第5話 地雷は怖い

「さて」と言うや海尋の右横に腰掛けたヴィータが海尋の着物の合わせ目に手を滑り込ませ胸を愛撫するようにゆっくり弄り出すと、一斉に撃鉄起こした回転式拳銃の銃口がヴィータの額に突きつけられた。「ああもう、落ち着きなさい。『侍女たるものいつ何時でも淑女であれ』とそうプログラムされているでしょうに」男の子の胸弄ってる女のどこに淑女たる要素があるのか?

「美人の男の娘が羞恥と快楽で悶える姿はご褒美だが、一服盛った後っぽいのが気にいらねぇ」とクロンシュタット。


「そっちじゃありません!主の喘ぎ声は確かにご馳走ですが、拒否反応一つないのがおかしいと

そう言いたいのですよ」


ヴィータが告げると、アレッサンドラが銃口の狙いを外し、クロンシュタットへと銃口を向けて


「クロンシュタット、あなた確か昨日海尋様に受領印とか言ってあのむさ苦しい事務所でベロチューかましたんでしたよね?」

と睨みを効かせる。


「うわわ、待った待った、落ち着けよ」銃をしまって両手を上げる。交戦の意思はないとアピールした上で


「ほんのちゃめっ気だよう。あそこの女ども、どいつもこいつも欲情しきった雌の目で海尋様のお姿視線で舐め回しやがって、だから警告も兼ねて……」


アレッサンンドラの構えるナガンM1895の銃口がクロンシュタットから外され、横に座るヴィータに「離れろ」と銃口を横に振って命令すると、海尋の髪を掴み上に向けた主の顔に銃口を向け、

5回立て続けに引き金を引き、連続して鳴り響く5回の発射音と共に目玉や肉片が飛び散るでなく、透明な薄緑色のゼラチンの塊が飛散して顔に大きな穴が開いた。

(099クロンシュタット:うわこいつマジでハジキやがった)

(080セヴァストーポリ:ひいいいいいいいっ)

(1714スコールイ:顔狙うとは何考えてんだっ!)

(1704オトヴァージュヌイ:人非人!悪虐非道!主殺し!)

「姦しい駄犬どもだこと」と冷たくあしらい、髪を掴んだまま、腕を銃ごと穿った穴に突っ込むと、

くぐもった鈍い音が2回と、座ったまま大きく跳ねる小さい体、だらりと下がる2本の腕。髪を掴んだ手を離し、顔の穴から銃を握った腕を抜くと、座った姿勢からゆらりと前のめりに上体が倒れ、だらりと下がった右手が動き、俯いた額をパチン!と叩く。上体が起きるにつれ、手のひらが額から口元へと滑り落ちる。ちょうど、中指が唇あたりに差し掛かった辺りで。

「またバグってループった?原因は……?・・・クロンシュタットぉ〜。突然されるのはイヤだって言ってるじゃなぁ〜〜〜〜い」

と、どこから声出してんだ?とも思うくらいのくぐもった低く唸るような声がした束の間、


「びっくりしたーーーーーっ!」


ソファに背中を投げ出して天井に顔を向けて間の抜けた声を出す。


「銀の採掘場は後回しでいいや。」それよかここ」


と空間投影地図に示されたのは「セフロバス」と呼ばれる標高の高い牧草地帯の外海側、少し迫り出した陸地の端に隠れるように数隻の帆船と小型の快速船が係留されており、その周りに無数のテントらしきものが散乱している部分。


「ここ、もしかしたら『海賊』の根城かも。だからもうちょっと詳しく調べて欲しいんだ。あと、実際フリストス同盟ってのがどのくらいの商業力なのかも知りたいけど、ここは僕が見てみたい」


「それは些か危険度が高お御座います。お考え直しを!」


ヴィータが制止にかかると


「いきなり飛び込むような真似はしませんよ。メイピックさんとかモイチさんとか横の繋がりを少しづつ手繰りながら……」


それでしたらとアレッサンドラが挙手して提案を出す。


「先日よりこの辺りに妙な連中がコソコソ動いておりまして、どこぞの諜報機関ならとっ捕まえて

尋問してしまいましょうか?」


「まだ時期尚早だからダメ。逆にこちらを調べられたとしても現状不都合はないから放っておいていいよ。煩わしかったら数人取り押さえてどこの回し者か聴くだけにして。管理、観察はしても手は出さず。」


「スミスですか?」アレッサンドラが答えると


「僕たちの寿命は400歳じゃ収まらない。気長にやろうよ。アシモフも面白いけど、僕はスミスの方がロマンチックで好き。」


「ロマンチストは早死にしますよ」


「それは桐生仁、あかいきばー」と海尋の膝に頭をもたげ、ゴロゴロ動かしていたセヴァストーポリが話しに乗っかる。

「ポーリー、くすぐったいよ。そうだ。試験農場で小豆とサトウキビって作れるかな?」

海尋が尋ねたところ


「小豆は土が手に入れば作れるけど、サトウキビは気候的に無〜理〜。サトウダイコンなら現状でいけるの〜。ビーツも一緒に作ればボルシチもいける〜」

と着物の裾が肌けた所に頬擦りしつつ、


「なんで小豆〜?お汁粉なら餅米も欲しいの〜。港湾都市の未開拓地帯が湿地だからそこに田んぼ作る〜?」

一見真面目そうな会話の横で、いかにも不機嫌な顔をしたアレッサンドラが打ち尽くしたナガンの弾倉から一発一発空薬莢を抜き出しながらポケットから取り出した弾丸を詰め直す。


「そこはメイピックさんと相談しないと。でも餅つきなんて杵も臼も作らないと。お餅はちょっと怖いかな、ここの人達って結構かっこむ人多いから喉に詰まらせるかもしれない」


「それは怖いの〜」なおも海尋の太ももに顔を擦り付けるように戯れ付くセヴァスポートリに


「戯れはそこまでになさい」とアレッサンドラが再装填を済ませたナガンから一発弾を抜き出して

愉悦に弛んだセヴァストーポリの顔の前、海尋の太腿の上に置く。

「イエス、マム!〈da mama!〉」膝元から飛び跳ねるように立ち上がり、直立不動の敬礼姿勢で

答えると、なぜか海尋も隣で同じ姿勢をとっていた。

・・・・・・・・・海尋様?あらやだどーしましょー、違うんですよーと何やらジェスチャーをかますアレッサンドラに対して「やりすぎだ、バカヤロー」と言った視線をセヴァスポトーポリ以外の全員が投げつける。赤いリボン巻いた鶏の足をみたトゥーツスィートのように怯えて少しずつ後退りする海尋が

「さ、最近サボってたから練習してきまーす」


とセヴァストーポリの後ろに回り込み、背中を押して退出する。

「い、行ってっしゃいませー」やっちまったー、と苦笑いしながらカーペットに転がり落ちた7.62×38mmRナガン弾を拾い上げ、慣れた手付きで弾倉にに戻す。


「ヘンねぇ、脅したわけではないのだけれど、何をあんなに怯えていたのかしら?」


「躊躇なく主人のお顔を吹き飛ばしておいてどの口で言いますか」ヴィータが嗜めるように問えば


「他に手段があったのなら伺いましょう」と正当性を訴えつつ反論する。


「あたしもお付き合いしてこよーっと」

猛獣同士が睨み合うような空気に避難という賢い選択をするクロンシュタット。しかし、最後の抵抗とばかりになんとか会話の方向を変えようと試みる。


「あたしらなんでこれ(ナガン)なのかなー?もうちょっと使い勝手いいのが欲しいよ」


「これだから冷戦後モデルは……」アレッサンドラとペレスヴェートは顔を見合わせた。


 テュルセルから西へ暫く海岸線沿いに向かうと、高さ100メートルほどの白い断崖絶壁に囲まれた入江の岩肌を切削して作った仮設拠点という名のご主人様とのSWEET HOME。侍女達の技量を持ってすれば、この程度は砂場に作ったお山に穴を掘るも同然。入江のわずかばかりの砂浜を掘り返し、そのまま岩を掘り進み、横幅50メートル、奥行1000メートル、高さ50メートルのドックとドックの真上に倉庫兼資材置き場と格納庫、その上に一階あたり天井までの高さが10メートル程度の階層が4階層、残り高さ10メートル分はまだ手付かずだが、天井高さ3メートル程度の階層を三つ作ろうかと計画している。


4階層中、二階層分の高さ20メートルを一階層として海に面した方に『A-88」と大きくペイントされており、これはなんのマーキングかと海尋がアレッサンドラに聞いた際、「偉大な作家へのリスペクトと遊び心です」と簡潔に言い放った。


テュルセルに向かうには下層の船着場、というよりもスウェーデンのムスコ海軍地下基地っぽく作られたドックからスウェーデンSAAB社 CB90高速軍用ボートを足代わりにして通っているのである。余所者の侵入を防ぐため、半円形の開口部は鋼鉄の扉で覆われ、その脇に鍾乳洞の入口のような狭くて小さな通用口があり、そこを通って入江を通り内海からテュルセルと行き来している。


下層のドックと上層の倉庫、格納庫へは人間サイズのエレベーターと大型コンテナほどの貨物用エレベーターがあり、海運業やるんだったらそのうち使うだろうとこさえたはいいが、今のところ

どこもかしこも、上層の居住空間以外は空っぽのところがほとんどである。そんな広大な空きスペースに屋内射撃場とインドアアタックを想定した訓練施設がある。ゲームとは言え艦隊指揮官ともあろうお方が銃の一つも満足に扱えないのでは心許ないと、今までは仮想現実の中に無断で作り上げたステージを使って手ほどきを受けていたのだが、より実戦向きに、せっかく敷地もあるのだから、とクロンシュタットとセヴァストーポリが嬉々として作り上げ、ほとんどFPSゲームのステージとなっている。


Battlestate Games社のオンラインFPS Escape from Tarkovを参考に作られた物で

各所に設けられたカメラで行動を逐一モニターされており、ヘタを打つと備え付けのヘッドセットから罵声が飛んでくる。ひどい時は自動人形のスペックをフルに発揮して狙撃、接近戦、訓練とはなばかりの一撃即死の猛攻が襲ってくる。


電子の義体に入れ替わった際、体の動かし方を再学習するのにRPGの格闘術を実践形式で鍛え上げられていたのでFpsでの立ち回りはそれほど難しいことではなかった。

銃の扱いも慣れれば楽しい。何より硝煙の匂いと火薬の反動が『自分の体』を実感させてくれる。


 『電子義体』所謂DMMO-RPGでいう所のアバター体となって皮膚に纏わりつく湿度の鬱陶しさを感じなくなったのは恩恵を感じてはいるが、心臓代わりの謎機関が熱を帯びてくると、その鬱陶しさにも似た感触が生じる。内燃機関のオーバーヒート防止のような機能だが、こんな時には風呂なり水場なりで水を被って汗を落とせばさっぱりすると言った有機体だった頃の習慣による感触が移し替えられた記憶に残っているので、体動かした後はひとっ風呂浴びてさっぱしたいと言った欲求が湧いてくる。


そのせいか、アレッサンドラ初め「侍女」というポジションに至福の喜びを見出している自動人形たちには「ご主人様はお風呂好き」なのだと思われている節がある。間違いではないけれど、一人静かに湯を満喫するのが好きなのであって、決して簡素な作りの木の椅子に座らされて湯を流してもらったり、髪や体を洗ってもらったりする事が好きなわけではない。まして、湯浴み着を着用してくれているとはいえ、殆ど裸同然の年上女性、目のやり場には困るし、胸やらお尻やら撫でるように触られては一部がとても恥ずかしいことになる。


恥を承知で電子義体の作成に心血を注いでくれた「先生達」に聞いた時、そのあたりの「事情」を聞いた際、醜悪で悍ましい記憶が沸騰、噴火して「本気でブチキレた」事がある。


その影響で関東一園の電子機器から血が吹き出したとか人形の亡霊に襲われたとか、モニターに突然少女の顔が映り絶叫を挙げると顔がグズグズに溶けて流れ落ち、恐怖のあまり発狂しただのオカルト要素満点の都市伝説が生まれてしまった。それが自分の所為なのかと言われれば甚だ疑問ではあるが、心まで機械に繋いだ人間の深層意識の逆流が何を生み出すかなんてわかったもんじゃない。

  

 翌朝、ふとした気まぐれでテュルセルまで歩いて行けるのだろうか?との疑問をアレッサンドラに聞いた所、「なりません!」と厳しい口調で言われた。理由を聞くまでもなく、先日道路工事用の車両を走らせるだけでもこのまま港湾都市までの道を整備してやろうかと考えた程だったと聞くと、現在拠点を構築中の彼女達の仕事も心配もこれ以上増やしたくはないので暫くはスルーした方が良いだろう。拠点構築を手伝おうとすると、「主にそのような事はさせられません!」とヴィータに押し戻され、何か手伝える事はないかと拠点の地下をウロついていると、「些事は私どもに任せてご主人様は自室でお勉強なさいませ」とアレッサンドラに怒られる。すごすご自室(とは言っても侍女さん達がとにかく広く豪華にと作った部屋で、8m×8m、畳敷にしておおよそ40畳もの広さがあって個人の部屋とは思えぬほど認識の齟齬がある)へ向かうフリをして炊事場に潜り込む。


そこで保冷箱を探して炭酸飲料と水とおしぼり、アイスクリームとお菓子を三人分詰め込む。

昨晩セヴァストーポリから聞いた話で駆逐艦三人組が切り出した岩を使って表に個人所有地(無許可だけど)であることの主張として壁を作っているとの事なので様子見がてら労いに向かうのは主としても悪い事ではあるまいと言い訳を用意して白い石の階段を登り自室から地上一階を目指す。


階数表示のない階段を登り切った階で左に宴会場のような広いスペース、右側に真っ直ぐ続く長く広い廊下とその行き着く先に両開きの広い木製のドアが見える。おそらくあそこが地上部分の出入り口だろうと足を向け、白い石の廊下を進みドアを開けると、白い石畳の道が入り口から真っ直ぐ、

入り口手前で右方向に、おそらく建物沿いにぐるり一周作りかけの小道がある。その前に切り出した巨大な石がわんさか積まれており、海尋より少し背が高いチャイナ服風の青いワンピースを着た娘が重力制御と手刀で石の形をレンガ大の直方体に整えていた。

 大きさは三種類で、最小の物がレンガ大、大きいものは横1メートル、縦50センチ、高さ30センチくらいだろうか。手のひらに乗せた豆腐を切るように、手刀の一撃で真っ直ぐに、たてに割り、横に割り、手頃なサイズと思しきサイズの石を重力制御を使って入り口から真っ直ぐ伸びた道の向こう、低めのアーチ型をした城門の方に投げつけると、城門の前に同じ背格好の侍女が投げられた石を受け取り、城門の向こうに放り投げる。城門の左右には高さ6メートルほどの石壁が続いており、どこまで続いているかはここからは確認できないのでぐるり一周回って確認した方が良いのかもしれない。一番近くにいる赤毛のツインドリル侍女に

「ご苦労様、カフカース、ちょっとお休みしませんか?」

と保冷箱を掲げると、


「海尋ちゃん!?うえぇっ!!一言言ってくれればちゃんと綺麗にしといたのに〜〜〜!!」


と制服のホコリをパタパタ叩いて走り寄ってくる。


「全然降りてこないから頑張ってくれてるんだなーと思って。はい差し入れ」


「わーいありがとー♪ 他よりちょ〜〜〜〜っとばかし遅れてっから気合い入れて頑張らんと!」


「全然ん構わないんだけど、むしろ綿密な建設計画なんてあったっけ?」


「ないけどさー、やっぱ他が出来上がっていくのにここだけ殺風景ってのも悔しーじゃん」


「鉄骨鉄筋、ダクトにパイプに白い壁とLedの実用一点張りより趣が欲しいとは思うんだけど、」


我が意をえたり!とばかりに海尋の細い肩をガッチリ掴んでを


「そーだよねー!うんうん、あたしら自動人形だってもっと文化や芸術に目を向けるべきだと思うんだよ!海尋ちゃんトコの日本庭園なんてあるがままの自然と人の志が融合した素晴らしい景色だよね!茶室の侘び寂びを遊び心にした枯山水なんかもう美と趣の集大成じゃないか!」

 

鬼気迫る熱弁に「あ、やばい、地雷踏んだ」と大人しく拝聴していると


「そんな訳だから材木と竹が欲しいんだよ、なんとかならないかなぁ?」

と甘えのない真面目な顔つきで尋ねてくる。よし、これで理由ができた!と飲み物とお菓子の入った保冷箱をカフカに押し付けて

「ちょっと手配出来るか聞いてみる」

と言い残して最下層目指して駆け出した。どんな形になるにせよ、自分とて自然の織りなす風景を見て季節を感じるのは大好きだ。桜の木なんかもあったらいいなーとか便乗気分で浮かれかけたのが悪かった。階段を降り切った最下層の船着場(仮)に足を踏み入れた途端、背後から

「おやおや、海尋様?どちらへお出かけでしょうか」

と足元から背中を這い上がり、ぬるりと首に巻き付くような声色に一瞬フリーズしかけて、後ろを振り向こうとしその時、寮の頬をそっと包み込むように撫でられ、


「てっきりお部屋でお勉強なされているものとばかり思っておりましたのに。…………」


言葉の途切れたところで「言い訳」しようと思ったのだが、途切れた言葉の無言状態が長いのが何となく恐ろしい。


「海尋様、先ほどまで駆逐の子たちと随分楽しくお喋りなさっていたご様子」


頬を撫でていた手が帯のあたりまで下がると、後ろから一歩踏み出すよに後頭部に柔らかい感触が押し付けられた。


「カフカから要望書が回ってまいりまして、切り出した岩盤の中から金の鉱石が見つかったので木材の購入資金に出来ないか?との事なのですけど、海尋様がとても『楽しそうに』御殿の建築計画に『お耳を傾けてくださる』のでお伝えするのを忘れた次第だそうです。」

そこまで言い終えると、一層強く背中に体を押し付けて、

「さぁ、白状なさいませ、どんな悪巧みを思い付かれたのですか?私どもの目を盗むようにお出かけなさるのですから、それはもう楽しい楽しい悪巧みなのでしょうねぇ?そんな楽しい事なのでしたら、これはぜひお供させていただかなくてはそもそも、侍女の一人も共につけずお出かけなさるなんて「鎭裡」の名が軽んじられてしまいます。」


話終わる頃には後ろからがっしり抱きしめられ、後頭部にすりすりと頬擦りされていた。

「鎭裡」の名などどうでもいいのが本音だが、彼女達侍女全員の意思なのだろうと考えれば、この地で何かしら役に立ち事なのだろう。それより木材と、「金の鉱石」なんてものが出たのなら好都合なのでそちらも考えねばなるまい。


手持ちのお金も無尽蔵(資産として計上するならほぼ無尽蔵に近い)なわけではないので、ゆくゆくは港湾管理事務所で輸送または護衛の仕事を回して貰いつつ、手持ちの調味料とか商売になりそうな物品の販売でこちらの通貨を手に入れないとこの先いつまでも両替だけに頼る訳にもいくまい。


背後からピッタリ密着された状態からに体を後ろに回せばちょっと恥ずかしい位置に顔がむいてしまうので、

「ちょっとポーチャー(高速軍用ボート)で港湾管理事務所まで行って来ます。木材の手配と金鉱石の交渉も出来ればいいので詳細を下さい」


そう言った僅かな間、後ろからの拘束がほんの一瞬弱まり、その隙をついてスルリと抱きしめられた両腕を潜り抜けるとポーチャーを停泊しているドックまで、すったかたーと走り抜け、ポーチャーに飛び乗ろうとしたら…………、ポーチャーの姿はなく、ぐるりと周りを見回してもポーチャーらしき

船影はない。さて、どうしたものか、と考えを巡らせていると。


「ポーチャーでしたら武装強化のため改修ドックに御座います」


すすす、と傍に侍りそう告げると暗いドックの一角にLEDの照明が付き、格調高いオリエンタルブルーの船体が照らし出される。綺麗に削り取られ整えられた船着場を草鞋でスタスタ船に近づくと、ライトグレーに塗られていた船体が黒地に青を重ねて塗ったような深みのある、それでいて磨き上げられた塗装は藍の向こうに黒が覗くように磨き上げた黒に夜の帳を写し込んだような深い深い青を金で縁取った船体の両舷に上り藤に三つ巴の家紋が金であしらわれていた。


 これでは軍隊の船というよりも、貴族や王室所有の船のようではないかと驚きに眼を見張る有様かと見えるが、実の所、船体中央、跳ね上げ式の中央通路扉から黒光りする六門の銃口を支える本体を鎮座させる20mmガトリング砲、その右横に本来あった筈の12、7mmM2ブローニング機関砲の代わりにブッシュマスターIII35mm機関砲が載せられていた。


鉄色(くろがねいろ)の巨大な武装に心躍らせる所は年相応の男の子なのだろう、期待と希望を込めて砲身を見つめる見開かれた瞳は湧き上がる興奮を抑えられない無邪気な子供の瞳だった。

 ここまで期待が高まれば、当然内装も気になるのだろう、船尾、中央甲板へと足を進め、船体中央よりもやや前寄りにある船室の窓から内装を覗く。操縦席はあまり以前と変わらないようだが、高級乗用車の本革シートがより高速戦闘向けの対荷重シートに変更され、シートベルトも斜めがけの物から8点式になっていた。


計器の類は液晶モニターのデジタルと機械式アナログが海尋好みにマウントされていた。後部デッキから船内に入ろうとすると、アレッサンドラが船着場に佇み海尋の姿を見守っていた。

先に乗船した海尋が後部甲板の手すりに手を掛け、


「サーシャ!一緒に行こう!」


と、反対の手を、後部甲板のタラップに足をかけたアレッサンドラに伸ばす。ほんの少し躊躇して、伸ばされた主人の手を取ると、ぐい、と手を引かれ主にしがみつくようにして後部デッキに登る。


「海尋様がご自分から手を引いて下さるなんてウブな乙女のようにときめいてしまいましたが、一体どこでこのようなマネを覚えてこられたのですか?」

手摺を掴んでいた手を腰に回され、身長差のせいで主の胸に飛び込むようにはならず、主人の頭を自分の胸に抱きしめるような姿勢になってしまい突然の出来事に実は人間でいうところの心臓が、ばっくんばっくん状態で、自動人形ゆえ心臓なぞないので急激なオーバーヒート状態になるか、

AIの以異常加熱で回路保護のため緊急停止&急速冷却になる所を必死に抑えてこれ僥倖とばかりにAi思考の奥底ではガッツポーズをとっていた。


しかしそんな役得にも関わらず、気丈を装い、照れ隠しにどうも言葉に棘がついてしまう。自分からグイグイ攻める分には肝も座るが、予期せぬタイミングでグイグイ迫られるとヘタレるアレッサンドラなのであった。


後部甲板と中央甲板の中央にある段差部分に内部船室に通じる扉があり、タラップを降りて船室に入ると左右に9個、兵員輸送用の簡易椅子があり、その先、左右の一段上がった所、右側が操縦席、左にナビゲーター席があり、そのまま中央を船首まで続く通路になっているのだが、そこには20mmガトリングを支える黒光りする鉄製のフレームと円筒形の弾倉、35mm機関砲の弾倉が両脇に追加され、簡易揚陸艇としての機能を捨てて、完全に攻撃重視の兵装が施されていた。


センサー類もだいぶ強化されており、コンセプトとしては「海のブルーサンダー」なのだそうだ。

(「ブルーサンダー Blue Thunder は1983年の映画に登場する架空の戦闘、諜報なんでも来いの戦闘ヘリコプター」


「と、まぁ、こんな感じで大都市の夜空を飛ぶミッドナイトブルーの戦闘ヘリを意識して改修致しましたがお気に召して頂けたご様子で嬉しゅう御座います」


船室の簡易椅子に主人を座らせ、備え付けの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターの入った瓶を2本取り出し、一本を主に渡し、一本は自分の胸に抱えるように、主人に改修ポイントを一通り説明し終えて、主人の側に近づくと、「サーシャ、ちょっと屈んで」と椅子に座った海尋の手がアレッサンドラの後頭部に伸びる。はて、何か余計なものでもどこかでついたのかしら?と主人の前で腰を屈めると、いきなり唇を重ねてきて、驚きのあまり床に膝をつき、胸の前で抱えていたミネラルウォーターの瓶を握り潰してしまった。瓶が砕け散るのとアレッサンドラのAIがスッ飛んだのはほぼ同時だった。スッ飛んだAIがあれこれ走馬灯のような幻影がメモリを飛び回り、愛読というより聖典と化している日本のコミックスのページを今の状況に重ね合わせる。


10歳位の金髪碧眼の美少年が悪戯で社交界の上級生にキスする場面だ。ただのキスならまだ耐えられたかもしれないが、その場面同様、少年の方から唇を重ねると同時に舌を滑り込ませて来て、自分の舌に絡みつかせるようにヌルリヌルリと動かしてくる。最後に重ね合わせた舌と舌をゆっくり滑らせるように、身体ごと離れると、舌の先と舌の先に細い透明な橋が掛かり、そこを小さな雫が伝う。


腰砕けになったアレッサンドラの仰向けに倒れ込みそうな体を抱き止めるように支え、薄荷色の主人の眼が真っ直ぐに自分の眼を覗き込みながら「ごめんなさい」とやっとの思いで声にした様子で小さく呟く。


「いえ、寧ろこれ以上はない御褒美ですが」


と何とか持ち直しつつあるAIを働かせて言い淀んだが、「何」に対して「御免なさい」なのか、真っ直ぐ自分を見つめる薄荷色の瞳は真剣さと誠実さを雄弁に語っている。こう言っては不敬だが、主人である鎭裡海尋という男の子はこういった行動を自発的にできるほど肝は座っていない、


いや、他人に体を触られる、他人が体に触る事で自家中毒を起こす程、他人に対して恐怖を抱いている。正直、感情モジュールの何処かが吹っ飛んだかアーキテクチャに深刻なバグでも生まれたか、それとも顔に手ぇ突っ込んでナガンの7.62×38mmRナガン弾叩っこんだのがマズかったのか!?(今更だが……)

 

 しかし、メモリの奥では「これはヤバイ!濡れる!!この体制から押し倒して「逆レ」カマしても今なら許される!」などとポーカーフェイスのセメント顔でけしからん方向に突っ走りそうになった。


暴走しつつあるアレッサンドラAIなど知る由もなく、海尋の口から

「ちょっと材木が欲しいから港湾管理組合事務所に相談に行きたいんだけど、って、何?この金の鉱脈、随分とすごいけど黙っといた方が良さそうだね。下手に知れ渡ったらセンソーになっちゃうね。その方が余計な手間が省けて良いけど」


自動人形同士、お互いの舌を接触させて情報のやり取りが出来るのとは言え流石に恥ずい。しかもそのやり方は何世代も前の形式に備わっていた機能だ。今では無線通信と光通信の無接触で書類でも口述筆記の形でも相互通信可能で一言「データ投げて」とでも言えば鈍器並みの厚さを誇る百科事典数冊分のデータが一瞬に共有出来る。あえてベロチューかましたのは「好き」と言った意思表現を態度で示してみたまでで、他侍女たちにも同じ事をするだろうけど、まずは一番付き合いの長いアレッサンドラから始める事で侍女さん達のいらぬ諍いを回避しようとの配慮ではあったのだけれども、アレッサンドラが上機嫌になってくれたのであればそれでヨシ!なのだろう。ポーチャーの操舵席に座っても「主にそのような事はさせられません!」とテュルセルの桟橋に到着するまでコントロールを奪われる事なく、既に馴染みの桟橋にポーチャーを留める。


 係留ロープは使わず、「変なの来たら沖へ離れて威嚇してね、回線は繋ぎっぱなしで良いからね」とだけ告げて桟橋から真っ直ぐ港湾管理事務所を目指して歩き出し、青い制服の侍女も主人の後ろに付き従い歩く。



 桟橋を過ぎて踏み固められた土の、恐らくは埋め立てて造られた港に足を踏み出すと、すぐ右側には木と焼成レンガで造られた大きな倉庫が船着場と並行に3棟、海に近い側から日用品や食料、など小口の商い用の倉庫が並ぶ。他二つは個人の商館、住居兼店舗に区切られた建物群が向かい合い、建物に挟まれた通りはついこの間上空から20mmの弾丸にに耕されて艶のある白い石畳で舗装された真新しい道になっている。左側には3棟の倉庫を正面にとらえるように木の柱と焼成煉瓦創りの港湾管理事務所が立っており、そのずっと向こうに港施設の出入り口と見られる石造りの門と

木製の大扉が見え、剣を携えた白い制服姿の港湾職員が二名歩哨として立っていて、その脇に三名、交代要員と現場主任とか小隊長らしき人物が見える。


 もうじき港湾労働者達が昼の時間になるからだろうか、港湾管理事務所入り口前の商館に挟まれた白い通りの両脇に屋台が並び始めている。彼らはそれぞれ港湾区画に商店と事務を持つ商人が雇用している雇われ人であり、個人商として屋台を開いている訳ではない。保存が効かない肉や魚、生鮮食品は仕入れたらさっさと売り捌くに限る。港湾労働者の昼食に、夕飯のメニューに。腐ったお終いなので売り捌ける時に売り捌く。


テュルセルの港に隣接されている造船所を含め、港湾区画にはざっと一千人程度の港湾労働者や商館勤めの事務員、販売員がいるので商店街よりはお祭りで参道に並ぶ出店を満喫する雑踏と言った方が近い雰囲気だろうか。

 


 そんな騒めきに背を向け港湾管理事務所の修理されて鉄の補強が入った木製のドアを潜る。表の風景とは対照的に事務所内では受付のカウンターに札付きの正規職員達がそれぞれの椅子で黙々と仕事をこなしている。ここテュルセルでは肉体労働に就く者を除き、基本朝夕2食の生活で、体が資本の肉体労働者は朝昼夜の3食になっている。


とは言え、事務職の方々も腹を鳴らして接客するわけにもいかないのでリンゴやオレンジなどの果物で軽い昼食に充てるようにはなっている。そんな時間帯にひょっこり顔を出しものだからカウンター向こうの女性職員達が口元や机の上をさささっと身繕いして片付ける姿を見て「お食事中誠に申し訳ありません」と頭を下げて申し訳なさそうに所長のメイピックへの取次か材木商人の紹介をお願いしようとした所でカウンターの奥からテュルセルきっての一等航海士モイチが顔を出す。


 「なんでぇ、急にお上品な高級商店みてぇな雰囲気になったと思やぁミヒロちゃんじゃねぇか、

いちいち受付なんか通さずにこっち来てくれりゃぁいいものを、律儀だねぇ。」


なんかすっかり常連のお得意様のような扱いだが、この一等航海士自身がざっくばらんで気さくな

ものだからこうもあっさりお友達感覚で対応してくるのだろう。女性職員からの冷ややかな視線を

物ともせずカウンターまで大股で歩いてくると、要件を書き記した木版を女性職員からヒョイと取り上げ、

「ふんふん、材木問屋ねぇ、向こう(港湾区域はずれの造船所)の木材置き場から丁度良さそうなの見繕ってかっぱらうか?」

などと冗談めいた物言いに女性職員のが引き攣った笑いを浮かべる。

「こいつならマジでやりかねない、ウソかホントかかつて停泊中の軍艦のマストから帆をかっぱらって船籍偽装とかやったなんて噂があるくらいだ」 と心中穏やかではない。


「ふん、まぁいいか、ちょっと歩くがブリザットん所まで飯つまみむついでに行ってくるわ、俺っち

が顔出しゃぁ紹介状書く手間もかからんし」


「いえいえ、それには及びません。あちらでお仕事中でしょうに」


カウンター奥の海図と思しき布を広げた机に目をやりながらそう海尋が答えると、

「飽きた!座りっぱなしで腰が痛ぇ!ここは一つ助けると思って頼むわ」


そう吐き捨てて海尋の背中を押すように事務所から表に消える。


「ちっ、あの野郎、ウチらのお姫様に馴れ馴れしくしやがって!ミヒロ「ちゃん」

だとぉっ、なんてうらやまけしからん!」

と木版に齧り付く受付嬢に向かって親指を立てて頸を掻っ切る仕草の後、立てた親指を真下に向かって振り下ろすゼスチャーの後、職員に向かってにこやかに手を振るアレッサンドラに沸き起こる喝采と礼賛。侍女の姐さんヨロシク頼んます!とばかりに拝む職員もいる。


(さて、主人が大人気なのは侍女としては嬉しい限りなのですが、今一つ煮え切らない所が御座いますねぇ、これは一発ロビーのど真ん中で主を裸にひん剥いて衆人環視の下、激甘おねショタックスでもキメて主人の女は私だと教えてやりましょうか?)などと主に知れたらマジ顔で暇を出されそうなのでまずは妙に馴れ馴れしい目の前の筋肉をどうにかしようと考えを切り替える。


港湾管理事務所を出て3棟並ぶ倉庫の一番岸側の棟に向かって歩き出す大柄な筋肉一人とその背丈半分位の風変わりな服を纏った薄荷色の髪の少女とその後ろに控えて歩く青い服を着た髪の短い女の三人連れ。一人はこの界隈で知らない者はいないテュルセルきっての航海士モイチ。


あとの二人はつい最近姿を現した異国の、妙な話だが異国から出奔してきたやんごとなき高貴な身分の御息女かはたまた物腰とその流麗な容姿と常に後ろに控えて騎士の従者のように追従する青い服の女の姿も相まって異国のお姫様かと言った噂が流れている。そんな事だから出店のあたりで腰を下ろして昼飯を掻っ込む上半身裸でガチョウパンツ一丁といった出立ちの港湾労働者や船乗り達が遠巻きに眺めては各々噂話に追加の尾鰭を貼り付けた与太話に興じている。


しかし、かの「お姫様」が倉庫の棟に挟まれた通りに押し寄せた癇煩の群れを腕の一振りで屍と肉片に変えた頭上に輪を持つ鴨頭を従えているのだとしたら、大昔のおとぎ話に出てくる魔物なのかも知れないと結論つけては押し黙り、ただ一行の行先を好奇の目で追うのだった。

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