第26話 らいふ・いんざ・のーざんたうん (2)

そんなわけで極光商会 鎭裡海尋は「満腹」といったリミッターがなく、食べたら即消化、エネルギー化してしまうので「ちんまい体の癖に結構な健啖家、大食漢として美少年にあるまじき評価を頂戴する羽目になる。腹ペコキャラではありませんのでご注意下さいませ。「うる星やつら」のサクラさんだってあのプロポーションで牛一頭丸々食べ尽くすんだからいいじゃないか。少なくとも本作はギャグもある。


メタな発言はここまでにして。


エルベ湖湖畔に篝火を焚いた紅い炎が映し出すのは余った石材並べて卓上に敷物敷いて燭台の炎がゆらめく即席のテーブル、ちょっと硬いが石の椅子が、貴族の会食パーティーのように並べられ、テーブル上には濃厚な食欲そそるソースがかかった分厚い肉と、バケットに山と盛られた焼き立てのパン、肉と野菜を煮込んだ真っ赤なスープがドドドン!と並び、席には甲冑ごと半身水に浸かった警備騎士全員、少しはなれた所にやんごとないお方、王侯貴族が裸足で逃げ出す女帝様と侍従長とその直属部下、見知った顔の近衛二人と青ざめた顔の天を仰いでぐったりしているもう一人。そこから離れた天幕にはこれら料理を生み出した調理器具と見られる移動式にの厨房と臙脂色の次女服を着た様々な年齢の7人の侍女とフードのない白い外套を纏った翠髪の少女。この少女がテキパキ動いているところを侍従長殿が止めに入る光景あった事から、もしかしたらどこかの大貴族の御息女だろうかと料理を前に木綿のシャツとズボンといった格好の警備騎士たちがヒソヒソと小声でこの場違いな席に恐縮しつつ話し合っている。警備隊長のゴッセン・フィンゲルハットもこんな事態は想像もつかず、侍従長に「先の出迎え大変ご苦労だった。我らの新たな友人、極光商会の主席である鎭裡海尋殿が諸君らへの感謝として夕食の席を設けて下さった。

つまらん作法や礼儀は無視して構わん。ただ失礼無いようハメを外さん程度に賜ったご厚意を食い尽くし、温情に応えよ」などと藪から棒に言われても、どうすればいいのか。


第一、警備騎士なんて言ってもやってる事は王宮とヴァンクス宮の門番以外は各所通路の掃除や生垣の手入れ、お出かけになる王家のお出迎え位なものだ。

それも普段はヴァンクス宮近衛のみに許された仕事で、平民上がりの自分達は王宮側の門番か庭の土いじりが精々だ。ヴァンクス宮が建て替えのため、向こうで並ぶ臙脂色の侍女服を着た俗称:「極光の侍女様」の方々に半日で更地にされ、次の日には空飛ぶ鉄の箱から落とされる石を天を仰いで指揮棒を振って落ちてくる石を決まった所に積み上げて本館中央部分を積み上げてしまった。翌日には本館左右の円筒状の塔、その翌日には使用人達の棟、と僅か三日足らずで建物部分を積み上げてしまった。毎日のように上空に留まるバタバタと音を立てる鉄の箱に王都住民から苦情が来るし、日頃から開けっぴろげな王宮、ヴァンクス宮を散歩道にしている貴族や平民が立ち止まって群れを成し、その有り様を見物に来ていたので、王宮警備の予備兵訓練兵に、それら領民が余計な所に立ち入らないよう配置されたのが今の警備隊だ。そんな警備隊の連中に「お疲れ様です」と花の咲くような笑顔で銀色の盆に乗せた果物を絞ったような爽やかな味のする飲み物を振る舞ってくれたのが侍女様達である。その美しさ物腰に、さぞや上流な方にお仕えする侍女様なのだろうと、礼を述べる以上の言葉をかけることも出来ず、モヤモヤとしていたのだが、見物に来ていた上級貴族のスケベジジイがあろうことか侍女様の一人にちょっかいかけて来やがった。こちらが駆けつけるまでもなく、そのスケベジジイは白昼の石畳に投げ倒され、顔面を靴で踏まれて侍女様が切った啖呵にビビって腰抜かしてヘコヘコと石畳這いずって逃げていった。その際、非礼を詫びに警備兵が駆け寄ったのだが、「次やったら一生女抱けないようにしますのでそうお伝えください」とものすごい事をさらっと言われたとか。

自分達警備騎士からすれば「いいぞ、もっとやってくれ!」と両手を挙げて応援したいくらいだ。というか「極光商会」の面々は本当に腰が低い。夕食の始まりにちょっとしたスピーチをするのが慣例で、侍従長に促されて渋々と「極光商会御当主」様直々に軽い挨拶の後、「しばらくヴァンクス宮の建て替えでご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」と深々腰を折って頭を下げた。警備隊隊長のゴッセンを含め、誰もがあの一番背の低い翠髪の女の子が御当主様とは思わなかった。しかもあの物腰で男だと!!!何か精神のバランスが根こそぎ崩れ落ちた感覚に陥る所だった。多分きっと何かの間違いか、訳あって男のふりをしているのだろう。本当に男なら倫理観がおかしい。

警備隊員の一人が「この白いパンを家族にも分けてやりたいから持って帰ってもいいか?」と尋ねれば、「でしたら皆さん全員分ご用意しましょう」と保存用器?に入った肉とスープ、それと酒まで用意してくれた。


白いパンが気軽に庶民の口に入るようになるのはまだまだ相当先の話で、ヴラハ、バクホーデルでも真っ白に挽いた小麦で作る白いパンはお貴族様の食卓にしか登る事のない高級品で、庶民の口には大麦やライ麦を挽いた粉で作る黒くて酸味のあるボソボソで硬いパンが多く白いパンより日持ちもするので長いこと庶民の主食となっていた。


これらの食材、特に肉がどこから来たのかと言えば、車両組が王宮近くの雑木林を走行中に見かけた野生の牛を家畜として捕獲、繁殖させるのはどうかとお伺いを立てた所、捕まえるのは今度でいいから試しに一頭狩ってきて下さいとの返事だったので一旦車列を止めてライフルで撃とうとしたらブランがAK-47のアイアンサイトのみで400メートル先の牛の眉間を初弾で撃ち抜いた。二、三歩大きくよろめいて草っぱらに倒れ込む牛を見て

「ちょっと大きすぎかしらねぇ〜〜」

「「ちょっと」で済む大きさじゃないよな、あれ」

バクホーデルの山羊も大きかったが、今しがた倒れ込んだ牛も大きかった。大きさ以外に色も違う。「牛」と言えば白黒2色の家畜として品種改良されたものが「常識の範囲」で

「牛」と形容されるべきであろうが、それは元の世界であっての事、こちら側の「牛」は

まだ原種の、それもアフリカバイソンのような大きく毛むくじゃらで全体的に茶色く御当地ヴァルキアでは「ジュブル」と呼ばれ狩猟にもかなりの危険を伴うことから結婚式や新築祝いなど大きなお祝い事に祝う側から贈られる最上級の贈答品となっている。

「はぇぇ〜〜、すんごいわねぇ〜「あさるとらいふる」って引き金から指を離して銃口から立ち上る硝煙を見ながら弾倉を取り外し、弾倉にセットされた7.62×39mm弾の銅でコーティンングされた弾頭を見ながら弾倉を外し、機関部から鼻腔に漂う火薬の匂いに


「鉄錆臭い血零れ落ちる内臓のナマ臭い匂いもいいけどわずかに漂う硝煙の匂いもいいわぁ〜〜」


矢絣袴姿で自動小銃抱きしめて恍惚に浸る。ダリアは剣で突き刺す肉と剣先が骨に当たる手応えが脊髄を擽って性的快感にも似た興奮を覚えると言い、その相棒は火薬の匂いにトリップしよる。考えようによっちゃどっちも立派な凶戦士バーサーカーなんだが、あの二人に新人(リル)の教育任せちゃいかんよなぁ。海尋ちゃんの所に預けて仕込んで貰おうか。とタイフーン-Kの屋根にでかい牛積み込む侍女の姿を見ながら考えるヴァルキア女帝ハーメっと・ネフ・カシスだった。


それと同時に人が隠居かましてぐーたらしている間に足元の王宮や近隣農村の未開拓地帯が湿地になってるのを見て、やはり傀儡の無能に任せるのはやめて自ら緩み切った王宮の改革と統治すべき民の生活を見直そうかと風穴開いたタイフーン-Kの中で思惑に沈んだ。のがつい先程、まだヴァンクス宮に到着する前、なのに、美味い飯で腹が満足したせいか、飯にありついて喧しい警備騎士どもの騒がしさもどことなく懐かしく、「統一戦争と大陸渡って反抗分子殲滅してた頃は大勝した後の野営で騒いだもんじゃのう」柄にもなく昔を振り返る。


 隠居してグータラしてたとは言え、夜の始まりを告げるオーロラの時間が終わり、白い月光に照らされる新しいマトリカ・ヴァンクスを見ると、あれこれごちゃごちゃ貼り付けたような安ピカ鍍金より質素でも職人の手で入念に磨かれた素朴な美しさも飽きのこない趣のある風情だなと満足感の倍重ねが心地よい微睡の細波に誘う。エルベ湖を背に新しいヴァンクス宮を眺めると、良くもまぁこんな短期間で外壁だけとはいえ別棟までこさえたものだ。


ヴァンクス宮の裏手に庭園入り口の左右から弧を描いて本館へと続く階段、太いドーム型の屋根を持つ円筒形三階建ての本館を中心に両脇に縦長3階建ての棟、どちらも終端が円筒形の塔になっており、円錐形の屋根を持ち、ここからは本館の向こうになって見えないが、正面側にt鎮座する四角い館が両脇の塔に繋がっている。瓦を葺いていない円錐状の尖った屋根と急な角度の切妻屋根には瓦の下になる野地板の上に瓦を引っ掛けて固定する瓦桟が横方向に貼られており、瓦桟の下には換気性を良くするための流し桟も引かれている。屋根の板材乗せた上に樹皮を葺いたヴァルキアの檜皮葺屋根とは違い、えらく手間のかかる施工をされているものだ。ヴァンクス宮の立て直しに際して、地元職人を無視するわけにはいかなかったので、王宮側から建築系ギルドに打診はしたものの、どいつもこいつもビビって遠回しに断られたらしい。海尋ちゃんが関係の薄い警備騎士どもに気前よく食事を振る舞ったのもそういった理由あっての事だろう。最も城の建築なんて何十年もかかる職人仕事を一ヶ月かけずに終わらせてしまう所はかえって領民どもの不安を煽りゃせんか?


そう微睡の中で考え事に耽っている間、極光の侍女と極光の当主は片付け物の真っ最中で、気の良い警備騎士の連中も「ご馳走になったのだから」と臙脂色の侍女服を着た美女を横目に皿運んだり、水組んできたりとやっている。調理場や洗い場は野戦用の簡易なステンレス製の物がテント下に設けられ、その横に組まれた櫓の上に浄水機能付きの貯水ポリタンクが乗せられていた。電動ポンプは説明するのが面倒なのでシーソー式の簡易ポンプでエルベ湖からホースで水を引いてきていた。そのポンプで、ガッシュ、ガッシュと音を立ててタンクに湖水を送っていた所、物珍しさに一人二人と集まってきて、「水を汲んでいる」と分かると、詰所から金属のバケツを持ってきて(腹巻のないカトチャっぽい木綿の上下では恥ずかしいらしく)フルプレートを着込んだ騎士たちのによるバケツリレーが始まった。騎士達も野営訓練の際には自炊をするので、自然と自分たちの使う調理器具や洗浄道具に目が行き、それはなんだ?と尋ねてくる。その都度、自分たちの使っている固い雑草を束ねた物や木片の端を叩いて繊維質を柔らかくしたブラシのようなものと比較対象して侍女達の使うシダを束ねて縛りブラシ状にした鍋洗いや裂いた竹を束ねた「ささら」、一般ご家庭の必需品、亀の子束子などをどうやって作るのかしきりに聞いていた。

カフカース、スコールイ、オトヴァージュヌイの3人が年下少女に見えるせいか、若い連中から随分気さくに話しかけられたようだ。クロンシュタットとセヴァスポートリはその上の年齢層、まだこの二人は砕けているところがあるからいい、ペレスヴェートとアレッサンドラなどは多少愛想はありはするが、徹頭徹尾セメント対応で「めんどくせぇから早よ下がれ」な圧迫感が若い騎士達を遠ざけていた。


 そして翌日。昼前には正面本館桐妻屋根を除くドーム屋根部分、中央塔のドーム型天井の瓦葺きが終わっていた。さすがに侍女服姿のスカートのままでは作業しづらいので淡い緑色に濃淡様々な緑が滲んだようなフォレストグリーンのA-tacs迷彩戦闘服に腰道具と言った出で立ちで作業に勤しんでいたが、「異国情緒のどえらい美人」で「無茶苦茶コレもんのおっっぱいがもう、これよこれ」と下から掬い上げるようなジェスチャーで鼻の下伸び切ったヴァンクス宮担当警備騎士が同じ宿舎の王宮警備騎士や内勤の事務方に得意満面に吹聴したせいで、朝も早よから有象無象の見物人で王宮からマトリカ・ヴァンクスに続く道に人混みが現れ、ヴァンクス宮正面に領民に解放されている散策コースから外れて見物客で溢れかえった。さすがにこうも見物客が多くては「目障り」「喧しい」「不愉快」と群衆に向けてサブマシンガンでもぶっ放しかねないほど侍女様方のAI不快指数が跳ね上がっていた。おまけに我ら主の麗しい御姿が見えない。本館切妻屋根の天辺、大棟部分を跨ぐように作業台を置いて、そこで目止め剤、瓦と瓦の隙間を埋める漆喰を練っていたペレスヴェートがおもむろに練っていた漆喰を放り出し懐から取り出した手榴弾の安全ピンに手をかけ、

「ええい、有象無象の歩くゴミ共がぁっ!まとめて葬ってくれようか!!」


「止めろヴィータっ!後片付けがめんどくせぇ!」


「おやめなさいっ!この上道路工事なんて余計海尋ちゃんのお傍から離されちゃうわぁっ!」


瓦葺き作業中のクロンシュタットとセヴァスポートリがしがみついて静止する。


「ぐぬぬ、私の中(船体内部)でオトヴァージュヌイとイチャついてぇぇっ、くっそう、発育始まったばかりのぺったんこボディの方がいいのかぁっ!ボン!キュ!ボン!のわがままお姉さんボディの方が色々楽しめるでしょうがぁっ!!!おっぱいで挟んで挟射とか胸の谷間で窒息寸前プレイとかっ!」


「ヴィータ、そう興奮せんとちゃちゃっと終わらせてまえばええやんか」


両手を脇脇させて憤慨するペレスヴェートにドーム屋根の仕上げ確認を終えて「段取り」の仕掛けを外し片づけを終えたカフカースが左官道具抱えて現れると


「カフカースっ!ああ、もう、あなたが場外ホームラン級のめちゃウマシチュかっ飛ばしてくれたもんだから、気が気じゃないのよ。何よあの背後からのねっとり粘着触手絡め耳舐め手コキプレイ!ぺったんこボディならではの密着奥義わっ!滾ってしょうがないじゃないっ!!」


「おうおうおう、黙って聞いてりゃ言いたい放題言いよりやがって!だぁれがぺったんこボディじゃ、下に降りろ、拳で「ナシ」つけようやないか」両目が白い丸と化し、背後に激辛熱々な爆炎を纏いギザギザにとんがった歯を剥いてキシャーッ!と効果音立てながら握った拳を掲げて殴り合いの決闘状を叩き付けるカフカースなのだが、その裏側、量子通信では

(1706>099:なあなぁ、ペレやん。ちっと海尋ちゃんの様子見がてら茶の支度せぇへん?)

(099>1706:なんですかそのペレやんってのは!危うく吹き出してRGD(ロシアの対人破片手榴弾。)落とすところだっったじゃない。ああ、安心して頂戴、中の炸薬は抜いてありますよ)


(1706>099:ところで海尋ちゃんどこいったん?)


(099>1706:私の中(船の方)でオトヴァージュヌイと地形観測用オプティカの組み立てと改造作業に取り組んでおられます)


(1706>099:オトヴァージュヌイと二人っきりぃっ!?誰もいない・・・薄っ暗い格納庫で真昼間っから・・・んな訳あるかいっ!、あってたまるか!)


(099>1706:おやおや、手の平で受け止めた海尋様の落とし胤身体中に塗りたくって疼いた体慰めてる発育不足妄想処女が随分余裕ですこと、ほほほ)


(1706>099:ぬかせ、その必要以上にデカい胸じゃピッタリ密着ご奉仕も出来ひんもんなぁ。羨ましいか、悔しかったら「こんなに体がピッタリ重なると安心する」って海尋ちゃんに言わしてみぃや、ベロベロベー)


量子通信でも開戦確定の会話になっていた。なんだかんだ言いつつも、まだ瓦の葺き終わっていない所を手伝うべく、板材部分に四つん這いになると、ペレスヴェートが鏝板に取った漆喰(接着力を上げるためにアクリル樹脂を混ぜ込んでいる)をカフカースに向かって投げ渡す。中を飛んできた漆喰を鏝板で受け取り、屋根板に塗りつけると、ペレスヴェートが作業台に積まれた瓦を一枚づつ投げてよこして塗りつけた漆喰の上に瓦を乗せて並べていく。防水を確実にするため、板材と瓦の間にウレタン材が敷かれているが、これがちょっと不味かった。まだまだウレタンなんてものは存在していない。


屋根に降りかかる雨水をさっさと下に流してしまおうといった考えの元、中世ヨーロッパの切妻屋根にやたらと急角度がついているのはそのためである。


下に流した雨水を雨樋に流し、雨樋を伝った雨水は屋根から出っ張った悪魔や動物の彫刻から排出される。


が、元のマトリカ・ヴァンクスにそんな凝った仕掛けがあるでなく、新宿新都庁同様、ひどい雨漏りに都度対応を迫られていたため、そこはどうにかしようと悩んだ挙句の対処である。美術とか芸術性の発達していない所なので、日本家屋風に屋根瓦の下に土を敷くことも考えたが、屋根の重量が嵩むし、どういう理屈かもわからない。「こう施工してました」って記録はあっても理屈が分からなくては万が一の対処に困るので、手持ちのプラントで防水効果の高いウレタンの敷物を用意して屋根一面、板材の裏側に貼り付けた。そのせいで後年、研究者、学者連中の頭を悩ます要因となり、カシス女帝朝創成初期の数ありすぎる謎の一つとなっている。というか、マトリカ・ヴァンクス自体が最大の謎の塊であるのだが。


謎の一:建物に使っている大理石 商業の中心テュルセル西部の渓谷から切り出された物のようだが、一体どうやってこんなに大量の大理石を運んだのか。


謎の二:浄水設備 建築物の地下に流れ込むエルベ湖の湖水を飲料水として使えるまでに、土や小石、植物を使った浄水システム、石材の外壁の中に木造建築を建て込む建築技法と屋根瓦、建築方法全て。


謎の三:なお瓦に至っては、バクホーデルという窯業主体の小さな村で「マトリカ・ヴァンクスの瓦を焼いた」記録が残っているが、この頃はまだガラス質釉薬がようやく研究され始めた頃である。かなりの量の瓦を必要としているが、全ての瓦をバクホーデルで小さな工房が一週間ほどで焼き上げたというから。この記録は眉唾物とされている。


謎の四:ガラス板 この時代、ガラスの発見はあったが、せいぜい小さな装飾品程度で髪飾りや腕輪などのアクセサリー小物で均一に透明な一枚板のガラス、それもかなり強固で石を投げつけようが、砲弾を当てようが、傷ひとつつかないガラスなんて今の世でも作れやしない。


謎の五:ヴァンクスの支柱のない螺旋階段 中央棟1階のレセプションホールと中2階にかかる木造螺旋階段が何の支えもなく、階段の最上段、最下段のみで繋がれている。


謎の六:外壁に足場や2階以上の床を作る木材を通す穴がない。渡り廊下の柱が全てアーチ型に積み上げられ、橋桁の役割同様、狭い範囲でかなり強固につみあ挙げられている。


他にもまだあげればキリがないほど次から次へと謎が出てくる。どれをとっても「極光商会」という商人組織の名前が出てくるのだが、たかだか大昔の商人組織が関わったところで何ができるというのか。ダイモン人の祖と関わりでもあるのか?と、やがて訪れるかもしれない未来の悪態を他所に、極力現地調達できる資材や当時の施工方法をなぞって作業を進めていた(つもり)だった。しかし、建築に限ったことではないが、重力制御なんて反則中の反則だろう。



ヴァンクス宮一階部分の本館、別館の浴場、トイレと使用人用通路、中央塔控室の床に白をベースとして黒、赤、緑のタイルで市松模様に飾っている最中の装飾担当スコールイが補佐についたアレッサンドラに尋ねる。

「で、なんで「オプティカ」なんて使うんだ?」

「地形調査と昨晩説明があったでしょ。ヘリ(Mi-6)だと低く飛ぶと騒音問題になりかねないし(もうなっている)、下手に住民ビビらせてもいいことないでしょう」

昨晩のうちにエリシケ外洋に停泊させていたペレスヴェート、クロンシュタット、セヴァスポートリの3隻を夜闇に紛れヴェラッツアーノ川からエルベ湖、ヴァルキア王宮内ヴァンクス宮付近に移動させ、ペレスヴェートは王宮付近の防波堤に擱座着岸の体制をとって開いた船首からバウランプを下ろしていた。


ペレスヴェート格納庫の一角、横に倒した植木鉢から伸びた直線定規の翼の後ろに2本の支柱で繋いだ水平尾翼を持ち、倒した植木鉢から蟻だか蜂の頭を模ったような全面強化ポリカーボンの操縦席を突き出した、特異な小型飛行機、エジレイEA-7オプティカ、機体色こそ試作機のレモンイエローだが、米国製ライカミング水平6気筒エンジンをイリューシンIl-10戦闘機に搭載されていたロシア製ミクーリンAM−42、V型12気筒エンジンに無理矢理換装し、昔のF1レーシングカーのようなドライバー席後ろの吸気口をさらに大型化した吸気口を設け、悪ノリでマッドマックスのタイミングベルトでブン回る過給機までついていた。本来、低速安定性を重視した機体で、戦闘機のように過剰なパワーを必要としない設計の機体であるのだが、オプティカ使用にあたって、脳筋ヤンキーの水平6気筒なぞ言語道断!スラブ魂を叩き込んで鍛え上げたミクーリンのAM-42にすべし!とのアレッサンドラからの厳命があったので、ちょっとした小改造、観測機器の強化更新の他やむなくエンジンの換装を強いられた。


なんで?いいエンジンじゃない水平6気筒。スバルのEZ36ボクサーエンジンじゃあかんの?(個人的見解)

 

操縦席部分、昆虫の眼にも見える開いたドアから三つ並んだ操縦席を含む3連シートに仰向け、腹這いと姿勢を変えるオトヴァージュヌイの脚が除く。あれこれ姿勢をごろごろ変えているせいで膝丈のスカートが捲れて(足首丈の臙脂色侍女服改造のミニスカバージョン)淡いピンクの布地に包まれた乙女の恥じらい部分、丸いお尻とハイサイソックス上の白い太腿が丸見えで、腹這いから仰向けに姿勢変更した時なんぞは踏ん張る足場を探して太ももが上下するので股下のクロッチ部分までが、機体横で制御系配線チェックと制御系シーケンンサーの調整やってる海尋の視覚内で。見えてもいいいはずの物すら見えなく防御する鉄壁防御が仕事をサボっていた。ようはパンツ丸見え状態である。


「あの、・・・オトヴァージュヌイ?」


流石にアレッサンドラが奨励する「極光の侍女は淑女たれ」のスローガンから見てどうよ?と思うので声をかける。


「何?どっか配線間違ってる?」平然とした声だけ返すと


「いや、そうじゃなくて・・・」と言い淀むと、スカートの端を摘んでぴらぴらと振りながら


「んじゃ、興奮してきた?それとも白の方が良かった?」と返ってきた。「僕が言いたいのはそういう事じゃなくて、」そう続けると


「海尋ちゃんしかいないから見せてんのよ。同世代の女の子のパンツ見放題で嬉しくないとか、それとも、女子中学生までが限界装備紺色ブルマーの方がグッと来る?」


「・・・オトヴァージュヌイ・・・」


声のトーンを落としてシーケンスの接続画面を閉じてオトヴァージュヌイの方を一瞥すると慌ててスカートの裾を正して操縦席コンソールの配線作業に戻るオトヴァージュヌイ。

(やばい!怒らせた?)

ゆっくりと近づいてくる海尋の一点を凝視した眼はオトヴァージュヌイが冷や汗浮かべた時、


「取り込み中すまぬ、海尋ちゃんはこちらかえ?」


格納デッキにヴァルキア女帝ハーメット・ネフ・カシスの声が響いた。


「はい、お待ちください、ただいま御前に」


声の方向にくるりと向き直り明るい声で返答する海尋の姿に、内心の冷や汗が引く。

防犯、物珍しさで悪戯されても困るので夜のうちに到着したペレスヴェートの格納庫にしまっておいた運搬車両の周りをピンヒールの踵でカツンカツンと音を立てながら、濃い赤茶色のハイネック、オフショルダー、スカートの裾が人魚の尾鰭のように広がったマーメイドスカートのワンピースの上に

明るい灰色生地に細い紫のラインが入ったジャケット姿の聖上様が左側面に開いた穴を修理したばかりのタイフーン-Kを繁々と眺め、ノックでもするように荷台から上部分を総交換した車体をゴンゴンと音をたてて感触を確かめていた。


足早に近づいて来た海尋とオトヴァージュヌイに視線を送り、


「おお。すまんな、仕事中に。昨日のうちに詫びにゃならん事だったのじゃが、うちの侍従が申し訳ない事をした。どうかご寛恕頂きたい」


「別に構いませんよー、このくらい。逆にいい耐久試験になりました」


あっけらかんとニコニコ笑って告げると


「それは非っ常〜〜〜っに、ありがたいんじゃが、そ、それでそのー、修理費はいかほどかの?」

だんだんと小声になり、修理費のあたりではほとんどボソボソと俯いて声を出していた

「修理費も結構ですよ、まだまだスペアはありますし、破損した部品も他の物に流用しましたので何も問題はありません。聖上様が僕の右肩抉り取る位だから、他の方はどんなだろうかと思ったののですけど、まさか馬上槍の投擲で機関砲の弾丸弾き飛ばす装甲に風穴開けられるとは思ってもいませんでしたので。今後の防御基準見直しに、良い出来事でした。」


仏か菩薩か、海尋ちゃんマジ天使!危うく「一晩「ご奉仕」してやろうか」と口にしかけた。冗談でも「アッチ系」の話を口にしよう物なら撲殺用メイスを手に額に青筋建てた侍女共が押し寄せるだろう。

しかし、冗談抜きにマトリカ・ヴァンクス立て直しの功績に爵位と領地でもやらん事には収まりつかんわ、との考えがよぎるが、それはまだ早い。もっと功績を、無能な諸侯共が反論一つ出来ないほどの大きな手柄を立てさせてから出ないと、何処の木に止まる鳥ともつかぬ者に爵位を与えると言っても首を縦に降らないだろう。


そうは言っても先立つ物、必要資金を自分の小遣いから引き出すのも限界がある。既にマトリカ・ヴァンクス再建費用の全額前払いで全財産の3割程度を支払済である。それでも設備と快適さを考えれば、その倍は支払っても充分お釣りがくる。この連中を帝国の手勢として引き止めるための何かいい策はないものだろうか。


「時に海尋ちゃんよ。その奇妙な虫はなんじゃ?」


きょとんとした顔つきで小首を傾げて

「「虫」ですか?何処かに何かついてます?」

肩越しに背中を覗く仕草で脇腹や裾まわりを確認する仕草がなんとも可愛らしいというか、くいくい捻る腰の仕草と尻の動きが色っぽい。こやつほんとに男のおのこかえ? 王侯貴族向けの高級娼婦なんぞよりよっぽど立居振舞がエロいわ。

「オトヴァージュヌイ、後ろになんかついてる?」

「分かっててやってんのなら押し倒す」

オトヴァージュにジト目で答えられるとコロッと踵を返し聖上様の方へ向き直り


「これは地上観測用の「軽飛行機」というものです」


「ほうほう、これも空を飛ぶものなのか。こないだの鉄の箱ではいかんのかえ?」


出来る限り言葉を簡略し、長舌になりながらも、あんなデカい物、低い所を飛ばしたら住民が恐怖でパニック起こしかねない事を説明しつつ、この軽飛行機エジレイEA-7オプティカなら見た目は奇抜で妄想逞しい住民が「怪物」と誤認するかもしれないが、中に人間が乗っていればただの「奇妙」な乗り物程度に考えてくれるだろう。Mi -6の特大ターボシャフトのバタバタと大気を揺さぶる音よりは戦闘機のレシプロエンジンとは言え軍用ターボシャフよりはいくらかマシだろう。


「侍女たちからの報告で、エリシケからこちらに繋がる街道の広い範囲で泥濘になっている箇所があり、乗り捨てられた荷車や馬車も散見されたようです。ヴェラッツァーノ川の水位にも少々気掛かりなデータが見受けられます。これが治水工事で改善できる物なのか、広範囲に地形から調査するために用意しました」


環境を考えれば湿地帯は水源に確保や動植物の生息、生息、生態系から見ても人間の生活に重要な関わりを持つ。そのため、碌な調査もなく埋め立てや河川経路の変更などの工事をしては生態系を破壊しかねない。その反面、人間の生活にとって悪影響を及ぼす。2003年韓国のセマングムで開かれた世界ジャンボリー(ボーイスカウトの大会)において多大な被害を出したアオバアリガタハネカクシの持つ「ペデリン」という有毒物質を含んだ体液に触れると、火傷の火ぶくれのような膿が入った膿疱が出る。毒性は低いが、火傷のような痛みや痒みがが発生する。炎症を抑えるステロイド系の薬品で症状の緩和、治療ができるが、日本住血虫のような人間の内部に卵を産みつける寄生虫なんぞがいた日にゃ、この世界では治療も何もありゃしない。他にも伝染病の媒介にもなる蚊等の害虫が「もしかしたら」いるかもしれない。バクホーデルからテュルセルでの農業改革を考えれば、潰せる問題は手がつけられる内にやってしまいたい。


そのためには暫くヴァルキアに居着いて調査をせにゃぁならんのだが、治水工場の調査にかこつけての調査を行うにも現地権力者の後ろ盾が欲しい。聖上様はどうも恐怖の対象のようだからそのイメージ払拭に一役買ってイメチェンして頂くのも後々の利益に繋がるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る