第16話治にいて乱を忘れず

地下三層の床にデカデカ白線でA-88と描かれた空洞の一角に無人攻撃偵察機オリオンEの機首下の光学センサー改良中のオトヴァージュヌイが背中を向けてしゃがんでいる姿があった。


「あれ、どしたん海尋ちゃん?言うてくれればこっちから出向いたんに」


しゃがみ込んで機首のカメラを弄っていた手を止めて首を回して海尋に目を向けると、その後ろで額に青筋立てて突き刺さるような鋭い視線を向けるアレッサンドラの姿があった。


「あ、あわわわわ、サーシャもおったんかい!?いるならいると言うてくればっ!・・・み、海尋様、ご用があれば呼びつけて下さればこちらから馳せ参じますのに・・・(怖っ、アレッサンドラめっちゃ怖っ!)」


オトヴァージュヌイの短い薄桃色の髪が警戒体制に入った猫の尻尾のように逆立って今にも「フシャーッ!」と威嚇されそうになる。 アレッサンドラ曰く、侍女たるもの主人の許しがあったとて、敬称をつけてお呼びすべし、との事らしいが、第三者の目が無ければ「海尋ちゃん」でもいいと思うのだけど、「断固としてなりません!」だそうなのでオトヴァージュヌイの隣にしゃがみ込んで小声でぽしょぽしょ言った後、オリオンのカメラを覗き込んで


「対人仕様・・・高解像度暗視鏡に赤外線熱感知と金属探知機の強化、航続距離の問題はないか。うん、順調順調。高高度偵察も問題なし。良い仕事してくれるから助かるよ、本当。」


「じゃぁ、すぐにテストやっちゃう? 採掘場か海賊村か、それともヴァルキア?ヴラハ?」


「もう飛ばせるの、凄いやオトヴァージュヌイ!それじゃ海賊村と採掘場の中高度から周囲の状況と侵入経路の探索お願い」


Да-с.了解!さてさて、んっふふふん♪」


褒められて、即任務を与えられ、上機嫌になると鼻歌の一つも出るわいな。と機首下部の球状複合センサーを上下左右に動かしてドック内の様子を映して動作テストをすると、機体後部V字尾翼の後ろにあるプロペラの回転数を上げて車輪のブレーキを外す。

ゆっくりと前に進み、ドック内滑走路出ると左方向へと曲がり、滑走路を真っ直ぐ飛び立ち、空洞の入り口から渓谷の谷間を上昇していく。


「で、なして海尋様直々のお出ましなん?」

「RT20 20×110イスパノとSnipex  Alligator 14.5×114mm の弾丸データが欲しいんだけど、お願い出来るかな?あと、女性用装備一式と弾薬パッケージ3人分を近衛の方々に、みんなの装備更新はアクセサリー含め各自の希望優先して下さい」


「え!マジでいいの?承認くれるんならなんだって用意するよ!」

平ったい胸の前で小さくガッツポーズとって主にじゃれつく大型犬よろしくグイグイみひろに近づくオトヴァージュヌイの頬を両手で挟んでつま先立ちになると


「んじゃ承認」と唇を重ねる。

(1704 うっきゃああああああああああっっっーーーーーーーっっっ!!!!!!!)

(1706カフカース : なんだどうした?エンドルフィンが噴火してるぞ?)

(1714スコールイ :うわっ、びっくりした。!海尋様とベロチューとかけしからん。夕飯のデザートはないと思え)

(099クロンシュタット :テメェ、そこ動くな!サーシャ!そこにいるなら拘束しろ!)

(077ペレスヴェート:おやめなさい、騒々しい。たかだかベロチュー一回程度で)

(080セヴァスポートリ あららー、流石ベロチューだけで絶頂して腰抜かした出戻りは余裕あるわぁー)

(>080 077おーけー、そのケンカ買った、背中見せたら最後と思え)


「はわわ、ふわぁぁあああああ」両手で自分の体を抱きしめてぷるぷる小刻みに振動しているオトヴァージュヌイに「じゃぁよろしくね」と声をかけて居住区画に上がるエレベーターへ向かうと


「ひゃっひゃいいぃぃっ!」


と略式の敬礼したまま崩れ落ち、先程飛び立った無人攻撃偵察機オリオンEも墜落寸前でアレッサンドラがモントロールに介入して事なきを得た。


 居住区画に登るエレベーターの中で

「ねぇサーシャ、「これ(承認承諾としてベロチュー必須)」なんとかならないのかなぁ?」と同乗のアレッサンドラに尋ねるた所、「おや、さしてまんざらでもないご様子でしたが、何か不都合が御座い舞ましたでしょうか?」と棘のついた言葉で返された。

「だって、サーシャ以外とするとサーシャの機嫌がものすごく悪くなるんだもん」

「あら、それは申し訳ありません。乙女心は繊細なものなのですよ。しかし、口内粘膜細胞のDNAキーによる認証は確実な本人確認でして……」

「僕DNAなんてないよ?」

「黙らっしゃい。私以外への救済措置です。気が引けると仰るのなら、その分濃ゆくて情欲熱々なのかまして下されば良いのです」


エレベーターの隅に壁ドン状態で海尋を押し付けて顎クイした右手人差し指が海尋の閉じた唇をなぞりそのまま胸から背中を手を伝わせると、腰に回り込ませて引き寄せる。

今度は海尋の腕がアレッサンドラを抱き寄せ、柔らかな胸の双丘の間に顔を埋める。

こういう時には尻の一つも撫でるくらいの度胸を持って欲しいのだが、主人としては抱きしめてくれるだけでも「月面の一歩」並の努力である。そこが可愛い所でもあるのだけれど、そろそろ監視システムに介入できる時間の限界だ。ってか、ここまでやって股間押さえて前屈みにもならんとは、まだまだ演算プログラムの教育(調教)が足らないと見える。


地表一階、居住区画の一階でエレベーターを降りると女帝様の近衛3人組が如何にも温泉旅館の風呂上がりといった風情で一階奥のロビーで寛いでいた。


「もうすっかり馴染んでいるようですね」


来客用のシャンパンやソフトドリンクが入っている冷蔵庫にちゃっかりフルーツ牛乳が入っている。瓶の紙蓋を捲って開けるなんて小技を知らなかったので、親指で押し込んでひん曲がった紙蓋を引き摺り出していたのだが、今ではちゃんと古式縁の由緒正しい作法に則って蓋開けピックでキュポン!と蓋を開けて浴衣着の腰に手をあてて、ぐいーっと喉に流し込んではいるが、ここは銭湯の脱衣所ではない。ロビー入り口と廊下を金屏風で仕切っているので玄関側から見られることはないが陽が沈みかけているとはいえ、年頃の娘が晒すには恥ずかしい姿ではないだろうか。浴衣の合わせが盛大に開いているので巨乳二人組はもっと慎みってものを覚えて欲しい。航海士が療養で滞在中はもう少し節度があったと思ったのだが。我が主人は異性として見られれていないのだろうかと思ったが、リルを見る限りではそうでもないのだろう。とはいえ、リルの慎ましい胸では前を開いてもあまり変わらないかもしれないが、


「あ、皆さん、お疲れ様です」


我が主人が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、声をかけるとバババッと浴衣の乱れを直してシャキッとした姿勢を取る。


「これは海尋殿、お見苦しい所を……」巨乳の一人ダリアが弁明に走ると


「いえいえ、どうぞそのままお寛ぎ下さい。訓練厳しいでしょうから、休める時はぐでーっとしてて構いませんよ」


「すまん、助かる」


なんかこう、仕事に納得いかず不機嫌そうな顔したリルがドロドロと椅子に溶け込みそうな格好で吐き捨てる。


「なんか不機嫌そうですねー、うまくいってないんですか?」


同僚二人は四輪のロックバウンサーだが、自分はそれよりも小さい二輪のもーたーさいくるという乗り物だ。安定性に欠ける嫌いがるものの、機動性と瞬発力は比べ物にならないほど素晴らしく性に合っているし気に入っている。気に食わないのはではない。

ここ数日行動を共にして見慣れてきてはいるが、服の合わせ目を無視して飛び出しそうなアレについての不幸を嘆いているだけだ。なんてことは口に出来ないので

「「筋肉痛」と言ったか?、首と背中と腕回りが酷くて少々難儀している」

「スコールイ呼んでマッサージさせましょうか?」

脇に控えるアレッサンドラからの声に

「入浴直後で体が温まってる時の方が効果あるから後でスコールイに頼んでおこう」

と海尋が返した所で女帝様送を連れたペレスヴェートが帰ってくるなり


「ただいま戻りました。海尋様、少々お耳入れたい事が」


癇煩ではない集団に囲まれた件を伝えると、


「愛車(ベントレー)にキズとかつけられなかった?」まぁ、木の棒程度じゃ傷ひとつつかないか。と続けて、「少し教育が必要だね。手を出しちゃいけない相手ってのを教えてあげないと」


※決して誇張や高飛車目線でなく、ペレスヴェートがガチギレするからである。

此方の世界に飛ばされる前、ゲームの世界での移動手段として、侍女全員に一台ずつ好みの車を下賜されている。実際はゲームイベントのクリア報酬としてゲーム内で使用可能な車が運営から貰えるのだが、初期供給の1953年型ベントレー ブルートレインを海尋が甚く気に入っていたので、それに倣って侍女一同が、所謂ノスタルジック、クラシックカーを挙って希望したため20世紀前半の車を使っている。


そんな感じで敬愛する主人からの贈り物である1952年型ベントレーマーク6は宝物と言っても過言ではない。休暇の日には特殊な分子コーティングした車体をメンテナンス剤で磨いては悦に浸っている。四角四面で硬く冷たい直線デザインの走る道具より気品と優雅さに富んだ走る芸術品として愛して止まない大事な車に傷の一つでも付けようものならを掻っ捌かれて自家製腸詰を食わされる事になる。

なんでそんな大事な物を女帝様の送迎で使っているのかというと、女帝様が公人送迎用の1939年型メルセデス770 Kよりも同じガレージに置いてあったペレスヴェートのベントレーマーク6を「此方の方がエレガントじゃのう」とベタ褒めしたからである。


そりゃ誰だって愛着ある自分の愛車を褒められれば機嫌も気前も良くなるもので、

それが功を奏したか、女帝様とペレスヴェートが意気投合しているように見える。


「おお、海尋殿、すまんな、ちょいとペレスヴェート借りてたぞよ。それとプルシュカ・イグニスの譲渡手続きも筒がなく終わった故、ペルスヴェートに預けた書類確認頼む」


「どうぞ、此方になります」


ペレスヴェートから薄い木箱に入った書簡一式を受け取ると、すぐさま箱から取り出して羊皮紙に目を走らせる。

「はい、有り難う御座います」


「なんかすまんの。廃棄船処分押し付けたみたいで気が引けるわ」


寂しそうに、名残惜しそうに詫びの言葉っぽいものを口にしたが、かつてはヴァルキア帝国の威信を背負った船だ。その最後が朽ち果てて廃棄なんてちょっと物悲しい。


「廃棄なんかしませんよ」そうは言ったものの、モイチの見立では海水による腐食と木材の劣化が激しく、さわれば崩れ落ちそうな状態で、直すくらいなら新しいの作った方が金もかからんとの見解で、もう十分にその役目を果たしたのだからゆっくりと眠らせてやれと言われた。


しかし、散々良いように使われた挙句、要らなくなったら野晒し廃棄なんてのは居た堪れない。だからと言って、木材全てをそう取り返して・・・なんだっけ、「テセウスのパラドっクス」だったっけ?何か良いアイデアはないだろうか。それと同時に、建替中のマトリカ・ヴァンクスであるが、ちょっとした問題が起こったようだ。屋根瓦の翠色が出せないとテュルセルギルドを通して依頼した職人から泣き付かれたのだ。


先ほどペレスヴェートから受け取った書類に屋根職人のギルドからそう連絡があったとの報告があった。自分たちで用立ててしまえば早いし安くも上がるだろうが、それではテュルセルの、しいてはフリストス同盟の経済が回らない。

木材を使った内装はカフカースのスケッチを元にヴァルキアの大工職人達が技を振るっているだろう。カフカース達が石材積み上げて外観作っている最中にヴァルキアのギルドに大工職人や屋根職人を紹介してもらったのだが、大工はともかく屋根は無理だと即答されたので、ならばテュルセルの屋根職人ギルドにと仕事を頼んだのだ。


運搬に関しては空輸すればいいか程度の考えだったのが、まさか色が出せないなんてトラブルが起こるとは思わなかった。一度顔出した方がいいかな。たぶんカフカースに湯殿番と同衾番せがまれることになるけど、そこはアレッサンドラとペレスヴェートに割り込ませて貰おう。


アレッサンドラ達侍女さん’sは仕事の報酬として金銭や物品よりも「一夜の楽園」と称して夜伽のお相手に選ばれる方が一番のご褒美なのだと言う。疑問は湧くが、深く追求しない方が身のためだろうとエミュレーターが再現できうる限りで応対しているし、彼女達が満たされるならそれで良し。マトリカ・ヴァンクスの件だけは失敗するわけにも行かないので先ずは屋根職人ギルドの瓦職人から話を聞こう。


流石にタイフーンで向かうには大袈裟かな?と先ずはテュルセル港湾管理事務所で状況の把握をするとして紹介された屋根職人ギルドと職人の工房の照会をしてもらう事にして人員をどうするか。マトリカ・ヴァンクス立て直しの要であるカフカースは外せない、しかしクロンシュタットとセヴァスポートリの巡洋艦コンビは近衛3人組の教習中だし、ペレスヴェートとアレッサンドラはアルルカンの近代武装化に向けてこれも教練中である。などとまごまごしている間にカフカースに襟首掴まれて彼女の愛車、ワインレッドの上からクリアブルーでコーティングされた1934年型パッカード12クーぺの左座席に放り込まれ、膝の上を猫のように渡って運転席につく。アクセルペダルに足を置くと自動的に電源が入り、コンソールパネルの各メーターに光が灯る。AIは積んでないため遠隔操作は可能だが、自律走行出来ないのが残念無念なのだそうな。


「1706:さて、先ずは港湾管理事務所だねっ!あ、武器は後ろに積んであるから好きなの選んで。昨日オトヴァージュヌイから「オールガンズフリーでよきにはからえー」海尋ちゃん承認済みだから手当たり次第にпошли!пошли!пошли!go!go!go!と有難い連絡があったんで手当たり次第放り込んできたけどどっかカチ込む予定なん?)


(00:そんな予定はありませんよ。あくまでも「準備」「備え」ですよ。でもオトヴァージュヌイからの報告次第ではみんな総出でカチ込みですね)パッカード12クーぺの助手席で後部座席に積み込まれた銃火器の弾倉を抜いてボルトを開いて薬室が空であることを確認してから後部座席下のロッカー内にロックをかけて中で銃が暴れないよう固定してから自分のVZ65は背中で蝶文庫に結んだ帯の裏側に仕舞い込む。


(PPK-20(AK-74を切り詰めたAK74Uで9×18マカロフ弾を使えるようにした

物。)のFABディフェンスのストック付きかぁ、いいなぁ、これ使ってみてよ。7N21 弾頭の効果も見ておきたいんだ。)


そこそこ飛ばし気味に走っているので、悪路という事もあり車内が結構揺れているので会話が口頭ではなく思考通信になる。


(1706:え、マジマジ♪んっふふふん、うーでーがーぬぅうわるぅずぇいっ!相手は何?こないだのキッショイ虫人間?)


(00:いえいえ、海賊に偽装したボーレルのヤクザ騎士共ですよ。虫人間の方はきっちり対策取らないとマズイいからす少しおあずけ」


(それで20mmイスパノ?サーシャのフレーム(体)持たないんじゃない?かと言って、あたしらじゃ射撃時の強磁気で頭がジャムってレールガン使えないし)


(00:怖いなぁ。もう少し穏やかにやろうよ)


(1706:何言ってんのさ。一番おっかないのは海尋ちゃんなないかさ。MOABで超戦艦狙撃(爆撃)するとか、機雷で爆鎖編んで海域ごと耕して蹂躙戦持ち込むとか駆逐艦一隻でやることじゃないでしょ)


(00:チート野郎にかける慈悲は持ってません)


(1706:自分だってチートじゃないか。剣と甲冑相手にに短機関銃とか)


(00:あくまでも防衛です。それに僕が殴るより相手の被害は少ないよ)


などと物騒なお喋りしている間にテュルセルの旧区画、港湾管理事務所入り口の端を渡り、詰所の前で車を止めて身分証の提示をしようとドアを開いて車を降りると黄色のジャケットを着た年嵩の警備男性職員がすっ飛んで駆け寄って来た。


「おはよう御座いますスゥィズリ様!どうぞそのままお通り下さい!」


まるで車から下ろしたら厳罰喰らうような慌てぶりで車中に戻るよう身振りで促す。


「このような乗り物でいらっしゃるのはスゥィズリ様しかおられませんし、ここテュルセルの港湾管理事務所に限っては素通り頂いて結構です」


何処となく怯えた様子で早口に捲し立てる。もしかしたら昨日のペレスヴェートが囲まれかけた事を考えての事だろうか。


「あ、昨日の事でしたらどうぞお心遣いなく。怪我人も無かったのでしょう。むしろこちらが申し訳ない程で」軽く頭を下がると、

「あああ、おやめ下さい!おやめ下さい!」

と両手を振ってひどく慌てて制止して車の中に押し込む。


「乗り物は事務所正面右側に止めて下さい。職員を5人付けます」

「はーい、ではよろしく〜」そのままゆっくりとして居場所まで進み、意呈された場所に車を停めて港湾管理事務所の扉を潜り、挨拶交わして早々、今やすっかり極光商会担当と化したツィツェリアが涙目で駆け寄って来た。


「海尋ちゃぁ〜〜〜ん。モイチっつぁん何とかしてやっておくれよーーーーっ むぎゃ!」


未来から来た猫型ロボットに縋る黒縁眼鏡のようなセリフを吐きつつ海尋に飛び付いたところを同行のカフカースにうまく受け流され、くるりと後ろ向きに方向転換させられてしまう


「うえええ〜〜〜、侍女さん冷たいっすよぉ〜〜〜〜」

床にペタリと座り込むと


「朝からヒデェ事言ってんじゃねぇよ、髭なんざ邪魔んなったら剃りゃいいだろが」


左手を吊ったままのモイチが奥の部屋から出てくると、成程ツィツェリアが喚くわけだ。

「体が鈍る」と早々に海尋の拠点から養生を切り上げて港湾事務所の航海士執務室で寝泊まりしている。そのせいで髪はボサボサ、無精髭もザリザリ音を立てそうだ。服も白のスーツほどではないが、おろしたての船乗りが好んで着る麻の開襟シャツと大きめのゆったりした綿のズボン姿になっている。

「そんな、せっかくのイケメンがもったいねぇ〜〜〜。色男が台無しだよぉ〜〜」


カウンターの中で女性職員がうんうんと頷く。どうやら満場一致のご意見らしい。しかし、寸劇に付き合ってる暇はないのでツィツェリアに剃刀と石鹸、それと傷薬の軟膏を渡してグッと親指を立てて、トントントンと軽やかに階段を登りメイピックの所長室のドアをノックする。入室許可を得て所長室に入ると入って左側の壁一面にかけられたテュルセルを中心とした同盟加入商人と各ギルドの所在地を記した布地図に目を向ける。商人やギルドがそれぞれが一目で分かるように図案化されて各地に散らばっている。


「お仕事中すみませんメイピックさん。先日ご紹介頂いた窯業ようぎょう(陶器や煉瓦など窯で粘土を焼いて製造する職業)ギルドの瓦職人さんはどの辺りにいらっしゃるのでしょうか?技術的な問題が起こったようなので直接足を運びたいのですが」そう尋ねると


「んあ?ベルクールん所だったか。ここからだと南の湿地帯抜けてバロー山の麓まで一本道を南下すればバクホーデルって村に出るからそこで窯業ギルド支部長のベルクールって男を尋ねてくれ。職人の手配はそいつに一任してる。あー、海尋ちゃん達だけじゃ危ないかなぁ。田舎ってわけじゃぁないんだが、村民意識高くて排他的なんだよ。んんー誰か一人つけた方が良いかなぁ。・・・あ、モイチは駄目か。あいつ陸はからっきしだからなぁ。バクホーデルまでは馬車で二日半、歩きなら三日程度、だから野営の準備は怠るなよ。それと肉が弛んでブヨブヨの青白い肌したデブには気をつけろ。薬使って男の尻楽しむ変態って陳情がきてるんだ。一応聖職者なんで手が出せない」


「そろそろきちんとした取締組織作った方が良いんじゃないですか?」


「やっぱ聖職者って同性愛者多いんだねぇ。海尋ちゃんに手ぇ出すようなら殺していい?」


カフカースが口を挟むと


「殺人とか犯罪者ってんなら大歓迎だが、曲がりなりにも司祭様だ。証拠も査問もなしにブチ殺したら教会に攻め込まれちまう」結構真面目な声でメイピックが答えると


「んじゃ証拠押さえたら殺して良いんだね。結構目障りな相手っぽいね」


「カフカース、物騒な話は無し!釉薬の具合見にいくだけだから!」


「色々とありがとうございました。では行って参ります」

極光商会の二人連れが退出した執務室でメイピックはバツの悪そうな顔をして机に頭を伏せた。


「あ〜〜〜、やっぱりやり方がよくねぇよなぁ〜〜〜〜。いくらテュルセルのためったって相手はまだ子供だぞ。ワインサップの野郎、嫌な役押し付けやがって、

くそっ!」


実は今、バクホーデルでマルクトに収める税が横領されているのではないかといった疑惑が上がっており、マルクトの税収官も調べてはいるのだが、懐柔されたのか村ぐるみなのか、どうにも調査が進展していない。そこで個人戦力と頭の回転の速さに目をつけられた海尋達極光商会に白羽の矢が立ったのである。


「正面から調べてくれったって、新規の赤札商人じゃ軽く見られて相手にもされないだろうし、その分警戒されないってところに隙ができるんだろうけど、何にせよ胸糞悪い」


2階から1階へ階段を降りる間、海尋の顔を左横からチラチラ伺うカフカースに対して、左耳の耳たぶを左手親指と人差し指の第二関節で挟んで擦り合わせる仕草を見せる無線会話の合図だ。

(1706:どうしたの?ヤバい話?)


カフカースの方から話しかけて、同時に表に停めてある車の周囲を探り、安全を確認するとエンジンを回してすぐに出立出来るようにする。


(00:そう決まったわけじゃないけど「気づいてくれよ」ってやり方が胡散臭い。ギルドの表見たら窯業職人は複数いたんだ。なのに「色が出せない」って言い出したのは一人。親方や他の職人に聞く事もできるでしょう。なのに直訴だ。他に何か面倒事があるか、職人さんの個人的な問題か、どっちにせよマヌエルさんたちの協力仰ごう。)


(1706:マヌエル?あの白装束??ヴィータが仕込んでるけど役に立つのかなぁ?)


(00:僕はスパイの真似事なんて出来ないし、彼らならその手の教育受けてるっぽいから、お願いしてみよう)

(1706:海尋ちゃん。「お願い」じゃなくて「命令」だよ。素性も知らない雇われに「お願い」なんて言ったらナメられちゃうよ)


カウンターを通り過ぎざま、職員たちに軽く挨拶するとカウンターの女性職員たちから甘い溜息が漏れる。奥で椅子に縛り付けられた航海士が救いを求める目を向けていたが「ごめん

諦めて」と小さく頭を下げて表に出ると珍しい物を見物にきた人だかりを黄色いジャケットの警備職員がカフカースの車に近づけまいと立ちはだかっている。カフカースが小さくくるっと手の平を回すとバシュンと空気の抜ける音がして左右のドアが開く。「うおおっ!」とどよめきを上げて人だかりが数歩下がる。


「有り難う御座います・今日はこれでお暇いたします」


頭を下げてから車に乗り込むとカフカースがエンジンを回す。静かに、ゆっくりと車を出し一度拠点に戻る。ある程度距離が離れたあたりで

「無線会話なんてどうしたのさ?怪しい奴やこちらを伺ってる不審者もいなかったよ?」


「「壁に耳あり障子に目あり」って言うじゃない。ただの用心だよ。職員さんたちの耳にも入れたくはないから。」


「んっふっふ〜、慎重だよねぇ。ねぇねぇ、どう考えてんの?」


「漠然とだけど「何かある」としか言えないんだよね」


「思考と感情のエミュレーターに違いはあんまりないと思うんだけど、「思考」経験値の差かなぁ。それとも「対処方法」の多重演算結果の誤差?」

カフカースたち自動人形の思考ルーチンは人間が設定して作られた物だが、自身の思考ルーチンは、機械に移植される前の確認できる限りの行動パターンが基礎になっている。それも家族ではなく友人として半年くらいしか交友関係のない、サンプルとしてあまり参考に出来ない身内ではない他人からのデータだ。結局、思考のサンプリングは脳をMMORPGに繋いで「どう行動したか」で収集されたもので本人を完全に再現できた物ではない。

「僕だってみんなと変わらないはずなんだけど、「起こった事の事実」しか分からないし、

その時何をどう考えていたのかも分からない。あるとすれれば「恐怖」の残滓か。

拠点の地下二層、各種格納庫エリアにカフカースのパッカー12 クーペを停めてタイフーンの前に行くと以前侍女たちが使った鏡の仮面を付け、軽装甲のプロテクターを身につけたアルルカン四人が膝をついて控えていた。四人ともヴェレスクSR2短機関銃で武装している。


「あ、皆さん、ご苦労おかけしますがよろしくお願いします」「ははーっ!」


気合十分に応えると直立不動の姿勢に立ち上がる。カフカースがタイフーンの助手席側のドアを開いて海尋の乗車に備える。海尋が乗車するとタイフーンの後部昇降口へアルルカンたちが流れ込む。カフカースが運転席に座ったタイミングで無線通話でアルルカン達に指示を出す。すでにペレスヴェートから訓練されているので車内に入ると両側面の座席に座る。

すると車内中央にマルクト領の地図が映し出され、目的地のバクホーデルへの道のりと

窯業の工房やギルドの場所、要所要所にマーカーが付き。関連人物の名前、職業の文字情報が表示される。

(00:目的はバクホーデルの瓦職人ミハエル・バックシェル。この間ギルド経由で瓦発注する際、色付けの釉薬と色見本を渡したんだけど、バクホーデルの瓦職人のうち、彼だけが「見本通りの色が出ない」と言ってきたんだ。それなら正直にギルド経由でメイピック所長から

話が来ても良いのに、陳情書を別の書類に挟んで渡すなんて周りくどい事やってるから何かしらの手が回ってるんだと思う。そうなると、そこそこ手の広い組織だった連中が相手になると思う。僕らが出向いて調べるにも余所者嫌う風土らしいから僕らは不向きだし、現地の

風習なんかも分からない。だから完全に隠密行動の取れる皆さんの協力が必要なんです)

脳内に直接聞こえる声に戸惑いもせず一斉に椅子から滑り降りるようにタイフーンの硬い鉄の床に片膝と拳をついて


「御意!ご用命のままに、お館様!」タイフーンのキャビンから気合の入った声が響く。

「うわあっ!」驚いてタイフーンの椅子にから飛び出さんばかりに上半身だけ後ろを振り返る。


「どしたん?」ぜーはー、ぜーはー、と息を荒げる海尋にカフカースが尋ねると、


「「御意?」「お館様?」それにものすごい意気込みなんだけど、ああーびっくりしたぁ〜」

(собака01:どうかなされましたか、お館様?)


(00:勢いに押されてびっくりしましたよ。ってか、なんですかコールサインに

собакаサバーカ」なんて、「犬」なんて酷くないですか?)


(собака01:いえ、侍女頭のペレスヴェート殿がこのようにせよ、と)


あっちゃー、とばかりに両膝に額がくっつく位、上半身を前に倒し、両手で目の周りをほぐすように軽く擦りつける。

(やめ!やめ!「犬」は無し!それなら「狼」олк ヴォルクにしましょう。いくらTACネームだからってやりすぎだ。)通信表示設定を全部まとめて上位権限を使ってсобакаからолкに書き換える。


「ペレスヴェートめぇ〜〜、帰ったら小言の一つは言ってやんなきゃ。それと侍女頭?」


そんな順位付けした覚えはないんだけど、どゆ事?とカフカースを見ると、あからさまに顔を背けた。

「いや、その〜〜〜。決してヴィータとサーシャの二人でどっちが上かなんて事は争ってなんかないよ〜〜〜、ほんと、うん、ホント」


「その辺は帰ってからにしましょう」


(00:マヌエルさ・・・ヴォルク01、調べて欲しいのはバクホーデルで井戸端ってる奥様方の愚痴を逐一。要は盗み聞き。ギルド長と司祭、司教の悪口があったら噂話程度でいいから集めて下さい。)


(ヴォルク01:御意!しかし、宜しいのですか?我らまで同乗させて頂いてはご迷惑ではありませんか?)


(00:目的地は同じなんだから手前までは同行して頂きます。僕らは村の入り口で手続きしますから、皆さんはささっと忍び込んで散開、情報収集お願いします。僕らは10日近く瓦職人の所にいますから、その間、タイフーンは村の近くに置いときますから集合、休息所として使って下さい。報告は随時で構いません)


(ヴォルク03:おいマヌエル、いいのか、こんなヌルい命令で?)

(ヴォルク01:どこがヌルい?暗殺じゃないんだ「諜報」なんだ。村一つふるいにかけるおつもりだぞお館様は。すでに目星はついておられるようだ。我らが主人からの初仕事、見事ご期待に応えて見せようぞ!)

(ヴォルク02、03、04:応!)


 「・・・所で海尋ちゃん?私ら寝所はどうするの?テントとか持ってきてないよ」


「タイフーンの中が一番安全だからここでいいじゃない。あっても野盗とか自警団気取りの半グレ騎士程度だから殺して埋めちゃえば分からないよ」


「さらっと怖いこと言うねぇ」

 

拠点からテュルセルに向かってタイフーンを走らせ、港湾管理事務所入り口の橋を右手に見て、左側に続く荒れた街道を進む。右手にテュルセルの低い塀囲まれたに市街地と農地、街道を挟んだ左手の幅の広い河と湿地帯を見ると、驚いたことに稲作が行われているようで、青々とした稲穂が所々に湿原の浮島のようにまばらに稲穂に実を実らせていた。

日本の田んぼのように規則正しく並んでおらず、種をばらまいた所に育つに任せて生い茂っているようだ。います進んでいる街道も湿地と区画を分ける畦道のような道だったのかもしれない。窓を開けると変えに乗って緑と牧畜の匂いが漂ってくる。日本人としては米を見ては黙っていられない。いや、「米」なんて貴重品は皇族以外口に出来るような時制ではなく、国から支給されて余った腐りかけの「おにぎり」を時折「姉弟子」的立場の腰かけ見習いから投げ与えられるくらいだったので、お小遣いができたらちょっと買ってみようかと考える。

「稲作かぁ、日本人としては堪らん?」


とハンドルを握るカフカースから問いかけられる。腐って糸引いたの何度か食べさせられたことがあるくらいで、殆ど合成食だったからそれほど米に執着はないと伝えると


「そっかー。でもあれは多分牧畜の餌用だろうね。祖国(アレッサンドラを除く侍女達はロシアサーバー内の工廠出身のため「祖国=ロシアである)でも稲作やってたよ。種類が違うからデザイナー曰く日本米ほど美味しくないらしいけど、野菜としてサラダにしたりパイ生地作って焼いたり。うち(極光商会)でも扱えばいいじゃん。・・・おりょ、馬か、あれ?」図鑑で見た馬よりも膝から下の毛が生えた筋肉質で太い脚が湿地の泥濘を物ともせず、大きな体で、軽快に走る馬の姿が見えた。くつわはあっても手綱はない。代搔きしろかきに使う馬を放し飼いにでもしているのだろうか。テュルセルからの緩やかな登り勾配が終わる頃には

湿地を抜け、荒廃した荒れ野の向こうにバロー山と麓に続く豊かな森林が見えてきた。ごく僅かだが、登り勾配であることを傾斜センサーが捉えているのでこのあたり一体は裾野になっているのだろう。そろそ半分程度の距離を進んだが、先程の湿地を駆ける馬を見て、もしかして時間と距離尾の計算間違ったかな?と不安になった。メイピックから馬車で二日程とは聞いたが、そのの馬車を引く馬を、テュルセルでも見かける、どっしりとしてはいるが時代劇や西部劇で見かける馬と同じくらいの大きさだったので1日の移動距離を10〜15キロ程度で考えていたのだが、もしかしたら1日あたり20〜30キロ移動できるとしたら・・・と考えて乗ってる人間が持たないだろう思い直す。小石が当たり前転にがってる荒れた路だ。馬車の振動に耐えられる程尻の筋肉がムッキムキになっている訳でもあるまい。

宿場町も見受けられないので馬を取っ替え引っ替え突っ走る事も・・・と、うじゃうじゃ考えてそれならもっと道が荒れてるよなぁと女帝様用に改良したオトヴァージュヌイとタイフーンのサスペンションに感謝する。

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