第23話 進路ヴァルキア、マトリカヴァンクス


「相変わらず海尋の感は冴えてるな、なぜ潜水艦が隠れていると思った?」


ロマノフ号戦闘指揮所に渋い低音で男性の声が響き、それに追従してやや高めの落ち着いた少女の声が指揮官席の下側から届く。


「ねぇ海尋ちゃん、一体外でなにやってるの?」


戦闘指揮所の中央、部屋の中央で一段迫り上がった通路の先端、通路の上から花道先端の壁に椅子に座った海尋が自分を取り巻く球体のスクリーンに表示される映像からまずドローンから空撮した映像を戦闘指揮所前面の半球状のスクリーンに投影させると


「きゃあああああああっ!」


ロザリナが顔を覆って叫ぶ。

リーデゾッタ海、リュクセンテウスとセフロバスの陸の先端が親指と中指の指先をくっつけたような輪を作るところを入り、外海と隔たりのある内海。そこいら辺一帯がはるか上空から写した映像なのだが、上空からの広い地表、それも映画館の大きなスクリーンのように映し出されては、人生で初めて「映像」を見る者にとってははるか高所と錯覚でもするんだろうか。サーシャが肩を支えて海尋から見た左側面の席に座らせる。一応、摘みやらレバーのあるコンソールだが、テクスチャによるダミーである。立体的に見えて触る事はできて、操作している仕草に合わせて表示やレバーの位置が変わったりする。運営公認の力作ゆえか、かなり細かいところまで作り込まれたコンソールはロシア海軍のシュミレーターとして作られた物をそのまま流用している。


 ーーアニメでもほら、意味はないけど「やってます」感の演出でリアリティマシマシになるじゃありませんか、「宇宙戦艦ヤマト」のブリッジと「超時空要塞マクロス」(劇場版)のブリッジ描写でどちらがより視聴者の目を引くか、ってぇと、当然細かすぎて誰がなにやってんのか把握できないけど、艦長の号令でオペレーターがカチャカチャやってる「超時空要塞マクロス」(劇場版)の方が臨場感出ますでしょう?そういった視聴者サービスにも特化した海洋戦略シュミレーションゲーム「Iron Impact Of VORTEX SEA」を開発したロシアの兵器メーカーのИжевский машиностроительный завод(イジェフスク機械製作工場)のこだわりに、21世紀ごろの日本アニメの作中未来技術とヒーローアニメの演出を突っ込んだのだからこのゲーム、世界中のネット配信番組で大ウケになったので御座いますーー。


それはさておき、いきなり上空何千メートルなんて映像を見た未開人と言っては失礼だが、文明度合いがの追いついていないロザリナ嬢は胸を抑えて深呼吸していた。

「これが空から見た景色?」

「そうです。いくつかの映像を合成して表示した物です」

「ちょっと待って、理解が追いつかない」

「まぁ、だだっぴろい海図を壁一面に描いた物だとでも思ってください」

多分一番わかりやすいだろうと思う言葉を選んで、青ざめた顔をしたいるが、その目は好奇の色でキラッキラのお嬢様に説明を続ける。

海図の左下側、陸地の出っ張り、外海側の窪みにマーカーを表示させて拡大すると、そこには三本マストのガレオン船、船首楼の両側に車輪のついた大砲を備えているのでたぶん海賊の船かもしれない帆船が数隻。そして、その近辺の浜には見窄らしい掘立て小屋が並び、焚き火が各所に見える。港ではないので船は浜から離れた所に停泊させている。


「ここが外海でダスキア方面の船を襲う海賊の巣だと思うのですが、ここにさっきの戦艦の姿はありません。しかしここ」


焚き火の周りで酒盛りでもやっているかのような集団の映像が拡大されると、どう見てもここら近辺の者とは異質の服、海尋や侍女の服とも違うやたらとダボついた長袖のスモックと白いズボン姿の周りに食べ散らかした肉や魚の骨が散乱して粗野で上品さのカケラもなく汚らしい。まるで遠目に見た癇煩の巣のようだ。


「この映像には帆船しかありませんが、その後ろ、なにもない海面だけですが、こうすると――」


一瞬画像が荒れて元に戻るとそこに2隻の船が現れる。


「これがさっき沈めた船。「とんでもなく昔」の戦艦「定遠」と「鎮遠」です。潜水艦のマスキング能力(ゲーム中では違反、反則行為)使って隠してたんでしょう。」


「おい、じゃぁ・・・」


ロマノフ号が言い淀む。


「敵は僕らと同じ舞台から同じように迷い込んだか、僕らのような仮想世界か、現実か、同じ境遇同士手を組んだ僕らとは違う勢力か」


「ふむ。向こうの出方を待つか」


「そうですね、まずはちょっかいかけてくるところから潰していけば親玉が出て来るでしょう。情報不足ではーー」


「ちょっと海尋ちゃん!さっきから一体誰と話してるのよ!あんたも姿を見せなさい!」


会話の内容がさっぱり分からず、「声」だけの人物も気味悪く、置いてきぼりなロザリナがキレて戦闘指揮所の虚空に声を張り上げる。


「それはすまないな、お嬢さん。重ねてすまないが、私はこの船アクーラ設計戦略任務重ミサイル潜水艦8番艦ロマノフ・アレクサンドロビィチのAIなので今貴方の目の前にあるもの全てが私なのだよ、どうかご容赦願いたい」


「あら、これは大変失礼いたしました。紳士に対して無礼な口をきいてしまい誠に申し訳ありません。私、ヴラハ商人エルマ・バルビエリの娘、ロザリナ・バルビエリと申します。母ヴァルキア貴族フラウム家の名の元に無礼をお詫びいたします。」



「ふむ。実に洗練された丁寧な謝罪だ。素晴らしい。喜んで謝罪を受け入れよう」


「海尋よ、しばらく陸に上がっていたと思ったらこんな素晴らしいお嬢さんとお近づきになるとは、たいしたものよ」


「違いますよ!ヘンなこと言わないで下さい」

顔を真っ赤にして否定する。差し詰ガールフレンド家に通して親に冷やかされる子供のようだ。


「まだロザリナ様には何も話していないのですよ、ロマノフ」


ロザリナの横から海尋の方へと足を向けたアレッサンドラが付け足すと


「ふむ、それでは分からないのも無理はない。以後気をつけるとしよう」


「海尋様、クロンシュタットとセヴァストーポリから救助した連中は全員こちらの人間のようで、自動人形は居ない模様です。それと「気持ち悪いんで早く降ろしたい」との事です」原文ママだと「人の乳尻チラチラ盗み見て甲板でしこり出して気持ち悪いから殺していいか?」

との連絡だった。一纏めにしてふん縛って降ろしやすいように吊っといて。溺死しなけりゃ水面引きずってもいいから、まずは港に持って行こう。と返しておいた。


「サーシャ!ロマノフ号回頭180。一旦港に近づけてロザリナさんを降ろす。クロンとポーリーは敵兵引渡し後帰投、ペレスヴェート、『積荷』の具合は?」


「海尋様、『積荷』の積み込み完了致しております。いつでも出られます」


「ロマノフ号回頭終了、テュルセル港桟橋に接舷します」


テュルセル港の岸壁は水深の深くなる所と浅い所の境目、日本の四国地方で「遠浅」の反対として「どん深」というそうだが、要はいきなり深くなる所のちょうど境目までを陸側から埋め立てて岸壁にしたので岸壁直下の水深は結構深いのだが、潜水艦が艦橋だけ水面に出して接岸するには不十分である。なので、テュルセルに初めて来た時に戦闘艇を停めた木製桟橋の所ならかろうじて水深20メートルはあるのでロマノフ号を接岸して・・・


「あ、橋がない」


基本的な事をすっかり忘れていた。船から陸に降りる時は岸と船の間に橋をかけて渡るのだが、岸と船の間にかける橋がなくてはフツーの人間、それも商家のご令嬢では無理だろう。身長差も大幅にある訳でもないし、抱き抱えて船から飛び移ろうか?と考えていると


「なりません。少女とは言え人間の女をお姫様抱っこなんて、海尋様がやるべき事では御座いません。私がやります」


アレッサンドラが珍しく結構な剣幕で突っ込できた。


「こういう時、連絡取れないと不便だなぁ。今度一式港湾管理事務所に置いてもらおうか。バルビエリさん達の動向も分からないし」


まだ帆船での航海手段しかないこの世界、船団の帆船同士、基本連絡は簡単で効果的なもの引き継がれている。例えば、あらかじめ意味を決めておいた色の旗を振る、もしくは空砲の音で連絡を取り合う。漁船の大漁旗みたいなでっかいのを船首、ないしは後部船楼の上で相手の船から見えるようにバッサバッサ振りまくる。「了解」の印として同じ色の旗を振る。こうして船団の船同士連絡を取り合う。大体「我に続け」「止まれ」「危険、注意」「引き返せ」ぐらいのものだが、

それでも船上では大声でやり取りせにゃならん。艦長ないしは航海士の号令を副長が大声張り上げての伝達になる。


じゃぁ、どうしよう。いっぺん拠点で戻ってポーチャーでロザリナ乗せて出直すか、


結局アレッサンドラが抱えてテュルセルの桟橋に飛び移る事になった。そこで自分も降りて『積荷』を積んだペレスヴェートに乗り換えてからヴァルキアに向かう事になった。

水深は十分だが、ロマノフ号の存在は匂わせても実体を晒すのはマズイと判断しての事だ。いきなりこんな巨体(全長175メートル、幅23メートル)もの巨体が水のなからコンニチハしたらどんな騒ぎになるのやら。やっぱやめよう。


そうと決まれば、バルビエリの船と他の船に注意しながらロマノフ号をグラナダ・ムーンライトの横から少しばかりの距離を置いたあたりに浮上させて併走。浮上してからも潜望鏡で中央、船首あたりまで船員エルマとモイチの姿を後部船楼からを探り、甲板中央に集まった船員達の中にエルマとモイチの姿を見つけると、進行速度を合わせてロマノフ号をゆっくりとグラナダ・ムーンライトに近づける。艦内戦闘指揮所から出てタラップを登り艦橋上部指揮所に出ると、自分の視覚にリンクさせた潜望鏡からの映像で見たよりも船員たちの怯えた様子が生々しく感じ、モイチですら艦橋の壁から出した自分の顔を見て「なんだお前か」と安堵の表情を浮かべたほどである。拡声器、避難訓練や選挙期間中だけニヤニヤ愛想笑いと妄想政策を振り撒く議員が使うクソ五月蠅いアレを手に取り


「バルビエリさぁ〜〜〜ん、お嬢様をお連れしましたぁ〜〜っ!」

「そっち行きますんでちょっと場所開けてくださぁ〜〜〜いっ!」


拡声器を構えて声をかけると、船上の視線が一斉に海尋に向き一層ザワつく。

(ロマノフさん、速度とポジションこのまま維持してて下さい。僕の予想以上に怖気付いちゃってる。ちょっと顔出して説明してきます。サーシャ、準備よかったら続いて)

艦橋の縁に手を掛けてから体を引き寄せ、縁に飛び乗り草履の裏で踏み切りグラダナ・ムーンライトの甲板までその距離大凡20メートルをまるで水溜まりでも飛び越えるかのような気軽さで、振袖をはためかせて艦橋から甲板まで一気に跳美、「ダンッ!」と木製の甲板に体をくの字に曲げて着地する。人間離れした跳躍力と初めて見る風体にどこの国の人間だ?と船員たちがざわめくが、後から来た若い女の方はもっと非常識だった。


「きゃあああああああああっ!!!」


と少女の悲鳴が聞こえて異国の子供に集中していた目が一斉に、悲鳴の出所と思わしき方向に向いても人の姿はなく、バルビエリの娘ロザリナを抱き抱えたまま甲板に、ストンと音も立てずに真上から降りてきた青い服を着た若い女向いた。頭上から、とか音もなくとかではなく、太ももまであらわになった丈の短かすぎるスカート、白い肌色が透けて見える光沢のある薄い黒い膜で覆った細くもなく太くもない流麗な曲線を描く脚線美。まだまだこのあたりでは足首まで覆う肌着とスカートが主流なので、整った顔つきの美女が惜しげも無く生足を晒すなんてのは「その手のお店」でも、まずお目にかかれない絶景である。

そりゃガン見しますわ。そんな男どもがアレッサンドラの脚に夢中になっていると、


「貴様らぁっ!さっさと配置に戻らんかぁっ!」


グラダナ・ムーンライト号船長エドゥアルト・アンリの怒声が響く。モイチは暫く海尋の所で療養していたのである程度耐性を養うことができたが、バリビエリ含めグラダナ・ムーンライト号の船員共にはちと刺激が強すぎる。股間がナニで、揃いも揃って前屈みでワラワラ持ち場に戻る男共。


「お父様!?いったい何処を見ていらっしゃるのかしら?」


バルビエリも見なかったわけではないが、他の連中のようにガン見してたわけではない。冤罪というか、娘が茶目っ気起こして父親をからかっただけだ。いつもなら自分が甲板に姿を現すと男の視線独り占めになるのだが、今日は全ての視線を海尋の「侍女」に持って行かれてなんか悔しさの憂さ晴らし故のとばっちりである。海尋はというと、可能な限り男共の視線を逃れるように男共から背を無けてモイチと何やら話し込んでいた。海尋だって顔の作りは男共が騒いでもおかしくないほ程の「美少女」である。生足の方が破壊力すごいんだろうか。


「なんだよ、このままヴァルキアまで行くのか、かーーーーーーっ!俺っちもそっちに乗ってりゃよかったぜ、お前さんとこの快適すぎる生活に慣れっちまうと船乗り生活が偉く不便に感じてたまらん。それよか、さっき沈めた船は海尋の同郷か?」


「もしかしたらそうかも知れません。でも乗組員はこちらの国の方々のようです。侍女からの連絡ですとボーレルの鎧着た騎士と契丹きったん韃靼だったんの混生だそうです」


「そりゃ妙だな。ボーレルと契丹、韃靼の連中は領堺で小競り合いの最中の筈だ」

モイチから疑問の声が上がると

「しかし、ボーレルの騎士団崩れが海賊行為やってるって噂のある所ですぜ、航海士殿」

グラダナ・ムーンライトの船長エドゥアルトからは肯定の声がくる。

「ん〜〜〜、なぁ〜〜んかスッキリしませんねぇ・・・」


開いた指先の腹を合わせ人差し指をトントンと叩き合わせながら親指で目頭の辺りをグニグニと揉み込むようにこすりながらボヤくと


「寄り道になりますがチャチャっと行って海賊の拠点潰してきましょうか?」


とアレッサンドラが口にする。


「怖いこと言わないでよ。そうじゃなくてもやりすぎたばかりじゃない」

「てへペロ」アレッサンドラが眼だけは獲物見つけた猛獣のまま作器用に作り笑顔で舌先だけちょこっと覗かせて額をゲンコでコツンと叩く。


「それではモイチ様。以前お使いになったタイプを改良したヘッドギアをどうぞ。使い方は以前の物と変わりません」

そう言ってスポーツタイプの骨電動イヤホン、耳に掛けて、こめかみに振動部を当てて使うタイプのような形で細い樹脂が後頭部をぐるりと回り込んで左右一体型になった物をモイチに渡す。ちょうど耳の後ろにフィット感を高める細い板状のパーツがあり、そこに極光商会の印である「下がり藤に三つ巴」の紋が入っている。


「おお助かるぜ。ありがとう」


「では皆様、良い航海を」海尋がくるりと自分の船の方に振り向いて、そのままトトっと甲板を踏み切って自分の船に戻ると、続いてアレッサンドラが


「それでは皆様、失礼いたします。良い航海を」


続いて並走する黒い葉巻のような船に飛び移り、跳躍してからの放物線軌道を男共の目が追う。飛び上がった直後も着地時同様、甲板を蹴るような音は殆どなく、花畑を飛び交う妖精のように舞い上がり舞い降りる。

珍客二人の消えた甲板で、すぐにヘシュキス海峡に差し掛かろうかといた緊迫感も抜け落ちて、ぼんやりと妖精が飛び去った並走する船が、水面に消える様子に魅入っていた。

「お前ら何をボケっとしてやがる!ヘシュキスに入るぞ、持ち場についてケツの穴引き締めろ!」

モイチやエドゥアルト船長の怒号が轟き、荒れて渦巻く地獄の門へ渦巻く潮をかき分けて全長86メートルの白い帆船が推して罷り通る。船体が軋み、竜骨が船体にかかる圧力で歯軋りのように歯軋りのように耳触りな音をげ、マストも風に圧し煽られてミシミシと風圧に耐える音を上げる。


「おいエルマ!お嬢さんを連れて船室キャビンに入ってろ!」


船室に入るのなら海峡に突入する前が良かった。上下左右に大きく揺れる船に足を取られ、何かにしがみつかなければ歩くことも出来ない。狭い通路の壁が右へ左へ、突き飛ばすようにぶつかって来る。頭の上からは船に被さる波が上から降ってくる。


散々な状況下、手すりにしがみつくように階段を降り、結局床を壁沿いに這いずって必死の思いでようやく後部船楼のドアに辿り着くと、父親のエルマは後ろの階段に座って手すりに捕まっているだけだった。


「ちょっとパパ!船室に入るんじゃないの?」少々キレ気味に怒鳴ると


「落ち着きなさいロザリナ。ママに見られたら「はしたない!」と怒られるよ。いいかい、波が荒れてる時は下手に動くんじゃない。体を固定できる所でじっとしているんだ。前にも教えた筈だよ」


「あ、いけない!そうだった。海尋ちゃんの船が全然揺れないからすっかり」


「「別格」どころの話じゃないねぇ。海に潜って進むなんて一体どう考えてそんな方式になったんだか。どうやらヘシュキスは無事超えたようだね。先発隊と合流するまでゆっくりしていよう」


よっこいしょ、と腰を上げ、船楼のドアを開け、娘を先に入らせる。

渦巻く海峡を越えて外海に出ると海峡の荒れっぷりが嘘のように穏やかな凪の海だった。

船楼の後ろ向きの透かし彫りの窓から、波に煽られ風に煽られ上下左右荒湯方向に揺さぶられる後続の武装ガレオン船と荷運び用のずんぐりした横幅のある船が、強い風を受けて限界まで帆を張らせて後から続いてくる。どうやら船団の船は全部無事に海峡を通過できたようだ。父の話では、出航直後に海峡を越えられず渦に呑まれて船が沈んでしまう事も少なくないと言う。航海の度にあんなところを出たり入ったりしなければならないのかと父に聞いたことがあるが、それでも、危険を冒しても尚、大きな利益が生まれ、その分船員達にも賃金を多く支払える。そして稼いだ金で物を買ったり美味いものを食ったりして経済が周り、文化が洗練されてゆく。その結果フリストス商業圏の繁栄がもたらされる。

だからと言って危険あっての発展など不条理というか、非合理的だと違をを唱えると、困難に立ち向かってこその進歩と発展になる、と諭された事もある。


それはさておき、あれだけ揺さぶられて自分の仕事で使う書類は大丈夫だろうかと船室を見回すと、椅子があっとこっちに転がされたようだが、机の上のインク壺やペン立てはしっかり固定されwているので無事なようだ。積荷を記した羊皮紙の束はきちんと箱に収められていて無事のようだ。こうなるともう自分たちは「お客様」状態で、港に着くまでとにかく暇になる。

この先三ヶ月はどう入港時以外は暇な時間とどう向き合うかを考える船での生活が待っている。

「ちょっと甲板の様子を見てくるよ。先発体との合流も気になるし」

エルマが甲板に上がっていく。


さて、父の意いの居ぬ間に「秘密」の開封と洒落込もう。バクホーデルの帰り、極光商会拠点で「たいふーん」という奇妙な乗り物から極光商会旗艦の海中を進み人語を解し喋る奇っ怪な船ロマノフ号に乗り換える時にカフカースから貰った手のひらサイズの虹色に輝く黒や緑の幾何学模様が施された箱を開けると、Uの字に曲がった細いひごの先にそれぞれ平たい板状の部分と、その先に曲がった鉤上のさきに丸みを帯びた四角い形状のものがある。同封された手書きの切れ端を見ると、どうやら四角い部分をこめかみに当てるように鉤上の部分を耳にかけるようだ。先程アレッサンドラがモイチ渡した通信機と同じ形だが、こちらの方は女子らしく紫がかった水色をしている。カフカースとおしゃべりした際に話した自分が好きな色のものを選んでくれたのだろう。メモ通りに装着すると、誰ともつかぬ女の声で

「オーナーの装着確認、パーソナライズ開始。」

との声が頭の中に走る。

「こめかみに当たる部分から振動によって頭の骨に音声を送っています。問題なく聞こえるようでしたら右耳の後ろ、四角い部分に触れて下さい」

それを皮切り父親が戻って来るまでみっちり使い方の説明を記されて、全て終わると

「これからよろしくね、「ロザりん」」とか言ってきやがった。

その後、紫がかった水色がロザリナの髪と肌の色に溶けて消えた。


「ボルサ1(ワン)起動確認。オーナー登録終了。音声、映像共、にクリア。装着者は?・・・「ロザりん」?ひょっとしてロザリナ様でしょうか」

「友達思いだなぁ、カフカースは」

「宜しいのですか?全然構わないよ。僕の友達でもあるし。友達は大事にしないと」

「海尋様、そろそろヘシュキシュ海峡です」

揚陸艦ペレスヴェートの指揮所、司令官席に座って膝で丸くなっている子猫ならぬ子熊の背中を撫でながら傍で報告する侍女に伝える

「ロマノフ号分離。海峡離脱後再度接続。クロンシュタットとセヴァストーポリはペレスヴェートに随伴。」

各艦から了解の合図と共に揚陸艦ペレスヴェートを先頭に重巡洋艦クロンシュタットと同じく重巡洋艦セヴァスポートリが距離を取って後ろに続く。


「ほうほう、なかなかどうして、まっこと凛々しい姿よのう。しかし危なくはないのかえ?足置きに立ち上がっては船が揺れたら転げ落ちてしまいそうじゃわい」


ペレスヴェートの戦闘指揮室の司令官席、作りはロマノフ号と同じ作りだが、前後に動くレールはあれど、壁伝い上下に動く機能はないようだ。ヴァルキア入港時のアドバイザー兼依頼人としてヴァルキア女帝ハーメット・ネフ・カシスと、その近衛3人が同席している。とは言っても客席などはないので、各々空いているコンソールの席に好きなように座ってもらっている。女帝様には一番いい席を勧めたかったのだが、司令官席に指揮官が座らないと戦闘体制が取れない事を説明の上と言った事もなく、「戦艦戦ぶねで指揮を取る場所に外様の朕が居座ってどうする」と至って普通の座席に腰掛けた。お付きの近衛3人も「このような席に」とは言わず、とにかく身の安全第一と転落防止用シートベルトの確認だけは行った。


「重力障壁展開、渦を割って海峡に侵入。聖上様、そこはご安心下さい、そのような無様は晒しませんそれにペレスヴェートはとても優秀なので航行時に船の水平を保つ事など寝てても出来ます。」


薄桃色に青葉を添えた紅い牡丹の花を裾と袖にあしらった着物、金繻子の帯を太鼓に結んだ艶姿で司令官席のフットレストに立ち上がり、黒漆塗り螺鈿細工の扇子を采配代わりに指揮を取る姿は海洋戦略シュミレーションMMORPG  

Iron Impact Of VORTEX SEAにおいて他社の追従を許さぬダントツの人気を誇りファンによる非公式衣裳投票では軍服姿よりも人気があった衣裳だ。性別が「男」と知られてからは投票数の桁が二つばかり増えてサーバーが落ちた事は運営によって隠匿された。


「はぁ・・・やっぱり堪りませんわぁ。このお姿で命令されると。あああああ〜〜〜」


海尋の傍、青を基調にしたスリットの大きく開いたワンピースに黒い縁取りのボレロを羽織ったペレスヴェートが片手を頬に当て、うっとりした顔でため息混じりに海尋の艶姿に見惚れている。


「ロマノフ号分離完了。先行してヴァルキア方面索敵と警戒任務に着きます」


「了解。お願いね、サーシャ」


揚陸艦ペレスヴェートの艦底にはロマノフ号艦橋部分との接続口ドッキング・ベイ

があり、ロザリナをグラナダ・ムーンに送った後、ヴァルキア女帝と近衛を乗せた後発のペレスヴェートと接続海尋とアレッサンドラが乗り移り、ロマノフ号は現在自律制御で運行中である。ロマノフ号に乗ったままヴァルキアに入港してもよかったのだが、余計な騒ぎは面倒なので、まずは「まだ船として見てもらえる」ペレスヴェートで入港した方が良かろうと判断し、揚陸艦ペレスヴェートに聖上様チームと極光の侍女カフカース、オトヴァージュヌイ、スコールの3名に加えペレスヴェート、アレッサンドラの5名が乗船している。


聖上様御一行が「荷物」の一部であるのだが、帆「荷物」の主役は


「マトリカ・ヴァンクスの翠瓦、本館分832枚。数も「本館分」はバッチリやね」


揚陸艦ペレスヴェートの格納エリアに、キズがつかないように一枚一枚包装されてパレットに積まれた瓦の前で着物姿の海尋と臙脂色の侍女服姿のカフカースが並んで納品分のマトリカ・ヴァンクス翠瓦の前に立つ。


「でもいいのん?バクホーデルで色々やっとんのに、ミハエルのおっちゃんやモンゴメリのおっちゃんなんかともあれこれやっとうやん?」


「問題ないよ。拠点にこさえた電気窯のほうが大量生産には向いてるし、品質も安定させられる。この後の方が本番さ。要は屋根の翠瓦を「バクホーデルで作った」っていう史実が残れば枚数分けて何処で作ったかなんても問題にならないよ。でもミハエルさんが茶目っ気出してマイセンみたいに刻印残してくれると楽しいよね」


「何言うてん・・・あ、海尋ちゃん、イタズラが過ぎるでぇ。あっははははは、こりゃオモロ」


「でしょ。後世の人達、歴史研究家なんかが相当混乱すると思うよ」


二人して笑いながら話をしていると


「楽しそうなお話中、誠に申し訳ないがちょっといいだろうか」


タイトスカートに肩の張った上着、細い腰をさらに細く見せるコルセットで絞った23世紀末女性に流行りの服に身を包んだ現世界人、女帝近衛の一人、ダリアが普段のキリリとした顔を崩して物おじしつつ話しかけてきた。

「海尋殿には散々世話になりっぱなしで非常に頼みづらいのだが、その・・・大変申し訳ないっ!今借りている下着類と服を私と、ブランの分も含めて数日分譲っていただけないだろうかっ!こんなにエロい、もとい着心地の良い服、特に下着を着てしまうと、以前の物がどうにもごわついて物事に集中出来んのだ。いや、不快さに落ち着かないのだ」


ヴァルキアから大して私物を持たずに女帝にひっついてきてしまったので、近衛の制服である宮廷侍女服のままの着たきり雀では不快であろうと、スコールイが気を利かせてあれこれ着替えを用意した結果、拠点で過ごしている間、ダリアはオフィスレディっぽいスーツ姿、ブランにはピンクのオフショルダーと大正ロマン矢袴をそれぞれ好んで着こなしていた。まだまだこの世界、紡績のレベルは中世ヨーロッパに遠く肌着なんぞは碌な物がなく、女性用肌着などは、色気もへったくれもない腰のあたりを紐で縛る足首まで覆うほどの長さのカボチャパンツと、コルセットのみで基本ノーブラの上の上に綿か麻のシャツで敏感でデリケートな部分にはすこぶる宜しくないものばかりで、柔らかい絹などはまだまだ開発どころか発見もされていない。現世でいえば、シャツもパンツも無しに硬くてゴワゴワの学校指定の柔道着着て一日中過ごすような物だろう。恥ずかしさと申し訳なさがごっちゃになりはしたが、かなり誠実な性分なので、頬から真っ赤になった額に汗を浮かべての頼み事だったのだが、


「あ、ダリアさん。丁度よかった。それでしたら一式用意済みです。「姉上」(本人曰く、1000も超えてないのだからまだまだ「お姉ちゃん」で通用するだろう、と拠点逗留中は友好と親しみを込めて「お姉ちゃん」と呼んでちょーだい」と言い放った)聖上様から僕がバクホーデルに向かう前、皆さんの衣類一式戦闘服と宮廷侍女服も含め全てこちらの素材で仕立てたものをスコールイに頼んで用意させてあります」


「なんと!それは有難い!とてもとても有難い!ブランのエロ可愛い姿をまだ愛でられるとは、とても有難い!感謝のあまり抱きしめてしまいそうだ!」と、一応断ってから両手を広げて抱き締めようとした所、海尋の姿がばびゅんっ!と微動だにせず格納エリアの壁際まで猛烈な勢いで一気に下がった。


「どうやって動いたんだ、今?すまないカフカース嬢。少々取り乱してしまったようだ。謝るから銃を突きつけるのはやめてもらえないだろうか」


ダリアの腹に背中を押し付けた格好で顎の下にハンマーの起きたルガースーパーブラックホーク4インチの銃口がダリアの顎下に突きつけられ、顎を上に押し上げられている。


「大概にしときや。そのうちマジでハジくで?」


「誤解だ!カフカース嬢、口が滑っただけで私はブラン一筋だ。どちらかと言えば君たち侍女さん方の方が好みだ」


とは言ったものの、「可愛い子や小物」を無自覚にモフってしまう癖があるため、ヅカの男役みたいなキリリとした顔つきの割に結構ドジっ子さんな面が災いし、海尋の拠点滞在中、気が緩んだ際、着物姿の海尋を「あら可愛い」とついつい手を出して(モフって)しまい侍女様御一行から一斉に銃口を向けられた。「どう言うものかわからないでしょうから」とアレッサンドラの「親切心」で試しに1発、訓練用標的の紅い塗料の入ったダミー人体に向けて発砲して見せて、甲冑着せた同じ人形にもう1発。流石にこれを1発喰らえば昇天すると理解した。とは言え、あの御人の抱き心地はなかなかのもので、肌はプニプニと柔らかく、髪はフワフワのサラサラで撫で繰り回す手のひらが気持ち良い。だもんで、結構モフり未遂を起こしては一番近い侍女様がカッ飛んで来ると言ったもしばしばあった。

その辺も含めて腹に据えかねたカフカースからの警告だ。


教練の際にカフカースが手にしている銃の怖さは熟知している。露天掘りの銀採掘場の一件で驚異的な武器である事は身に染みて分かっている。おまけにダリアは男に他する嫌悪感から同性愛者レズビアンである。男に対する嫌悪感とは言っても毛嫌いしているわけではなく、単純に「髭」が駄目で、卵から孵った蛆のように見えるらしく、整った口髭を遠くで見る分には問題ないが、毛穴からちょっと生えた程度の「無精髭」は不潔極まりないと我慢できないようで、どういう訳か海尋に対しては握手も普通にできるし、可愛い物好きのせいで「女の子のように可愛い男の子」である海尋を何度か抱きしめかけている。その都度、銃を突きつけられたり刃物の刃先で頬を撫でられたりしているのだが、普段からキリリキリリの凜とした表情の割に案外うっかりさんなので見た目のギャップが酷い。曰く、海尋殿の肌には柔らかな産毛以外一切なく、お肌ツルツルプニプニで撫でまくりたい愛でまくりたいとの願望が湧き上がるそうだ。おかげできょっこうの侍女様たちに「要注意人物」のレッテルを貼られてしまった。しかも海尋に爪を整えてもらった後「フッ」と指先に息を吹きかけられて「ひゃぁあん!」とか艶っぽい声を上げて顰蹙ひんしゅくを買った前科もある。


「カフカース、そこまで。感謝のハグくらい笑って受けるのが良い交友関係構築できるってものだと思う」


「せやかて海尋ちゃん」

嘴を尖らせて「む゛〜〜」と納得いかない表情のカフカース。


「嫌なときは僕が自分で「固める」から大丈夫」


「固めるって何!」血の気が一斉に引いて青ざめた顔つきでダリアが叫ぶ。


「関節外してあらぬ方向にひん曲げて固定します。関節外せば人間動けなくなりますから」


「怖いことをサラッと表情変えずに言わないでくれ。余計に怖い」

海尋の言葉と同時にあからさまに声に出さない恐怖の叫びと絶望の怯えが漂ってきた。普段はうっすらとしか気配を感じさせず姿も音も気配もない海尋の隠密とも言えるアルルカンだろうか。どえらい勢いで只者ならぬ気配が遠ざかっていった。


「そういやアルルカンのにいちゃん達被害者やった」


カフカースの何気ない呟きが余計にダリアの恐怖心を掻き立てる。心の中で「御愁傷様」と手を合わせ、何があったのかは聞かない方が身のためだろう。下手に薮を突かず、上陸に備えて早々に場を離れようとしたのだが、


「で、本題なのですが、ダリアさん、ちょっとお時間頂けますでしょうか?」






















































































        













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