第24話 賄賂?・いいえ、山吹色のお菓子です



「はてさて、聡明な海尋殿が私になんの相談事だろうか。添い寝の相談ならブランと相談せねばならないのだが、いや、勿論そうじゃないことは重々承知しているよ。ほんの他愛無いジョークだから銃口を降ろしてくれないか?」後頭部に感じる冷たい鉄の感触に両手を挙げて降参のポーズを取るダリアだったが、はて?海尋殿もカフカース嬢も目の前にいる。

それじゃぁ一体誰が?少なくとも、今ここにいる連中は全員易々と自分の後ろを取れる手練ばかりである。この固さ冷たさはまごう事なき銃口だと思うのだが、一体誰だろうと、油切れの蝶番のようなぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃ〜といった効果音を出しながらぎこちなく後ろを振り向こうとすると


「ダ・リ・ア・ちゃぁ〜〜ん」


と耳元に息を吹きかけながら胸を鷲掴まれて揉みしだかれた。


「おいおい、ダリアちゃんよぉ、このブランさん置いてきぼりでナニ美少女ちゃんナンパしてんだよぉ」


「うわっ、なんだいきなりっ・・・揉むなっ!撫でるなっ!つまむなああああっっっ!」


灰色一色の格納エリアで年頃の女二人が温泉旅行に来た女友達が胸の大きさ確認で背後から揉みしだくどったんばったんな光景に「しばらく放っておこう」と頷きあう燕脂の侍女服と薄桃色に青葉を添えた紅い牡丹の花を裾と袖にあしらった着物姿の美少女(ちんちん付き)。


テュルセルからヴァルキアまで船(帆船)で大凡一昼夜、早くも退屈した女帝様に付き合って、流れる景色(海原)を眺めながら少量の酒を口にしたのだが、その酒がよろしくなかった。この辺りでの酒の度数は元の世界でよく飲まれるビールより低く、精々5%以下、まだ蒸留なんて技術確立されていないので高い度数のものはワインや試験的にビールを蒸留してみた後のウイスキー(「ワイン」とは言ってもアルコールのおかげで日持ちする葡萄ジュースみたいなものでこちらもビール同様アルコール度数はそれほど高くはない)女帝様が軽く煽っていた飲み物もてっきりそんな所だろうと御相伴に与った酒は、アルコール度数の高いウォッカをベースにジンジャーエールを合わせて銅製のマグカップに

細かい氷とスライスしたライムを添えた「モスコー・ミュール」は女帝様の好みに合わせてさらにアルコール度数が高かった。


ダリアもブランも酒豪ではないが、多少の酒で酔っ払うことなど滅多にない。とは言ってもそれは度数の低い「こちら側」の酒の話で、海尋達の「あっち側」ではカクテル程度の酒でも高い度数のアルコールに慣れていなければ酔いは回る。

いや、「近衛」なんつー肩書きの役職に就く者が昼間っから酒飲んで酔っ払うなんて言語道断でしょ!と言った御意見もありますでしょうが、本人もちょっとしたジュース感覚で口にしたのでそこはご愛嬌って事で。


この二人、普段んからこんな感じなので戯れ合うこともあるので大して気にも留めず


「申し訳ありませんが港の港湾事務所まで一緒に来て下さいませんか?」


今ではすっかり見慣れてしまった空間投影されたヴァルキア本土の映像を指差しながら海尋が尋ねると、


「あれれー、テュルセルの港湾管理事務所からここの港行けって連絡もらってなぁい?」


答えたのはダリアの胸を捏ねくるブランだった。


「はい?・・・いえ、バクホーデル向かう前にヴァルキア行きの書類(航行計画書)はヴィータが提出してますけど、そのような連絡はもらってませんねぇ」


「そりゃぁマズいわぁねぇ〜。」


中途半端に間延びしたブランの言葉に「あ。」と一言返して口をぽかんと開けたまま、少しばかり見開いた瞼の右端に翠の眼が寄った後、そのままぐるりと上方向に半周して左端に翠の眼がくる頃には頭に大きな汗マークを浮かべて口元を片手で覆い


「ヤバい、寄港申請受理の返信貰ってないや」


「だぁいじょぉ〜〜〜〜っぶでしょ黒札持ちなんだから、そのくらい融通つくって」

ブランが気楽な発言かましているが、港から港へ荷物を運ぶのはそう容易い頃ではない。

あらかじめ航行計画書を提出するのは「何を」「何処へ」「運ぶ」だけではなく、「航路」の選定をした上で、経由地がある場合はどこに寄るかも当然、だいたい何日くらい掛かるから、何日に出航するから港に着くのは何日後だよ、と大まかな日程を運び先の港に伝える必要がある。港も港で、風の力で動くような船が港の桟橋、岸壁に上手い事接岸させられる訳もなく、港の付近に着いたら一度船を停止させて港に備え付けの大きな糸巻き、ミシンの下糸ボビンに棒をくっつけたような物で船にロープを繋いで桟橋、岸壁近くまで引っ張って、後は船に固定用の縄を繋いで、全て「人力」で引っ張って接岸させるのである。その為の準備や人手の手配をするのが港湾事務所の役目で、そこに話が通っていなければ入港するのに予定が開くまで海上で待たなければならない事もある。


ただ、船の運行は気象状況次第なので二、三日の猶予は開けて予定が組まれており、港湾管理事務所がうまく都合つけて予定が遅れている船の間に割り込ませるなんて事も不測の事態に対応できる臨機応変さを求められる。しかし実際のところ、役人が欲しがるのは「金」だ。ルーズで空きだらけな工程に恩着せがましくあれこれと「自分が苦労したんだから」と賄賂を要求してくる。


マトリカ・ヴァンクスから見て南側のトリスン伯爵領エリシケ港湾事務所所長補佐ライオネル・プリントン子爵も例外なくそんなクズであり、海尋達極光紹介側の手元にあるテュルセルでの承認、計画受領の書類だけでは入港準備が出来ないだの何のかんのと理由を見繕っては、「それなりの心付けってものが、云々、若いお嬢さんじゃぁ話にならん」等々遠回しに賄賂を要求してきた。


「んん〜〜〜、金が無いってんなら一晩「ご奉仕」してもらってもいいんだがねぇ・・・」


賄賂の金額としては金貨数枚の小遣い程度、今即金でくれてやっても大して懐に響く程ではない。ないのだが、この小洒落に着飾った格好に似合わぬみっともなく腹の突き出たナリで人を見下した上流階級気取る気障野郎が気に食わなかったので、


「つまり所長補佐殿は面倒な仕事させるのなら賄賂を寄越せと仰るのですね」


とわざと煉瓦作りの室内に反響して奥の部屋に届くくらいの声量で答えて


「で、いくら欲しいんです?卑しくも子爵様なんて肩書き貰ってるお役人様が金貨数枚だけって事はないでしょう?」

そう言いながら袖の中から貨幣の入った小袋を取り出してチャラチャラ音を立てて片手で小袋を弄ぶ。


「ちっ、田舎小娘ごときには、洗練された貴族の作法が分からぬと見える。賄賂を寄越せとは言っておらん、無理を通す手数料だと言っておるのだよ」

「それを「賄賂」と言うんです」と口答えしてやってもよかったが、木端役人の相手は面倒臭い。どうせなら赤っ恥かかせて顔を隠さないと表を歩けないくらいにしてやろう。

上唇側の髭を横に伸ばして先端をくるりと上向きに尖らせ、下唇側の髭を顎の先まで伸ばしたインペリアルスタイルの髭を指先で摘んで撫で付けながら、さも不服そうに下賤は嫌だと言った顔つきであくまでも賄賂は貴族の文化だと言った口ぶりで口髭を誇らしげに撫で付ける。

「だからいくら欲しいのかと伺っているのですよ。何せ僕は田舎の小娘ですから「相場」と言ったものが分かりませんので、洗練された上流貴族文化にお詳しい職業上子爵様にご教授願いたいのですよ」

そう言ってもう一袋貨幣の入った小袋を袂から取り出してお手玉で遊び始める。

空中に放り上げた袋が一つ、手元にもう一つ。低い放物線を描いて右から左、左から右へと空を泳ぐ袋がいつの間にか三つ、四つと増えて今では全部で五つの袋が数珠繋ぎのように空を舞う。

「あ、勿論、「授業料」は弾みますよ」そう言ってる間に円を描くように空を舞う貨幣袋のお手玉が六つに増えて、その一つ一つをしっかり目で追っているで、中身を確かめもせず食いつている所は小金くすねる地方議員ばりの欲深さが見て取れる。


「おやおや、これっぽっちでは足りないと申されますか」


まだ何も言ってはいないが、弄ぶ「貨幣の袋に興味なし」と判断したように見せかけて、空を泳ぐ袋が一つまた一つと消えいく。最後の一つが「カチャン」と貨幣のぶつかる音を立てて、肘を軽く曲げて構えた掌に落ちる。

固く結んだ紐を解いて中から一枚の金貨を摘み出し、一度握って人差し指と中指に挟んでライオネルの鼻先に突きつけて表、裏万遍なく見せつけた後、再びグッと握り込んで港湾事務所待合室のテーブルの左端に指先で「パチン」と置いて、金貨に手を伸ばすライオネルの手を遮るように手の平で覆う。露骨な顰めっ面を表すライオネルを見もせず


「どうぞ、お好きなだけ」


と一言告げて被せた掌を、テーブルマジシャンがテーブルにシャッフルしたカードを広げるようにテーブルの端ザーッと右へずらすと、横一列に綺麗に並んだ金貨が現れる。


テーブル上に現れた金貨に目を奪われたライオネルが金貨に飛びつこうするとテーブル横から伸びてきた長袖の袖か覗く白い手袋を嵌めた腕が金貨を根こそぎテーブルの反対側に纏めてしまった。


「貴様っ!儂の金貨に何をするかっ!」


怒鳴り声をあげてライオネルが手袋の腕を掴もうとすると、逆に袖口を掴まれて、引き寄せざまに頭を押し下げられてテーブルに顔面ごと叩きつけられる。


「おいっ!衛兵っ!何をしている、この男を取り押さえんかぁっ!!!」


入り口の両脇で槍を構える衛兵に向かって声を荒げるも、衛兵共々事務所内の職員全員が表情を強張らせて直立不動の姿勢をとっている。

自分の頭を抑えつけるこの無礼者の姿を見ようとしても、側頭部をがっしりとテーブルに押さえつけられ、目の動く範囲でしか確認が取れない。自分の袖口を掴む手は手袋と同じ白い長袖で、折り返しの袖口には金色に光る五つのカフスボタンにマトリカ・ヴァンクス正門の彫刻が刻まれている。

「ひひっひっ・・・」込み上げる息を飲み込んだような気色の悪い声を上げ、


「も、申し訳ございませんっ!宮廷仕えの武官様とは知らず・・・ひぎぃっ!」


「煩い」と呟き。押さえつけた頭を軽く持ち上げテーブルに叩きつける。


「鎭裡殿、いけませんぞ、このような小物に賄賂なぞ。味をしめて悪しき行いが蔓延します.二、三発ブン殴って胸ぐら掴んで脅すくらいが丁度よろしい」


「申し訳ありません、穏便に事を運ぶなら小遣い掴ませた方が手っ取り早いかと」


軽く頭を下げて謝罪すると、詰襟の長衣(ソウブ)を着た、白髪混じりの髪の毛を後ろになでつけた初老の男が流れるような素早い動きで、机に押さえつけたライオネルを職員達のいるカウンターめがけて放り投げると、


「ぐふぇえっ」とカウンター天板の付き出た端に額をぶつけ床に転がった。


「いえいえ、謝罪など勿体無い。おおかた、あの跳ねっ返り(カシス女帝)の小娘(くどい様だがカシス女帝)から「はした役人なんぞ小遣い握らせりゃ軽いもんよ」とか言われたのでしょう。失礼、そちらのお嬢様、今埠頭に空いてる所はありますかな?」


一番近い受付嬢に視線を向け、柔和な口調で尋ねると、顔を真っ赤にして上擦った声で

「ひゃっ!ヒャいいいっ、ご、5番起重機(クレーン)から8番起重機待まで正午過ぎまで空いております!すぐに荷下ろしの人手を手配致しますのでご都合の良い所に接舷なさって下さい!」

ちなみに1番から7番までの起重機がある物揚場には食料品を積んだ船が荷下ろしの真っ最中だった。


ヴァルキア本土、トリスン領エリシケの港は楽譜記号のスラー(滑らかに演奏する)のように、なだらかに湾曲した地形を石で固めて岩壁にした港で、曲がり具合の少ない下弦の月のように海側から陸地側にに反り返った稜線を等間隔に帆船一隻が入る程度の引き込みを作った港で、湾曲部の真ん中あたりに煉瓦造りの港湾事務所がある。

 

 最初の予定、テュルセルの港湾事務所に航行計画書を提出した時にはエリシケの港ではなくマトリカ・ヴァンクスまでの直通水路のある隣のヘクセン領ベイヤーノームの港を勧められたので、当初はそのつもりでベイヤーノームに入港するつもりだったのだが、「エリシケの方がマトリカ・ヴァンクスに近いし、小舟(水路運搬用のロンングシップにいちいち荷物を載せ替えるなど面倒くさくて待つのも退屈じゃ」と聖上様が横槍を入れてきたので、陸路の一本道(はるか昔、ヴァルキア王都建設時に石材木材などの資材を運んだ「頑丈な」道があるエリシケに変更した。もちろん計画航路から外れるのでフリストス規約違反で罰金か営業資格取り消しになりかねない。

その辺は「朕がどうにでもするから安心せい」とパワハラ&職権濫用間違いなしの汚職行為に相当するが、そんな法規則は今後数百年後の文明人がこさえるものなので現状、偉きゃ「白」でも「黒」になる世の中、で聖上様が「こうせよ」と仰ったならば、平伏して「畏まりました」と請け負うのが当たり前の世の中である。のだが、


「全く、あの世間知らずの小娘(聖上様)にはキツく説教しなければなりませんな、鎭裡殿にもご迷惑をかけて申し訳ない」


そう頭を下げる長身痩躯で白い長衣姿の初老というにはあまりにも威風堂々とした立ち姿は鍛え抜かれた軍人さながらだ。袖口で金色に光るずらりと並んだ五つのカフスボタンはヴァルキア王宮でもかなり高位の官僚を示し。要は雲上のお方にお仕えするとんでもなく身分の高いお方である事を示す。そんなお方が一端の商人小娘に気軽に話しかけるわ頭下げるわ敬称に「殿」をつけるわで、エリシケ港湾事務所の職員全員頭がこんがらがって自体が全く飲み込めず、ただただ埃一つの失礼があっちゃなんねぇと直立不動で棒立ちの姿勢を保つのがやっとだった。地方支店で田舎者に上から目線の怠慢接客かましてる最中に本社社長か重役がいきなりアポなしで来たようなものだ。


「いえ、聖上様からは学ぶ事も多く勉強させていただいておりますし、何よりあのお人柄は退屈しませんので毎日楽しく過ごさせて頂いております」


「ダリア!お前がお側についていながらなんにたるザマか!少しはマシな顔つきになったと思ったら鎭裡「殿」にご迷惑かけるとはヴァルキア皇帝近衛騎士団の名を恥で汚すつもりか!?」


決して怒鳴っている訳ではないが、「ヴァルキア皇帝近衛騎士団」と聞いては恐怖が畏怖の念をぶっちぎりで置き去りにして、声の重さと体から溢れ出る威圧感に身が竦み上がる。ヴァルキア統一戦争で本土全てを恐怖と絶望に蹴り落とした魑魅魍魎の残滓。各地の貴族が入り乱れて100年続いた混乱の統一戦争をわずか一週間足らずでヴァルキア本土ラグラント島を征服。統一せしめた悪鬼の集団。その末裔。

たかだか一般事務職員、平民とはいえ、その恐ろしさは遺伝子に受け継がれ、「ヴァルキア皇帝」「近衛騎士団」などと耳にしては獅子舞とナマハゲに怯える赤子同然、

事務所のあちらこちらで失神して倒れる年嵩の職員が出るのも当然の事か。


「違うんですよ、ルッキーノさん、聖上様からの申し付けでダリアさんは静観を・・・」


長身矮躯の男の前で壁にもたれかかったまま、幅広の鍔で顔を隠すように花飾りと羽飾りがついた帽子、花に見立てた飾りのついた緑色のドレスを着た物言わぬ長身の女がユラリと動きわたわたと手を振って


「おいおい、侍従長さんよ、あたしゃ自分の仕事ぐらいはキチンと把握してるさ。此度の外遊はお忍びなんだぜ、あたしがでしゃばってどうするよ?」


「ふははははははははっ、口も達者になったか。別に怒っとりゃせんわ。このようなふざけた口聴く小役人、殴り飛ばすくらいは聖上様もお許し下さるわ。って事よ。で、お前だけか?」


「後は全員荷下ろしの準備して船で待機してるよ。見て腰抜かすなよ。すげぇぞ海尋ちゃ・・・いや、鎭裡殿の手持ちは。さて、話もまとまったようだし、荷物下ろして帰りましょうよ、さささ」


老紳士と海尋の後ろを押すように港湾事務所の出口を潜る。


「ひゃっ!ひゃんろぎっ!ひゃんろぎびゃべ!ん、んんっ!」(補足本人は半刻だけと言ってるらしい)

カウンターに頭をぶつけて涎垂れ流してひっくり返っていたライオネルが喉につっかえた涎を咳払いで取り払い


「半刻だ、半刻、俺の港を使わせてやる!」


と3人の後ろ姿に指を突きつけて吠えるライオネルのことなど見向きもせず、ダリアが中指一本立ててそのまま港の空いてる繋留所まで歩いて向かう。

港湾事務所を出て港の真ん中に近い右手側、船が入港しやすく広い間隔で船を繋留する凹みが設けられたあたりには、ずんぐりとしたシルエットのコグ船が7隻、起重機を回す掛け声や、中身の詰まった樽を転がし、背中に麻袋を背負って船と岸壁を繋ぐタラップを渡る軋む音、いずれもテュルセルとヴァルキアを結ぶ定期貨物線のようだ。しかしながら港湾労働者たちの視線が妙に落ち着きがない。荷運びの最中、チラリチラリと沖に停泊している帆のない巨大な船が気になって今一つ仕事に勢いが無い。フリストスの旗を掲げているので正体不明の海賊船が強奪目的で止まっているのではなかろう。そういえば、さっきも帆のない小型船が事務所の方に進んで行ったが、あの船は一体何処の船だろうか。


 さて、空飛ぶ箱に度肝を抜かれたが鎭裡殿の船はどんな物だろうか、テュルセルとフリストスの旗があればどこの港でも受け入れてはくれるだろうが、どこの商会なのか遠くから見て一目で分かるような紋章か印を登録しておいた方が良いかもしれませんな、軽い気持ちでマトリカ・ヴァンクス侍従長ルッキーノ・マセラッティが話しかけると、後ろのダリアが「ブフッ!」と吹き出して、その行為を侮辱と捉えたルッキーノがダリアを睨みつけると、


「そんな心配は杞憂ってモンだよ、あれをご覧な、まだ老眼にゃなってないだろ」


荷運びに勤しむ港湾労働者たちと同じ方向に目を向ければ、そこには灰色に滲む彼方の水面に大きな船が3隻、どれも一際巨大な船で、マストらしきものも、風を受ける帆も無く、中央に聳え立つ四角い塔のてっぺんに四角い覗き穴を構えた城のような建造物はまるで防御重視の城のようだ。


ただ静かに波間に浮かび佇む出立ちはまさに海上の城という他なく、つい最近ヘクセン領ベイヤーノームの造船所で進水した最新鋭の高速帆船を凌駕する威圧感がある。確かヘクセン領主遠縁の没落貴族に婿入りした商人の船だったかな?と思い返していると

「ところで、ルッキーノさんはご用事があってこちら(エリシケ)にいらしたのですか?」


海尋からの問いに、やや面食らいつつ


「テュルセルからの連絡便で今日、マトリカ・ヴァンクス宛の荷物を乗せた船がベイヤーノーム港に着くと知らせがありましてな、あの跳ねっ返り(聖上様)の事ですから一緒にくっついてくるだろう、でお迎えに上がろうとしたのですが、あのお転婆の事だからベイヤーノームからではなく、最短距離の陸路で来るだろうと思いまして、エリシケで待ち構えていたのですよ。そうしたら見慣れぬ蒼い小型船(ポーチャー)が目に留まりまして、暫く眺めていたのですが・・・」


「ああそりゃあたし達が乗ってきた船だ。海尋ちゃんトコの超快速艇だよ」


「ダリアよ、その言葉遣いはなんだ?鎭裡殿はヴァルキア帝国円卓の席を約束されたお方!敬称をつけて「鎭裡殿」とお呼びせんか!」


「「円卓の席」って何!!???そんな約束なんてした覚えありませんっ!!??」頭に大玉の汗を浮かべて、いきなりのどでかい発言に大慌てになる。

ここで海尋が思い浮かべたのは、かの名高いアーサー王伝説とアーサー王を支える騎士達の話。あながち間違いではないが、役割はもっと軽く、カシス女帝のお茶会での同席または強制永久御招待な「お友達」程度の話で、もしかしたら江戸幕府の善奉行、お茶とお菓子を用意させられる役目かもしれない。そりゃ、初見の手土産でで榮太郎本舗の金鍔など持って来られたら「もっと寄越せ」とはなりますわな。

 

やはり小豆と砂糖は早急に目星をつけねば。


「ルッキーノさん、若輩の僕に継承は不要です。「海尋ちゃん」と呼んで頂いた方が僕も気が楽で嬉しいのですけど」


「いや、それでは我らの規律と鎭裡殿が格調低く見られてしまいます。我らがキチンと対等以上にお付き合いせねば王宮の者どもにナメられてしまいます。あの下っ端役人のように」


と振り替えもせず肩越しに親指だけで後ろを刺す。


「いいじゃないですか、そんなの後から吠えヅラかかせてやりゃぁいいです。そっくり返ってでっかいツラした、自分を大物と勘違いしてる小物の鼻を明かしてやるのは存外楽しいのですよ、ザマァミロって」こめかみに両親指を添えてぴこぴこ動かしながら「べーっ」と舌を出す。


「ふはははは、なかなか図太い神経をしておいでですな。蟲の棺桶で屋根壊して前代未聞の入城やらかした御仁だけの事はある」


かんらからからと老紳士が、岸壁に打ち付け砕ける波飛沫を背にして気持ちよく豪快にうち笑う。それとは対照的に右手の方で停泊中の船で荷下ろし作業をしている労働者達が庭先の石をひっくり返してワラワラと散らる蟻のように、樽も麻袋もほっぽり出して逃げ惑う。「おや、何かありましたかな?」とすっとぼけた事ぬかして遠目に見物する初老の男とその背丈半分にも満たない見慣れぬ服装の子供の背後にゆっくりと近づく巨大な船と勢いよく迫り上がる波飛沫。


頭の上からバケツをひっくり返したような波が覆い被さろうとする中、袖の中から取り出した全長2メートル以上はあるかと言った朱傘を「バンッ」と音を立てて開いて老紳士と自分の頭にどばっしゃ〜〜っん!と被さり落ちる波を防ぐ。ダリアはとっくに波の被害が及ぼす範囲外に退避済みで接岸間近の聳り立つ船首を見上げていた。


「やや、これは申し訳ありません。私がお持ち致します。陽射しだけでなく水も防げるとは便利な道具ですな」

どうやら「傘」と言うものがまだ発明されていないらしい。強く興味を惹かれたので侍従長に尋ねてみる

「雨が降ったら、急な雨になったらどうされるのですか?」


「これは面白い事をお聞きなさる。雨など降りましたら出かけることも出来ませんでしょう。わざわざ出掛けなければいけないような急用となれば話は別ですが、急な雨となっては降るに任せて濡れるしか御座いません」


確かに仰る通りなのだが、テュルセルでの生活様式や建築様式を見るに、歴史で比較すると、この世界は中世ヨーロッパ前、世界史で言えば強大なローマ帝国の支配が弱まり、地域ごとの豪族や大貴族がそれぞれ「王」を名乗り「国家」と言う概念が生まれ貴族社会が、その業と膿を撒き散らかす前あたり。

さしずめ、ヴァルキアはイギリスのポジションなのだろうが、早々に聖上様が隠居キメ込んだので貿易の衰退、ボストン茶会事件直後の勢いが衰え始める大英帝国よりもずっと早く勢力は衰えているかもしれない。

領地を任せた諸侯とその下っ端貴族どもが外敵の侵入など考えもせずお互いの領地を求めて戦争おっ始めたので「朕は知らん!勝手にするが良い!」と臍曲げて何もかもおっぽり投げて隠居かましたお陰でなんとなく、なるがままに各領地の名残そのままお互いの領地を削り合うアホな世の中になっている。次第に欲に任せた熱も冷め、その動乱の時代も落ち着いて、現状の世の中になると、なんとなく落ち着いて、なんとなく不自由なく、なんとなく「幸福」を感じられる、なんとなく安定している世の中なのだ。そんな世の中だから宗教や芸術は発展しないし、簡単な計算と読み書きさえ出来りゃぁ老若男女揃って挙っって『インテリゲンツィア』で結構上の役職に就ける。


そのおかげでちょっと困った事があったのだが、それは後述。円弧上の岸壁に沿うようにズラリと並んだ、殆ど使われていない煉瓦造りの倉庫を前に揚陸艦ペレスヴェートが船首を開き、車両の上陸用タラップを岸壁の簡素な石畳の上に下ろし始める。

「貴様らぁっ〜〜〜!何をしとるかぁっ!止まれっ!止まれぇええええええええっっっ」バタバタと港湾管理事務所所長補佐のライオネルが駆こんで、岸壁に近づく船の真正面で両手を広げて体を張った静止を試みる。船が大きすぎて既に擱座上陸状態にある事も判断ついていない。こりゃ滑稽だわ。


本来、港に接岸する場合は港に設置されている舫い綱の巻取り機で岸壁のすぐ近くに人力で引っ張った後、船に繋げたロープを大勢の人手で荷下ろし可能な場所まで引き寄せるのが定石で、まさか、見上げればそのままひっくり返りそうな巨大な船が自力で船首が岸壁に突っ込みそうになる程近寄って来るなど考えもできない事で、港の規則違反も甚だしい。そりゃ、帆船にブレーキは無いしそもそも船にブレーキなんてない。


(※逆推進をかけて減速かけて停止状態にもできますが、その場合、機械的に逆推進がかけられるような速度になるまでエンジン切って惰性で漂ってからスクリューの逆回転が可能な速度まで減速させた後、逆推進で速度調整、その後タグボート港の渓流場所まで押して、止まる時は反対方向から押します。帆船の場合、帆を畳んで船に繋いだ舫い綱を人力で引っ張ります。)


そんな訳で所長補佐様が慌てふためいて全速力で駆け寄ってきたわけなのだが、岸壁手前でピタリと静止し海面のうねりに合わせてに浅く揺蕩う姿にガックリと膝を落とす。

「なんだ、・・・これは・・・」驚きのあまり半開きの口から疑問が人語となって転がり出る。揚陸艦が擱座着岸(ビーチング:港湾施設や岸壁のない所、海岸に直接物資やら兵員やらを降ろす)する際、船首、もしくは船尾の開口部を海面から上げるためバラストを用いて船の角度を調整する。現在、ペレスヴェートは艦首の開口部を開き、スロープを岸壁に下ろしているので、こうと胸を張ってふんぞり帰って鼻息で「フンッ」っと己の豊かな胸を強調、誇示しているかのようである。(実際極光商会の侍女中一番胸が大きく、お姉さん以上人妻未満な横田守氏のエロゲキャラクター並みの豊かなボディラインを持っている)

それを下から見上げりゃぁ、その巨大さに、「なんだ?これ」となるのも無理はない。そしてそのスロープの向こう、船内の奥からドロドロと、クロスプレーンクランクシャフトV型エンジンの集合排気管から出る巨大な肉食獣の威嚇を思わせる音が響き、殆ど極光商会の脚になっているタイフーン-Kを先頭にロシアの誇るウラル自動車工場製の6輪トラック、ウラル4320が続き、ペレスヴェート(船)と弧を描くよに並ぶ倉庫の中間あたりで全部で7台が横一列に並び、最後の一両が並び終えると、スロープが船内に引き込まれ、船首開口部が閉じてそのまま後退して船体が岸壁から遠ざかる。

「はい、荷下ろし終了です」

「ふむ、半刻の三分の一もたっておりませんな」

懐から取り出した彫刻の施された丸い銀色を眺めながらルッキーノが呟く。手にした円形の盤面には横にした砂時計のような感じで、中央を細く絞った円の右から左へ少しづつ燈色の蛍光水と透明な液体が一滴、一滴、ポコリポコリと入れ替わる。一体どんな仕組みなのかと盤面を凝視する海尋に「半分に別れた片方が大体半刻で右から左、左から右へと移れば一刻になります。1日を32等分した単位が一刻、まぁそんな感じで測っております」


そう言えば『こちら』に来てから、自分たちは元の生活の24時間表示を使っていたが、聖上様や近衛の四人は32刻、テュルセルやバクホーデルでは朝、正午、昼、午後、夕方、夜と大雑把な時間認識で生活している。さて、自分達もそろそろ『こちら側』に合わせようか。


橋を下ろした浮か城砦から出てきた濃い緑色の箱が黒い輪っかに乗って倉庫の前に並び、そのまま一列になって港から市街地の方へドロドロと腹の底に響く音を地面に響かせて喧しく出ていった後、倉庫前の岸壁にだらしなく座り込み、肩を落とし、半開きに口を開いて呆け切った小袋を抱えたボッキャオ・パビリウスの姿があった。


小声でブツブツと「そんなことはありえない、あれは魔獣だ、あってたまるか・・・こんな事・・・」

そう繰り返すばかりで、正気に戻った後は「極光商会っ!?いいか、奴等の姿を見たら絶対関わるんじゃない、許可印押してさっさと追っ払え!いいなっ!」と捨て鉢に吐き捨てて、座り込んだ股の間に積まれていた小袋を抱きかかえるよ書類に執務室に篭ってしまった。

「申し訳ありません、あのような小物に小遣いなど」野点て用朱傘の下ろくろの動きに感心しながら朱色傘を畳み、侍従長が申し訳なさそうに詫びを告げると

「?お金なんて全っ然使ってませんよ。ルッキーノさんもお一つ如何ですか?」

そう言って、銭ゲバ小役人に渡した金貨らしきものを袖口から一つ取り出して侍従長に促すと「いやいやいや、ご勘弁下さい!そのようなものをいただく訳には!」

慌てて両手の平を左右に振る。

ニコニコと笑いながら

「お金じゃありませんよ、お菓子です。『山吹色のお菓子』です」

ちょっとしたお巫山戯なのだが、金貨は存在するが、果たして「山吹色」なんて言葉があるのかという疑問がある。

時代劇じゃあるまいし、「山吹色のお菓子」なんて言い回しは通用するのかと言うと、手にした金貨を目にすれば、遠回しな言い方よりも直感で「金貨」と判断してしまう。

それと「音」これみよがしに手にした金貨を指で弾き飛ばしたりたり、わざわざ袋をジャラジャラ鳴らさずとも、囲碁将棋のコマのように音を立てて机に置いたり、その中の一枚が金貨だと認識させられれば袋の中身も全て金貨だろうと認識させられる。例え紙でも光り輝く金色してりゃぁ、小細工せずとも騙せそうなものだが、そこは小芝居。「いかにも」な演出で周りを引き込み一杯食わせてやるのである。楽しいことに侍従長さんも上手いこと騙くらかせたようだ。

マジでゴカンベンと海尋から若干距離をとる侍従長の前でペキッと金貨を割り、金色の皮を剥いて中の茶色い塊を口の中に放り込む。

「ダリアさんもどうぞ」と小袋の中から一枚渡す。

「大丈夫です。中にお酒は入ってませんよ」

「では遠慮なく」

差し出された金色の小さな円盤の端を摘んで受け取り、金色の包み紙をペリペリ路剥がして茶色の円盤に齧り付き、白い前歯でバキンと割ってモゴモゴと口の中で転がしつつ

「鎭裡殿の国の菓子でチョコレートというものだそうだ。滅茶苦茶甘くてコクがある。ハマると後に引けなくて困る。中に甘めの酒が入ったのもある」

と「菓子」である事を目を丸くしているルッキーノに伝える。

「しかし、音が、硬い物の音ではないか。菓子ならもっとこう、柔らかい物だという感触があるのだが、焼きすぎて硬くなったショートブレットよりも硬そうだ」

「まぁ、喰らい付いて齧って割って食べるお菓子ではありませんよねぇ。少し硬めに造りはしましたが」















































        













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