞いた途端、後ずさって逃げ出した。自己紹介の挨拶もままならぬ状態だったので、出鼻を挫かれたロザリナだったがフワッフワのヌイグルミ抱えたカフカースを見て「いい歳こいて人形離れも出来ないお子ちゃま」と判断しかけたが、先の橋の一件を見てヌイグルミと思ったら仔熊、愛玩動物だった、鎌振り回してた女の子の服も見た事ない高級そうな素材だし、あの巨大な乗り物なんて何処の物よ!さっぱり素性の読めぬ二人の少女に警戒心が警鐘を鳴らしていた。夕食のテーブルに並んだ料理を見るまでは。

大きな銅製の鍋にいっぱいの血抜きしない肉を丸ごと煮込んだかのような真っ赤なスープ。でも嫌な血の匂いはしない。外側が硬そうにバキバキ割れる細長のパンと四角い生地を対角線で丸めた小ぶりの二種類のパン、こんなワゴン厨房に無かったはず?と疑わしい銀色のワゴンに乗っ木の実と果物がふんだんい使われたケーキ?その横に黒い輪切りになったつい最近父親がテュルセルなんて田舎の漁港で頂いた見覚えのあるお菓子がのっていた。なんて言ったっけ、ズズリ?いやシズリだったか異国の名前は発音しずらい。で、どっちだ?赤毛の方か、それともこの場で一等上等そうな生地の服きた緑色の髪した方か?一人称が「僕」って事は男の子なのか?あり得ないっ!!絶世とまではいかないが、女の子としては結構可愛い方だと自覚はある。黒髪に日焼けした肌のマイナス要素をさっ引いても母親譲りの顔の作りと教養と気品があれば大抵の童貞小僧は目を奪われるだろう。現にモンゴメリの工房に案内された時も下働きの童貞小僧どもにちょっと色目をくれてやっただけで卒倒しかねない勢いだったのだ。あいにく自分のお眼鏡に叶うような美男子はいなかったが、ド田舎ド辺境ではさもありなん。自分より美人の男の子なんて考えただけでもベッドに引き摺り込んで甘い言葉を囁いて欲しいとは思うが、年下っぽいしなぁ。と妄想垂れ流しの耳に「美容に良い」というところだけ飛び込んできた。


どうやらあの真っ赤なスープの事のようだ。「ボルシチ」というらしい。「ビーツ」と言う根菜には体の健康に良い成分がたっぷり含まれており、葉っぱ一枚丸ごと入っているキャベッジには食べのものを体内で分解吸収の手助けをする効果があるとか、早速父や男共がフォークで刺してパクついているので味の方は大丈夫なのだろう。神に一日の糧を得ることの感謝と恵みにお礼を唱え目の前の器に盛られた自分の分にスプーンで赤いスープを掬って口に運ぶ。これは肉の味が溶け込んだ深いコクのある美味しいスープだ。見た目に反して。メッセナで無理やり食べさせられた豚の血と玉ねぎのごった煮かと思ったら、スープは少量だと透明なワインに近い色合いで、おそらく一緒に煮た真っ赤な芋のような食べ物の色だろう、フォークで刺して食べてみると、芋のように柔らかくはなく、シャキシャキした歯応えで、薄〜く甘味を感じる食べ物だった。そしてデカい角切りというかブツぎりの気前のいい肉。これがまた美味しい。よく煮込んでるおかげで舌の上で溶けるようにほぐれていく。鳥や豚のような筋もない。がっつくのははしたないので一旦スプーンを置いて硬そうなパンに黄土色のクリームを塗った皮が硬そうなパンに手を伸ばす。触った感触は固いのだが、皮が薄くパキパキと剥がれて食べやすい。中身はとてもふっくらとして柔らかく、皮の硬さと相まって食感も気持ちが良い、そして口の中で広がる柔らかくて白い部分の甘み。塗ってあるのは木の実をすり潰してヤギの乳を固めたペーストに混ぜた物だそうだ。この甘味がたまらない!是非ともお友達になっておこう!いや、なるべきだ!食事に夢中で父たちの話を聞いていなかったが、このスズリミヒロと言う性別不明な美味しい食事を提供してくれた人物は遥か東の果ての更に果てから嵐の壁を越えて

アマノ・モリと言うところからやってきたのだそうだ。しかもヴラハでは材木商人とその親方をモイチのおじ様とともに救い出し、モイチのおじさまでも敵わない納屋に届くほどの背丈の鎧着た怪物を殴り飛ばしたとか、おとぎ話の英雄かよ?とてもじゃないが信じられない。ヴラハでの冒険譚で盛り上がって話に入り込む隙がない。ウチのお父ちゃんそう言うの好きだからなー。おっと、地が出た。おまけに気付けばおかわりまでしてしまった。デザートの「金鍔」をお腹に入れる分は残しておかなければ。銀のワゴンに目を光らせているとギルド長の奥様が料理の話を切り出した。「キャベッジ」はどうやら発音の違いでバクホーデルでも採れるキャベツと同じ物ようだ。肉もヴラハで見かける牛と同じ物だろう。そうすると後はこの真っ赤の主役、ビーツと言う根菜だが、寒いところの方がよく育つとのことで、アスタールとかヴァルキアの方で栽培可能かもしれないけど、土壌としてはバクホーデルの方がよさそうだ。との事でギルド長のモンゴメリさんは結構やる気になっているのか詳しい栽培方法を執拗に訪ねていた。食料のほとんどを近隣の集落やギルドから買い込んでいるバクホーデルからすれば自給自足できる食物が一つでも多く欲しい所だろう。それにしても博識だな。あたしなんか芋の育て方なんて知らないし、橋の作り方も知らない。デザートの前に片付け物を手伝おうと席を立ったら、赤毛の女の子に「侍女の仕事ですからお嬢様はおすわりになってデザートをお召し上がり下さい」と来たもんだ。

「侍女」?「侍女」ならヴラハの本宅とヴァルキア貴族の母様の所にいるけど、もっとこう、畏まった態度で主を「ちゃん」づけで呼びはしない。が、この所作の完璧さはなんだろう。足元にじゃれつく仔熊を蹴飛ばすことも無く、足音立てずに流れるように歩くその仕草。今度教えて下さい。


いざ洗い物となると、さすがに足元の仔熊が厄介なようで、

「海尋ちゃ〜〜ん、ボイチェクお願い」と声をかけてきた。

「おいでーボイチェク」

と仔熊の名前を呼びながら迎えに行くその所作。ついついその足運びに目が入ってしまう。

白い靴下に草で編んだサンダル。つま先だけで滑るように交互させて膝の高さが変わらない。踵が床についてないっ!

「お召し物も綺麗よねぇ、お国の生地かしら」

そう言い出したのはモンゴメリの奥様だ。足元ばかり見ているあたしが裾に描かれた模様を見ているの父勘違いでもしたんだろうか。確かに綺麗な生地だ。壁とテーブルに置かれた燭台の僅かな光に反射してキラキラ輝き揺れ動く生地に綺麗な皺ができる。ゴワゴワと折れ曲がる乱雑な皺でなく、綺麗な直線にシワがよっては動きに合わせて元に戻る。確かボーレル良家のお嬢様だと言う話だから男共にはただの生地だが、ここら辺ではお目にかかれない生地の良さを看破したのだろう。作業着につかていたのだからそんなに大した物ではないのだろうか。


「シズリ様、ちょっとおお召し物を見せて頂けませんか」

同じ疑問を持ったのか、モンゴメリの奥様が声をかける。あ、「「シ」ズリ」なのか。ウチのお父ちゃんはヴォスロ訛りだし、母様はキチンとした共通語の元になっヴァルキア語だけど、お父ちゃんにくっついて色々回ってるせいでヴォスロ訛りが映ってしまった。

「あれ、何かついてますか?」両手を「降参」な感じで上にあげ、と裾周りに目を落とす。


垂れ下がった袖は厨房に立った時、邪魔にならないよう紐で留められているので着衣の合わせ目を留めている腰帯の柄もよく見えて、余計に驚きが重なった。胴回りに巻きつけて腰の背中のやや下で折り畳むように(たぶん結び方があるのだろう)なって、折り畳んだ表側に枝に止まった鳥?の柄が全て色違いの糸になっている!?カフカースも袋を折り畳んだような四角いカバンを斜めにかけているが、それとは全く違う。糸の一本一本が銀色に輝く光沢を保ったまま他の色に、これは染めているのか?気付けば帯の後ろをガッチリ掴んで目を皿のようにして糸の織り目を追っていた。奥様も紐を解いた袖を手に、額に皺を寄せて食い入るように注視している。

「・・・・・ローザちゃん・・・」

「・・・・・はい奥様・・・・」

「アマノ・モリってすげぇえええええええええええええええええっ!!!!」(ロザリナ)

「なんなのこの生地いいいいい!」(ラザニナ モンゴメリの奥さん)

夜の入り口、団欒の広間に女二人の絶叫が響いた。ご近所さんがすぐそばにないのが田舎のいい所である。


 万歳の格好のまま、前から後ろから興味津々なご婦人と、自分と同じ年嵩の少女の二人に穴が開きそうなくらい凝視され、吊るされた干し肉を面裏満遍なく弱火で炙るかの如くクルクル回される。

なんだどうした、一体何が起こったとモンゴメリやエルマも加わり、カフカースが鞄から取り出した拡大鏡を渡されてマジマジと着物を観察している。飛び込んでくる情報量にダウンしたのはモンゴメリの細君ラザニナ・モンゴメリだった。手の甲を額に当て、「ああ、なんて素晴らしい」と言い残し、膝から崩れ、天を仰いで失神した。

モンゴメリが後ろで抱き抱え、椅子に寝かせ、カフカースが気付のお茶を差し出す。

海尋の着物を眺めつつ「一体何が?」さっぱり分からんと頭を搔くエルマが呟くと、


「何を見とんじゃぁ!このうっすらパー!よく見てみぃ、ここの鳥なんて一本一本の羽毛が細い線で!異なる色で!描かれとれとるんぞ!染めるにしても、こんな鮮やかな色なんぞ出せる染料知らんわっ!この腰帯だけじゃなく、召物も細かい柄集めて一色の色として染め出してんで!こんな精密な染め物なんて見たことないやろがいっ!そんな目で美術品商人なんて名乗れるんか!目ん玉ほじくり返してよく見てみぃこのスットコドッコイ!」

父親の頭を掴んで注視点にぐりぐりと近づけた後、胸ぐら掴んでパワフルに前後に揺すり頭から齧り付きそうなくらいに、この職人技の集大成と言っていい衣服に無感動すぎる父親を叱責する。

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きや。この着物の良さが分かるなんてやるねぇ」侍女にあらざる気安い態度で陶器の器に注いだ熱々のお茶を手渡し、腕組みのポーズでうんうんと頷くカフカース。


吊るされた干し肉状態から解放されて一息つくことも叶わず、ロザリナから質問攻めに合う。「小紋」とか「友禅」と基礎もなく細かに説明するのは難しいので染めの技法、型紙を作っての単色染、防染剤と用いての手書きによる染色、とだけ軽く説明し、それらの技法はすでに失われているに等しく、今着ているものは先先代あたりから受け継いでいるのであまり詳しい事は分からないと椅子に落ち着き真疑織り交ぜて説明をしていると、お茶を一口、器にロをつけたロザリナが「熱っつ」と器から口を離した。テュルセルやヴァルキアでもそうだったが、淹れたて熱々のお茶を口にせず、淹れたての香りとお喋りを楽しみ、程よく冷めた辺りで口をつけるのが作法のようだ。猫舌のイギリス人が「カップから皿に移して冷ましてから口をつける」中世ヨーロッパよりは文化的だなと思いつつ、湯呑みの底に手を添えてちびちびと啜る海尋も猫舌だった。


ヒートアップした娘の説教から解放されたエルマも椅子に座り

「スズリ殿、商人としての興味なんだが」と切り出した後、ズバリ着物の総額を尋ねてきた。

 正直分からない。何せこれらの着物はシャ・アンセイのMMORPGに合わせて偏執狂の集団と名高い45人がデザイン&ビルドしたもので、それをそっくりそのまま個人装備の衣装としてインベントリに移し替えたものなので、着付けや歴史はわかっても「実際」の職人がどのように絹糸を織り、染色したかなどは記録のあるメディアでしか見た事がない。

文化財としてなら生前着ていた着物が一枚で数百万とは聞いたが、どれも20〜21世紀あたりの古着として購入しているので、買取業が数千円、一山いくらで買い取ったものを数十万のプレミアぼったくり価格で購入していると思う。当時の物価を換算するのも困難なのに、この別世界での価値と価格に換算し直すのもはっきり言って無理だ。


しょうがないので適当に職人さんの生活費と技術料を考えて一枚あたりこちらの金貨で大凡1000枚と答えた瞬間、全員の意識が夜空に輝くーロラの向こうに吹っ飛んだ。

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