第22話 ようやくお出まし主役メカ(潜水艦)



バクホーデルの生活状況はそれほど貧しいと言うわけではない。窯業と林業の他に僅かではあるが小麦と集落の住人およそ300戸、老人子供含めて1500人の口を満たせるだけの食料と生活必需品を賄えるだけの暮らしは出来る。手に職がなくとも暑さ寒さを凌いで飢えない程度には生活することができる。バクホーデルの閉じた社会では。

 

 バクホーデルを抜け、どこかべつの土地で暮らそうにも読み書きできる程度の学がなければ果たして生活していけるかどうか。船乗りとして働くにも仕事の条件は相当悪い。腐った肉、虫の湧いたパンを酒で流し込むような生活は御免だろう。

 バクホーデルで窯業を学び、親方として工房と窯が持てるくらいになればよその集落でも生きる事ぐらいは出来るだろう。

いずれにせよ、生きてるだけで夢がない。新しい感動もない。閉塞感に苛まれ「街を出よう、他の街に行こう」とやけっぱちの思いで集落を後にしても盗賊になるか遍歴商人の下働きが関の山だ。

 パットン・ダリル自警団団長もそんな思いでバクホーデルを出てボーレルの国境騎士として数年間兵役を過ごした後、バクホーデルの自警団団長として新興のバロブシング教教会の教団騎士としてバクホーデルの自警団団長をやっている。自警団など言ってもこんなシケた煙だらけの貧乏臭い集落を襲う野盗や癇煩の群れなどいるわけでなし、せいぜい野犬や野生の熊が集落に近づかないように集落の周りを巡回する程度の毎日だ。それでも教会からの配当金とかで金の他に肉と酒がほとんど密輸行為同等にボーれるとの領境を流れるベリス川を渡って運ばれてくるので食うに困ることはないし、酒も飲める。イクシオス教は知っているが「バロブシング教」なんて聞いた事もなかったし、「教会」なんてものが何をする所なのかも知らない。

「宗教」って一体なんだ?(※イクシオスは生活上の「教え」であり、まだ「宗教」という価値観がない)

愛刀の大剣を使って日課の素振りを繰り返しても雑念が消えない。いくら剣に集中しようとしても岩の隙間から流れ出す清水のように後から後から雑念が湧き出でてくる。日中に見えたあの二人連れの少女、そのうちの一人、翠色の髪をした方が見せた技。収穫用の鎌でどうやったらああも易々と大木を縦方向の板状に斬れるのか。


今朝方の黄泉の空を映したような真っ赤な朝焼け、昔からの言い伝えで朝焼けの日はよくない事が起こると言われているが、あながち間違いではないらしい。正午近くにセンベスとボーレルの領宇を流れるベリス川を登って、テュルセル付近の岩盤地帯にある金の鉱脈とその周囲を占拠ししていたボーレル騎士団のが胴長の帆船で姿を現し、下位騎士団数人と大きな木製の棺桶をおいて、上位騎士と見られる数名がそのまま胴長船で川を登ってボーレルの首都アレルモへ向かったどいつもこいつも血の気の引いた顔で、離れた所からも匂うのでさっさと消えてくれ。この教会の責任者タングロイ・デベナム司教は一緒に持ちこまれた奴隷売買用の攫ってきたボーレルの娘たちを地下の洗礼部屋(ヤリ部屋)にバロブシングの洗礼と称して片っ端から姦淫に耽り、司祭のトレル(例のホモ)も鎖で拘束した割礼前の少年の性器の皮を剥いて「可愛い可愛いサクランボちゃん清めましょう、清めましょうぞ」と自分のモノをシゴきながらぶちゃぶちゃ汚らしい音を立ててしゃぶっている。配下の自警団員共も加わって地下の「特別礼拝堂」とやらでそんな行為を行っているので中庭に面した地面スレスレの換気口から気持ちの悪い声がダダ漏れだ。とてもじゃないがやってられないので剣を納めて集落外縁の見回りに向かった。


すこし静かな所を歩いて心の平静を取り戻そうとしても、森の木々を見る度にあの常軌を逸した一撃と正確無比な鎌裁きが脳裏に浮かび、知らず知らず手が剣の柄にかかる。

そんな状態でふらふらと歩いていたものだから、集落の住人から怪しまれたようで、数人の男共が農具と弓を担いで遠巻きに声をかけてきた

「おういパットン、どうした、大丈夫か?」

何が「大丈夫」なんだかわからんが、柄にかけた手に気づいて慌てて剣の柄から手を離す。

「いや、なんでもない、昨日の翠の小娘の鎌捌き見てどうにも落ち着かないだけだ」

「小娘?ありゃぁ正真正銘の男だそうだぞ、バルビエリの旦那と材木屋の若い兄ちゃんがそう話してた」

「マジかよっ!だとしたら早くトレルから隠さにゃいかんな」

「あっはっはっは違いねぇ」と笑いが起こる。

教会の司祭マビー・トレルには証拠不十分だが関わりたくない嫌疑がかけられている。

実際、行方不明になった子供(男子)を人目のつかぬところで「罪の浄化」であると諭して男の子の尻を犯したとか兎に角年端もいかない「男の子」に欲情の目を身からせる変態とか、奴がつ買っているハンカチは盗んだ男の子の肌着だとかそんな嫌疑がある中、

「いや、でも、あの後、そのお子ちゃまが使った鎌の柄ベロベロ舐めながらシコってたから「男」なのは間違い無いだろうなあ」

村人からは変態の疑惑が次から次に上塗りされて見るな触るな近づくなの変態確定人物だ。パットンは教会の秘密部屋でトレルに犯される少年を見ているのだから。

「ほんと気持ち悪い野郎だな、司教共々どっか消えてくれねぇかな、そういや、あのでっかい馬なし荷車、ミハエルんところにあったな」

「ミハエルんとこ?テュルセルの商人だって話だよな、なんでろくに仕事もしない窯に何の用があるんだ?」

「バルビエルの旦那んとこのお嬢様も昨日までモンゴメリんところにいただろう」

「長いこといるようなら注意しに行った方がいいかなぁ、まぁモンゴメリがいるなら・・・」

「大丈夫かな」と言いかけたところに

「おーい、若いもんが雁首揃えて何やってんだ」工房に篭りっきりのミハエルが例の

翠髪の美少年と赤髪の美少女、とバルビエリのお嬢さんを連れ立って歩いてきた。

「あんたこそどうしたよ、普段工房から出ない奴が小娘3人も連れ立って散歩か?」

「ふん、まあ丁度いい。おいお前、テュルセルの商人だったな。それとバルビエリのお嬢さん。悪いことは岩ねぇ、こっから先の教会に近づかない方がいい」

「いえ、その教会に「用がある」のですよ。こちらにきた際に集落の暮らしぶりとか知りたくて僕の配下の者に集落の様子を見て回ってもらっていたのですよ、そうしたら古い教会がこの先にあるっていうじゃないですか(嘘、話のついでにモンゴメリが「怪しい教会」と愚痴っただけ)で、僕は異国の異教徒にあたりますから、今後悶着起こさないように一度お伺いしてご挨拶しておきたいと思いまして、ミハエルさんに道案内をお願いしたのですよ」

「なら尚更やめとけ。元はイクシオスの教会だが、今はバロブシングって妙な宗教に傾いてる」

パットンが警告を含め(たつもり)で遠ざけようとすると

「あれ?イクシオスの他にも宗教があったのですか?ハルスシンク?ミハエルさんご存知ですか?」

ブンブンと顔を横に振るミハエルと「聞いたことないわ、そんな宗教」暇そうなロザリナが胡散臭さ全開の眼差しをパットンに向ける。パットンの横で雑談していた集落の男達も怪訝な顔つきになりパットンを見やる。

「い、言っとくが、俺はどちらとも関係ないからな!自警団の預所が教会ってだけで片棒担いでるわけじゃない」

パットンが手のひらを前に向けて無関係を強調する。

「あら、それは残念ですね。司教様もご多忙でしょうから、いずれ日を改めます」

「それは申し訳ない。司教様には俺から伝えておきましょう。(ヤバいヤバい、今大勢で教会に来られたら契丹や韃靼にボーレルが奴隷貿易してんのバレちまう。

(00>ヴォルク03:トマーゾさん?ちょといいかな。さっき報告もらったイクシオスの教会だけど、昨夜アレッサンドラ達が強襲した採掘譲渡関係はありそう?」

(ヴォルク03>00:おお我が主人、我が名を呼んで頂けるとはありがたき幸せ。イクシオスの教会ですか、今朝ボーレル兵の格好したものが数十人と男女の奴隷多数、大きな木製の棺桶がカーヴで川を上ってきたのは先の報告通りですが、こやつら、聖職者の顔した色狂いですよ。司教は女と、太った司祭は少年の尻を朝からずっと変わるがわる犯し続けてます。すでにご要望のテュルセルギルド宛の偽造前の書簡は手に入れておりますが、もう少し様子を探りますか、大きな棺が気になるのですが)

(00>ヴォルク03:トマーゾさん!「それ」には絶対触っちゃダメ! 近寄ってもダメですよ。今日連れてこられた奴隷?ってボーレルの人達かな。その辺がわかるような証拠が欲しい。それと採掘場にいたボーレル兵だとわかるような証拠もお願いできますか?)

(ヴォルク03>00:我が主人、そこは「お願い」ではなく「命令」して頂ければこの命に変えても遂行致します!是非とも「ご「命令」を!)

(00>ヴォルク03:トマーゾさん、もうちょっと命を大事にしましょうよ。大事に使えば一生使えるんですよ。「お願い」なのは「ヤバかったら逃げて集めた情報持ち帰って欲しいからですよ。死んで欲しい時はちゃんと「死んで」って言いますから)

(ヴォルク03>00:感謝!感謝の極み!この命、是非とも主人の存分に使い潰し頂きたいっ!)

(00>ヴォルク03:では引き続き「よろしく〜」。)

まぁ、ガサ入れの真似事はもっと証拠集めてからでいいか。と

「ところでパットンさんは鍛錬の途中ですか?」

「いや、ただの付近の見回りさ。明日明後日にゃ遍歴商人たちのバザーだからな」

「遍歴商人のバザーですか、結構な規模なんですか?」

「いや、精々馬車10台程度だろうさ。あまり大きな声じゃ言えないが、テュルセルやボーレルからの輸入品より安いんだ。家畜や野菜、小麦とか、この辺で大きく不足しているものとか、自分達で作って売りに来るんだ」

「家畜、ですか。冬に減らした分の補充でしょうか」

「よく分かったな」

「まだ春になったばかりですか、それしては放たれてる家畜の数が少ないし、警戒心が強いのと、全く警戒心がないのとチグハグすぎておかしいなーと思ってカマかけてみたんですよ」

「ちくしょうやられた!これだから商人ほど怖いやつぁいねぇ」

肩をすくめて手のひらを上に広げて戯けて見せる。

「やりましたー」くるっと後ろに回りながら後ろで話に耳を立てていたロザリナとハイタッチで上機嫌の子供っぽい笑を見せるみ海尋に

「うん、気に入ったぜ、冗談のわかる奴は大好きだ。ス・・スゥイジ・んなんだっけか、よお、名前覚えとくから教えてくれ」

「シズリ・ミヒロと言います。どうぞよろしく。パットン・ダリルさん」

「おお、そうだったな。パットン・ダリルだ、こちらこそよろしく」

そう言って差し出された手を握り握手をする。握った手はやっぱり年端のいかぬ少女のような柔らかい手だったが、握り返してくる力は成人男性の力よりも強かった。


で、あんたらは一体こんな集落の外れで何をしてんだ?

パットンがミハエルに顔を向けて尋ねると、

「スズリ殿が土の質を見たいとおっしゃってな、農地作るのに空いてる土地を見ていただいてるのさ」

「農地?小麦もろくに育たないこの土地で何を育てようっていうんだい?」

そうパットンが返すと

その後ろにいた集落の住人がさもおかしそうに笑い出す。モンゴメリとその横のバルビエリのお嬢さんも不愉快な表情を顔に浮かべるが、目の前の翠髪の商人と赤毛の少女は顔色ひとつかえず、

「作物が素育ちづらいのはバクホーデルの土壌がやや酸性よりの土壌だからです。それと土地も所々やせている。ずっと同じところで作物作ってませんか?」

「いや、当たり前だろ、何言ってんだ、この「お嬢ちゃん」は?」カフカースが手を出そうとした所を片手を挙げて制したが、パットンは全く反応できなかった。

「自然環境のままであれば、自然に育ち、そのまま枯れて土地の養分になります。収穫して何も無くなってしまえば養分が吸い取られるだけです。あなた方だって寝て休んで食事を摂らないと死んでしまうでしょう。それと同じです」

「なんじゃそりゃ?」「さっぱりわからん」「土に栄養って飯でも喰わすのか、口もねえのに」

と言いたいこと言って笑い出した。それでも商人の小娘は涼しい顔して赤毛は呆れた顔をしている。

「うん、いい反応です。それではここら辺一帯を農地にするのに反対意見はございませんか」

(あかんねー。自分たちでこの土地に価値は全くありませんって言うてるうようなもんやんか。端金で買い叩かれても文句はありませんってか)カフカースは心中でせせら笑った。

「はっはっは、おもしれぇ、やれるものならやってみな、農民でもねぇお子様商人さんよ、

立派な畑になったら小遣いやるよ」

「じゃぁ、そう言うことでミハエルさん、この辺り一帯お借りしますね」

土地の私有にこれといった決まりはなく、バクホーデルの村長的位置にあるモンゴメリに一言断れば貸与の形で農地として土地を借りられる。対価はその後、対価として作物の一部を渡せば良い。とは言え、あまり広い土地をいきなり他所の商人にかすのは心象的に宜しくないので、まずはミハエルが山羊を放し飼いにしている一帯の端っこを借りる事にした。別段、正確にどっからどこまでが誰の敷地とか決まっていないので、手続きも挨拶程度で済むのが楽な所だ。そもそも、大きな単位の「領」ですらヴァルキア帝国時代の内乱騒ぎのどさくさで川と丘陵の谷間で適当に決められたもので、後は好きにしろとかなりいい加減に決められている。


そんなこんなで、ミハエルの牧草地帯で一度農地とはしたものの、作物が育たず放置したあたりを借りる事にした。とはいっても管理するのはミハエルである。窯業のかたわら、土を耕し水をやり作物の育成状態を記録する。定期的に極光商会から様子を見に来る。


そんなふわっとした契約を結んでバクホーデルの農園計画はスタートした。

窯業の方はと言うと、窯をちょっと改修せにゃならんので、現在ミハエルが抱えている素焼きの皿や水瓶の仕事が終わって窯が空いてからの事になる。

次にバクホーデルを訪れるまでに以前ミハエルが砕いて粉にしたという石を同じように粉にして畑にする土地に撒いておくといった仕事だけで畑の管理費として金貨3枚を先渡しにした。その砕いた石を見せてもらった際、水で洗ってひと舐めした所成分的に苦灰石に近い成分であることは確認ずみである。もっとも、ロザリナは絶叫し、ミハエルは吐き出せと背中に周り、モンゴメリは石を奪い取り「なんつー悪食だ」と驚嘆していた。

当然、「良い子はマネしないでね」のキャプション付きだ。

テュルセルに卸す薪や陶器の値上がりについては、ヴォルク達の探索でイクシオス(実際はバルスシング)教会の仕業という事がわかった。


手紙というか郵便なんてものはまだ存在せず、書簡による連絡は教会同士の連絡網に便乗しているので教会側で偽造は可能。なんだけど、そうとは知らず、侍女さん’Sが強襲した生き残りを調べた際に棚からぼたもちで色々ヴォルク3が入手してきた。


そして、モンゴメリの工房に戻ってみると、ロザリナの父親でヴラハの商人バルビエリが馬車にロバを繋ぎ、娘の帰りを今か今かと待っていた。

それもそうだろう。テュルセルでフリストス、モイチに護衛を頼んだ船団の出航が明日に迫っていた。商品自体はバクホーデルに来る前に納品されているので問題はない、ただ断りのない値上げに文句を言いに(交渉しに)バクホーデルまで足を運んだ迄で、たまにはゆっくり娘と馬車の旅でも、と一日余分を設けていたが、予想外の騒ぎと友好を結んでおきたい若い商人との出会いに興奮したせいでギリギリで気がつき、慌ててテュルセルまでの帰路につこうとしていた。材木商番頭のリコ・オルケスも同じで、薪の値上げに文句を言いにきたのだが、バクホーデルのギルド長も林業ギルドもそんなことは知らんと言われて途方に暮れていたところ、瓦職人のところから戻ってきた海尋が書簡の入った筒を掲げて、これをテュルセルのワインサップに持っていけば万事解決と言い切られたので帰り支度を始めていた。バルビエリと違い、リコは徒歩でバクホーデルまできていたのでそこに海尋がご一緒にいかがですかと声をかけ、タイフーンの後部兵員輸送室に今は恩人の配下とは言え、ヴラハ事変の際命を奪われかけた相手と一緒に狭いところに押し込められてはたまったもんではなかろう。ただでさえ隠密として活動している無口でしかめっ面、おまけにヴラハで襲ってきた連中の仲間だというのだから縮こまってお白洲でお代官様の裁きを待つ無実の町人の気分だろうがそうはならず、乗り心地の良いタイフーンの方が良いとバルビエリのお嬢さんが「同じ方向なんだからおー願い」とばかりにカフカースの横に乗り込んできた。狭くなるし、女の子同士僕がいると喋りにくいこともあるでしょう、と天井のハッチから後部兵員輸送室に転がり込む。案の定、針の筵に縮こまっていたリコの顔に光が宿る。



しかし、海尋の目的は実際にバクホーデルを調査したヴォルク全員と顔を突き合わせての

報告会である。実際、大人二人が対面でのれば軽く膝がくっつきそうな広さしかないので

顔よりも膝を交えたと言った方が正しいのかもしれない。当然、会話は()パーレンで括られる表現のアレで、秘匿事項なんてことも無く、お茶と柿ピーぽりぽり食べながら物価や作物の収穫、教会に新しく赴任してきたタングロイ・デベナム司祭や司教のマビー・トレルの、あられもない話などを詳しく聞いていた。そのうちリコの口からバルビエリの馬車も一緒に引いてやればよかったのでは?との質問が来たが、バルビエリの馬車には商品として皿や水瓶が積まれていたのでタイフーンで引いては絶対割れるのでその話は口に出さなかったと答えた。船団の話なら、バクホーデルでちょっと手間取ったとロザリナの口から説明してもらえれば納得するだろう。その分余計な出費は掛かるだろうが、それは海尋の範疇外だし、何より海尋自身、早く拠点に戻りたかった。侍女達がやらかした採掘場の駆除に関しての報告と状況の擦り合わせもテュルセルの手が入る前に済ませておきたかった。


タイフーンの運転席、各種色々な計器に興味津々なロザリナがカフカースに色々尋ねていた。

「ねえねえ、この数字は何?右端の小さい数字はやたら変わっているけど、左側の大きな数字は全然変わらないけど」

「そりゃ時計や。大きな数字は「時間」、右端のちっこいのは」

「秒」を表しとる」

「「時間」?「秒」?それって単位の事?じゃぁこっちの数字は?」

「そっちは日付。月はこっちと違うようなんで意味ないけど、日付は合わせてあるから今日は月が変わって20日目やな」

「え!?ちょっと待って!まさか!?ヤバいっ!今日お父ちゃんの船の出航日じゃないのよっ!」

「それ、商人としてどうなんよ?」

大商人エルモ・バルビエリ、そのスケジュール管理は全て娘任せだった。本人曰く、

貴族の再興願望など捨てて商人としての自覚を持たせる為。だそうだ。


 一方、テュルセルの港では、スラリとした白く長い船体で三本マストを持つ最新式の大型帆船クリッパー、塩漬けの魚や肉をたっぷり積み込んだ貨物用のずんぐりとした、横に太い船体で一本マストのコグ船、大小ふたつ三角帆のキャラック船、やや離れた所に船団護衛の武装したガレオン船と貿易用途の非武装のガレオン船が出航の時を待っていた。どれもこれも大航海時代に見られた船で、どの船も船首を沖にむけ、船尾の楼閣を港の向けて風を待っていた。のではなく、船団の主エルモ・バルビエリの到着を待っていたのである。本来ならもう全ての船がヴァルキア経由で荷物を積んだ先行隊の待つヘシュキシュ海峡向こう、外海に向けて出航していなければいけない時間なのだが、バルビエリがまだ姿を表さない。陽は頂上から傾き始め、もうすぐ風向きが変わってしまう。

一等航海士モイチはグラナダ・ムーンライト号の甲板上、警備船団のダンジョー・アマカスから嗜みもしない苦手な葉巻をひったくると口に咥えてスッパスッパとふかし始めてゲホゲホとすぐにむせ出した

「残り少ねぇんだから大概にしろよ」

「エリシケ産か?いいものやってるじゃねぇか。安心しな、終点はエリシケだ」

絶好の出航日和で風もちょうど良く、潮目も安定している。出来るなら風向きが変わるまでに出航したい。外海に出るにはヘシュキオス海峡を越えなければならないが、これがまた面倒な海峡で、行きで1番の難所だ。昼飯後になると外海からくる風と外海へ向かう風がぶつかって難易度が跳ね上がる。

「エルモの馬鹿野郎はまだかっ!メイピックの話じゃバクホーデルまで出向いたそうだが、出航まで1日の余裕で帰ってくる予定のはずだってぇのに」

絶好の機会を逃すと面倒だ。焦りはするが、熱くなっちゃぁいけない。ダンジョーからひったくった葉巻を思いっきり吸い込むと、胸の臓器が拒絶反応を起こして吐き気と嗚咽が込み上げ、盛大に咽せる。

「やめとけって、お前苦手だろが」

「全く、そういや、海尋のヤツもバクホーデル行ったらしいが、またなんかあったんじゃないだろうなぁ?」

「海尋ってあの美人ちゃんだろ?ちっと前まで管理事務所に通ってたらしいじゃねぇか、なんだってまたバクホーデルなんぞに?」

「知らん。って、なんだありゃっ!おいダンジョーっ!」

へシュキス海峡の向こう、本隊待ちで停泊している一本マストのずんぐりした船に海峡左側、陸に隠れた方から砲撃が浴びせられて船の近くに4本の水柱が上がる。

自分の護衛船まで泳ごうと、海に飛び込みそうになった弾ジョーの方を掴んで止めるモイチ。

「止めろ!海峡進んでる間に沈められちまう!帆を下ろして逃げに入ったから向こうに任せておけ。こんな近くに海賊か!?」

「チクショウ!丘の向こうじゃ手が出せねぇぞ、クソッタレ!」

モイチもダンジョーもいきなりの砲撃を見て慌てるも自分の仕事を全うしようとする。

「モイチ、俺は自分の船に戻る。壁になって時間稼ぐからお前ら本隊は」

「帆を降ろせ、操舵士!内海の奥に退避だ!商船は全部内海の奥に下げろ」

甲板上で出航の合図を待っていた乗組員ったが慌ただしく動き始める。クリッパーとガレオ線は船首の畳んだ三角帆を下ろして向かい風を受け、速度は遅いが内海の奥に逃げられるが、横帆一枚のコグでは向かい風を進めないのでバンジョーの船が壁になる。

余程のアホでなければこのまま外海の船だけを襲うに留めるだろうが、外海で待機する船を追っ払って海峡に入ってくる事はないだろう。最悪、海峡外の船は犠牲にするしかないし、こうなったのはバルビエリが姿を表さないからで、護衛船団側に落ち度でまない。貨物用コグ船にも一応防衛用に大型のボウガンがあることにはあるが、砲弾打ち込む戦艦相手には弓矢程度あってもしょうがない。後部船楼から後ろを確認しつつ、内海の奥に向かって進んでいると

「モイチさぁ〜ん!」聞き慣れた、それでも聴こえちゃいけない方向から、やや高めの耳に心地良い声が呼びかける。確かに海尋なら頼りになるんだろうが、実際今は助けて欲しい。

だからって幻聴が真下から聞こえてくるってことはないだろう。真下は海だぞ。だが、海尋なら混乱に乗じてあのちっこい船で後ろに回れるだろうと無理やり結論づけてありえもしない期待を払拭しようと船楼の手すりから身を乗り出して真下の海を覗くと、いた。


 いやがった。頼りになる異国から来た友達が。真上から見て沈みかけたボートみたいな縦長の楕円形が、帆船後ろの真下、舵の直後、ほぼ水面を、舵にぶつからない程度にピッタリくっついて同じ向きに進んでいる。楕円形の前側に四角い大穴があり、そこに海尋と、真っ青な顔したバルビエリが突っ立っている。上半身は水面上、下半身は水面下だよなぁ、どう見ても。


この状況をどう説明しようか、声は届くがこっちも相手も聞き取りづらいだろう、すると船楼の手摺に細い糸が巻き付いたとおもったらバルビエリを抱えた海尋がその糸に引かれるように勢いよく登って来て、手すりを越えて船楼に降り立った。何が何だか分からんがもう慣れた。こいつにゃ俺っちらの常識は通用しねぇ。問いただしても全くわからん事がわかるだけだ。

「いやーすいません。バクホーデルで僕の用事に付き合わせちゃいまして、もう出航されたと持って一番早い船でヴァルキアまで追いかけようとしたところなんですよ」

「そうか、助かった!ちょうどいいところに来てくれた!つっても逃げるしか出来る事ねぇんだよなぁ」

「何があったんです?」

船楼の床に四つん這いでヒィヒィ言ってたバルビエリがくわっと起き上がって

「モイチ殿っ!船は、私の船はっ!」

モイチに掴みかかって問い正すが、モイチは呆れた顔で、今は言いたい文句を押し留め、

「海峡の向こうで合流する船団の先行隊が砲撃受けたんで本隊を内海の奥に退避させている所だ。海峡の丘向こうで砲撃かましたやつの姿がわからねぇ。おまけに風のせいで海峡の向こうに向かうのが難しい。先行隊は外海の沖に逃げたから大丈夫だとは思う。」

モイチの説明を聞きながら拠点のオトヴァージュヌイに回線を繋ぐ。


(00>1704:オトヴァージュヌイ、周回中のドローン今どの辺?)

(1704>00:ボーレルの都からバクホーデル回って海峡渡ってリュクセンテウス方面に向かう予定コース、もうすぐ海尋様の頭上を通過します」

(00>1704:オーケー、コントロールこっちに貸して)

(1704>00:了解、あとは何かご用事ありますか?)

(00>1704:全員、僕にコマンドリンク。クロンシュタットとセヴァストーポリは戦闘配置、砲雷撃戦準備)

空中を指で弾くようにピッと立てると、指先を頂点にバルビエリの先行隊を移した横長の映像が現れる。まだ少しドローンからの距離があるので小僧画像が荒い。

「無傷っぽいですね、こっちは大丈夫かな。指をそのままシュッと横に払うと丘の向こうに停泊する二隻の大きな船を写した映像に変わる。艦首艦尾に低い円筒形の単装砲が一門づつ、船体両脇に横向きの二問の砲台を備えた船が丘の向こうから先行隊の前に回り込もうと歩進路をとっている。ドローンで上から見てわかる事だが、先行隊からは横並びに進んでいるように見えるだろう。砲撃がないのは積荷目当てだからか。

(00>1704:オトヴァージュヌイ、ドローン返す!引き続き賊の追跡お願い)

(1704>00:了解、賊って、これ「定遠」と「鎮遠」じゃない。大昔の帆船相手にイキっちゃってまぁ。)

「それじゃぁ、ちょっとあの船沈めて来ますから、お二人はこのまま奥に向かって下さい」

とにかくバルビエリの先行隊を何んとかしないと。

(00:ロマノフ号浮上。飛び乗る。僕がCIC(戦闘指揮所)に入ったら深度30まで潜航クロンシュタット、セヴァストーポリ、対潜装備で外海へ)

「Да-с.《ダー》(イエッサー)!」と返ってくる。クロンシュタット、セヴァストーポリ一からの返答が一番威勢が良かった。


 外洋貿易船グラナダ・ムーンライト号は今年の冬に進水したばかりの最新型の外洋快速帆船で、長さ約90メートル、横幅11メートル、船体もマストも最新技術の塗料で白く塗られている。横幅がガレオンやコグより狭いので積める樽の数は500そこそこだが、その船足の速さが自慢のバルビエリ商会きっての最新帆船だ。テュルセルの港湾管理事務所で異国の船など私のグラナダ・ムーンライトに比べれば、と侮っていたバルビエリだが、バクホーデルから戻る途中、ロザリナの一言で急遽タイフーンの上に馬車を乗せて兵員輸送室にロバを押し込み、人間どもはタイフーンに積んだ馬車に乗せ、テュルセルの港へ急ごうとしたが、既に船団が出航して一日ともなればもうヴァルキアに向かっているだろうと拠点最下部のドックで試験航行待ちのロマノフ号にエルマとロザリナを有無を言わさず放り込み、異形の巨大な船の姿に「海に潜って進むなどあり得ない、これはきっと海獣だ、そうに違いない、異国ではこのような海獣を使役するんだ」と軽くゲシュタルト崩壊を起こしかけていたバルビエリと「神秘的でとても素敵、是非なかを拝見したい」と神秘を暴く眼の輝きをキラキラさせるロザリナを後回しに一路ヴァルキア目指しロマノフ号を発進させた。

深度20あたりを通常航行していたところ、ロマノフ号のセンサーが海上をこちらに向かって来る船を検知したので羨望鏡深度まで浮上してその姿を羨望鏡で確認したところ、スクリーンでその船影を見たバルビエリがなぜ自分の船が?と事態を確認すべく急速反転させてグラナダ・ムーンライトの船尾につけたのだった。

海上からわずかに艦橋頂上を出した程度から一度潜ってからグラナダ・ムーンライトの横に並んだ状態で浮上し、グラナダ・ムーンライトの船員、並びに一緒に内海の奥へ進んでいた船の船員達も阿蘇の巨大な海獣の姿に腰を抜かして驚いた。葉巻をそのまま横真っ二つにしたような船体の中央に先ほど水面から出ていた部分と見られるところが乗っている。長さだけでもグラナダ・ムーンライトの2倍以上、ヌメり気を思わせる黒さはまるで氷海の巨大な海獣のようだ。と、水上に現れた姿に見入っているそのすぐ横で、海尋はろくな助走もつけず船一隻分はあろうかという距離を海獣の背に飛び移り、背中に生やしたコブのてっぺんから中に入った。


旧ソビエト連邦の時代、23世紀末では21世紀初頭のウクライナとの戦争を終えてロシア・ウクライナ共和国となっているロシアが過去に社会主義だった頃莫大な予算と国家のための採算に合わない現地的局地運用のを押し付けられて、彼はそんな時代に生まれた。予算超過と軍事費削減のため先行製造された姉妹艦6隻のうち唯一稼働していた最後の船も2020年には退役、陸に上げられ博物艦としてその巨体を風雨にさらされている。ゲームの方では運営認定特別褒賞艦のSSSレア級にも関わらず、正直ネタ扱いで、所有艦隊旗艦として使っていたのは世界規模のプラットフォームでも(クジラが好きだからと言った理由で)海尋だけであった。色濃く残るありし日の「強いソビエト」の体現と郷愁から「脱ぐとスゴイんです」ならぬ「潜るとスゴイんです」な超チート潜水艦としてデザインされており。決して日本のイ−401とか蒼き艦隊の旗艦とかのとんでも潜水艦のような海を割って重力砲ぶっ放したりはしないが、21世紀の船に23世紀の通信、探知解析機材を積み込んで、相手の一歩先を行ける性能になっている。ただし、動力は建造時のデータのまま原子力のままだったが、それも超絶弩級無燃機関ぽじとろにっくえんじんとやらに換装されて、万が一、この世界で破壊されても放射能撒き散らす心配は無くなった。

ロマノフ号の背中に飛び移り、艦橋上部の乗り込み口、狭い円筒形の内側ににタラップが設けられているだけの粗末なもの、そのタラップの両端を両足の土踏まずで挟み、両手を添えて三層構造の二層目まで滑り降りる。そのまま戦闘指揮所に駆け込み艦隊指揮官のみに許される戦闘指揮所専用入り口から続く高さのある歌舞伎の花道を駆け抜け、その先にある指揮官席に座る。

「ロマノフ号、潜水開始、下げ舵30!水深30で水平維持して待機!」

声をあげて指示を飛ばす。答える声は一つ。落ち着きのある低くてよく響く王者の声だった。(日本語化パッチ適用済み)

「イエス。マイロード。我が力、存分に使え」

「クロンシュタット、セヴァストーポリ前へ!向こうにも潜水艦がいる。魚雷発射音に注意して、本命はそっち!サーシャ、音響探知、海峡の端、海流の乱れを探って」

「岩礁のあたりで潮が荒れてますので少々時間をください」

「やっぱ面倒だなぁ、ああ、もう手早く済まそう。1番、2番魚雷装填、通常弾頭のシクヴァルでいい、装填次第発射!諸元は僕がやる」

「クロンシュタット、セヴァストーポリ、「定遠」と「鎮遠」に威嚇射撃、尻を追い回せ!」

「ビンゴ!海峡の岸壁下から魚雷発射音!こちらの魚雷接触まで20秒」

「狼狽える時間もないね」

海峡に流れ込む海流に乗ってこちらの魚雷は真っ直ぐ相手に向かって走るが、相手からの魚雷は強い海流に流されあらぬ方向へ進んだ敵の魚雷は海峡内海側の岩礁に当たって爆発し、大きな水柱を上げる。その水柱を突き破り、二隻の巡洋艦が姿を表す。

商船の先行隊を追う「定遠」と「鎮遠」が砲撃され、影から魚雷で狙い撃ちしたつもりが

「魚雷命中確認。敵潜水艦二隻撃沈」

「あれ、2隻いたの?並んで巣篭もりでもしてたのかな」

「笑えません、海尋様」

二隻が立ち上る水柱を抜けたあたりでさらにもう一本、海峡の橋に魚雷2発分の大きなm水柱と水飛沫が上がり、海峡の橋と端に虹の橋が掛かる。虹のアーチを背に二隻の巡洋艦が30.5センチ(54口径)三連装砲を「定遠」と「鎮遠」に向けドッカンドッカン撃ちまくる。

威嚇ではなく撃沈目的なので追われる二隻の船は炎と煙を上げ燃料にでも引火したか、爆発炎上して海の藻屑となった。一応、反撃のような後方への砲撃もあったが、ただ後ろに向かって撃ってるだけなので当たる訳もない。一応救命ボートで退避した船員がいたのでフリストスの取り決め通りフリスト経済圏内で見せしめ処刑するための一時的救助行為をクロンシュタット、セヴァストーポリに頼んでおく。

海賊行為に失敗した場合、助けられて恥を晒すか、救助の後絞首刑なり何なり見せしめのため何某かの方法で処刑されるのは免れず、救助を拒否して万に一つの可能性に賭け、泳いで逃げるのもアリだが、逃げられればの話である。人間いつまでも海に浮かんで入られない。























































        













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