第18話 壊れ 請われて毎度あり

「あれ、まいったなぁ。バクホーデルまでの案内お願いしようと思ったのに」シャベルの柄で肩をトントン叩きながらタイフーンに向かうと


「バ、バクホーデルでしたらもう目と鼻の先ですよ」

そうエルマが妙に上擦った声をかけて来た。


「バルビエリさん!ご存知ででしたら道案内お願いできませんか?馬車一緒に引いていきますので」


「おお、それは有難い。是非にでも。それと村はすぐそこなのでお安い御用ですよ」


「カフカース、タイフーンの運転お願い。ヴォルクは全員乗車して待機」


一通りの指示を出した後、エルモの馬車まで向かう。


「いや、本当に助かります。倒木で街道が塞がれていたので助けをも求めに娘と馬でバクホーデルまで駆け込みまして、人手を募っていましたらあの老司猟師がしゃしゃり出てきて熊の仕業に違いないと始まりまして、退治してやるから金を出せとやかましかったのですよ」


「それは災難でしたね。馬といえば、こちらに向かう途中の湿地で随分と大きな馬を見かけたのですが、こちらの馬は馬車よりも大きいのですか?」


「いや、それはおそらく戦馬が野生化したものではないでしょうか。元々の原種ではないかと言われておりますが、いかんせん、気性は荒いわよく食うわで荷運びにも畑仕事にも使えません。モゴロの馬賊が使役しているようですが、一体どうやって懐柔しているのやら、です。時にシズリ殿は何用でわざわざご自身がバクホーデルにいらしたのですか?」


この男よく喋るなー、と思いながら、これが商人の情報収集能力なのだろうかと、警戒すべきか考えるも、ド正直に上澄だけ流してやればどう話が拡散されるかでこの男の活動範囲も分かるかな?と我ながらいや〜〜〜〜な考え方をしてしまう。こちらが返答に困っているかと思ったのか、


「バクホーデルにブリザットさんとこの若頭もいらしておりまして、オルケス殿からもオーロラの髪を持つ異国の少女の話は聞いておりましたので、街道でお姿を見かけてすぐに「ああ、この方か!」とわかりましたよ。いや、『見るは聞きしに勝る』の通り、美しさと言葉を失う程の力の権現では言葉が追いつきませんわ」


知り得た情報を全部さらけ出して敵意がない事、友好的である事ををアピールしつつこちらの出方を探っているのか、本当にペラペラとよく喋る。長いこと人間不信なんてやってたから対応に困る。


「テュルセルのギルドを通してバクホーデルの窯業職人に瓦を発注したのですが、その際預けた釉薬では見本のような色が出せないと連絡がありまして、状況の確認と原因の特定をした上で改善策を探りに来たんんです」


「ヴァルキアでさる高貴な御方からお住まいの立て直しの依頼を頂きまして・・・まぁ、責任は僕にあるのですけれども。ちょうど「僕のカフカース」がそういった方面にとても詳しくて」


とりあえず話に乗っておこうとさしさわりのない程度に希釈して会話に乗り二人並んで馬車を押して街道まで押し出すと、連結用のロープと金具を持った、もとい、口に咥えたバーゲストがいた。


(00:カフカース?どういう事??)


(1706:調伏したっぽいよ。仕事よこせって顔してタイフーンの横に並んできたから、これ海尋ちゃんとこ持ってって、って渡したら「任せろって」って前足あげて返事したから任せてみた。ご褒美にモフってあげたら喜ぶんじゃない?)


顔って、そんなん分かるんかい?とツッコミたかったが、侍女様たちはたまにそういう所があるから恐ろしい。


(00:ところで、全員の署名入りで「お持ち帰り嘆願書」なんてのが来たんだけど遠慮なくお持ち帰りする?)


さて、モフるとはなんぞや?と思い返せば、愛玩動物の毛皮をわしゃわしゃ撫で回す行為をそう言ったのだっけかと、正面から頭をがっしり挟んで抱きしめるように


「はいよくできました、ありがとー」


と生物(ナマモノ)抱き潰さないよう気を付けながらわしゃわしゃと毛並み逆立てて撫でくりまわすと、いいぞ、もっと来い!とばかりに「ガフガフ」言いながらじゃれ付いてくる。


「し!、しししししし、鎭裡どのぉ!」


横で狼狽えるヴラハの商人。


「あ、どうぞご心配なく、じゃれ付いてるだけのようですから」


がっしり正面から抱きついて顔を頬に擦り付けるようにじゃれつくが、相手がちっこいから押し潰しそうになるのを気にしながら足踏みする。


「それでも私は生きた心地がしませんよ」


「ちょっとごめんよー、馬車繋がせてねー」


バーゲストの抱擁を解いて馬車と馬の連結部分にあるハーネス取り付け部分に連結させ反対側をタイフーンの後部の牽引用フックにシャックルを使って取り付ける。

ゆっくりと低速で走る分にはこれで十分だろう。

タイフーンの右側までエルマを連れ立って後ろにバーゲスト母子を従えて歩きエルモをタイフーンの操縦席に並ぶ椅子の真ん中に座らせる。運転席に並ぶ針や発光する計器に驚きを隠さず何かが動く度に驚愕の声を上げる。


「こ、これが異国の馬のない鉄の馬車?!まるで生きているようですな。

は、ははは・・・」


車幅は2.45メートル(日本の大型トラックとほぼ同じ位)あるので大柄な大人3人が乗っても多少は余裕があるので両端が少年少女サイズならあまり窮屈ではないだろう。自分も右側の席に乗り込もうとすると、バーゲストはトボトボと仔熊を埋葬した木の根本に座り込んでしまった。

 後を追ってバーゲストの傍にしゃがみ込み、頭を撫でてやりながら

「どうしたの?一緒においで」と声をかけてやると


「クオォォォォォォォォン」と寂しそうな声をあげて別れたくはなさそうに海尋の顔を舐める。


遠慮することはない、ここよりは母子ともども安全は保証されるし、食料だって十分にある、等々、母熊バーゲストの説得を試みるが、「ゴフゴフ」と穴で地面を擦り付け、この場に留まる意思表示のような行動をとる。そのうち、母熊バーゲストが鼻先で仔熊を海尋の方へと押し出すと、海尋の膝下鼻先を擦り付け、体を取り巻く鎖を揺らすと、か細くクルォオオオンと鳴き、熊の墓の横で蹲りそのま眠りに入るような姿勢になった。タイフーンを降りて横に並んだカフカースが母親に縋ろうとする仔熊を抱き上げ

「「自分はもう怪物だからこの子を頼む」って事じゃないの?」と小さく言う。

時折、「フンフン」と鼻を鳴らして顎下から胸元あたりに鼻先を近づけて首を動かす仔熊の背中を撫でながら


「さて、僕は母親と関わったのは死んでからだからわからないや。もしそうなら」仔熊の墓に向かって「安心してお休みなさい。ちゃんと面倒は見ます。その代わり、あなたは子供が眠るこの場を守っやって下さい」


と言い、墓に向かって頭を下げる。


「さてと、そうなったら名前ぐらい付けとかないと呼称に困る。どうしようカフカース」

「クマちゃんの名前といえば「ボイチェク」しかないでしょ。立派な軍人さんでもあるし、ここ読んでる読者さんの8割方は「そこはボイチェクだろうがぁ!」と内心思ってるんじゃない」

「じゃぁ、それで」「軽っ!」


動物と触れ合う機会なんてなかったし、(そもそもいない。23世紀末の放射能保護区画にもNATO、ワルシャワ条約機構VS中韓国戦争による疎開先の欧州にも行政管理下には野良犬、野良猫なぞいなかった)牧畜家畜の類はいたけれど、樹脂で囲われた「工場」の中にいては触りようがない。

ヴラハの商人マヌエルを挟んでタイフーンで森林を切り開いた街道を進む。


「この道を使ってバクホーデルを越えてからボーレルのコレクトを経由してから東の蛮鄧ばんだんや南のハルカリやメッセナまで抜けられます。大抵テュルセルではなくマルクトの首都ユセルから出立してバクホーデルを通過、ボーレルのコレクトあたりで宿を取ってハルカリからその先のメッセナまでの陸路が遍歴商人のルートになります。そこまで行くと白い焼き物やガラス玉などの新しい素材の商品が手に入ります。」


道案内がてら新規の商人に地理と経路や土地ごとの風俗や注意すべき取引の決め事を教えてくれる。年若い商人への野外実習の授業に似たような感覚を思い出す。


右も左も分からないMMORPGの世界で「先生」と慕う巨漢で岩石のような風体に似合わぬ夜空と自然を愛するロマンチストから過去の記録や電子図鑑を見せられながら学校に行けなかった自分に色々と教えてくれたっけ、そんな「先生」がこの世界を見たらきっと記録媒体担いで狂喜乱舞しながら愛用の革ブーツで歩き回る事だろう。


先輩商人の講義を受け膝の上で丸くなった小熊の背中を撫でつつ、街道を5分弱進んだあたりで一度細い分岐に入った所に煉瓦作りの壁に馬車一台が通れる程度の広さの橋と門、濠に見立てた川、その周りに完全武装の兵士と刃物を持った木樵、後ろの方で先程のローブを着た生っ白い皮膚の弛んだ肥満体が片手を振り回して何やら喚いている。そこへ海尋の放った一撃を見てケツ捲って逃げたパットン・ダリルと、同行していた猟師たちがゾロゾロと近寄ってきた。仔熊を席に置木、タイフーンから降りて


「これは一体どう言う事でしょう?僕らは商人として瓦職人ギルドの方と話をしに来ただけなのですが、余所者は金品奪って追い返すのがバクホーデルの流儀ですか?」


「海尋ちゃん、それ煽ってるよ」


カフカースが降りてエルマが続いてタイフーンから降りる。


「おいパットン!こちらの鎭裡殿はまごう事なきフリストスの海運商人だぞ、その対応、フリストスを敵に回す覚悟あっての事か!?」


「やかましいわ!フリストスより目の前の魔物だ!魔物をバクホーデルに入れるわけにはいかねぇ!瓦職人の話なんざ知った事か!」


「ほうほう、そうですか、そうですか。(00:マヌエルさん、アニエッロさん、トマーゾさん、ジャコモさん、ひと騒動起こしますからその隙に壁越えて侵入しちゃって下さい)ならば仕方ありません。しばらく仕事はできないようになりますが、休業補償と傷病手当はありますか?」


慣れた手付きで着物の袖を襷で纏めると帯の後ろから紐で繋がれた2本の黒い棒を取り出して軽い動作で肩から背中、背中から脇を通して右左と振り回した後、片方の棒を脇に挟んで手のひらを上に向けた右手を前に差し出し、4本の指で「かかってこい」と招く。


「おっちゃんおっちゃん、危ないから車戻って」とエルマの後ろを押して後に繋いだ馬車を切り離し車に戻るカフカース。

助手席に座らせたエルマをハーネスで固定して自分もハーネスで胴回りだけ固定するやタイフーンのハンドルを握りアクセルとブレーキをめいいっぱい踏み込む。タイフーンのディーゼルターボエンジンが咆哮をあげ、それを合図に後部兵員室のアルルカン/ヴォルク4名は天井のハッチから飛び出して各々門から少し離れたところで待機する。


「わ、私荒事は好かんのですが・・・」タイフーンのシートで縮こまったエルマがぼやくと


「好かんもクソもあるかい!あっちが喧嘩吹っかけてきてんだから買ってやんのが商人の心意気ぃっ!」ハンドル握ったカフカースが気合い?を入れると「そんな心意気はありませぇん!!」

喚くエルマを尻目に回転数の上がりきまで上がりきったところでブレーキに乗せた足を離す。


「ほい、ほい、お釣りは取っとけって、ね」アクセルベタ踏みのまま閉じた門に向かって一直線に突進、門にぶつかる直前で急制動をかけてタイフーンの鼻先数センチのところで止まる。巨大な軍用車両の突貫にビビった鎧姿の騎士やら斧持ったままの猟師やらが慌てふためいて橋の両脇から濠に飛び込む。濠はそこそこの深さがあるようで、大人の身長で立って顔が出る程度の深さのようだ。斧持った木こりはまぁいいが、重い騎士の鎧着込んだ兵士は浮かび上がってもこない。なんとか助けを借りて顔は水面から出せたものの、今度は濠から登れない。

 

集落の門に後数センチで接触と言った所で止まりはしたが、それでもフルブレーキのままエンジンを空ぶかしして車体を前後に揺すり、車体の鼻先dゴツゴツと木製の扉をせっつく。その度に木製の扉が歪み、ギィギィと音を立て、入り口の橋も車体の動きの合わせて前後に揺れ、釘を使わず噛み合わせて結合された橋桁を結ぶ縄と噛み合わせの結合部が大きく軋む音を上げる。


濠から這い上がった頭図揃えるだけの雑兵ポジの猟師や木樵が「魔物よりヤバいモンにてぇ出したんじゃなかろうか」とあからさまに表情に出ているのが目に取れる。そんな一同に向かって


「できれば穏便に商人としてお話ししたいのですが、まだインネンつけてくるのであれば執行者として強制的に門ブチ破っての訪問になりますがどうします?」


懐から取り出した一枚の黒い札をチラつかせて溺れかけてガボガボ言ってるパットンの正面にしゃがみ込んで問いかける。溺れかけているのだから当然返事なんてできる訳もなく、さもめんどくさそうな顔をして近くに浮いてるロープ(おそらく捕縛して吊るそうとでもしたのだろう)を手に取り、パットンに向かって投げる。


ロープを掴んだパットンをそのまま引き上げ、岸にヨロヨロと上がるパットンの腹を鎧の上から一発かち上げ気味の掌底打ちを踏み込みとともに一発入れる。体を「く」の字に曲げて空中に押し上げられるように突き飛ばされ、鎧の重い音と共に橋の上に転がる。一応鎧の腹は凹んでいない。


「ゲハッ、ガハッ、ガハッ」


飲み込んだ少量の水を吐き出しながら膝をついて起き上がる。こんなちっこくて細い子供が鎧着込んだ大人の男を片手の一撃で中に浮かすか!?驚愕と恐れの目で海尋を見ると


「先ほどのもそうですけど、こんなのただの宴会芸ですよ。アマノ・モリの子供なら誰でもできる程度の(嘘)ただの「宴会芸(大嘘)」です」

 

橋の上で悶絶しているパットンの横にしゃがんで


「さて、僕はヴァルキアのさる高貴なお方より貴重な文化財の立て直しを依頼されておりまして、その際、障害となるものは武力を持って押し退ける事も厭いません。その辺も込みで信頼の証にヴァルキア「帝国」発行の黒札を預かっています。他人の権力の下、己を誇示するのは真っ平なのでここらで誹謗振り回すのやめてもらえませんか」

 

眼前で語りかける見たことのない装いの少女真っ白な靴下(足袋)と多分植物を編んで作ったサンダル(草履)しゃがんだ姿勢の服の合わせ目から覗く肉の薄い、それでも柔らかそうな真っ白な脚。あのホモ司祭野郎がモノにすると言い出したせいで、えらい無様を晒した。腹に喰らった一撃で起き上がる事もできない。膝をつき、尻を突き出し橋の石畳見頬をベッタリくっつけて打ち上げられて窒息寸前の魚のようにピクピク体を震わせるのが精々で声も出せない。ん、待てよあのホモ司祭が欲情してんだから、こいつは少女じゃなくて少年?なのか??


「ダメだこりゃ埒が明かない」


溺死直前のパットンを置いてきぼりにして、ぴょんぴょんとタイフーンの屋根に飛び乗り、そのまま柵を飛び越え中に入ると、扉の裏側には槍のように農具を構えた農民が恐れと驚きの表情で柵を飛び越えてきた海尋を見上げて来た。咄嗟に突き出された4本爪のフォークの尖った爪先に重さを感じさせない風のように静かに爪先立ちで降りると、驚愕に埋もれて呆然とするだけのフォークの持ち主に腰を曲げ、顔を近づけて


「あ、突然すいません。表の方々がお話しできないようなので、こちらの責任者の方にお取次頂けませんでしょうか?」


「はわ、はわはわはわはわ、はばばばばばばばばば。ふぉ、ふぉい、られかほんほへひふぉんひぇふぉい・・・ひ、ひひひひひいひょっぽぽぱぴぷぺっぺー」


服装からして普通の村人、農民だろう。上から影が降ってきた。だから持ってた農具の先を上に向けた。その切先に風に舞う鳥の羽でも触れたかのように、これっぽっちっも手応えがない。そのまま顔を近づけられても動いたことすら伝わってこない。少女のような柔らかな輪郭に流れて切れるような目鼻立ちと細くて長い睫毛、瞳の奥に清水でも湧き出ているかのような碧い眼。人ならざる存在、大昔のお伽話のサナリか、人の姿を模した姿と透けるような薄い緑の髪は森の妖精か。

そんなものに問い掛けられたら舞い上がって顎もろくに動かせない。目の前の綺麗な顔が眉を顰めて怪訝な顔つきになると、スッとフ構えたォークの先から消えてしまった。「あ、あああああ、」

何かこう大事なものを失ったような喪失感が押し寄せて膝から崩れて呆然と中を見る。


「鎭裡殿!、鎭裡殿ではありませんか!リコです!先日お助け頂いたブリザット商会のリコ・オルケスです!」


門の前に集まった人集りを掻き分け材木商ブリザット商会番頭、リコ・オルケスが駆け寄ってきた。


「ちょっと待ってくれ!このお方はうちのブリザット商会の恩人でバンゴの大将と俺の命の恩人でもあるお方だ!なんか知らんが武器を降ろせ!」

リコ・オルケス?そう言えばヴラハの森でバンゴさん助けた時にいた番頭さんか。なんでここにいるんだろうと思ったところに

「おいおい、番頭さんよ、そいつぁマジか?」

リコの後を追いかけてきた目付きの険しいしっかりした体格の初老の男がリコの前に立つ。

「ってぇか、お前ら何やってんだ?みょうに騒がしいから駆け付けてみりゃぁ、なんだ一体、武器一つ持ってねぇ女の子の前に得物かざして威嚇だなんて大人のやる事か!」

海尋を中心に囲い込むように農具を構えた集落の住人の前に立ち叱りつけてから


「申し訳ない、お客人。なんかの手違いか無学な連中早とちりだ。どうかご勘弁願いたい。おい、何をしている、早く門を開けないか!」


集まっている人垣に指示を飛ばし、海尋の正面で頭を下げる。


「大変申し訳ない。私はこのバクホーデルでギルド長をやっていバロッカ・モンゴメリと言う。村人の失礼をお詫びする」


「ご丁寧に恐れ入ります。僕はシズリミヒロと申しましてテュルセルでフリストス同盟の下、海運業を営んでおります。バクホーデルへはテュルセルのギルドを介してこちらの瓦職人さんにお願いした瓦の件で確認の為参った次第に御座います」


ギギギと重い音を上げてバクホーデルの扉が開く。ゆっくりと、巨体を支える黒くて厚みのある輪を回して門を潜る巨大な箱。頭を上に向けると正面の透明な壁の向こうには紅い髪を左右で巻いた少女と見覚えのある口髭を生やした伊達男。取り囲んでいた村人が左右に分かれてその巨体を見上げる中、左側から降りた少女に続き見覚えのある伊達男が乗り物から降りる。


「バルビエリさんよ、いったい何事だい。倒木の処理って話だったんじゃないのかよ?」


「私にも分かりませんよ。倒木処理に向かった場所でバーゲストに襲われて、そこを鎭裡殿にお救い頂いて」


「リコとも面識があるんだよな、まぁなんだ、えーっと、シズリ殿?でよろしいか?どうも発音に違いがありそうだが、お詫びも兼ねて家でお茶でも飲みながら話しましょう」


一旦その場を収めるとバロッカ・モンゴメリの後に続きバクホーデルの門から遠ざかる一行を見送る村人の耳にギシッ、メキメキ、バキィッと木材の割れる音が入る。音の方を向けば入り口の橋が崩れて割れて濠に沈んでいく。そりゃ20トン超えの巨体に陣取られ揺さぶられっちゃぁ木組で縄で縛っただけの木造じゃ強度が持つ訳がない。魂抜けて途方に暮れた村人が立ち惚けて橋の最後を見送っていた。向こう岸に逃げた自警団?の連中もただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 先をゆく海尋達の後ろをゆっくり進んでいたタイフーンの運転席に乗るカフカースは「あっちゃー、やっぱもたんかったか」と額をピシャリと叩いて、まぁしょうがないわな、いっそ石積みで作り替えようかと修復の算段を整えていた。


 さすがギルド長、大変立派な邸宅!とはいかず、麦畑の間に引かれた砂利の浮いた硬い土の道を進み、緩い斜面を登ると、レンガ半分、丸太半分の3階建てくらいの高さの家に案内された。

木造の家に煉瓦作りの窯をくっつけて建てたので、一階部分は工房兼窯なのだそうだ。なるほど、木造部分の一階から張り出し2階部分が乗っかっているような作りで、煉瓦部分はそのままストンと落ちるような直角の大きな煙突のようだ煙は登っていないが、煉瓦の壁に近寄ると余熱のような熱さを感じるので一仕事終えた後なのだろう。

 バクホーデルは主に窯業、林業を主軸に農業、紡績を行っており、自分のような陶芸やってる者がギルド長に選出されることもあるとの事だ。一階部分は工房で、家屋の裏側に屋根付きの作業場が広がっている。タイフーンを裏庭の横に停めさせてもらうと、10人程度の弟子たちが魔物かはたまた化け物かといった具合にバタバタと仕事から手を離して客を引き連れたモンゴメリに駆け寄ってきた。「案ずるな、みっともない。あれはお客人の乗り物で妖の類ではない」そうは言われても小屋一軒程の塊が耳慣れない音を立てて動いているんだから恐怖心は抑えられないだろう。


工房で働く弟子達はモンゴメリの話では年嵩12〜20程度の子供を含む成人手前の集落で窯業の親を持つバクホーデルの窯業を担う若者で、ゆくゆくは彼らがこのバクホーデルを背負うそのために親元から離れてモンゴメリの下で修行しているのだと言う。どおりで横目でチラチラ盗み見るように海尋を見ては何やらゴニョゴニョと小声で短いやり取りをしている。おおかた何処の余所者かと言ったていだろう。そこへ、


「海尋ちゃ〜〜ん、車ここでいいの〜〜〜」

タイフーンの天板跳ね上げて赤髪の美少女が身を乗り出して声をかけてくる。すると、工房から一斉に


「うおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!」


と性春りっしんべんな若人達から歓喜の声が上がる。「おいおい、なんだ、とんでもねぇ美人が出てきたぞ!」「都会でも見た事ねぇ服だけど、あれ都会最新の服か!?」「ちくしょう、俺もっと良い服着とくんだった」

別世界でも思春期男子のりっしんべんは正直かつ全身全霊の全力全開である。女っ気が少く、行き来の少ない地方の集落なら尚更の事。タイフーンから降りて工房のど真ん中を注目集めて闊歩するカフカースの姿を目で追い、目の向きに顔が同調し、果ては全員赤毛の美少女の動きに釣られ体の向きがその姿、細くて小さい背中と形の良いお尻を全身で追っている。「ミヒロちゃん」と呼んで近づいてゆく方向にようやく目が向き、師匠たるモンゴメリとテュルセルの材木商人、今朝方集落に駆け込んできた整った口髭の伊達男の後ろに並ぶこれまた人間じゃありえないほど整った顔立ちのすこぶる付きの薄い緑色髪の美少女が目に入る。

再び湧き起こる

絶叫。

怒号。

魂の雄叫び。

広い工房と入っても精々学校の理科室や音楽室程度の広さではある、そこに2014年のマジソンスウェアガーデン、NBAバスケットボールの試合でニューヨークニックスのエースカーメロ・アンソニーがシャーロット・ボブキャッツとの試合において1試合で単独で62得点叩き出した試合の熱狂と歓声を突っ込んだらどうなるか。耳を塞いで足早に立ち去るしかない。工房横の階段から2階へ足早に駆け上り、横長の折れ曲がった作りの応接間っぽい部屋に出る。



「いやいや、若者の熱気は凄いですなぁ」逃げ込んだ2階の広間で口髭を撫でつつエルマが言う。いや、そういう問題じゃない。後ろからの音の圧力に飛ばされて海尋に抱きついたカフカースは海尋にお姫様抱っこのま姿勢でしがみついたままそう突っ込みたかった。

「いや、失礼。この集落、殆ど女っ気がありませんからな、お二方のような美人を目にしてはタガも外れるといったものでしょう。どうぞどうぞお掛けください」年輪の浮いた低めで大きな一枚板のテーブルの周りあにるテーブルの高さにに合わせた低い椅子を勧められ、各々手近な椅子に座ると

「さて、スズリ殿と仰いましたな、ご用件をお伺いする前に、失礼ですが先に来られたリコ・・・あ、いやオルケス殿の話から伺っても良う御座いますかな?」

「ええ、どうぞ。僕は一番最後で結構です。もう用事の答えは分かりましたので。それと、僕は男です」

若人とは対照的にバクホーデルのギルド長は静かにひっくり返った。


纏めた話、リコもエルマもバクホーデルに発注した木材と陶器が突然値上がりしたのはどう言うことか?」と言う事だったのだが、モンゴメリの方からそれは一体どういう事か、自分は何一つ知らぬ。となんともキナ臭い話になってきたのでモンゴメリの方で徹底的に調べる、となった。


「伊いや、申し訳ありませんな、スズリ殿」


「いえ、いっぺんに三件も問題が起こったのですから先着順で取り掛かるのは当然。ましてやお金の話となれば早急にキッチリしませんと」


順番で言えば、リコ・オルケスは昨日の夕暮れ、エルマは今日の朝、海尋に至ってはついさっき。だ。


「ほうほう、それはミハエルですな。ところでスズリ殿、次女殿が淹れてくださったこのお茶ですが、是非とも融通していただけませんでしょうか」


テーブルについて話を始める前に、何処から出したのかカフカースがお茶を用意していた。曰く「侍女ならば当然の事です」と、そこで海尋の仕える侍女であるとカフカース本人の口から自己紹介めいたやりとりがあったのだが、エルマとモンゴメリは姉か妹かと思っていたらしい。リコはヴラハの一件で鏡のマスク(面)を被った侍女の姿は見ていたが、こんな美少女だったとは、と驚いていた。


お茶の話が出た途端、エルマの顔つきが変わったのは、以前テュルセルの港湾管理事務所でモイチを交えて商売の話をしていた時に振舞われた緑茶が気に入っていたからだ。お土産に甘味をもらった手前、図々しくもお茶の出所まで詳しく聞くことが出来ず、いずれ会合で紹介すると言われたので機会を待とうとしていたこともあるが、モンゴメリに口を出されて、ごっそり持って行かれてはたまらない。あの甘味も妻と娘が自分同様、とても気にっていたので是非とも追加で手に入れたい。


穏やかな商人の顔に気迫が籠ったのを皮切りに、大人3人が見た目小娘の新人商人に「是非ともお茶を!」と詰め寄って来る。差し詰め、リコ・オルケスは一般人代表と言った所だろうか、ヴラハの森で口にして以来、親方の見舞いに来た際に、お見舞いで貰ったお茶で仕事の休息時に味わえるものの、自分の家で寛ぎながらゆっくり味わいたいと思っていたので、他の二人に勢いで乗っかってしまった。


そこで商売っ気なく「はい分かりました」で終わらせるのではなく、いわゆる「ティンと来た」状態でスラスラと一計を案じてしまうのが怖いところ。

需要があるのなら作れば良い。


「モンゴメリさん。この卓、木材はウォルナット、オニグルミでしょうか?」


「ええ、いかにもウォルナットです。ここら一帯を開拓するときに殆ど伐採しましたが、ブリザット商会さんの口添えで植林用の苗木を育てております」


「伐採後畑にした場所の作物の育ち具合はいかがですか?」


「あまり良くはありませんな。牧畜用の下生えや雑草程度でしたら困らない程度に生えますが、麦や小麦、農作物は育ちが良くありません」


「でしたら、お茶の苗木を用意しますのでお茶の木を育ててみませんか?最初の収穫まで4、5年かかりますけど、剪定さえしっかり世話すれば農園として長く収穫出来ますよ」


「しかし、うまく育つでしょうか?色々やってみたのですが、ここら一帯どうにも土がよくないらしく、作物がうまく育たないのです」


「でもウォルナットの苗木はここの土で育ってますよね。オルケスさん」


「ええ、仰るとおりです。・・・もしかして」

いきなり話を振られて驚きながらも海尋の言わんとすることが朧にわかってしまった。


「「お茶の木」というのはここの土壌に合ったものなのですか?」


「はい、概ねそう思って頂いて構いません。詳しく言えばやや酸性寄りの土壌ではないかといったところです」


「あとはちょっと手持ちをあっちゃこっちゃでばら撒いて様子見るのもいいし、加工すれば皆さんが嗜む紅いお茶にもなりますよ」


「ええっ!」と驚きの声が三方から上がる。「色も味も違いすぎる!」「こっちの方が・・・」


なんだかんだでチャノキの栽培方法をリコ(ブリザット商会)に手持ち分から緑茶の状態で酒樽5樽分、茶畑農園化助力の契約が本筋の用件とは外れたところで締結した。そのやり取りの中にバルビエリ商会に金鍔も含まれていたのは言うまでも無い。

蛇足だが、カフカースが用意したお茶に入った青で絵付けのされた白い器を見てモンゴメリが発狂して弟子一同を呼び寄せて「この器を見ろぉぉぉぉっ!!!」と海尋とカフカースに是非作り方を伝授して欲しいと請われたというひと騒動があった。陶器と磁器では土と石の違いしか知らないので教えようがないというと、ならばせめて、と白磁をいくつか研究見本として都合して欲しいと足にしがみついて請われた。「プラント」に必要なものブッ込めばいくらでも出来上がって来るのだが、産業として発展させた方がテュルセル、引いてはマルクトの発展にも繋がるだろう。

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