第6話 ヴラハ事件 発端

6話

 「この辺りは元々湿地が多くてな。で今俺らが歩いている所、船着場の辺りまで開拓資材運搬の簡易港だったんだ、で、このちょい先の塀の向こうが港湾都市として落ちついて来た頃に、この辺の中規模倉庫じゃ手狭になったんでよりでかい倉庫と商館をこさえたのさ。俺っちは建築は全くわからねぇんだが、建て方とか流通に適した構造とか色々と違うらしいのさ。だもんで、この塀で囲われた所が旧区画、旧棟、塀の向こうが新区画、新棟とか言って区別してる。ただ、旧区画の塀手前の海に張り出した所は漁で捕れた魚の加工場でな。塩漬けや干物にして馬車や荷車で倉庫まで運ぶんだ。

 塀の向こうは大型船が接岸するんでこっちの旧区画の方が融通きくから中、小型漁船はあの突き出た所で獲れた魚を陸揚げしてんのさ」


等々、モイチからテュルセル港区画のガイドを聴きながら塀の門から旧区画を抜け、新区画へと進む。なるほど、こちらの方が同じ建築法、木の柱に焼成レンガ様式でも建物ははるかに大きい。旧区画は一棟が木造二階建の学校の校舎程度でもこちらは大正の時代の建築物、かつて天皇復権以前に「東京駅」と呼ばれた豪奢な煉瓦作りの駅舎や横浜地区の歴史遺産、赤レンガ倉庫のような大きな建築物が大型帆船用の船着場と並行に建てられて、その背後には、階が増えるごとに外側に張り出した三階建ての細い建物が並んでいる。


その並びの一番端の建物から鉄柵で区切られた向こうに建造中らしき帆船が三隻並んでいるのが見える、木々を組み合わせハンマーで叩く音が響いているのでここは造船所なのだろう、大きな倉庫の裏手に軒を並べる商館は背中合わせに並び、その間が路地となって建物の並びの向こうまで続いている。


「盗賊やら物盗りよけに海に面してない所は新区画の周りを鉄柵で囲ってあるんだ。癇煩どもはこの先、川の向こうの一画を集団で勝手に占拠して住み着いてやがったんだよ、そいつら避けの鉄柵

だわな」

 

そう言いながら奥の並びの一番左端、造船所前の商館に入っていく。3階建ての商館の一階部分は製材所のようで建物に近づくにつれ木材の匂いが強くなる。モイチハ勝手知ったる様子で建物の右側にある階段を登って2階へ登る。しかし、連れの二人が階段を登る気配がないので階段の途中で振り返り、

「遠慮するこたぁねぇよ、ここの大将は馴染みの一人だし、奥方と一人娘にも顔が知れてる。……おぅい!バンゴ!いるかぁっ!!お客さんつれて来たぜぇっ!!」


狭い階段の中程から2階に向けて大声で店主に声をかけるも、静まり返った商館に返事はない。少しばかり間を置いて、3階あたりから扉の閉まる音と「はいはい、ちょっとお待ち下さいな」


女の声がして急足で階段を降りる足音と共に2階の階段からボンネット(髪を隠す帽子のようなもの)をつけた女が顔を覗かせる。


「よう、ミカエラ!ダンナはどうし……た…………」


「どうした?」と発する「し」のあたりで、モイチの傍をすり抜けて、狭い登り階段を飛ぶ鳥のようにかっ飛んでいく薄緑と白の幻楼。木の階段を勢いよく踏み鳴らす音もなければ、獣のように手を使って駆け上るでもなく、船のマストの上で見張り番をしているときに海鳥が傍を掠めて飛び抜けるように、階段の斜面に沿って登った先で、まるで女の後ろに見えない誰かの口を押さえるように左手を伸ばし、バチン!と熱した鉄板に引いた油が弾けるような小さな音がすると、ぼんやりと白い布に包まれた人のような物が浮かび上がり、口を塞いだ顔面を鷲掴みにして音も立てずに廊下に寝かせる。


ほんの一瞬だが、袖口から覗く手が白くて細い腕ではなく、紫色を帯びた光沢のある緑がかった青色、沼地に棲む大きな口と牙を持つ大型蜥蜴の表皮のように見えた。


が、人差し指を口元に当てて女に沈黙を促して階下へ逃げるよう口元に当てた指で指し示す。よろめきながらパタパタと音をたて、階段の中ほどで突っ立っているモイチに駆け寄り、縋るように階下まで降りていった。入れ替わりに階上へ登る青い服の侍女がすれ違いざまモイチと女に小声で何かを伝えると、女とモイチは階下に降り立ち、モイチに支えられながら


「まぁまぁ、モイチの旦那!ようこそいらっしゃいませ!生憎主人は商いに出ておりまして、只今

不在なのですが、ご用件でしたら戻り次第伝えますわ」


と、2階のドアの向こうにも聞こえるよう大声でにモイチに話しかける。


「ああ、そりゃ悪いときに来ちまったな。亭主の留守に暗い所で話し込んじゃぁ不貞を疑われちまう。店の前なら大丈夫だろ」


と同じ具合にかろうじて2階でもききとれるくらいの声で返事を返し、店の中から造船所沿いの鉄柵あたりまで離れてから声のトーンを落とした真面目な声で


「ミカエラ、一体何があった?バンゴとパルテニアは無事か?乱暴とかされてねぇか?」


と真剣な顔つきで「ミカエラ」と呼んだ女の顔をよく見ると、泣き腫らして赤くなった目以外、暴力を受けたような痕はない。まずは身の安全と言った所では一安心だろう。


「モイチの旦那、バンゴが、主人が…………」とモイチに縋り付きガタガタとその身を震わせて


「あああ、バンゴ、バンゴ、どうか無事で、」


ようやく絞り出した小さな声でそこまで口にしたきり恐怖を逃れた安堵からか女はガックリと項垂れたままその場にへたり込みそうになった所をモイチが抱き止めると、商館の2階から「ズバン!」と首を竦めて驚くほどの突然の轟音に、倒れそうになったミカエラを受け止めたはいいが、どうしようと商館の入り口から麻のゴミ袋を抱えた青い服の侍女が姿を現した。


「お取り込み中恐れ入りますが」

何事もないような落ち着き払った涼しい声で切り出すと


「お取り込んでねぇし、人妻に手ぇ出すような破廉恥な真似はしてねぇっ!」


と大慌て気味に返す


「誰も真っ昼間から主人の留守を狙って不埒を働く独身寡(やもめ)などとは申しておりません。

こちらの袋をお借りしても宜しいでしょうか?と伺いたかったのですが、さすが港の数より女の数の方が多い航海士殿はお手が早い、もう人妻を籠絡されましたか。賊の無力かと制圧は完了致しましたので、ピロートークにはどうぞソファをお使いください。小部屋でお休みになられている女性は娘さんですか、体も穴もご無事ですのでご安心下さいませ」


「おっかねえ事スラスラ流すんじゃねぇよ、戝ってなんだよ」


「私どもは存じませんので。これから嬉し楽しい尋問タイムですが、同席なさいますか?」


良くもまぁ、あんなに綺麗な顔と艶のある声でオッソロしい言葉が泉のようにスラスラ出てくるもんだ。毒舌も洗練すれば芸術なんだろうが、悪意のカケラも感じ取れないのが余計に恐ろしい。


「わかった、わかった兎に角ご婦人からも事情聞きたいんで、まずはこのご婦人休ませてからだ」


そう言ってミカエラを両手で抱えたまま商館に入り階段を登る。

 ドアの横、何かの置物かと思える物体があった。

人の顔した異形を模ったにしては

空間の認識がおかしい姿形をしている

瞑想に浸る怪しげな宗教の信者

左右の位置が狂った裸足の両足に顎を突き出した頭を挟み、

両肩は捲れ上がって頭の後ろで肩と肩がくっついている、

その肩の後ろに胸があり、

直立姿勢から上体を後ろに回して前後をひっくり返し、

肩を捻じ曲げ肘を裏返し

もつれた軟体動物のような有様は人の姿を模しているだけに吐き気が込み上がる。


バンゴもバンゴ婦人にもこんな悪趣味な狂気に満ちた邪悪な偶像を入り口に飾るような人間ではない。よく見ればピクピクと陽に焼けた肌の奥が蠢いている。

生きてる??そう気がついた時、後から階段を上がってきた侍女が声をかけてくれなかったら危うく

恐怖に呑まれみっともない叫び声をあげるとこだった。

侍女は袋を広げてその醜い肉像に被せて転がし、三つともそれぞれ別の袋の中に収めると袋の口を麻紐で縛り終えると階段から順番に蹴り落とした。

「あ”あ”あ”あ”〜〜〜」と喉の奥から抜けた声がしたが素知らぬ様子で部屋に入ると、


「ささ、どうぞ続きを」


と部屋の大きなソファに枕がわりのクッションを置き、どこから出したのか、良い香りのするお茶まで用意する。


「海尋様、お茶を入れましたのでご婦人が落ち着くまで暫しご休息してくださいませ」

あ、俺っちじゃないのか。と部屋を見回すと、炊事場の方に薄緑色の頭と薄桃色に花をあしらった

帯とか言う着物の後ろ姿があった。


その向こうには黒い腰帯をつけた白装束があぐら座で座っている。だが、何かおかしい。

背中がこちらを向いているのに、顔もこちらを向いている。足も尻の方向に振り上げた形で尻が腰から離れて足の上に乗った形で曲がっている。

 考えたくはなかったが、表の三体もこいつらの仕業か……。


しかし、気になるのは白装束の賊だ。あれこれ考えて複雑な表情をしている所に、


「モイチ様、賊の所持品がいくつかあるのですが、何か心当たりがあるようなものはありませんでしょうか?」


とテーブルの上に賊の所持品を並べる侍女に問われる。どうせ、そこらへんで用立てた

ありきたりの物ばかりだろうさ、身元が割れるようなものぶら下げてる賊などいるものかよ、と返したい所だが、下手に気に触るような事口にしてしまったらどんな毒舌が帰ってくるかと思うと恐ろしくて下手なことは言えず、もはやスルーが最適解だあろうと悟りを開く。

そんな寸劇やってる間にミカエラが目を覚す。

「うう……あ…………あ、モイチの旦那?」


「おう目ぇ覚したかよ。安心しな、パルテニアも無事だ。茶でも飲んで一息入れてくれ」

差し出された皿の上の乗ったティーカップに乗ったカップの取手を上品に摘んで一口渇いた喉と舌を潤し、

「主人が……捕えられました。その賊は朝一番に押し入って身代金を要求してきたんです。詳しい話は分かりません。日没まで金を払うか払わないかに決めろと証人登録証を見せつけて

刃物をかざして……くっ……うっ……うう」


再び恐怖が甦り瞬く間に涙となって込み上げた涙と嗚咽が溢れ出す。

「悪かった、もういい、もう良いから横になって休んでくれ。俺っちもいるし、頼りになる友達もいる。もう怖いこたぁないから安心して休んでくれ」


そう言ってミカエラをソファに横たえると


「ミヒロちゃん、悪いがちっとここを頼む。俺っち一階見てくっからよ」と立ち上がってドアに向かおうとしたところを「待って下さいモイチさん」と海尋に止められる。


「顔見知りが側にいた方が奥様も安心出来るでしょうから、一階は僕が見てきます」


と白装束男の前から立ち上がり、ドアへと向かう。


「おう、頼む。それとこれもってけ」

モイチは腰から革鞘に収められた20センチ程の刃物を海尋に放る。

「ありがとうございます、お借りします。サーシャごめん、奥様お願い」


と言い残し、受け取った刃物を帯に差し込み階下へ下る。いや待ってくれ!毒舌姉ちゃんも連れてってくれ!とは言えず、


「アレッサンドラ……さんだよな、発音が違うのは勘弁してくれ。一体どうすりゃあんな面白おかしい格好に出来るのか教えくれねぇか」


と白装束を指して尋ねると、


「私拷問術は分かりかねますが、骨の間接外して腱と筋を緩めて内臓の位置を入れ替えた後関節嵌めて固定したのだと思います。」


毒舌に身構えたものの、あっさり答えが返ってきたで少々拍子抜けだが、艶のある流れるような声で淡々とおっかない事口にするので背筋に寒気が走った。


「我が主人を友人とおっしゃるのであれば、ご自分の口から直接聞いてみては如何です?」


と今度は少しばかり温かみを感じる口調が帰ってきた。どうくるかと構えた所を盛大に空振って

冷たい風が室内に流れ込む。

 

階段を降りながらモイチから受け取った刃物を鞘から抜くと、それは切先が丸い形はパン切りナイフと同じだが、もっと野暮ったい表面のゴツゴツした地肌で軽くサビが浮いてはいるけれど波状の刃を持つ刃先は鋭く研がれていて、実用には十分な手入れがされていた。塩水に晒され、硬く引き絞られた船のロープを切るのに使っているのかもしれないと使い込まれた柄と刃先を眺めながら、かの

航海士は船上でどのような生活をしているのだろうかと思いを馳せながら楽しそうに階段を降りていった。

 

一階には適度に、同じ大きさに切り揃えられた板材や角材が積まれていて、丸太が横倒しに置かれている裏側に両手両足を縛られ、縄を猿轡のように口に巻かれた従業員らしき男が数名帆船から外した帆を被されて土の床に転がされていた。特に怪我は見受けられないので当身か何かで気を失った

ところを縛り上げて拘束したのだろうか。帆を捲り上げると、怯えた表情で海尋を見上げる男たちに

「助けに来ました。奥様とご家族は2階で航海士のモイチさんが面倒を見ています。僕はモイチさんに言われて皆さんを解放しに来ましたのでどうかもう少しの間ご辛抱ください」

とまずはモイチの名前を出して敵ではない事をアピールして奥様は無事だと一番需要と思われる事だけを伝えると、

「すまねぇ、助かったよ」と礼を言われ、「いえ、ご無事なようで何よりです」とだけ答え、トントントンと足取り軽くリズミカルに階段を登ってゆく。

 

ドアを開けて顔を覗かせた矢先、身動き一つ出来ない肉塊オブジェが金切声をあげて後ろ向きに正面胡座を組まされた体を盛大に出来得る限り遠ざかろう体躯を揺さぶり始めた。


「ひいいいいいいっ!!くるなぁぁぁっ!!くるなぁっ!ひいいいいっ!」


半狂乱になって騒ぎ出す。そら、得体の知れない体術で訳の分からん内に体のあちこちがあらぬ方向向いて、間接の動きを無視してあらぬ方向に曲げられ固定され、そんな執行過程を気絶させてももらえず自身の目で見せつけられたのではこうなるのも致し方あるまい。

恐らくは首を左右に振っているのだろうが、そのせいで体躯ごと左右に大きく揺れている。


「モイチさん、奥様の様子は如何ですか?」とモイチに顔を向けて問えば、


「あぁ、もう大分落ち着いてる。そこの毒舌侍女さんとお茶の話で盛り上がってたぜ」


「ならば「それ」の口はもう必要ありませんね」と頭部手にを添えてひっくり返し、後ろ向きの通常位置に戻すと頭部に手を添えたまま、顎を掴んで軽く捻ると、「コキリ」と骨の外れる音がして

鳩尾のあるあたりの高さまで顎が落ちて、頬の肉と皮膚がでろ〜〜んと伸びた。


「はごごごご、ほぅぇうぼぼぼぼぼぼぼ」


肺から出た空気が喉を抜ける際に開き切った声帯を震わせるような声しか出ないようで何を言おうとしているのか分からない。


「後で一度だけ機会を差し上げますので、洗いざらい全部喋るか、お仕事に殉じるか、よく考えといて下さい。誰も殺めていない事への僕なりの敬意ですので然るべき所に引き渡した後はどうかるか知りませんよ」



心が静まるような穏やかで落ち着いた、それでいて「生殺与奪権」はこっちが握っているから死にたくなければ全部吐け、と最終宣告を織り交ぜたおっそろしい事を毒舌侍女といい、ミヒロといい、よくもまぁスラスラと、その綺麗な容姿と可憐な口からどうしてこんなにもおっかねぇセリフが水指から溢れる水のように出てきやがるんだか。おっかねぇだけじゃなく妙に艶のある声のせいか余計おっかなく感じる。モイチの背中は流れ落ちる冷や汗でじっとり湿ってい類ような気がした。


こいつらは毒舌か若しくは恐怖を染み込ませた言葉以外は口に出来ないしきたりでもあるんだろうか?と考えていると、


「奥様、お辛い所、誠に申し訳ありませんが少しばかり奥様のご協力をお願いできませんでしょうか?僕は鎭裡海尋と申しまして最近テュルセルに身を寄せた東方の者で御座います。どうかご主人をお救いするために奥様のお力添えをお願いいたします」


とソファに身を横たる材木商人バンゴ・ブリザットの細君、ミカエラバルザットの横に跪き、不安に震える細君の手を取り、その手を自分の額にくっつけるように頭を下げる。真横に控える侍女の目が真冬の吹雪みたいに冷たくなってんぞ、おい。ってか、そんな目で俺を見るな。たまらなくスゴスゴと侍女さんから見てミヒロの後ろ側に回り込む。しかしまぁ、


人妻相手に腰が低い。ってか、演劇の口説き場面のようだ。ミカエラもミカエラで恋する乙女じゃあるまいし、頬を紅潮させて目が泳いでやがる。そらまぁ、美少女としか表現しようのない異国の少年?にいきなり口説いてんのと誤解されそうな接し方されちゃぁ「あらまぁ、やだわ、どうしましょう」な感じでキョドるわな…………。


「アルルカンです……、アルルカンが主人を捕え、身代金を要求してきたのです。、ヴラハのカリル川上流、ヴォスロの森林へ植林具合を見に行ったのですが、そこでアルルカンに捕えられ、その証に

結婚指輪と主人の商人登録証を私に見せて……。あああ、”シズイ”様。どうか、どうか主人を!バンゴをお救い下さいませ!」


やっとこさそこまで言い切って、今度はミカエラが重ねられたミヒロの手を握りしめ、祈るようにその手に縋る。


「モイチさん。 モイチさんは「アルルカン」について何かご存知な事はありませんか?」

そう問いかけられ、モイチに向けられた顔には薄荷色の眼に仄かな紅い光を帯びた虹彩が浮かび上がっていた。


「アルルカン」ってなぁ、」

マルクトの向こうユセルの方にある武装教団の団員だって話程度の事しか知らねぇ」

といたいトコなんだがな事が事だし、黙ってるわけにゃぁいかねぇよなぁ。

「武装教団の団員じゃねぇ、武装教団内の暗殺専門機関に所属する暗殺者だ」

「あぁ、それで奥様がそんなにまで怯えているのがわかりました。そこら辺の賊ならお金を差し出せば命は助かるかも知れませんが、「暗殺者」ならお金差し出しても、……ねぇ」


そのまま顔だけを白装束「アルルカン」に向けると

「なぜ奥様が早朝の珍客が「アルルカン」だと分かったのはさておき、自己紹介でもしたとしましょう。ところで


眼を向けられた白装束が身を縮み込ませ恐怖で顔から血の気が一気に引いてあっという間に青ざめる。やつの背中も今頃は悪寒と冷や汗でびっしょりだろうよ、と思うと笑いよりも御愁傷様とでも声をかけてやりたくなる。


「さっさと仲間の人数、武装、身代金と目的を吐いてもらいましょうか」


足音ひとつ立てず白装束の暗殺者に歩み寄る。白装束はとにかく体を蠢かせて離れようと足と羽をちぎり取った昆虫みたいにモゾモゾ動いて這って逃げようと試みる。が、ただ単に胡座座りのまま

ピクピク痙攣しているようにしか見えない布が擦れる音もなく暗殺者に近づくとか、どっちが暗殺者なんだかわかりゃしねぇ。


伸ばしたミヒロの左手が頭を抑え、右手が外した顎を下から上へ持ち上げると骨が「カコン」と音を立ててあるべき場所へと戻ったと同時に白装束が


「喋る!全部喋る!だからもうやめてくれっ!」


ポン!と一つ手を叩いて


「はい結構。それじゃぁ景気良くぱぁーっとゲロっちゃって下さい」

「お、俺たちはヴァルキアのハルカム侯爵家に雇われて公爵の密伐採を手助けしてたんだ、

ヴァルキアの戦艦増強で木材が大量に必要だってんで取り決め以上の材木を集めようとアスタールから陸路でヴォスロまで渡って木樵や奴隷を50人ほどで密伐採をしてた。


警備と護衛で侯爵の私兵部隊が10数人、侯爵が寝泊まりするときゃ三十人ほど増える。こいつらは重武装で鉄の弾を弾き出す「ライフル」って別の世界の武器を持ってる。耳が壊れるくらいのすげぇ音と周りが見えなくなるくらい白い煙を吐くんだ。そして、ちょうど密伐採の最中に材木商が来ちまって、侯爵の命令で全員捕まえた。


そしたら材木商が侯爵に楯突いて密伐採をすぐに止めろと詰め寄ったんだ。侯爵にその場で殺せと命令されたんだが、「こいつは材木商だし、金をたんまり持ってるだろうから身代金要求して戦争資金に回せばいい」と公爵に進言し俺たちが身代金持って帰るまで材木商の処刑は引き伸ばしにして牢屋にぶち込んできたんだ」そこで白装束の口が止まり、これで全部だと言わんばかり周囲を見回す。


「ふうん、そうですか、そんなご大層な武器があるんなら陸地から攻めればいいものを、数が足りてないんでしょうねぇ。及第点だけど約束ですから」180度後ろを向いた頭の後ろで結び目のようにこんがらがった腕の片方を押さえ、もう片方をずらしていきなり捻ると、ゴキキと肩と肘の関節が元通りの形に戻る。反対の手も同様、押さえて触って伸ばして捻って、骨が元の位置に収まる度にゴキリ、メキリと奥歯がむず痒くなるような音がして一応は普通の人間の形には戻ったが、両腕は後手に、両足は足首を縄で縛っている。

「じゃぁ、ちょっと一階の分も直してきます」白装束を元の人間形に戻すと、それだけ口にして階下へ降りて行った。海尋の姿が完全に見えなくなると、白装束が顔を真っ青にして泣き縋るように捲し立てた。


「おい、おいおい航海士!なんだ!なんなんだよあれは!?人の体生きたまま壊れた案山子みたいにしやがって!あんなことが出来るだなんて一体どこの悪魔だ?あんな綺麗で非力そうな女童〈めのわら〉が触るだけで体は捩れるわ関節は外れるわ、なんて誰に話しても笑われるだけだ。怖くて怖くて震えが止まらん」


「すまん、全っ然わからねぇ。わかってんのは女童じゃなくて男だっつーことぐらいだよ」


「ウソだろ……、ファルス(ちんちん)付いてるなんて生物としてどうかして……」


俺っちはそこまで言ってねぇ。

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