第25話 らいふ・いんざ・のーざんたうん (1)

「ほうほう、この船は鎭裡殿の船でしたか」


SAAB CB90Combat boat 愛称:ポーチャー:браконьер 

21世紀初頭、スウェーデン国防装備庁からいくつかの海軍、沿岸警備隊に正式採用された、類稀なる性能を持つ高速突撃艇。戦闘行動、警備行動だけでなく、消化活動、人命救助など数多の状況で活躍するスウェーデンの小さな村ドックスターにある造船所で作られた無茶苦茶高性能なアルミ合金のボートだ。海洋戦略シュミレーションMMORPG  Iron Impact Of VORTEX SEAでは大した役目を果たすことは少なく、河川沿いの浸透作戦や沿岸での奇襲攻撃に使ったりするのだが、ほとんど連絡艇とか海上での足として使われている海尋の私物である。自律AIを備えている為、単独で行動出来るが担当自動人形はいない。その船室の中、向かい合う座席の真ん中に大きな銀色の箱を挟んでヴァルキア帝国近衛騎士団所属ダリア・エコーズは脂汗を浮かべながらマトリカ・ヴァンクス侍従長ルッキーノ・マセラッティに尋問とか事情聴取とか、取り調べのように肩にのしかかるクソ重い空気の中、子煩い小言、説教を受けていた。ダリアにとって、ルッキーノは上司でもあり師とも呼べる人物なので身を縮めて大人しくただ説教聞いているだけかと言うと、そうでもない。「やるか、このクソジジイ、表へ出ろ!」と睨みつける表情で反撃し、以前のお前なら聖上様のご友人のお手を煩わせることなくあの程度の小役人切捨て高笑いしてたであろう、外遊で鈍ったか。となんだか貶されているような感じがしたので目つきも自然と険しくなる。それでも柔和な表情の侍従長と、今にも襲いかかりそうな、剃刀のような鋭い眼をした二人の間に火花が飛ぶ。半グレチンピラのガンの飛ばし合いのような下品な感じはなく、真剣勝負、先に動いた方が負ける、睨み合う西武のガンマンのようである。そんな一触即発の雰囲気も微風のように受け流してお茶とお茶菓子を銀の盆に乗せた海尋が操舵室の方から現れる。


「海尋殿、いけません、我々にそのようなお気遣いは無用で御座います。我らは従の者、一商会の御当主ともあろうお方が・・・」


ルッキーノの弁を遮って


「知人友人にお茶の一つも出せないような作法も知らない恥ずかしい当主などにはなりたくありません」


キッパリと言い切る。


 そこは考え方の違いもあるし、ここは海尋の場所である。古風な主従のあり方を押し付ける事もせず、ルッキーノが黙って折れた。


「失礼いたしました。自分の職務に重ねてしまいまして」


エリシケの港を出て大きく右回りに迂回する形で外洋を回ってヘクセン領ベイヤーノームを通るヴェラッツァーノ川を目指す。ヴェラッツァーノ川を遡るとマトリカ・ヴァンクスに隣接するエルベ湖に出られるのでそちらからマトリカ・ヴァンクスに向かう。エリシケからの陸路同様、昔はヴラハやボーレルからコグやガレオン船が水路を通ってマトリカ・ヴァンクスのあるヴァルキア帝都に直接貨物を運んでいたのだが、曲がりくねった河川と、風向きが逆風のため陸路の方が苦労が少ないと今では殆ど使っていないのだそうだ。ルッキーノの話では川幅は結構広く、泳いで渡るのはまず不可能とのことなので1キロ2キロはあるんだろうかと思ったが、ベイヤーノームを通って海に繋がる河口でも川幅は2キロくらいある。

軽く水中を探ってみると水深もロマノフ号が通るには十分な深さがある。前にヴァルキア上空をmi-6で通過した時は牧草地隊からヴァルキア帝都上空を通過したのだが、その際見かけたやたら幅の広い川が目に入ったので、地図作成のため地名と川の名前は調べておかなきゃなと聖上様に尋ねたところ、「確かそんな川があったなぁ」と、ボケ老人じゃあるまいし、それとも「こんなところにふんぞりかえるでないわ、邪魔な川よのう」とか自然が作り出した情景にも喧売ってたんだろうか。聖上様ならやりかねない。

 その聖上様はというと、特別誂の高速鉄道客車のリクライニングシートを最大限に傾け向いの座席に脚を投げ出して、退屈のあまりお上品とはい言えない格好で昼食前だと言うのに昼寝状態だった。


硬く踏み締められた陸路なんぞ、もう何年も前の話で、エルベ湖の南側向こうに聳えるアルカサム山脈からの雪解け水で増水したエルベ湖から溢れる水で帝都ウニレッオをはじめ、トリスン領、ヘクセン領、ラクシェン領を通るそれぞれの川が溢れ、ひどいところは湿地と化していたため、思った通りの速度が出せず走破するのに少々手こずっていた。そこはロシアの悪路を平然と乗り越えるKamAZと現GAZグループのUral謹製砂漠雪原湿地帯なんでもござれの6輪駆動、スラブ魂舐めんじゃねぇぞと泥濘にハマってスタックしないよう泥に埋まりながらも踏ん張って慎重に進んでいるからである。最初のうちは精々フラットな荒れた地面だったのでV8エンジンの轟音を豪快に轟かせ砂塵を巻き上げ快走していたのだが、開けた川沿いの道に入ってからはところどころで沼地のような湿地が散見しはじめ、ついにはシベリアの雪解け道ともかくやと言うほどのぐっちゃんぐっちゃんな湿地帯を走らにゃならん羽目になった。イギリスOovee社のオフロードトラックで材木運ぶドライブシミュレーションゲームの「Spintires」そのものである。運んでるのは屋根瓦と彫刻施した木材だが。

 そんな訳で窓から景色を眺めるのも飽きて極光の侍女達が持つ秘蔵書物(主にメイド×ショタ主なおねショタ、男の娘BLの内容がどろり濃厚な薄い本や白泉社系お耽美アクション)は猛毒に近いので下手に手に取ると後戻りできないから一度目を通してからは鉄の忍耐で我慢している。というか、奴等手元にあんな美少年がいて、毎晩アレコレやっといてまだ研鑽足りぬと申すか?あくまでも播種と教導の参考書とか、海尋ちゃんも大変じゃのう、良くあんな恐ろしい怪物が素直に体を許したものだ。


「海から回った方が良かったかのう」ポツリと口から出た言葉に


「この時期マトリカ・ヴァンクスに続く陸路はどこもこんな感じですよぅ」


支給されたAk−47を分解しては組み上げてとフィールドストリッピングの練習していたブランが答える。


「おい待て、お主知っとったのかえ?なぜ教えん!」


「ちゃぁんと以前から上がってきた報告書、要約してお渡ししてますよぅ」


「マジか!っちゅーかルッキーノからは何も言われとりゃせんが?」


「御師様は「聖上様がまともに取り合ってくれん」とぶーたれてましたけどぉ?」


「やべぇ、こんなんなるまで放っておいたとバレたら刻まれる!いやいや、私じゃのうてあの無駄肉ここまで無能じゃったか、あ奴が策を講じるのが筋であろうよ、現ヴァルキア王はあ奴ぞ?刻むのならあ奴を差し出すか!?」


「カシスちゃんにしばき回されてあっひんあっひん転げ回ってイチモツからザーメン垂れ流してしてヨガってるブタに成り下がった無能には無理な話なのぉ」


「ちっ、調教(教育)間違えたかのう?ふむ。いっそ今の貴族王族取り潰して極光の連中に挿げ替えてやろうか!」


「侍女ちゃんたちとセンソーすんの嫌ですよぉ。カシスちゃんだって海尋ちゃんとケンカしてズタボロになったじゃないですかぁ」


「ふんっ、こちらもあ奴の右肩から右上半身抉ってやったから引き分けじゃ!我ら高位種族の高位言語ハイ・エンシェント魔法ですら効かぬ相手にどうせぇと?」


「相手が『超位ハイ』どころか『超越』《ボルカニック》じゃぁ効きゃぁしませんわねぇ、諦めて巣穴潜って不貞寝するしかありませんわぁ」


「冗談じゃねぇ」


 

 「厄介なお話ですねぇ」

「全くです。冬が終わって夏の手前までエルベ湖から流れる河川の水位が増し各地で被害が出ております」


瓦積んだ車両組が泥道に悪戦苦闘しているうちに、遠回り海路水路を走った海尋達の方が早くマトリカ・ヴァンクスに到着していた。無線会話で現状は確認しているので、それをルッキーノとダリアに伝えると、アルカサ山脈からの雪解け水でエルベ湖の水位上昇と河川の部分的な氾濫による近辺の湿地化というか、今目の前でマトリカ・ヴァンクスの土台、統一戦争以前の砦跡が半分水没している。砦跡の上に建つマトリカ・ヴァンクスに影響はないのだが、砦跡の内部に浸水はしているだろう。で、この辺の対策をおっぽり出していたのが聖上様な訳でこちらよりも到着が遅れているのは湿地帯で手古摺っているからだろう。ワガママ娘のことはどうでも宜しいので、この水害食い止める何か良い方法はありませんでしょうか?と屋根瓦を待つばかりの真っ白に建て替わったマトリカ・ヴァンクスを眺めながら侍従長が海尋に相談を持ちかけた。


ヴァルキア本土はラグラント島と呼ばれる陸地で、そのほとんどがなだらかな丘陵の牧草地帯であり、島の北端には溶ける事のない氷だらけの凍結地帯の半島がが湾曲して伸びている。

その一方、アルカム山脈の標高は高く切り立った崖のような鋭い頂が連なると言った地形のせいか、エルベ湖周辺が海岸線よりも海抜が高い。

 

それならやり方次第でなんとかなるかもと、今までのドローンでの観測結果とポーチャーのセンサーから割り出した地形データを統合しながら考える。


それより、今はマトリカ・ヴァンクスだ。と、治水工事は思考の下層領域へ下げてマトリカ・ヴァンクスへ眼を向ける。本館や本館に続く別館の石材を積み上げていた作業時に侍女たちからは痴漢未遂スケベジジイの報告は受けたがこのような報告を受けていないので、ここ数日でエルベ湖の水位が上がったのだろうか?地形含めてなんでこんな珍妙な造りになっているのか。


まず、帝都ウニレッオはエルベ湖に隣接する形でヴァルキア王宮を中心に扇状に広がり、王宮近くには貴族や上級市民の広大な邸宅が丘陵の頂点辺りをを平らにして邸宅に構えた庭が隣接する程度の間隔で建てらている。丘陵の低い所には運河を設けてその周辺に開拓初期の木造住居、2、3階建てで庭がなく、灰色の切り妻屋根と太い角材の柱の間に素焼き煉瓦を漆喰で貼り合わせて強度を出している。灰色の屋根は粘板石を薄く割ったスレートを用いている。エルベ湖から水を引いて生活用水として利用する水溜が街中に点在し、洗い物や汚水を流す水路を設けて土地の高低差を利用してうまいこと上下水道を作り出している。


丘陵と丘陵の谷間には川幅10m程度の川が流れ、左右に川沿いに僅かな農耕地を持つ平民の暮らす建物が並ぶ。生活必需品である食器や衣類などはある程度行き渡って仕舞えば、可能な限り使い回し、親兄弟のお下がりで春先や夏場は作るのが楽な簡素で飾りっ気のない単色のスモック、秋冬となると重ね着用の棉織物に綿を入れたジャケットやコート、雨具なんてものはないので中の綿が手軽に出し入れ可能な乾かしやすい工夫もある。


下地がそんな生活なので王宮といえども豪華絢爛な暮らしとはいえず、王宮に鎮座する玉座さえ平らに削った石材を「椅子」の形に並べた程度の物、ベットもベットで収穫の終わった大麦小麦の藁を四角くまとめてその上に麻か木綿の織物広げたもので、その上に毛布や掛け布団で夜の寒さを凌ぎ、真冬の凍えるような寒い夜ともなれば、重ね着の上から布団被ってなんとか暖が取れるといった具合である。


聖上様に関しては、ちと変わるのだけれど、近衛のダリアとマノンが海尋の拠点で見た家具類や与えられた個室の内装を見てその「豪華」さに失神しかけた。聖上様の私室や区画で見たものよりも上質で、人の手ならざる繊細で凝った造形は常識と理解を超える。人地を超えた聖上様の持ち物を目にして、ある程度は高度な文化に耐性のある近衛二人でこれだ。言っちゃ悪いが未開の原始人ともいえなくもないモイチの驚き様は果たしてどんなものだったのか。


マトリカヴァンクスの船着場、ゆうてもせいぜい御池に浮かべるボート置場程度の腐りかけた木組みの梁に板材這わせた程度の桟橋にポーチャーを停めマトリカ・ヴァンクスの裏門にむかう海尋達一行。


決して触っちゃなんねぇ魔物を超えた人外。真昼間からお天道様のもとを群雄闊歩する百鬼夜行の統括。見た目柔和な好々爺、一皮剥けば国殺しのヴァルキア女帝に傅く事を許された、人間辞めた悪鬼共より人間辞めてる侍従長。その後ろに透けるような翠の髪、薄桃色に青葉を添えた紅い牡丹の花を裾と袖にあしらった見たことのない美麗な服を身に纏う絶世の新顔美少女と、身なりは違うが見知った顔の女帝近衛の狂刃ダリア・エコーズ。


ヘクセン領ベイヤーノームに続くヴェラッツァーノ川を遡ってヴァルキア王宮からエルベ湖を周り桟橋に現れた自走する小型で異様なロングシップ。船尾にフリストス同盟、テュルセルの旗を掲げているので略奪者の類ではないだろうが、なんとも奇妙な乗り合わせの一行が船から姿を現した時、前回(「空飛ぶ鉄の箱」で王宮上空からマトリカ・ヴァンクスにダイナミック入城かました時)のトラウマも癒えないまま、兎に角、警備隊が恥の上塗りをしない程度にその責務を果たそうとマトリカ・ヴァンクスの船着場の近場にいた警備隊の騎士たちが完全武装で駆けつけた。

ヴァルキア王宮警備隊隊長ゴッセン・フィンゲルハットは侍従長の姿を目にした瞬間、「全員整列うっ!気をぉーつけえぇーっ!捧げぇー銃ぅーっ!」と反射的に号令を叫んだ。

(待てよ待てよ、ちょぉーっと待てよ。たしか侍従長殿は朝方ロバに乗って出掛けたはずじゃなかったか?それがなんで普段ヴァンクス宮に引っ込んでる近衛騎士まで引き連れてあんな見たことない船に乗って帰ってくるんだ??)

考えてもしょうがない。何かあったのだとしても、お出迎えする我らに失礼があってはならん、と冷や汗ダラダラ流しながら、剣先を空に向け、胸の前で両手で剣のグリップを握り締め直立不動の姿勢で桟橋にズラリと完全武装の全身甲冑着込んだ兵士が並ぶ。余程急支度で駆けつけたのか、留め具や金具が宙ぶらりんの者もいる。ガシャンガシャンと甲冑を鳴らし一人頭甲冑含めて大凡150キロ相当、それが30人が一斉に桟橋に並びも碌に整備もされていない古い木造の桟橋で踵をドンと鳴らせば当然桟橋の板が抜ける。団体戦シンクロナイズスイミングの競技開始で端から順に綺麗に水に入る選手のように優雅とはいかないが、規律正しく直立不動、立派な捧げ銃の姿勢を保ったままドボン、ドボンと一糸乱れず水面に落ちてゆく。浅瀬だっったのが幸いして、割れて崩れた木片が浮かぶ朱面から一切動くことなく、剣を捧げた上半身が並ぶ。解除し損ねたRPGゲームの罠?水面に浮かぶ割た木片の上を、事もなく軽い足取りで水面も揺らさず歩き渡る侍従長と近衛騎士。やっぱりこいつら人間辞めてるって話はマジだった。そして、異国装束の翠髪の美少女はもっと人間辞めていた。


侍従長と近衛騎士がそろりそろりと木片の上を進むのに対して、船から桟橋の残骸に降りると、そのまますすすと氷の上でも滑るように一切足の動きも見せず岸まで渡り切る。「重さ」てってものはないんかい?

本当は水面歩いてるんじゃないのか?と思うくらいだ。ちょうど翠髪の美少女が渡りきったあたりで

「皆さん出迎え申し訳ない。と、いうか早く上がって下さい、風邪でも引かれたら困ります」

と侍従長殿から声が掛かったので捧げ銃から通常の敬礼で返答し、ガッポガッポと水が入って重くなっ甲冑の隙間から水を吐き出しながら岸に上がると後を追いかけるように葵いロングシップの船首が追い迫ってきた。

「ふむ、今すぐにでも紹介したいのだが、全員下半身ずぶ濡れではカッコつかんんだろう。出迎えはもう良いので早急に甲冑脱いで乾かして来なさい」

そう侍従長殿から言葉をかけられ敬礼で返答すると警備騎士たちはバタバタと詰所に戻っていった。ヴァルキア王宮では身分の低い者は貴族階級の者と口を聞くことを許されていない。特に王宮内では厳罰に当たるし、貴族連中も平民上がりの宮廷仕えには身振り手振りか「おい」や「下がれ」の簡単な「命令」しかしないのだが、マトリカ・ヴァンクスの女帝支えの連中はバカバカしい卑しい行為と身分格差を蹴り飛ばす。そのため、女帝近衛や侍従長達はヴァルキア王宮で働く王宮侍女や身分の低い兵士達に好かれていた。

そこへ来て、王宮内でも見た事のないような煌びやかな服を纏った美少女がみっともない姿を笑いもせず「ご苦労様です」

と丁寧に頭をさげる。桟橋が崩れて湖面に落ちても捧げ銃の姿勢を崩さなかったのは警備騎士の意地というか、なんというか、救われた気持ちで「やり遂げた」充実感と高揚感に自然と笑いが込み上げた。どこのどなたかわからんが好意がもてる相手のようだ。


「いや、お恥ずかしい。みっともない所をお目にかけてしまい、申し訳ございません。まさかあんなに脆くなっていたとは」


ルッキーノが海尋に謝罪すると、


「皆さんよく訓練されてますね、不意の事態に姿勢も崩さず敬意を示し続ける姿は立派だと思います崩れた桟橋はこちらで補修致します」

横に並ぶダリアが声をかける

「すまないねぇ、その言葉、後で奴らに伝えとくよ。なぁジイさん。そろそろ得物ぶら下げてもいいかい?腰が軽いと落ち着かん。それとヴァンクス宮に戻るなら着替えた方がいいか」


「今ヴァンクス宮には私しかおらんから別によかろうよ。ヴァンクス宮仕えの者には全員ヴァンクス宮が完成するまで暇を出した」


「おいおい、勝手にそんな事して大丈夫かよ。聖上様が怒るぜ」


土台と化した赤茶けた岩を積み上げた旧砦後のそのまた土台部分が水に浸かり、新たに積み上げた真っ白い大理石が光るマトリカ・ヴァンクスの姿を眼に

会話を続けながら裏の通用口へと向かう。


「ルッキーノさん。あの桟橋って同じ高さで作り直していいんですか?」


「桟橋?はて、あぁ、先ほど崩れた渡しの橋ですか、ありゃぁ桟橋などではありませんよ。酒宴開くテラスへの架け橋です。テラス部分はとっくの昔に倒壊しておりまして。というか、あのお転婆が酔っ払って粉砕したのですが」


「桟橋作りなおすついでにやっときます」

笑いを堪えて堪えると


「いや、それは申し訳ない。説教した後頭下げさせますのでそれからにしていただけませんでしょうか?」


「ああ、確かに聖上様はあまり酒癖よくありませんからね」


袖口で口元を隠してすくす笑って答える。


「まさか鎭裡殿の所でも何かご迷惑を!?」


もうしわけないと言った口調で、ギロリとダリアに刺し貫くような鋭い視を放つ。


「すまぬ、ちょっと停めてくれんか」

泥濘地帯を抜けて土が剥き出しの荒れ道に差し掛かったあたりでタイフーン-Kの豪華客車用のリクライニングシートで居住まいを正しながら運転席のカフカースに頼むと、停車したタイフーン-Kの側面搭乗用ハッチから雑木林を貫く荒れた道に降り立つと、小石を一つ手に取り、重さを確かめるように二、三度軽く放り上げ、

「だいたいあっちの方角じゃな」と木々から生い茂る枝をへし折るほどの速度で小石を思い切りブン投げた。

「ここは「ぶぅぇっくしょい!」とか大きくくしゃみするのがお約束じゃろうが、そんなみっともない真似などするかい。「へっくち!」やっぱ本土はまだちっと冷えるのう」


そう言ってくしゃみ一発かまして女帝様はお車にお戻りあそばした。


「さて、カフカース女史よ、おりいっての相談じゃが、朕らのところにはこう言った様式の建築美術や宗教美術と言ったものがないので正直良し悪しが全くわからん。そこまで我々は発展しておらんのじゃよ。なので建物の装飾は幾何学模様と植物の彫刻で頼む。たぺすとりぃ?絵画?床に敷く織物すら難儀しとる故それらは文化と芸術の発展を待つしかないのう。なのでその辺は後回しで結構じゃ」

マトリカ・ヴァンクスの外壁や内装の装飾案をスケッチした紙束をシート横に置き

「聖上様、今んなってそらないでぇ。ほんなら絵描きっつーか、スケッチ程度の素描できるお知り合いとかおらへん?彫刻や壁画でも芸術発祥の「兆し」くらいはありそなもんやろ」


カフカースの言語領域はまだ治っていない。海尋に「可愛いし、愛嬌もあるから僕は好き」と言われたお陰で直す気もない。当然、アレッサンドラやペレスヴェートから強制的に修正パッチ,矯正プログラムをインストールされたが治らなかった。直らないのはプログラムのエラーではなく何か別の要因があるのかもしれない、しかし主の言う事も尤もなので人当たりが柔らかくなるのならいいだろうと判断されて当分このままだ。決してアルペジオのビスマルクが関西弁でキャイキャイ話してたら可愛いよね、面白いよねっちゅー作者の妄想の産物では御座いません、はい。気のせいです。い・い・で・す・ね。


泥濘地帯も抜けたので車の運転はセンサーに任せて腹の上で指を組み、足をコンソールに放り投げ、カフカースはマイクとスピーカーを通して聖上様と会話していた。

「ところでカフカース女史、聞けばお主、海尋ちゃんと「ヤッた」そうではないかえ。ようやった。祝いの言葉を贈るぞよ。で、どうだった?年下美少年のアレは?」

「何恋バナに飢えるパートのおばちゃんみたいな事いよんね?ヤッた言うても手でイかせただけや。まだ処女おぼこやねんで、ウチ。

「何やっとんじゃ!せっかくの好機チャンスを!客室で二人っきりにしてやるから押し倒してチャチャっと子宮はらでも口でいいから胤まみれになってこい!赤飯ぐらいは炊いてやる!」

「それ違うて。ってかそんな風習ないやろ、ンきゃんっ!」

ガコォッと金属が破れる音と共にカイフーン-Kの側面装甲を文字通り突き破って騎士が馬上槍試合で使う槍が車体側面から突き刺さる。その衝撃で車体が揺らぎ、衝撃にびっくりしたカフカースが叫んだ直後。海尋から緊急連絡が入った。

(00>1706 :カフカース避けてっ!ルッキーノさんが石ぶつけられそうになってメチャクチャ怒ってる)

(>00:遅いわボケェッ!今度ベットで搾り取ったる!)

40行ほど上で聖上様がブン投げた小石がルッキーノめがけて放物線を描きミサイルのようにスッ飛んできてた。小石(空力加熱で表面が溶けてガラス化した小石)をパシッとカッコ良く掴み取ったのはいいが、溶けた表面の超高熱と音速超えた衝撃波でダリアと海尋にまで軽い被害がでた事に腹を立て、鬼の形相で甲冑脱いで衣類を乾かす警備騎士の詰所から馬上槍を持ち出し、小石の飛行速度と飛来角度から「だいたいあっちの方」とええ加減な目測で槍投げを行ったのである。瓦を積んだ車列の位置はだいたいの距離で15キロ、東京アクアラインの全長、川崎から東京湾を横断して千葉県木更津までの距離と同じである。その距離を小石すっ飛ばすのも問題あるが、槍の投擲でその距離を飛び、STANAG 4569企画でレベル4相当、具体的には200メートル先から発射された14.5×114ミリ対物ライフル弾にも耐えるタイフーン-Kの装甲をブチ抜く方もどうかしてる。現代兵器が通用しないとある高校の用務員さんに太刀打ちできずゲシュタルト崩壊起こした朴念仁(相良宗介)様の気持ちがよくわかる。


ミスリルのような超越科学とその産物を持ってしてもこんな事があるのだなとカフカースから送られてきた映像を見て尊敬と憧れの眼差しを送る海尋であった。タイフーン-Kは工具と小物程度の荷物しか載せておらず、大事な瓦とその他納品物資はウラル4320に積んである。それと、ブランはAK-47の組み立てが終えて「巣穴潜って不貞寝するしかありませんわぁ」の辺りからタイフーン-Kの端っこで巣を作って女帝様の側に積み上げられた次女の秘蔵書に没頭している。

「ダリアちゃんに男物の服着せてイチモツ生やして無理やり「後ろ」可愛がるのも良いわぁ〜〜〜」

「お前タフじゃのう。しっかし、あの惨状はなんとかせにゃぁなぁ。のうカフカース嬢、何か良い知恵はないかのう?」


 車両組がマトリカ・ヴァンクスに到着したのは夕方前、傾いた陽の光がオレンジ色手前になるあたり、切り立った断崖がオレンジ色の陽に染まり、マトリカ・ヴァンクス対岸のヴェルケル森林がその照り返しに雄大な景色を見せる。

「この眺めを楽しみながらの酒宴ですか、なんとも贅沢な遊びですねぇ」

「ほほう、分かるかえ。うんうん、流石侘び寂び風流の分かる海尋ちゃんはこの趣をわかってくれるか」

到着早々船着場の桟橋跡、侍従長から正座で説教かまされてる女帝様。説教にしゅんと項垂れていたのも束の間、狐のような尖った長い耳とふさふさの尻尾をパタパタ揺らして喜びを表す。この人、狐だったっけか?ではなく、海尋拠点の書物アーカイブにあった個人制作の3Dアニメーションに登場する御伽草子の九尾の狐、玉藻御前をモデルにした自称経験豊富な巨乳獣人がアニメ共々大変お気に入りで「萌え」という単語に興味を示した結果会得した感情表現の「エフェクト」らしい。ROOTのエロゲ、ヤミと魔法と〜の方じゃなくて良かった。岡本綺堂の「玉藻の前」の方を読ませるべきだっただろうか。その方がもうちょっとマイルドな性格になったかもしれない。それはさておき、この世界に「正座」なんてものがあったとは、子供がお小言喰らう時の作法に則った姿勢なのだそうだ。「子供」ってと心を随分と強調していたが、「このような格好で説教など、いつまで「子供」のおつもりか!」と治水工場や外遊(海尋拠点の居候期間)に至るまで土石流のような心身引き裂く罵詈雑言の応酬、最後の方は妙齢のうら若き貴婦人が「朕はまだ「少女」じゃもん!と嘴とんがらせて「プイッ」と横向いて拗ねてしまった。一番不味かったのはだらしない格好でタイフーン-Kのシートで寝こけていたことだろう。一応、侍従長が「そこに正座なさい!」とお説教開始のゴングを鳴らした時にササッと座布団は敷いてあるので石畳の地べたより多少は楽だろうがそろそろ限界らしい。涙目で試練からの解放を訴える。いい加減、夜の帳が降りて翠に赤紫が滲むオーロラも降りてきた。テュルセルやバクホーデルよりもオーロラが大きく綺麗に見える。元の世界で言所の極に近いのだろうか。気温もやや低く、真冬にはエルベ湖が凍結するとの事なので・・・凍結?!ちょっと待て、雪解け水が湖に溢れるんじゃなく、凍結した湖水が融解して流れ込むって事か!あと何百年かでここら一体氷河に飲み込まれるかもしれないってことも考えなくてはだめか?

まぁその心配はないだろうけど。


 瓦と機材その他を積んだ極光商会の車両は泥濘地帯を抜けて王都市民街の王宮に続く大通りを抜王宮正門からマトリカ・ヴァンクスの裏側へと抜け、エルベ湖の畔に運転席をアルカナム山脈に向けて横並びに駐車して、取り敢えずは人間の分、女帝様や近衛3人、侍従長、さっきのお詫びと慰労を兼ねて常駐の警備騎士30人分の夕食を野営状態で作り始めた。マトリカ・ヴァンクスの厨房は内装を造り直し中であり、水回りも出来上がっていない。夕食の準備に取り掛かる前、ちょっとした会議を極光商会の者だけで無線通話にて会議を行なった。自動人形同士の量子通話とでも言うべきか、格好つけて量子通信といえばS Fっぽさが出るだろうか。


ぶっちゃけ、自動人形の基本的な思考ルーチンとか基礎プログラムは全て単一の物であり、一つ作るたびに大元からコピーしたものを根幹とて基本学習プロフラムで外側を包み、自己成長プログラムを重ね自ら個性を確立さしてゆく方式となっていて、さらにその上層に同族嫌悪破棄や自動人形同士の殺し合い、独占欲の抑制プログラムが多重にかけられている。同じ自動人形とは言え、海尋の場合はもっと複雑なプログラミングがあり、人間だった頃の不確実な思考ルーチンや思考エミュエーター、見た目人間のように振る舞うプログラムではなく、一人の人間をプログラムに落とし込もうとする実験要素もあるのでA Iとしては他の侍女達とはかなり変わっているが、その中心プログラムに侍女達と同じ核があるので相互通信が可能となっている。

量子通信として屁理屈をつければ、一つのプログラムを複製して別々の個体に搭載しても元は同じプログラムなのだから個体Aに起こった出来事を個体Aとは違う個体Bでも観測できる。

それを任意の個体同士の共通記憶領域として認識させれば同じプログム間で時間的遅延なし磁器や気象状態による妨害なしでの連絡や思考のやり取りが可能となっている。今更だけど。

 

まず予定として海尋からヴァルキア本土地理の調査が提案され、泥濘に悪戦苦闘した侍女一同の賛同と泥濘地帯の地形調査に必要な機材の準備に取り掛かるよう可決されたのだが、スコールイからソリス川沿いの地形データと冠水被害地域のデータが「んじゃ、これあげる」とツーカーの呼吸で提出された。こちらに向かう道中、暇だったのでトラックから見える周囲の状況をデータ化してていたとの事。トラックの運転はリルが半べそで歯を食いしばって悪態つきながらやっていたらしい。いくらオートマチックのウラル4320とは言え、延々五時間も泥濘運転させるなんて酷い拷問だ。どうりで車から降りるなり地べたに大の字で熟睡していた訳だ。一応野営用のマットの上に移しておいたから体の節々が痛くなるようなことはないだろう。

 自動人形である海尋達極光商会の連中は基本飲食を必要としない。ヒトの生活圏で余計なイザコザ起こさないように飲食できる機能はあるが、エネルギーや疲労回復のための飲食は必要ない。しかし海尋だけはヒトの自覚維持のため食事による精神の安定のため積極的に「食事」を摂るような機能が備わっている。どちらかと言うと食事によって得られる「味覚情報」が大事なので空腹感や排泄行為には繋がらない。「胃袋」の役割を果たす縮退路に近い内燃機関で、粒子を加速して衝突させた粒子のプラズマ崩壊を含む破壊エネルギーではなく、空間の一部を捻って限定的にヒルベルト空間とやらを作り出し、その超高高圧空間を通過する物質が量子崩壊起こして位相因子の混合状態に無理やり持ち込み密度演算子を直接崩壊させることでコバルト爆弾?波動砲?テラワロスwwwwなとんでもないエネルギーを造り出す。ミルクキャラメル一粒あれば300メートルどころか銀河の彼方イスカンダルまでひとっ飛びくらいのエネルギーを生み出すことが可能だったりする。もちろん、そんんなものはありもしないが、全ては仮想空間でのでっち上げもいいとこ、大嘘つき大韓民国の超伝導体LK99や小保方ナントカのSTAP細胞とどっこいの机上どころか空想理論の産物である。説明書にはガンバスターでもエヴァンゲリオンでもデススターでも動かせる最小最狂の内燃機関でカケラ一つ残さずエネルギーにしてしまうので排泄物もない。なんでこんなに必要以上に長くなったんだ?長い妄言をお読みくださった方お疲れ様でした、ありがとうございます。


第25話 らいふ・いんざ・のーざんたうん (2)に続く

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