第3話 訪問のご挨拶は老舗和菓子に限る

筋肉二人をロビーの椅子に座らせて、回復を待っている間、昨日見なかった受付の「お姉さん」と

ヴィータが「昨日はわが主がお世話になりまして」から始まって「つまらないものですが、皆様でお召し上がり下さい」と日本的ご挨拶の儀式を終わらせ、ヴィータ的には受付のお姉さんと世間話のような情報収集を行なっている様子で、海尋の方は組合長に渡す羊皮紙の束に再度目を通していたところ、事務所の扉がけたたましく蹴破られるかのように開かれてツィツェリアが飛び込んでくると、続々と数人の職員と思しき女性と船乗りたちと殴打跡のある鎧の騎士達が飛び込んできた。

「所長!モイチさん!早く扉閉めて!いいから早く!全部の窓塞いで!!」

各自最寄りの窓にダッシュして、天井付近の壁に設けられた明かり取り用の小窓を除き慌てふためいて木製のはめ込み戸を窓に押し込み、壁と嵌戸に横木を渡し、外部から事務所を遮断する。


1階、2階と全ての窓を塞ぎ終わって一階のロビーに固まって息を切らしていると、銀色のトレイに水の入った透明な瓶を載せたミヒロと長身金髪の女がまずは落ち着いてくださいと各々に瓶を配る。ごっごっごっと口の端から溢れた水が服を濡らすのも気にせず勢い良く喉に流し込み


「ぷはーーーーっ間に合ったぁーー。」


と一息ついたところでツィツェリアが四つん這いで所長とモイチに這い寄って


「所長、大変だよ、癇煩の奴らが暴動起こして教会前から市場で大暴れしてんだよ!止めに来た騎士さんたちも数に飲まれてボロボロさぁ」


真っ暗ではないが、明かり取りから入るわずかな光のおかげで事務所に駆け込んで戸締りに協力した騎士が背中あわせにへたり込んでいる。命からがら暴徒から逃れ駆け込んできたのだろう。ヴィータがツィツェリアに歩み寄り、腰を落として


「もう少し詳しいお話をお聞かせ願えますか?」


そう聞いたとき、騎士の一人が立ち上がり、メイピックに向かって


「あんたらが昨日吊った問題起こした癇煩の周りに無関係の癇煩どもが集まって檻を壊して差別だ虐待だ救出だと叫んで逃がそうとしたんだよ、で、石打ちの準備してた司祭と修道士に暴行加え出したんで、警護の騎士総出で押さえ込もうとしたんだけど、あいつらどんどん数が増えて飲み込まれちまったんだよ。口々にモイチを殺せとか異国人を犯して吊せだの先導しだしてこっちに向かって歩き出したから裏道抜けて先回りしたんだよ。逃げるどころかこれじゃぁ籠城戦じゃねぇか……」


暗い表情を浮かべると、それまで黙って事の成り行きを見守っていてた海尋が口を開く。


「数はどのくらいですか? メイピックさん、逃走用の通路とかはありませんか?」



騎士もツィツェリアもふるふると首を振る。メイピックも首を振る。事務所の裏手はすぐ海で人が一人通れる幅程度の通用路しかない、通路の前後抑えられたらお終いだ。万事休すと沈黙が流れる中、事務所の扉やら壁がゴツン!ガツン!と鈍い音を響かせる。

投石による威嚇でも始まったんだろか、続いて

「モイチィー出てこぉーいっ!」「異国人を連れてこおーいっ!」

と大語を張り上げて騒ぎ出した。


「やべぇ、やべぇよ」


「ヴィータ 暴徒鎮圧よう……あ、しまった。僕これしか持ってきてないや」

後ろ手に帯のあたりからゴソゴソと重なった2本の短い黒い棒を取り出すと、片方を手に持ってだらりと下げる。棒と棒が紐で繋がれている見た事のない武器だ。とモイチは思いながら、


「ミヒロちゃんよ、下がっってくんねぇか、新しい友達失うのは真っ平だ」


と手のひらに拳を打ちつけて扉の前に立つ。


「エルザ、ツィツェリア、2階の奥にいけ。なんとか時間稼いでみるさ。隙を見つけて逃げろ」


「おいおい、俺たちだってまだやれるぜ。おいネェちゃん、何やってんだ、奥に下がれ!」


ボロボロの騎士達も立ち上がり、ドアの横で壁に手をつけて立っているヴィータにさけぶ。

それと同時に事務所の扉に斧が打ち付けられる。驚きも見せる事なく静々と扉から離れると


「万事休すの四面楚歌、海尋様、暴動排除扱いで鏖殺もやむなしかと進言致します」


落ち着き払った態度に頼もしいと思うよりは「おまえらちょっとおかしいぞ!?肝が据わってるにも限度ってものがあるだろが??!!と言ってやりたかったが、


「皆さん、すみません、入り口で応戦しますけど、撃ち漏らしをお願いします」


モイチの前に出て扉の前に立つ海尋の言葉に混濁した常識と認識が非常識に塗り替えられる寸前で扉を斧と蹴りで打ち壊して斧を掲振り上げ奇声をあげて飛び込んでくる暴徒に対し、身を躱しつつ顎と頭に紐で繋がれた黒い棒を打ちつけ、怯んだ所を足の裏を使って扉の向こうへ蹴り飛ばす。


もう一人、奇声をあげて左から斧を振り翳して襲い掛かる男に対して、身を翻してくるりと周り、そのままの勢いで相手の頬骨辺りに黒い棒の一撃を喰らわすと、続け様同じ場所にハイキックを喰らわし着地と同時に棒についた血を振り払ようにヒュンヒュンと体の後ろ、脇の下と体に沿って回して、脇で抱えるように挟み、右側でビビってる男にジリジリと近づくと野生の猿のような金切声上げて入り口前からまっすぐに伸びる大通りにびっしり詰め寄った群衆の中に逃げ込んだ。

 

モイチは何もできず、ただ茫然と海尋の後ろに突っ立ていると、

「ちょっと失礼致します」と自分の後ろで声がした次の瞬間、襟首を捕まれ後ろに引っ張られ、足払いをかけられ後ろ向きにひっくり返る。見上げる景色に映るのはオリーブの実らしき物を手にした青い衣装の金髪長身の女。


「耳を塞いで口開けて伏せなさい!」


室内に向けて叫ぶと手に持ったオリーブの実っぽい何かを暴徒の先頭に向けて下手で放り投げて転がした。石畳の大通りにコンッコココココと音を立てて群衆の足元をすり抜けるように転がると、しばらくしてズバムっと大きな音と床越しに伝わる荷下ろし起重機から荷物が落ちたような地響きと室内の空気を押し潰すような強い風。


何事かと体を転がし大通りを見やれば、範囲は狭いが丸く抉れた石畳の道と、その周りに血を撒き散らし、内臓が溢れでている上半身だけの躯、骨が見える千切れた手足。穴の周りに頭抱えてヘタリ込む暴徒。その後ろには鼻から血を流し耳を押さえて転げ回る暴徒。モイチが一歩足を踏み出し、部屋の外に出ると、それまで怯え、後退りしていた暴徒の生き残りが我先にと真後ろのお仲間を引きずり倒し、バラバラになった骸も座り込む仲間も見返らず、兎にも角にも我先に、我先にと、一刻も早くこの場から逃げ去ろうと踵を返した。


しかし、先頭以降の暴徒は何が起こったのかも分からずに、後ろから押し寄せる後続の暴徒に押され立ち止まることも出来ず、前へ前へと押し出されるが、先鋒の連中が恐怖に駆られて後ろに向かって走り出した。


事務所に向かう流れと逃走で逆向きに動く流れがぶつかれば、衝突部が混乱に陥り、押し出され、引きずり倒された挙句前から後ろから踏み潰され、絶叫怒号の阿鼻叫喚と化す流れがぶつかる所へ、モイチの横に立つ女が、もう一つオリーブの実を手に取り、赤い唇を開いて齧り付き、その硬い皮を床に吐き捨て、齧ったオリーブの実を投げ入れた。硬い音を立てて床吐き捨てられたのはオリーブの皮ではなく、ピンのついた金属の輪っかだった。

そしてまた地面の振動と叩きつける強風。沸き起こる悲鳴と絶叫。そうなるともう次は自分だ、次に血を流して道を転げ回るのは自分の番だと本能の底から湧き上がる恐怖心にいても立ってもいられず、何が何でもこの場から逃げようと港湾管理事務所に背を向けて、目前の同じように背を向けるお仲間を押し除けて逃げようと足掻く。

 

音と風の衝撃で耳鳴りのする頭をさすりながら港湾管理事務所の入り口階段に腰を下ろし屍山血河と化した通りと、こちらに背を向けて逃げ去る暴徒を眺めていると、海尋が自分の横にならび姿を表すと、通りの脇、腰でも抜けたのか、建物の壁沿いで立てず歩けず走れずで壁にへばりつくのがやっとだった暴徒の一人が


「いたぞぉっ!異国人だ!異国人ガキを殺せぇえええええっ!!!殺して犯せぇぇぇっ!!!」


と大声で叫ぶ。すると、背を向けて走り去っていた暴徒どもが、今度は一糸乱れず踵を返し、怒号を上げて此方に向かって来た。「どうしようもない馬鹿だな、あいつら。」と思いながら、


「殺して下さいと言ってるようなもんじゃねぇか」

口から続きの言葉がこぼれ出た。


 海尋はといえば、襲い掛かってくる大群に向かって歩き出し、抉れた穴を軽く飛び越え、飛び散った肉片、内臓を踏みつけて屍山血河の真ん中に立ち、袖を押さえて肘の辺りまで捲り、露になった白い腕を暴徒にむけ差し出し4本の指で「来い来い」と挑発し、怯えて萎んだ暴徒どもの闘争心を逆撫でし、煽る。顔面蒼白だった癇煩供の顔が見る間に赤く激昂し吠えてんで、掻き毟ろうと手を伸ばして襲いかかってくる。「単純だなぁ」と静かに感想を述べ差し出した白い手を頭上に掲げる。


そうすると、モイチの後ろ、海に面した建物の後ろ側からバタバタと暴風に打たれる船の帆のような空気をかき乱す聞いたことのない甲高いと音に合わせて尻から首筋に伝わる風を叩く振動、何だ?立ちあがり通りに降りて建物の上を見ると、強大な鴨だかアヒルのようなものが頭の上で上下二枚の皿を回しながら浮かび上がっていた。そしてミヒロが再度腕を頭上に掲げ、暴徒目掛けて振り下ろすと、燈色に塗った嘴の下から巨人が放った屁のような「ブオオオオオオオオオッン」と言う音と共に、此方に向かってくる暴徒の群れが先頭から血飛沫と肉片を撒き散らし霧散し、血飛沫と赤い霧が暴徒の流れを遡り、最後尾のあたりで止まると、今度はフルプレートの騎士、赤で縁取った緑生地の中央に横向いた黄色の十字が入った腕章をつけているのでテュルセル在中の正規騎士団が盾を構えて横三列に重なって並んでいた。


「すべて捕えろ!」の号令とともに一番前の列が散ると、次の列が盾を構えて前進し、一列目と同じように散る。三列目が前進し、盾を構える。市場、教会へと続く道を塞ぎ、建物と建物の間、路地へと逃れた暴徒を捕縛しようとしたが、近隣住民に石を投げられ、棒で叩かれ、路地から大通りへとどうぞご自由にお殺り下さいと、逃走した癇煩の群れを港湾管理事務所の上から大通りに狙いを定めたままの鴨の顔した空に浮かぶ異形の目前へと追いやられる。手で頭を庇い、他人を盾に恐る恐る大通りに追い出され、ついさっきまで破壊行動に興じて下等な港湾都市の屑どもに偉大で優秀な癇煩様が直々に手を下してくれるぞ!と息巻いていたお仲間の血と臓物と肉片が赤とピンクの入り混じったカーペットが敷かれた大通りのあちらこちらから同じように逃げ込んだ路地から、押し入った建物から追い出され散らばった騎士に剣で刺し殺されるか、屋台や店舗を破壊され、後ろから襲撃してやろうと追ってきた市民に石や棒で撲殺される。


数十の癇煩が大通りの向こうに並ぶ盾を構えた騎士の元に連れて行かれる中、それ以外の癇煩は

好きに殺せ、逃げた癇煩、街をうろうく癇煩も殺せと港湾管理事務所の方へ向かう馬上の上から通達される。勢いのついた虐殺は街ぐるみの癇煩一斉駆除へと拡大した。

 四方八方から聞こえる悲痛の籠った命乞いも犬猫の鳴き声同様にあしらわれ、断末魔の絶叫と怨嗟の声。モイチは港湾管理事務所入り口の階段に腰掛けて、「どうしてこうなった?」と頭を抱えていた。

 

 街を略奪者から護るために街一丸となって街の辻という辻に略奪者どもの屍を吊るした事もあるし、襲ってきた海賊どもを皆殺しにして甲板一面屍と血の海になった船の甲板を生き残った船乗達

とともに海水ぶっかけてブラシで洗い流した事もある。どれもそれも精一杯戦って手に入れた命の安息だ。略奪者とはいえ、自分たちが生きるための選択あっての事で、己が敬意を払うにはまだ納得が行く。癇煩なんぞは鼠や、あの平ぺったい黒い嫌悪感しかない虫と同じで潰せば幾ばくかの安心感が得られる。しかし、今眼前に広がるこの光景は何だ?昨日この港町に現れた子供一人が翳した手を振り下ろしただけで殺気だった暴徒の群れが瞬きする間に一掃された。


「おいミヒロ、お前昨日俺に色々いうてたなぁ、おい」と心中で悪態つきながらフラフラと立ち上がり、とにかく喉が渇いた、酒が欲しい、水でもいい、何か飲んで喉を潤し一息ついてそれから考えようと、港湾事務所ロビーの机や床に置かれた水の入った瓶があったのを思い出し、誰が口つけたか分からんのでもいいからとにかく渇いた喉を潤したかった。ちょうどカウンター近くのテーブルにあったので、瓶を掴みそのまま喉に流し込んだ。少しばかりの気合いも回復したので首を伸ばして周りを見回すとメイピックと騎士団の隊長が何やら話し込んでいる。


難しい話は奴に任せて、薄暗い室内の被害は皆無な事を確認したあたりで、ミヒロがが静々と歩み寄って来て申し訳なさそうに「モイチさん、ごめんなさい」と頭を下げてきた。果て、何の事やら、この状況、命を救われて礼を言うのは此方だと言うのに、そんな涙声で謝られても訳が訳がわからねぇ。こちらが困惑していると

「僕が昨日判断を誤ったせいで……街の人が、お店が……事務所にも……」

「僕が……僕のせいで……」殆ど愚図りながら、泣き出しそうになるのを堪えるように、

今日の騒動は自分のせいだと謝り始めた。

「違う、そうじゃねぇ。責任取るのは碌な戒律も作らねぇ俺たち市民だ。お前が責任感じる必要は全くねぇんだよ」と言おうとした。したんだよ!

「モ・イ・チィ〜〜〜〜」こめかみの上まで目を吊り上げて此方を睨み、耳まで裂けた口にはサメのような鋸状の歯と肉食獣の牙を携え、タメにタメた怒りで握り拳をプルプル震わせたエルザが真横に立っていた。すかさず無言で上体を回して振りかぶり、腰の入った問答無用の一撃を顎に叩き込まれ、重い一撃にフラついた所へ畳み掛けるようにツィツェリアからメッタクソ硬い銀色のトレイで顔面をひっぱたかれ、見事な連携プレイによって床に倒れ込む頃には意識もフッ飛んでいた。


 「おんどりゃぁ、うちらのミヒロちゃんになしてくれとんじゃい!エルさん、エルさん、これどうしましょう?」

銀のトレイを指先でクルクル回して、ツィツェリア・トルリアーニ(22)は床に伏した航海士をサンダルの先でツンツン突きながら上司たるエルザに聞いた。

「ん〜〜ほっといていいんじゃない?今朝も事務所の床で寝てたし。ツェーちゃん、こっち頼めるかしら?」とクルクル撒かれた羊皮紙の束をツィツェリアに手渡す。

「事務所で寝てたって……ベルさんとこでご飯食べてお酒飲んで……って所までは一緒だったんだけど、陽が落ちきる前に帰っちゃったから、その後何があったんでしょうーかねー。合点承知」


常時港湾管理事務所には女性職員が7〜8名勤務しており、その日港に着いた船の上げ下ろしする積荷や人足の手配、起重機(クレーン)の使用時間など、申請書類の確認や承認、通達に日々忙しく動き回っている。朝から癇煩どもが暴動起こしたせいで、運悪く出勤途中、後ろから追いかけられて慌てふためいて職場に逃げ込んだものの、事態を認識して、今日で人生終わりかと、不潔な癇煩に犯されて殺されるのかと、こんな事だったら以前言い寄られた見た目は良い肉屋のにいちゃんと1回くらいはセックスしとくんだったぁ〜と後悔と悲嘆に暮れかけた所で、昨日の美人ちゃんから冷たい水の入った瓶を受け取って、はしたないとは思うけど、そのまま直に半分ほど飲み干してカウンター側のテーブルに置いたあたりで午後は回っていたのかもしれない。

 カウンターの向こうでは所長のおっさん(メイピック)が今日、明日分の書類をあれこれまとめて

手配、承認済み時間割当てと五人分くらいの仕事を一人でこなしており、その横では青い服きた金髪美人が金銭関連の書類をものすごい勢いで片付けていた。んで、エルさんから受け取った書類を

やっつけに自分の持ち場へ向かうと、職場の壁に硬い物が投げつけられてぶつかる音がしたかと思えば、入り口のドアを斧で叩き割る音。不潔な癇煩に処女奪われるくらいなら潔く自決しようとカウンター下に隠してあるナイフを懐に忍ばせる。こんな時に何仕事してんだかと我ながら思うけど、上司のおっさんがあくせく働いてんのに、ロビーで座り込んでる騎士みたいに何もしないってのも落ち着かない。怖くてしょうがない。おっさんんが「2階に逃げろ」なんて言ってたけど、隠れてやり過ごせるところがあるでなし、海に飛び込んだところで余計逃げ場がなくなるだけだし迎え撃つ気満々の筋肉とビビってヘタれてる騎士と妙に落ち着きはらってる異国の美人ちゃんと

美人のオネェさん。ひょっとしたら何とかなるかも。・・・なりました。港湾都市テュルセルは今日も快晴波は穏やか、なれど、手足臓物血塗れの石畳、足元御注意人肉踏んで転びませぬように。なんちゃって。


 そんなこんなで昼時も過ぎ陽も傾き始めた頃、黒い輪っかが着いたおっきな鉄の箱がとんでもない騒音を立てて続々と港湾管理事務所前に集まると、中から揃いの、青い制服を着たこれまた綺麗なお姉さんが降り立ち、騎士か兵隊かとばかりにずらりと横一列に並ぶと、ヴィータさんとミヒロちゃん。・・・様?が指示を飛ばすと

「了解!」〈Я понял〉と一糸乱れずこめかみに指を添えて敬礼のような仕草をすると、また各々鉄の箱に戻り轟音と共に血肉溢れる大通りの肉塊を掃除し始めた。通りの中央が荒く耕されたように掘り返されているので両端の石畳上にある千切れて飛び散った手足や臓器を中央に集め、通りの端から地面ごと石畳と一緒にひんめくって鉄の馬車?にどさどさ入れて、剥き出しになった地面を叩き固めて砂利を撒き、その上から白い石のブロックを並べ出した。驚いた事にれらの作業は鉄の車が通り過ぎるとそのように地面が変わっているのだからこれって失われた魔法か何か?一体この人達はなんなんだろう。とボケっと突っ立って見ているだけなのも心苦しいので、立ち込める土埃除けで大掃除の要領で布っきれを口元に巻きつけ道の端に落ちている肉片やら屋台の破片やらを邪魔にならないよう端っこで拾い集めて廃棄物を入れる樽の中に入れようとすると、口元だけを隠す下半分の仮面をつけたミヒロちゃんが捨てる物でしたらこちらで承りますよ、と樽ごと肉片と石畳を入れていた鉄の箱に放り込んだそして「埃とかひどいのでこちらをどうぞ」と口元の仮面を外して私の顔につけてくれた。ちょっと息苦しいが、土埃が全く気にならない。マジックアイテム??しかもまだ少し、ほのかに暖かい。やべぇ、やべぇよこれ!癖がっ!癖がっ歪むぅうううう!クンカクンカあああぁぁぁぁっ〜〜〜〜キくぅ〜〜〜〜。ああああああ私まだまだ頑張るよぉおおお、

ミヒロきゅぅぅぅぅん!」ああっもうっ耳の裏とか直に嗅ぎてぇっ、いや、トリップしてる場合ちゃう。あら?気がつきゃ通りの付近にお住いの皆さんが手に手にブラシを持ってゴシゴシと真新しい白いブロックが敷き詰められた大通りを青い制服のお姉さん方が背中に背負った透明な樽から撒いた泡立つ水の周りを一心不乱に擦っていらっしゃる。私も負けじと床掃除のブラシを事務所の掃除用具入れから持ち出して、まだ床に転がっている筋肉にムカついたので蹴りを一発くれて蹴り起こし、いつまでもノビてねぇで手伝えやと筋肉の尻に蹴りを入れ表に蹴り飛ばす。メイピックのおっさんから呼ばれたのでブラシを片付けて通常業務に戻る。

とは言っても、ほとんどの業務は終わっていて、もうじき暗くなるから帰り支度しとけって事だった。なるほど、西の雪山と水平線がオレンジ色に染まっている。締めの書類仕事をしていると、表で鉄の箱が吐き出す騒音が再び響き渡り、一つ一つ遠くへと音が去っていった。

 「モイチっつぁん、あれなんだったんだろうね?」港湾管理事務所前でスクワット座りしているモイチの横にツィツェリアが膝を立てて座り込み尋ねると、


「知るか、ご本人達に聞けや。俺っちはもう帰って寝る」


ふぅー、どっこいせ、と立ち上がるモイチに後ろから


「おーいモイチ!ご指名の仕事だぞ!」とメイピックが声をかける。


「あいよー、お仕事、お仕事、ご指名たぁ嬉しいねぇ」


のしのしと巨体を揺らしてカウンターに近づけば、一口程口にした後のある菓子?のようなものを手にして白目を剥いて固まっているエルザがいた。顎が外れたかのようにカパッと口を開いてはいるが、口にした分は綺麗に飲み込んだようだ。

「エルザのねーちゃんどうしたんよ?」

「ヴィータさんから頂いたアマノ・モリのお菓子なんですけど、色がちょっと……。で、私たちが躊躇してたらエルさんがパクッと行っちゃって。そしたらこんな事に……」事務所見習い職員の「札なし」が恐る恐る答えると、「モイチさんとツィツェリアさんの分もありますよ」と薄い紙?の包みで閉じられた、女の手の平大の菓子を手渡される。やっぱり「紙」だ。それもご丁寧に袋状にして中身を入れてから袋の入り口を重ねて糊付けしてある。これもう「贅沢」なんて話じゃない。中身は元論気になるものの、貴重な紙を破って開ける行為に勿体ない、勿体ない、と押し寄せる罪悪感を抑え込み、慎重に、少しづつ、袋を破くと、白い粉のようなモノが浮かんでいるように見える輪切りに固められた豆の練り物らしき中身が現れた。


味覚は俺らとあんま変わらんようだし、わざわざ「お召し上がりください」と渡されたものだ。変なモノじゃあるまいよ、もしなんかあってもあの程度の物だろうと白目放心状態のエルザを横目にモイチは一気に半分近く、ツィツェリアはパクッと一口。3……2……1……ゼロ。

「ぶぅおうぇぇっ!!なんだこりゃぁっ!甘いっ!メチャクチャ甘い!」

「あぁぁぁ〜〜〜〜ん〜〜〜〜んんんんん〜〜〜〜まぁぁぁぁっ〜〜〜〜〜〜〜っい!!」

両者反応は違えど、味の感想は同じようである。どこの世界、どの時代でも酒飲みは甘味が苦手なようである。しゃがみ込んで悶絶するモイチに対し。甘味は別腹なご婦人は目から滝の涙を流し感動に打ち震えていた。

二人の反応、主にツイツェリアの方を見ると、カウンターの向こう、異国の食べ物に警戒

していた他の女性職員達が一斉に袋を開けて一口パクリと口を付ける。

するとどうなるか、ご覧じておいでの諸兄方の想像通り、黄色い歓喜の絶叫大合唱である。

甘味なんぞはせいぜい昼時に皿の端っこにちょこんと乗っかるチーズ程度、しかも週に一回

決まった数しかないのであり付けない時もある。おまけに値段が高い。それがどうだ、アマノ・モリっちゅー東の果てのお国ではこんなに甘いお菓子を無料で配る程有り余っているんだろうか、ウチ(テュルセル)で取引独占できれば相当の儲けに繋がる事間違いなしだろう。そういやこないだ銀の採掘場がボーレルで反乱起こした国家騎士団に奪われて市場独占されたって話があったけど、それがどうしたって話デスヨ!砂糖ひと匙銀三樽。



港湾都市テュルセル。右手の親指、人差し指の先がお互いくっつきかけるような形の陸地の親指の先に近い方の関節の曲がる部分の付け根側あたりにあるどこの国にも属さない自由貿易都市で貿易を生業にする商人で作ったフリストス同盟の中心となる貿易都市だ。

 指先がくっつきそうな所をヘシュキス海峡と言い、そこを超えると外海。親指と人差し指で囲った所は内海と呼んでいる。内海の向こう側は広い森林地帯のリュクセンテウス、指付け根の上側がヴラハ、下側がボーレルと言った大きな国があり、あとは隙間隙間を埋めるように大国の貴族が領地として支配する貴族名=国名見たいな小国が乱立する。対岸に向かってテュルセルの左手方向はセフロバスと呼ばれる放牧民がいる牧草地帯、右手方向はセンベスと呼ばれる丘陵地帯がボーレルまで続いている。この辺りは所々大気が削り取られたように岩肌剥き出しの島みたいな、箱をひっくり返したような大岩のようになっっており、山賊盗賊がうじゃうじゃいる。そしてここら一帯をフリストス商業圏とか古い地名のアスタールとか言ったりする。これが後に『極光商会』または極光上位騎士団(オーロラパラディン)とかテュルセルの武装商人達と語り継がれる鎭裡海尋率いる商会だか武装集団だか判断つけかねる連中の始まりであった。

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