第8話「くっころ」は女騎士のお家芸

少し戻って、海尋がヴラハの同盟事務所から港に走り出した時。呑気に敷地の草を食んで反芻している牛の角に着物の帯を外して巻きつけて目の前でひらひら動かすと、それまでの眠たそうな牛の目がギロリと見開き、呼吸も荒くなり始める。そこで遊ばせていた帯を事務所入り口の方へたなびかせると、「ブモォオオオオッ」と雄叫びを上げて帯の端を追いかけると、周りでのんびりしていた牛達がその後を追う。当然、追われれば逃げる。逃げれば帯は後ろにたなびき、後続の牛達がそれを追いかける。追う→逃げる→さらに追われる の図式が出来上がり、うまいこと事務所の入り口に入ったところで、港の船へと足を向けると、すでにアレッサンドラとモイチが乗ったSAAB社製 CB90Combat boat 愛称браконьерzポーチャーが直近に敵船3隻、港の入り口の方からもう3隻、船の前側に一本、その後ろ、やや中央にもう一本のマストと船の両舷に櫂を突き出した風力と人力による航行可能なガレー船がポーチャーを取り囲むように威嚇していた。腰紐だけで乱れた着物の合わせを閉じるとポーチャーの軌跡がこちらに左舷を向けて接岸するようなドリフトに近い機動をする。そこへ目掛けて跳躍の勢いをつけるため走り出し、石積みの堤防を思い切り踏み切ってポーチャーの後部甲板目掛けて幅跳びの要領で全身のバネを使い、大きく跳ぶ。防波堤下部に衛兵らしき連中もいるので、あまり岸に近づきすぎると乗り移られる可能性もあるので岸から少し遠ざけて横を向けている小型船までお大凡12メートル、丁度着地地点に後部甲板が来るように上手く速度を調整したので主がドスン!と音を立てて甲板に着地すると、その衝撃で船首が上を向く。着地と同時にスピードを出したため、水の抵抗でさらに船首が上を向き、着地した本人は慌てて船体中央まで這い寄って、船体中程、丁度操舵室の後ろ側に位置する銃架台の脚を掴む。上を向いた船首越しに前を見れば、直近の手漕ぎ式の木造艦が船首をこちらに向けて衝角突撃の姿勢入っていた。

(ーー海尋様!避けます!)

サーシャからの無声連絡にしっかりと銃架に掴まると同時に大きく左方向に舵を切った船体が甲板が海面に浸りそうになる程急に傾き、速度を上げて海面を切り裂いて進む。敵船を左回りに回避してやり過ごした敵船の方へ首を巡らせると、急いで逆漕ぎで制動をかけたものの、漕ぎ手と戦闘員が慌てふためいて次々と海に飛び込んで船から逃げ、漕ぎ手も舵取りもいなくなった船は防波堤兼船着場に激突し、船首が割れて砕けて木片を撒き散らかして防波堤に突き刺さったように船首が潰れて停止した。

その様と周囲を見まわし他の船からの襲撃がないことを確認して、後部甲板から船内に入ると、扉を潜ったタラップの左側に、ひっくり返って転がっているモイチを見つつ、ここは何も言わない方が良いのだろうと操舵席のサーシャに近寄り


「サーシャ、残り2隻の隙間を抜けて川に入って!結構派手にやったみたいだけど怪我はない?」


恐らくはヴラハの正規兵と見られる船が2隻ばかり、辺りに割れた木片巻き散らかしてひっくり返って浮かんでいたのでおちょくって港内引っ掻き回して衝突させた残骸だろう、相手が銃器を使用しない限り、こちらも可能な限り程度を合わせた戦法を取ると言った事を先日の癇煩虐殺以来皆で取り決めたのでポーチャーの武装は使ってないだろう。……と思う。ポーチャートとの電子回線を開いて記録を参照すれば良いのだろうが、サーシャの目の前でそんな事をしたら夜伽と称してどれだけ恥ずかしい目に合わされるかひたすら怖い。


「あら、海尋様、私の身を案じて下さるとは喜ばしい限りで、主人の愛をこの身に感じますわ。そこでひっくり返っている筋肉以外、私も船も損傷御座いませんのでご安心下さいな」

「あぁ、後ろで転がっている筋肉はお気になさりませんよう。それよりも、その辛抱たまらんけしからん格好は何事でしょうか?あるじの恥じらう姿を見ながら服を剥いでいくのも良いのですが乱れた姿もそそりますわ。視覚情報を皆にも送っておきましょうか」


「やめて」


ヴラハの港湾管理事務所出たところで牛をけしかけるために着物の帯を外して着付けの仮止めで使う腰帯だけで着物の合わせ目を止めていただけなので、港湾管理事務所のUの字テーブル内で暴れたり走ったり、防波堤から船に飛び移ったりしてかなり着物がはだけてあられも無い姿になっていた。

「読者サービスでも作者の稚拙な文章では海尋様の玉の肌すらその美しさを描写できないでしょうから私一人のご褒美とさせて頂くとして、今回着物では動きづらいかと存じますので僭越ながらこちらにお召し物を用意させていただいておりますのでお召替えを」

と船室と操舵席の間のロッカーの中にある古めかしい革の旅行鞄の中から、腰から膝丈あたりまで裾の広がった広口袖の青いドレス仕立てのような外套にコヨーテブラウンのスカートパンツと同色のノースリーブシャツを合わせ、頭には青のバイコルヌ(二角帽子)帽をのせた姿へとぱぱぱっとお着替えさせられてしまった。脱がせた着物を船室中央の箱に広げ畳んでいると、袖の中にえらく年季の入った革鞘に収められたナイフのようなが入っていた。


「あ、それモイチさんから借りたナイフだからこっちにちょうだい」


差し出された海尋の手に渡すと、そのまま腰のベルトに差し込んだ。


「良い手入れですね。革が海水と潮風に痛められる事もなく、手垢と脂で汚れてはいますが大切に使っているのが好ましいですね。わずかですが評価が上がりました」


「そりゃありがとうよ」


肩口を押さえてコキコキ回しながらモイチが海尋の後ろに立って声をかけてきた。


「お?なんだミヒロちゃん軍服に衣替えか?目のやり場に困らなくていい」

斜め後ろから覗き込み、軽口叩くと刺し貫くような冷たい視線がアレッサンドラから突き付けられる。


「覗き見とはいやらしい。今の一言で上がった分の二十倍は評価が下がりました」


「モイチさん男の胸なんて覗いてたんですか・・・えっち」「ぶふおぉっ!」


アレッサンドラが口に手を当てて操舵席の横に身を叩きつけるようにして吹き出した。


「おいおい、大丈夫か侍女のお姉ちゃん?鼻血まで盛大に吹き出してんぞ」


「ゔぃぇ、おひんゔぁいあく(いえ、ご心配なく)」


「大丈夫?サーシャ?ちょっと座って休んでて」


船室側壁の椅子に次女を腰掛けさせて、操舵席と船室の隙間にある棚の扉を開き透明な入れ物を2本取り出して侍女に渡し、もう一本をモイチに渡して、暫くは川を上流に向かって登るだけだからモイチさんも座って休んでて下さい。と侍女の畳んだ着物の中から一本の通信筒を取り出すと、


「実は先ほど騒ぎに乗じて色々拝借してきまして」


そう前置きした上で通信筒を開け、束ねて丸めた羊皮紙を取り出してモイチに渡す。


「何やらヴァルキアの機密活動の最中をテュルセルの材木商バンゴ・ブリザットが諜報行為を行ったため捕縛し、ヴァルキアで裁判にかけるとか書いてあるようですね、本人の取り調べ調書から罪状の箇条書きもでっち上げて完全に悪者に仕立て上げてますよ。職員のお姉さん方に確認したんですが、あの金髪オールバックのお姉さんが仕切ってたそうです。材木商を探しにきた者がいたら追い返せとか言って」


「そら、こっそり軍勢引き連れて木の密伐採やってましたなんて言えねぇよなぁ。それ以前にヴァルキアの侵略行為と捉えられても文句いえねぇぞ、こりゃぁ」


どうにも船内にキナ臭い雰囲気が漂い始めて空気が重くなる。


「でもなぁ、他所から秘密裏に木材伐採せにゃぁならんほどヴァルキアの森林地域は枯渇しちゃおらん筈だし、そんな話も気かねぇし、釈然とせんのが気にいらねぇなぁ」


この一件を考えているような素振りから一転して


「そういや、ミヒロちゃん、ありゃぁなんてぇ技だい?今朝方のアルルカン共を身動き一つ出来ない状態、元は人間とは思えないような状態にしちまうやつ」


となんともまぁ、呑気なんだか、話題逸らそうとしてるのか、この一等航海士はもうちょっと空気の読み方勉強してきた方がいいとアレッサンドラは口に出さずに内心に留めておいた。が、彼女の主はそんなことを微塵も考えず、さらっと


「あれは「コッポ」といまして、古武術「骨法」が元ではないかと思うのですが、見聞きされた方が異国の方だったので、ちょっと捩れて名前が広まったようですね」


そこで一息入れて、

「要は素手の格闘技です。アマノ・モリからシャ・アン・セイで再構築されてより人体の破壊に主眼を置いた形になり、僕みたいな背の低い非力な子供でも大人相手に戦うための洗練された殺人術です」


かなりボヤけた回答だが、殺人術って事ははっきり聞いちまった。


「おおう、こいつぁびくりだ。結構マジな技っぽいな、てっきり拷問特化かと思ったが、素手で戦場暴れ回るってもんかよ、想像以上におっかないねぇ、こりゃぁ」


「いえいえ、そこまで大それたものじゃぁありませんよ。単に僕は「剣が使えない」のでこれが一番体質に合ってるってだけです・・・え?空飛んで来た?」


「後方より飛翔体3、追い付かれます」とアレッサンドラが続き、操舵席左側の席に並ぶ光る映像が動く板に目を走らせる。


「飛んで来た?!まさか?空撃騎兵か!なんてモンまでブッ込んで来やがるんだあいつら!」


悪態つきながらモイチがキョロキョロと首を回して「後ろ」が見えるところを探すが、船室の両側に三つ並んだ細長い「覗き窓」があるだけで後ろなんて見えやしない。どうやっても真後ろなんて見えやしねぇ。両舷の窓から見える景色でおおよその位は分かるが、丁度ヴラハの旧市街に差し掛かった辺りで、背の高い建物がなく、川幅も広い。川に沿って古めかしい石と土で作られた民家がひしめき、少しづつ木の柱を主体に石壁土壁の真新しい建築物もちらほらと見える。


同時に荷物運搬を考慮した踏み固められた広い道の延長に架かる大きな石造りの橋が短い間隔で川に沿って立ち並ぶ。


橋台、橋脚はアーチ型の口を開け、川を行き来する船が潜れるだけの幅がある。が、しかし、それぞれ不均等にアーチが設けられているため、川を真っ直ぐ進んで通り抜けられるよう造られている訳もなく、橋と橋の間をアーチを潜って通り抜け蛇行して通川を上る事になる。そんな所で後方から上を取られての追跡劇となるのだから少々部が悪い。しかも相手は歴戦と名高いヴァルキアの空撃騎兵かもしれない。一体こいつらは後ろが見えない船内でどうやって後方からの接近に気づいたのだろうか。


「なぁなぁ、侍女の姉さん、いや、アレッサンドラさんよ、・・・」

話の途中で手の平を向けられ制され、

「中央に出します。ご確認くださいませ、それと回避行動に移りますので席にお座り下さい、ベルトの説明は省きますので、その辺にしっかりお捕まりください」


此方に顔も向けず言い終えるとほぼ同時に船室中央に後方の景色が浮かび上がる。


「間違いねぇ、ヴァルキアの空撃騎兵だ。口から「音の塊」吐いてぶつけてくるぞ、甲高い鳴き声あげたら正面から外れろ!焼かれちまう!」


「鳥・・・?じゃぁないですねぇ、トカゲでしょうか?」


「サーシャ、羽ばたいてないよ。滑空してくるから。えーと、・・・ムササビ?隼っぽいね、」


「お前らどこ見て会話してんだよ!なん正面向いたまま真後ろ見えてんだ!?」


モイチの言う事も全くその通りで、海尋もアレッサンドラも連携して船の操舵?をしながら後ろの状況をしっかり把握して川の様子を見ながら堆積する泥や礫を避けて川の中央から付かず離れず帆船とは比べ物にならない速さで上流目指してかっ飛んでいく。カリル川は流れが早く横幅は広いが、複数の橋脚や橋梁工事の際に川底に溜まってしまった泥や砂で底に起伏がある為、進路を誤れば船底を川底にぶつけてしまいかねない。


こんな水面を飛び跳ねるような速度で川底に船底をぶつけでもしたら、良くて転覆、悪けりゃ船が崩壊しかねない。が、この得体のしれない帆もない木の繋ぎ目一つない船が壊れるとは思えないし、外も水面も見えない現状、一応「わかってるんだろうけど」と断った上で川の両端に近づくな、中央も川底に溜まった泥やなんやかで浅いところに気をつけろ、あと後ろの追手は一体で軍の艦隊相手に出来るご覧の通りトカゲの化け物だが、俺っちも見るのは初めてだから噂話しか知らねぇっ!」


左右に振り回されて最後の方はほとんど絶叫混じりで椅子のベルトにしがみ付きながら吐き捨てたので、果たしてちゃんと伝わっているかどうか、船室中央に映し出された後の様子は、一体が蹄鉄状に膜を広げて高度を上げ。二体は連携して減速させまいと船尾を頭の先で突けるくらい水面スレスレを頭の突起で突けるくらいまで接近して、傾いた陽光に黒光りする地肌を反射させた鏃の代わりに丸い筒をつけた太い矢を、木製の架台に乗せたようなものを肩につけて構えている。


何か新しい武器だろうかと注視していると、突然、「バンッ!」と大きな音と共に船体全体に何かがぶつかる音がして船を横方向に突き飛ばすような衝撃が来た。もしベルトを握りしめ体を椅子に押し付けるようにしていなかったら中央のテーブルにしこたま体をぶつけていただろう。


正直、周りの状況が見えない船内は落ち着かない。「航海士」としては常に波や天候の状況を把握して操舵士や帆の撓み具合や上げ下げの指示を飛ばせるように常に走行中は甲板に立っていたい。戦いで有利な状況を作り出すなら尚更だ。つうか、あんなモン相手に出来るか、空飛んでるトカゲなんぞどうやって叩き落としゃいいんだ?逃げの一手しか取りようがねぇだろ。


逃げられればの話だが、なのになんでこの異国人たちは「ねぇ、,モイチさん、あの飛んでるのなんて名前ですか?」なんて聞いてこれるんだ?


「あぁ?ありゃコストゥルツィオーラってんだ。大型のヒレつきトビトカゲだ」


呆れ半分ヤケ半分で答えると、船の前方に回り込んだ空撃騎兵のコストゥルツィオーラが閉じた膜を広げて減速姿勢からこちらに向き直り、肩で構えたやじりのない太い矢の先をこちらに向けると横方向に金色の小さい筒をバラ撒いて火と煙を吐きやがった。操舵席のある船室前方から連続した「ガンッガンッガンッガンッ!と大きめの投石が当たるような音がして


「モイチさん、あれさっきの金髪の人じゃないですか?」


と長い金髪をなびかせて正面に回った空撃騎兵を指して言う。

「「船を止めろ!連行する!とか喚いてますけど僕たち何か悪い事しましたっけ?」

綺麗な少女の顔して随分と肝っ玉の座ったこった。


「海尋様、反撃はいかがしましょうか?」

侍女も侍女で涼しい顔して落ち着き払って主に対応聞きつつ

「せっかく塗装し直しましたのに!」

などと余裕かまして悪態ついてやがる。

海尋たち小型船の前に陣取った空撃騎兵は膜を広げて上昇、滑空降下を繰り返し、海尋たちの行手を遮る位置をとりながら側面と全面からの威嚇攻撃を繰り返す。


「サーシャ!RWS起動、40mmグレネード、近接信管、範囲任せる!川に叩き落とす!」


「御意。(殺さなくて)宜しいのですか?」


何度目かの威嚇射撃の後、効果なしと見たのか、空撃騎兵は蹄鉄型に両手の膜を広げ、スピードを落として後方へ下がってゆく。


「あのBAR(WWII時アメリカ陸軍の軽機関銃)の出所知りたくない?後ろの2体からも撃たれてるけど掠めもしないからどうでもいいや。ポーチャーに叩き込まれた分くらいはお返ししてもいいよね。いい具合に観客も集まってるけど、ブーイング飛んでるみたいだし」


川の両端、石積みの堤防に付近の住民が集まり出し、空中からの追いかけっこを観戦しながら野次を飛ばしている。

「落ちろーっ!」とか「くたばれヴァルキアーっ!」とか、罵声を浴びせているかのように拳を振り上げ、空撃兵狙って投石してるやつもいる、わざと減速と加速を繰り返してギリギリつかず離れずの位置とりで蛇行走行を繰り返し、橋脚と橋脚の間を潜り抜け、サイドバイサイド、テールトゥノーズの嫌がらせと煽り、中指を立てて挑発すると、金髪オールバックの行動に憤りが見えてきた。3連射ないしは単発での射撃だったのが連発での威嚇射撃と殆ど体当たりのような突進をかましてくるようになってこちらに全く攻撃が通用していない事が癪に障り橋脚にぶつけて自爆させてやろうかといった飛び方になっている。


斜め後ろから船の進路に割り込み急減速とか、まるでタチの悪い煽り運転のようだ、紙一重でギリギリかわしたようにみせかけて、後方から追い立てる他の2体の進路と交差するように舵をとる。川にかかる橋を三つばかり潜ったあたりでついに頭に登った血が噴火したのか3体同時に後方から幕を閉じて突っ込んできて、2体が両脇を固め、1体が足の爪を広げ後方から掴み掛かってくる。大方。そのまま押し込んで橋の橋脚にぶつけてやろうといった魂胆だろうか。


が、そうはさせじとスロットルを押し込み橋の橋脚目掛けて速度を上げて、と見せかけて、直前でエンジンカット。船首を水面にメリ込ませて急減速しながら操舵室上のRWSから進行方向に閃光弾を射出。目測が取れず爪で船体を掴もうとした後ろの1体を頭上でやり過ごし、そのまま閃光弾の後を追わせ、やり過ごした両脇の2体の後ろを抜けて橋脚の横を掠めるようにすり抜けると、ちょうど端を潜り抜けた辺りで後方から太陽でも産まれたかのような眩い光が一瞬広がる。陽が落ちて辺りも暗くなってきている所、目前でそんなもんかまされたら幻惑どころか人も蜥蜴も視野を奪われる。

効果覿面だろう。案の定、3体のうち中央の空撃騎兵、金髪オールバックの偉そうなお姉さんは目前の橋脚の回避に上昇が間に合わず膜を開いた状態でカエルの標本のような格好でびったぁ〜〜ん!とトカゲの腹から橋の側面にへばりつく形でぶつかって、そのまま重力に引き摺られて川にズリ落ちた、残り2体は膜を広げて横へ流れて橋脚を避けようとして避け切れず橋脚にぶつかり姿勢を崩して川へ突っ込んだのが1体、残り1体は上昇して避けようとはしたものの、橋の端(某国営放送のクソ寒いダジャレではない)にブチあたり、跳ね飛ばされて放物線を描いて橋を越えた向こうに墜落した。どれも速度出し過ぎによる回避行動不可ではあるのだろうが、原因作ったのは一発の閃光弾である。トカゲの乗り手は全員橋にぶつかる前に川に飛び込んでいるので怪我人はいない。ただ、偉そうな金髪オールバックは川に落ちた自分のトカゲにしがみついて「覚えてろ薄荷頭ー!」と大声で美金髪人が口にしちゃならんような怨嗟悪態をついている。一方、川岸、橋の上から観戦していたヴラハの住民達はヴァルキア兵への嘲笑と海尋達小型船への称賛で盛り上がっていた。

その様子をポーチャーの収音マイクから拾っていた海尋とアレッサンドラだが、


「あのまま岸に上がったら袋叩きにでも合いそうだね、ねぇ、モイチさんヴァルキアってここの人達と因縁でもあるんですか?」


「因縁っちゅーか、元々ヴラハの市民はヴァルキアから「追い出された」元ヴァルキア民だからなぁ。

ヴァルキアって国はそこそこ大きな島国で今の王家、公爵家以外の領民と元から住んでたそれ以外の住民が帝王政統一時に領地から何から奪われて「死ぬかここから出ていくかどちらか選べ」って事で戦火逃れてここに住み着いたんだ。そのせいでヴァルキアはヴラハを格下に見て自分とこの属国扱いなんだ。軍備じゃヴァルキアの方が遥かに優っているからな」


「碌でもない連中ですね。そりゃ反感買うわけだ。・・・・サーシャ、回頭して。命くらいは助けても文句言われないでしょ」


「宜しいので?いえ、承知いたしました。我が主人の御心のままに       

браконьер ポーチャー! 」


海尋は救命道具(浮き輪とロープ)アレッサンドラはタオルと毛布を用意し始めている。声をかけられて誰も操舵する事なく船が自分で主人達の会話を聞いていたかのように踵を返して追っ手の三人へと向かう。


お付きの二人は難なく引き上げられたのだが、金髪オールバックのエッらそうな姉さんがどうにも頑なで、「敵の手など借りられるか!」と橋脚に衝突してヘタバッったコストゥルツィオーラにしがみつき、かろうじて水面に浮いてはいるものの、初夏とは言えいつまでも浸かりっぱなしじゃ直に体力尽きて水底に沈んで魚の餌。すでに陽は沈み、夜の帳が降りて来る。そうなりゃ水温も下がるだろうし、溺死の前に低体温症でお陀仏かも知れない。


もっとも、こちらに来てから陽が沈む時間帯には現在構築中の拠点兼住居に引っ込んでしまうのでどれだけ気温差があるかは知らないが、人が浸かっていられる温度ではなかろう。取り敢えずロープと浮き輪投げて、限界ギリギリまで近寄って手を伸ばしてもBARの銃口向けて威嚇してくる。海尋としては攻撃の意思はない事と、負傷兵の救援は義務でも温情でもなく相手への敬意からの行動であるなどと伸ばしたこちらの手を掴んでくれとお願いするしかないのだが、相手の名前も分からんのでは「金髪のお姉さん」と呼称するしかなく、ついには相手が「いつまでも「金髪のお姉さん、金髪のお姉さんと呼ぶな馴れ馴れしい!近所の子供か!」とキレる。


「海尋様。私我慢に我慢を重ねましたがもう限界です。」

と断った上で「いい加減にして下さいな、拗ねて可愛く見えるのは属性被りまくったメインキャラの特権です。並びに我が主人への尊大な態度と不敬極まるその所業、加えて私どもは先を急ぎますのでさっさと船に上がりなさい金髪濡れ鼠」


自動人形標準装備の重力操作でもって手の平をクイッと上にあげてトカゲと濡れ鼠を水面から引き上げると、濡れ鼠だけを甲板に降ろす。すると、トカゲの姿がスッと煙のように消えてボーイスカウトの使う金属ホイッスル程度の大きさ首飾りに化けて金髪濡れ鼠のネックレスになった。


「・・・ポケモンってやつかな?」「いえ、由緒正しきカプセル怪獣では?」

二人揃って胸元のネックレスを注視していると


「なんだ、やらんぞ、」と吐き捨てて渡された毛布で顔を隠すように目深に被り纏うとズカズカと船室に入り壁の椅子にドカッと荒らしく腰を下ろした。

「あっ!おいよせ!それに触るな!」一緒に引き上げた得物(M1918BAR)を海尋が弄っていると慌てた様子で止めに入った。慣れた手つきで弾倉を外し残弾を確認して、銃床を下腹に当てて本体左のチャージハンドルを後方に引き薬室内の弾を排莢させると7、62×63mm、30−06スプリングフィールド弾が床に転がる。チャージハンドルから手を離すと本来ならスプリングに押されて元の位置に戻るのだが、ちょっと動きが悪い。


ストックの中でスプリングとスプリングガイドが擦れてギリギリ軋む音を立てる。チャージハンドルと機関部もザラついた感触で部品と部品の間に砂でも噛んでいるかのようだ。掴みやすいように後部を抉って丸みを持たせた長方形の塊から長短2本の棒が突き出て木製の持ち手が根本を覆っている。肩と頬に当てる部分以外後部には余計な部分を削ぎ落とした木製の台座がついた、


そのけったいな武器をゴトンと船室中央にある大きな箱の上に置くと、あれよあれよと分解して行った。中空の棒をくるくる回して外して覗き込み、


「お姉さん、使った後ちゃんと手入れしてないでしょう?あちこちに錆浮いてますよ。油も引いてないし火薬のカスで作動不良起こしかけてるし、銃身も鉛のカスがこびり付いてる。これじゃぁ狙っても当たらないでしょう?、あ、リアサイト起きないじゃん(笑)。よくこんなんで「狙え」ましたねー。貸与されたは良いけれど、碌な教練期間はなし、使い方だけで手ぇいっぱいですか」


「おとなしく聞いていれば好き放題言ってくれるじゃないか、異国の薄荷頭!それは我ら空撃騎兵にのみ許された神の武器だ!手入れなぞしなくても弾と祝福がある限り壊れる事などない!」


「ふうん、「軍隊」が神を気取りますか。おだて祭られ有頂天ってか。「祝福」の授与とやらで一旦回収して、手入れしてから再配布。かな?信仰のお代は戦争代行無償奉仕?目ぇ覚ましなよ、お姉さん」



「お姉さんお姉さんと馴れ馴れしく呼ぶなっ!ヴァルキア海軍空撃騎兵隊特務、筆頭リル・リーメイザースだっ!二度と「お姉さん」などと気安く呼ぶなっ!」


「ところで「お姉さん」宗教上食べられない食材ってあります?」


「なんだ、いきなり!イクシオスじゃあるまいし、そんなものはない」


「って事は、ヴラハはヴァルキアの手に堕ちたのではなく、駐留か、一時的に占拠された状態にあり、近日中に他の港湾都市、フリストス加盟都市に気づかれる事なく併呑してしまうって筋書きですか、

経済的搾取じゃすまない規模の嫌〜〜〜〜な企てが現在進行中っと・・・加えて、森林地帯で「何」を見つけたんですか?それともお探し中?」



船室と操舵席の間の棚から金属のパレットを4つ重ねて取り出すと下段の扉を開いて六つ重ねたまま中に入れて扉を閉める。それからテーブル代わりの大きな箱の上で作業していた空撃騎兵、リル・リーメイザース達の使っていたけったいな武器と工具?らしきものを脇に片付けながら色気まじりのゾッとするような殺気まじりの視線をリル・リーメイザースと名乗った女に投げる。


海尋がテーブル上で分解して手入れ?をしていた様子に気を取られて、迷いのない慣れた手つきと工程に見入って黙りこくっていたモイチがおいおいおいおい、なんでそこまでわかるんだよ?と鳩が豆鉄砲喰らった顔で海尋を見れば、かの筆頭様も口をあんぐり開けて目を丸くして冷や汗を滝のように流していた。なんだ、案外わかりやすいやっちゃな。切れ長の眼がまんまるおめめの白眼になってやがる。お供も二人点になった目で顔を見合わせてまずい事やっちまったみたいな顔になって、筆頭様は観念した様子で項垂れちまった。


操舵席から侍女が降りてきて「そのような事は私がいたしますから」と海尋に声をかけるが、「サーシャはドローンの映像解析お願い。僕より格段にはやい、何よりとても正確だから」

場所を変わろうとする侍女を制し、操舵席に視線を向け海尋に言われると


「ああ、なんと勿体ないお言葉!私感激のあまり卒倒しそうです。それはそうと、そこなドジッ娘女騎士。「くっコロ」はよ。と同僚が痺れを切らしております」


などと喜びの感動をほっぽり投げて空撃兵に冷たい視線を送り言い放つ。そんなに大事か女騎士の「くっコロ」


「誰がドジッ娘女騎士だ!「くっコロ」ってなんだ!?そもそも私は騎士などではない!」


「くっコロも知らないとは最近の女騎士はなってませんね。女騎士失格です。女騎士といえばくっコロ、くっコロと言えば女騎士なのはいかな世界のお約束で女騎士のお家芸でしょうに」


「だから女騎士ではないと言っている!」


侍女にいいように言われてムキになって声荒げ出した。どうにも捕虜って雰囲気じゃなくなってきたのだが、


「海尋様、ドローンからの映像入ります。モイチ様もご覧になりますか」


と話の流れをぶった斬り、空気読まない事務的な侍女の言葉で船室の空気が重く冷たくなった。


「その前に食事にしようよ。「僕ら」は平気だけど、これからちょっと動くことになるしさ」


「承知いたしました。では解析を進めておきます」「うん、お願い」

なんかこう、主従の会話じゃねぇんだよなぁ「命令」じゃなくて「お願い」だし。

なんて考えていると、ちょうど自分の前、テーブル代わりの銀色の大箱の上にこれまた銀色の

トレイが「どうぞ」と置かれる。同じように対面に座る空撃騎兵三人組の前にも同じトレイが置かれる。「どうぞ、熱いですから気をつけて、変なものは入ってませんからご安心を」とは言っても、敵から毒味もせず出された物に素直に口をつけるかどうかなんだが、初めて見る銀色の食器?これは金属か?四角い縁の内側は大小の四角く押し出したように区切られて表面は黄色の蓋のような物がぴったりと覆っている。向かい側のリルって筆頭さんも珍しいようで、横から下から覗き込んで

持ち上げたまま裏から叩いたり、眉間に皺寄せて観察している。


「あ、すみません、今ご説明いたしますので、ちょっと貸して下さい」


と、筆頭様が上から下から眺めているトレイを手に取って黄色い所を木の皮でも剥がすようにペリペリと剥がすと中から湯気の立つ食い物が現れる。「四隅のうち、一箇所ほんの少しめくれる所がありますので、そこからゆっくり捲って下さい。そのままやるとひっくり返してしまうかもしれませんのでこちらに置いてから捲って下さい。てっぺんにナイフとフォークが入ってますのでお好みでどうぞ。こちらのマナーとかは分かりませんのでお好きに召し上がって下さい」


リルとその他2名が膝の上で慎重にトレイの皮を捲っているモイチと自分のトレイを交互に見回している。それに気付いたモイチが


「なんだ、俺っちに毒味させようってか。それとも得体の知れない連中から出されたもんは食えねぇってか?毒殺なんてまだるっこしいマネはせんだろうよ。船の中が汚れちまう。こっちにゃあんたら殺す気は全くねぇよ。真っ当な敵ならきちんと相手を尊重して敬意を払う。海の男なら誰だってそうさ、そこのミヒロちゃんは女の子みたいに綺麗な顔しちゃいるが「海の男」の矜持はきちんと持ってる「海の男」で俺っちの友達ダチだ。・・・なんだどうしたその面?」

対面の三人が固まって飯そっちのけで、神妙って言うか、実は両親が王家縁の血筋でしたなんてことを聞かされたような、信じられない真実に直面したかのような顔で「すまんが、もう一回言ってくれ」と筆頭様が口を切った。まぁ分かる。自分の口から言っといてナンだが俺だって今だに信じられないんだ、重ねて言うが、


「あんたが「薄荷頭」って呼んでる綺麗な顔してんのは、「男」だ」


「うあああああああああああああああああああああああああああああああ・・・」


頭抱えて膝に頭がくっつきそうなくらい上体を曲げて悶絶する。

「おい貴様、モイチだったな、・・・それはマジか?」


「マジだ」


顔を伏せて睨み合うその間のく空気が不必要に、弾けば切れそうなほどに張り詰め、

「なぁ、おい。私はこれから何を信じて生きれば良いんだ?ありえねーだろう!ただでさえおとぎ話のサナリじゃないか!あれで男だと!価値観が根こそぎ狂いそうだ」

気持ちは分かるが、そこまで思い詰めるような事か?サナリって確か神より美しいとされるおとぎ話の種族だったよな。

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