第14話 揚陸艦ペレスヴェート参上
開業の登録と許可の申請と認可がその場で全部済んだので青札から赤札に白線2本の船主、商館持ちの商人に昇進出来た。札と言ってもトランプ一枚程度の大きさなので携帯性は悪くない。
「じゃぁ、ちょっと下いって船籍証明書作ってくるわ」
そう告げてワインサップは下の階へと降りて行った。
「プルシュカ・イグニスなんてまだあったんだなぁ。もう相当あちこち痛んでるんじゃねぇの?商船どころか航海だって出来るかどうかだろ。ボロッボロの幽霊船になってなきゃいいんだが」
モイチは女帝様に疑問を投げる。木造船の寿命などせいぜい持って20年から30年。全盛期の帝政ヴァルキアは100年以上前の話なので船体が維持されていても、木の風化や虫食いで実用に絶えなられないことは想像に硬くない。
「そういえばどこにやったかの?あれ。当時の者はもう残っとらんがどこぞに保管されとるんじゃろうか?沈んだ覚えはないしのう」
「やあやあ、お待たせお待たせ。船籍証明なんて久しぶりだから、おじさんキンチョーしちゃって」
丸めた羊皮紙を広げると船名が「ペレスヴェート:ヴィクトリア」と「プルシュカ・イグニス」と明記されたものと、船名が空白のものがあり、船名表記のない方は今回収中の船に使ってね。と付け加えて
「今後船が植えるようならその都度船名だけ申請してくれればいいからね。頑張って稼いでね」
「手回しのいい事じゃのう。時にワインサップ、プルシュカ・イグニスは今どこにあるか、お主知らんかえ?久々にあの美しい勇姿を見たくなったわ」
「え?ありませんよ、もう」
しれっと答えると女帝様の顔が引き攣り始めた。
「ないとはどういう事じゃ?沈んだとも朽ち果てたとも聞いとらんぞ!」
「モイチがマルクトの目盗むために帆を外しちゃったんでセフロバス外洋側に置きっぱなしになってますよ。書類上激戦の後に座礁とはなってますけど、デカすぎて使えん!捨ておけ!とおっしゃた
のでそのまま朽ちるに任せて野晒しですよ」
「なんと! マジで?」女帝様が目を黒丸にして問うと
「マジです」「多分それウチにある」しょうがねぇなぁ、またかよと言った顔つきでワインサップが答えた後ろにカフカースが続く。
「なんで?」そこにいる全員が揃って頭上に「?」を浮かべる。
「ねカフカース?ちょっと聞いてもいいかしら」ここまではやんわりとした口調だったのだが、
「あなた何やったの!明確に答えなさいっ!」
突然雷のように激しく額に青筋立てたヴィータが雷を落とす。
「いやー海尋ちゃんに言われて海賊の巣みたいなとこドローンで探ってたら倒壊直近のボロっちい船があったんで木材の足しになるかとこっそりギってきた」
と笑顔で答える。
「なかなかいいい感じで朽ちてたけど、自重に耐えられない程木材の痛みが激しいんで動かすのも大変だったよ。 ん?どしたん?事務方のおっちゃん?」
カフカースの弁明の横、ワインンサップとメイピックが頭を抱えて蹲っていた。完全に目が泳いでいて焦点があっていない。
「動かした?ギってきた?ナンデ?ドウヤッテ?」
「これはヤバイのう、思考がの限界突破して「お花綺麗」状態じゃえ」
「砂岩メンタル。おっちゃんたち脆すぎる」
「筋肉つけろー。筋肉は全てを解決する」
「これにて失礼致します」
最後にヴィータがスカートの端を摘んで挨拶をして
「ありがとうございました」
海尋が頭を下げて
ゾロゾロと一行は階下に降りると、一階受付窓口が騒然とする。そのざわめきに目もくれず
一行は出口から表に出ると、そのままバンゴの店へ向かった。ちょうどアマカスの事務所兼酒場の裏を通りかかった時、
「おうモイチ!別嬪さん引き連れて
店の前からアマカスが声をかけてきたのだが、その直後隣にいる女房のアドニアがケツを思い切り蹴り上げた。
「なんて失礼な事抜かすんだい!この宿六はっ!すいませんねぇ、ウチの旦那が失礼な事を」
と頭を下げて、「ほら、あんたも詫び入れんだよ!」とダンジョーの頭を鷲掴みにしてぐいぐい下に下げさせる。
「ははは、良い良い。このの顔ぶれで女衒と申すか、分からんでもないが面白い男よの。のうモイチ、彼の者は何と申す?」
「あー、俺っちの仕事仲間でダンジョー・アマカスってんでさぁ」
「はて、どっかで聞いた事のある名じゃのう。・・・ああ、そうか、自分の船に火ぃつけて王宮艦隊に突っ込ませた海賊の名じゃったわ。あれは実に痛快じゃったのう」
「よしてくだせぇよ。もう20年近くも前の話ですぜ」
「こちらの方々は奇想天外な戦法が好きですねぇ」
黄土色の服を着た女の向こうから薄緑色の髪のが見える。背の低さが災いし、護衛体制だった侍女の壁に隠れて姿が見えづらくなっていた海尋が声を出す。
「こやつらなかなか面白い戦法取りよるでな、海尋も気ぃつけぇや」
女帝様が孫に注意促す祖母のように海尋に語りかけると、
「あらやだ、海尋様ですって?きゃーっ、本当に綺麗!アンタちょっとどきなさい!」
ダンジョーの尻を蹴飛ばして脇に追いやり、なんだモイチじゃない、あ、なるほど
「バンゴの所かい?」
「おおよ。大事はねぇってこったが、後、こちらの別嬪さんが木材探してるんで相談にな」
と女帝様を指して言う。
海尋はというと、アレッサンドラたちがさささっと隠しすように囲まれており、そこに何を察したか、アドニア・アマカスは亭主の背中を押して
「じゃぁまたね、怪我治ったら飲みに来な」と酒場に戻って行った。
海沿いの船荷の積み下ろしでごった返す大通りの突き当たりを左に曲がると、砂浜から材木置場、材木置場が見えてきた。材木置場を通り過ざまカフカースが
「なぁなぁ海尋ちゃん、ちょっと材木見たいんだけど少し離れていいかな」
と聞いてきた。
簡素な鉄柵の隙間から覗いてみると、乾燥中の10メートル未満の丸太が縦に並べられ、それ以上、20メートル近い丸太は横に並べられていた。まだまだ角材にして
その殆どが木造帆船に用いられる「オーク材」
「おっちゃん!モイチのおっちゃん!うわー!大丈夫なのかい左手?おっちゃん一人じゃメシも作れないだろうに、かぁちゃんも心配してるよ。あ、父ちゃん助けてくれてありがとね。恩に切るよ」
そう言いながらバンゴの娘パルテニアが奥の机から駆け出してきた。
テュルセルでよく見かける事務職の定番。白のブラウスにワインレッドのパフスリーブジャケットとコルセットスカート。化粧っ気はなくとも素材がいいので簡素な服装でも十分映える。
「いやいや、大したこっちゃねぇよ。それよりバンゴの具合はどうだ?」
「あー親父?大したことないみたい。母ちゃんとイチャついてるよ。でさでさ、また武勇伝こさえたみたいじゃん。聞かせてよー。デカい化け物殴り飛ばした小さい影ってやっぱ海尋ちゃん?」
材木商人は出張土産話を面白おしく妻と娘に語ったようである。テュルセルの港湾管理事務所に一部始終報告するためだろうが、どう話を盛ったのか。
「いいよねー、怪我人と女庇って化け物に身ぃ一つで取っ組み合いとか、やっぱ頼れる男は違うよねー。」
モイチが亜麻色の髪の娘と井戸端ってる間、海尋は自分の前に片膝ついて畏まる3人の白装束に困惑していた。忠義とか忠誠とかその手のものが分かる年でもなし、全くの他人から支えるべき主君のように扱われては、如何にもこうにも対応の仕方がわからない。
必ずやお役に立ってみせますので、どうか家臣として仕えさせて欲しいとか言われても、こちと享年13歳の巫女(予定)だった出来損ないである。どうしたものかと困惑していると
「良いではないか、見たところかなりの手練れ、いっそ間者として召し抱えても損はあるまい。お主も少し「人の使い方」を覚えよ」と女帝様がクチを出す。
「面白がらないでください《おねえちゃん》」とジト目で返すと、しらばっくれて目を逸らし、
「おういモイチ若い娘ナンパしとらんと、はよう
と女帝様がしびれを切らす。
「すまんな、今度ゆっくり聞かせてやるよ」とパルテニアの脇を抜け
「おーい入るぞバンゴ!」と階段を登って行った。
「うっわーすっごい美人!お姉さんも父に御用ですか?」
女帝様に気さくに話しかけるパルテニアに対し、近衛3人はただ一瞥くれただけで警戒の様子は一切ない。
「ふむ、少々家を建て替えるでな、家財用の木材が欲しいのじゃよ」
「なんかけったいな話し方するお姉さんだなぁ」程度の疑問しかなく、
「今見本持ってきますからお気に入りのものがありましたらお申し付けください」
と店一階のカウンターへ戻ると机の引き出し位の木箱を持ってきて店の前、日当たりのいいところに簡素な作りの椅子とテーブルを持ち出し、木箱の中から蒲鉾板程度の木片をテーブルに並べる。
「どうぞおかけになってご覧ください。火に当てると木目や樹液の模様なども分かりますから」
と細かな説明はせず貴族の好む家具に使われる木材をいくつか並べた。
「のうカフカースよ、そなたはどれが良いと思う?」
海尋はS白装束と隣の商館との間、路地に消えてしまったので問いかける先は横から覗き込んでいたカフカースに矛先が向いた。が、カフカースのAIは女帝様をこの場では「どう呼ぶか」で自前データベースのフォルダを引っかき回していた。「姐さん」ヤクザもんちゃうわ!「おねぇちゃん」それは不敬だろ、一応相手は「極光商会」の依頼人でお忍びのヴァルキア女帝である。あれこれ探し回った結果。「御前様」に落ち着いた。これなら若くして相当な地位の人物に嫁いだ高貴な夫人として思わせる事も可能だろう。
「御前様、こちらのマホガニーなど如何でしょうか。オーク材やウォールナット(楢)も良いのですが、何より長い年月磨かれて得られる輝きと深い赤味は後世の者を魅了させる事でしょう」
「ふむ、そうかそうか、さすがその審美眼には恐れ入る。そ・れ・よ・り・もカフカちゃぁ〜〜んお姉さんお休みの時は「お姉さん」って呼んでって言ったねぇ〜〜〜」
邪悪な笑みを浮かべながらカフカースの頬を両手で挟んでもにゅもにゅうにうにとこねくりながら首が伸びるように持ち上げる
「あうあうあうあうあう」
こねくられるに任せて首が左右に振られながらつま先立ちになるカフカースに抵抗の兆しはないが左右のドリった髪の毛がふにゃふにゃ揺れているので満更でもないのだろうカフカースなりのモフりポイントなのかもしれない(ただし年上の女性に限る)。
「ふむ、ではご主人、このマホガニーを原木で300ほど頼む」
「は、はいいいいいいいいいいっっっっっ〜〜〜〜〜〜〜!!!!???」
在庫と調達ルートを確認していたパルテニアの、返事よりは「ほんまにええのん?」と確認の悲鳴に。
「いや、商館割り振っての小口注文でもええんじゃが、輸送と調達はほれ、ウチの海尋ちゃんが万事取り行ってくれるので心配はいらん」
「そうじゃないいいいいぃぃぃぃ!!!」
心の悲鳴をあげてパルテニアが肩を震わせて何かを訴えようとワタワタし始める。それもそのはず、マホガニーなんて高級木材、あっても在庫は五、六本、
今から発注、調達なんて伐採、運送で軽く5年はかかる。それもせいぜい10本20本運ぶのがやっとだ。ツテを頼って分業してもテュルセルの船団借り切っても2年縮められるかどうかもわからない。
このお姉さん、お貴族様だとしても考え方がぶっ飛びすぎだろ。この辺の事情をどう説明したら良いものか。下手に説明すれば機嫌損ねて商談そのものがパァになる。これだけの大口商談、逃したくはないが店の看板位と父親の名誉に傷をつけたくはない。親父の具合が良くなるまでは、と修行も兼ねて店を預かったとはいえ、初っ端から常軌と常識を逸した大口注文にメンタルを削られ時間の経過とともに精神が体から抜け溢れてゆく。
もはやパルテニアのキャパシティは決壊寸前であり、そこへモイチの
「おういヴァルキアの女帝様、、いいぞ、上がってきな!」
との声がしてそれがパルテニアの消える寸前の小さくなった精神の炎を吹き消した。
机にズゴン!と額を打ちつけて乾いた笑いを漏らすパルテニアの異常に気づいたのは番頭のリコ・オルケスだった。
「お嬢さんっ!お嬢さんっ!どうされました!?気を確かに持って!
」肩を掴んでガクガク揺らすも
「あ・・・あは、あはは、ウッソだろ、ヴァルキア女帝?様??
めっちゃ失礼ぶっこいて、あはははは、あは、あは、あははははは、終わった、あたしの人生」
ここで不幸だったのはパルテニアの母でありバンゴの妻、ミカエラ・ブリザットはヴァルキアの貴族ではないが良家の出であり、その両親は教育の重要性を認識していたので娘にかなり良い教育ほ施し、それを受けて娘にも特にヴァルキア帝国からの歴史を丁寧に教え込んだ。そのため、パルテニアがモイチの「ヴァルキア女帝」の言葉を聞いて目の前、どこぞの貴族の情夫か若奥様がヴァルキア女帝ハーメット・ネフ・カシスなのだと気づいた点であろう。その辺のお貴族様の小娘連中よりもよっぽどパルテニアの方が聡明なのだが、それが仇となった。
少し遅れて奇っ怪な白装束連中引き連れた海尋とアレッサンドラ、同じ衣装の金髪美人が現れると「これこれはスズリ様、(※「しずり」が訛って「スズリ」になっている)先日はお助けいただき誠に有難う御座いました。」と海尋の正面で例を述べた後腰を90度近く曲げ何度も頭を下げる。
主人のバンゴに御用でしたらすぐにお取次いたしますのでお待ち下さいませ」
「ああああ、いえいえ、いえいえいえ、結構です。すぐに済みますので、どうぞお仕事続けて下さい」
とワタワタと身振りも加えて慌てふためく海尋を見て奥ゆかしいとか遠慮がちで決して己の善行を鼻にかけない善良が服着て歩いているような高潔なお方なのだなとリコ・オルケスは感動していた。
「おういお前ら!、スズリさまがお見えだ、お前らもお礼を言わんか!」
作業中の雇人やら職人に声をかけるも。
「ああああ、やめて下さい、お礼なんてとんでもない、お願いですからやめて下さい」
リコの前でぴょんぴょん跳ねる海尋に
「リコ・オルケス殿でしたね、我が主人は非常に照れ性なので人様にお礼を言われたりすると恥ずかしさのあまり悶絶して
とアレッサンドラが助け舟を出すも「さぁしゃああああ」と涙目で縋り付く有様で、なんだこの可愛い生き物?白装束どもの心に「忠誠心」とは違う「萌え」と違う感情が芽生えたのであった。
「おうい海尋ちゃんよ!茶が冷めちまうから早く上がって来な」
「はーい、今すぐ」と階段を駆け上って逃げる海尋の姿を見ながらアレッサンドラがパルテニアの目の前で「パチン!」と指を鳴らすと催眠術から解けた被験者のように
「あれ?リコ、女帝様は?」「大将の所へ向かわれました」
「「翠玉の姫」も?」「はい」短い応答の後、
「ねぇリコ、マホガニーの原木300本なんて集められる?」「無理です」
「だよねー。まぁ、見積もりだけでも作っておくかぁ、添削お願いね」「承知しました」
計算機なんて便利なものはないので砂に木の棒で筆算して期間と金額を確認しながら木簡に炭の棒で書き記していく。
「ギルド経由の手配は却下だな、どうせ値段釣り上げられるのが関の山、確か一番近いところでマルクトの下ユセルのさらに下、そろそろ風向きが良くなる時期ってモイチのおっちゃんが言ってたから行って帰って二ヶ月、群生地探して伐採と運搬で最低三ヶ月、うええっ半年仕事じゃん」
「お嬢、伐採運搬、積み込みで五ヶ月位見た方が……」リコのアドバイスに
「あ、そうか、そうだよね。やっぱ1年もらおうかなー、それでも一日30本で100日でしょ、
木樵四人で運びに5人安全考えて10人体制!!??予算だけでお城が建つよ!」
「どう考えても無理でしょう。現地で乾燥、加工して商品にしてから海運の方がまだ効率がいいかもしれませんね」
「でも木工職人さん雇っても現地まで来てもらえるかどうか……」
「ギルドで在庫あるとこ探して交渉するしかないかー」と炭で汚れた手で顔を擦る。
「ふうむ、それはちと難しい注文したようじゃの、朕の正体にも気付くとは、親御さんは良い教育をされとる。上の覗き窓から見とったが。感心したぞえ。ならば、注文方法を変えてまずはパーラーキャビネット5、サイドボード7、リビングボード3執務用のデスク1で期間は三年、これならどうじゃ?あと、海尋ちゃんが「黒檀」とやらを探しにいくのでそれに便乗してマホガニーの木も一緒に探して貰えばもちっと楽になるじゃろ」
「は、はえええええっ????」
「その程度でパニクるとはまだまだだな。聖上様、通りを挟んだ向こうに当商会の職人が作りました家具を置いた店が御座います。よろしければそちらもご覧になってはいかがでしょうか?」
「おお、それは是非にも」
材木商人バンゴと女帝様が通り向こうの店に向かった後もパルテニアの頭は計算を続けていた。
職人の日当、船の手配費用、船乗りの賃金、計算して、運送費、全員の腹を賄える食料の金額、寝泊まりする仮設住居の金額、計算し続けて・・・
やがて、パルテニアの頭が火を吹いた。椅子の背もたれに寄りかかって耳と口から煙を吐くパルテニアの額に冷たい水に浸した手拭いがぺしょりと置かれ、
「お顔が炭で真っ黒ですよ」とアレッサンドラからお茶とお菓子を差し出される。
「ねぇねぇ、アレッサンドラのお姉さん。海尋ちゃん・・翠玉の姫様が「黒檀」探しにいくってどういう事?」
「私共「極光商会」でカシス様の居城マトリカ・ヴァンクスの建て直しをご依頼頂きまして、その際ウチのカフカースが家具の木材として「黒檀」を使いたいと曰いまして、黒檀などはこの辺りで見かけたこともないとバンゴ様がおっしゃいましたので、ならば探しに行こうとの海尋様の提案で探しにいく事になりました」
「極光商会!?」海尋ちゃんお店やるの?
「主に海運業となりますが、先ほど正式に登録いたしました。どうぞ宜しくお願いします」
「いきなり初仕事で女帝様の居城立て直しとかすごい大仕事じゃん!凄い凄い!」
「いえ、単に屋根ブチ抜いてダイナミック入城かましたのでその修復がてらのお仕事です」
少々機嫌でも悪いのか、言葉の端々に棘があるではないが、棘のようなチクチクした感触がある。あの白装束3人が気に触ることでもしたんだろうか。
アレッサンドラとパルテニアがおしゃべりしていると、その横からバンゴが顔を出し、
「パルテニア、すまんが家具用ホワイトオークの原木3本、売上伝票切ってくれ!お代は頂いてる」
「あいよー、」聞いて驚け、「極光商会」宛で金貨10枚で頼む。案内はリコにやらせてくれ」
*ちょい余談。現在日本の市場で杉の原木(杉や檜の原木、おおよそ直径30センチ弱長さ4メートルが大体一本あたり3000から4000円程度、本作換算のお値段で銀貨5枚程度。それから考えるとえらい高額でボッタクリじゃね?と思われるでしょうが、劇中での流通(運賃)、家具用として割れやヒビの無いよう、時間をかけて入念に乾燥させる手間等を考えると作中相場価格では安い方)。
木簡ではなく売買契約用の羊皮紙に注意深く文字を書き込み、これでいい?とバンゴに渡すと。
「うんうん、上出来上出来。本当は命助けて頂いた手前、お代は頂けねぇと言ったんだが、なんて言ったと思う?」
「海尋ちゃんが?タダは悪いから一本あたり金貨一枚、とか?」
「いやいや、木を一本切り出すのに雇った木樵や伐採出来るところまでの移動、宿泊、運送の手間、
感想と保存の手間や労力の分、それと女帝様の居城建て替えるのに材木が必要になるから職人の手配でご助力いただきたいので、その礼金と思ってどうかお納め下さい、だとよ。見かけ通りの歳から出る言葉じゃぁないよなあ。ホント、タダで良かったんだけど、職人さん達のお給金もあるでしょうからどうか納め下さいとまで言われちゃぁありがたく頂戴するしかないよなぁ」
ほとんど言い訳のように聞こえるが、バンゴ自身、命の恩人から金は受け取れないと言った商人カタギな人間なので、自分に対する言い訳だろう。ならば、ここはありがたく頂戴して別の時に御恩も兼ねてお返しすべきだろうと商人魂に刻むのであった。
白装束のアルルカン3人組は、侍女様と女帝様の口添えもあり、「極光商会」での預かりになり、アレッサンドラたち侍女同様、海尋直下として隠密となり動く事になったのだが、最初のお仕事は港湾管理事務所まで行って船一隻の入港届を出すことだった。というのも、当初購入した原木3本を装輪装甲車の上に乗せて拠点まで帰ろうとしたのだが、港湾管理事務所のある旧区画からバンゴの商館がある新区画まで道幅ギリギリのうえ、旧区画から新区画直通の門の幅が馬車一台分しかなくとても装輪装甲車を材木保管所兼製材所まで乗り入れられないので材木置場横の造船所まで
船で乗り入れる話になった。当然、一時的に旗艦扱いとなったペレスヴェートが材木の運搬など容易い事ですと必要以上に大張り切りで請け負ったのだが、造船所前の海は港ではなくテュルセル在留のフリストス同盟加入国の護衛艦が使う軍艦兼ボーレルの海軍学校の港になっているので、一旦港湾管理事務所に申請してそこから軍舎の事務所に入港許可を申請せにゃならんとモイチが進言したので、事をめんどくさがった
ペレスヴェートが「そこな新入り」と三歩下がったあたりで控える白装束に「お使い」を命じたのである。
「申請だの許可だのいちいち面倒です、砲門一つ向けてやれば大人しくなるでしょうに」
溜息つきながら遠隔操作で拠点のドックから自艦を動かす。
モイチ達一行がバンゴの召喚に向かって暫くして、テュルセル市長ワインサップと港湾管理事務所所長のメイピックは2階の所長執務室で二人して以前海尋達「極光商会」の連中が保冷機ごと持ち込んだ老舗菓子の「金鍔」を爽やかな風味の緑茶をお供に満喫していた。
「ほうほう、これが異国の甘味か、なぜもっと早く言わなかった。まさか食い扶持が減るとか考えてたんじゃないだろうな?」ワインサップが目を細くしメイピックを軽く睨むと
「あ、それは心配してません」
「こんな甘い菓子があるなんて他国に知れ渡ってみろ、必死こいて奪いにくるぞ」
「お貴族どもも黙っちゃおらんでしょうなぁ。まぁ職員とその家族にはもう知れ渡ってますけど」
「それは構わんよ。むしろじゃんじゃん配って回りたいくらいだ。砂糖や甘味はお貴族どもが独占しやがるからな、夜会の旅にブクブク超え太って行く様は笑えるぞ」
「それはあんたに任せるよ。俺はフリストスって商業圏の中に貴族無用、市民主体の生活を中心に据えたいんだ」
野心家二人が甘味つついてお茶呼ばれてる最中にいきなり窓の外からスルリと入り込む白装束。
「失礼、極光商会の使いの者に御座います。市長ワインサップ殿と所長メイピック殿に急ぎの用で参りました。極光商会の船を一隻、積荷収用のため一時軍港内に停泊させて頂きたいので手続きをお願いいたしたい」
・・・しばし沈黙の末
「またなんかやらかすのか、あいつら!」
「いやいや、材木商バンゴ殿の所から原木3本搬出するだけに御座います」
白装束がいやいや、と手の平を振って答える。
「なぁメイピック。連名でいいか?俺だけとばっちり食うのは怖い」
「そう言いつつその笑顔はなんだ、思い白い事になりそうだ、ぜ是非もない」
と白い羊皮紙に「一切逆らうな」とだけ書いて連名でサインして白装束に渡すと
「感謝する。では御免!」と窓から消え去った。
「あれ、「アルルカン」だよな」どっからあんな厄介なの引っ張ってきたんだか。
「他の何かに見えるほど耄碌しとらんよ。なぁ、これお土産に少し貰えないか?」
「好きなだけ持ってけ。できればボーレルとの諍いは起こして欲しくないんだが、やるなら完膚なきまで、相手の反抗心ごとぶち壊して欲しいもんだな」
メイピックの疑念は的中していた。
港湾都市テュルセルのあるマルクトの領主マルクト・レーベンマイスは独自に「王政」を敷く周辺国家と違い開拓初期にヴァルキア帝国が統治を丸投げしたため経済や治安、領地保護のためヴァルキア帝国のいち領地であるとしている。元は辺境の開拓し始めたばかりの弱小国家、センソーなんかやってらんねーというのが本音だろう。ゆえに他国、フリストス同各国からは格下の弱小として軽く見られている。
バンゴの材木置場兼製材所に隣接する軍港はマルクトの隣、海の無い国、ボーレル王国の海軍軍港であり、水兵の訓練学校でもある。そしてここの学長は軍人として大した戦歴もなく、見習い水兵程度の操船技しかないにも関わらず「帆船動こかせる」って事だけで校長やってる権威を傘に威張り散らすしか脳がない大手企業のエスカレーター式中間管理職の嫌らしい中年オヤジを体現していた。
低身長、短足ガニ股、腹はだらしなく弛み、禿げてはいないが額の上がった頭髪、女と見ればジロジロと睨め付けてはニチャァと笑う卑しい口元、仕事なんかどうでもいいから金とヤル事が頭の大半を占めているような、要はスケベ中年で人間のクズである。それがマルクト領下ボーレル海軍学校学長ボッキャオ・パビリウスだった。
テュルセル市長と港湾管理事務所所長からの正式な要請であるにも関わらず、「気付(賄賂)がない
からと極光商会の船の入港を拒んでいる。挙句、「魚くさい商船なぞ格式高い軍港に入れられるか!だの「責任者の挨拶もなしに失礼だろうが!」と銃と剣で脅されて埒が開かない状態なので、白装束のアルルカンはここで揉め事を起こしては御館様にご迷惑がかかると、目の前の小男から浴びせられる侮辱的な言葉に堪えていたところに長身の青い長衣を纏った緩やかな波を打つ金髪の女が学長室に「失礼」と入ってきた。
「何をモタモタしているかと思えば、要は責任者が顔を出せば済むことなのですか?」とボッキャオに声をかけると、背後の軍港とは名ばかりの訓練用の商船さがりの木造船(全長短めのスピードよりも安定性を重視したずんぐりした見た目の帆船。キャラック船でありフリストスの商船としてよく使われる)が数隻浮かぶ港というよりは岩場と砂浜丸出しの入江の方から
「ブオオオオオオオオオっ!」と荒地の谷間に反響する獰猛な牛の鳴き声が空気を震わせた。
慌てて背後の明かり取りから軍港を見ると製材所の真横あたりに巨大な船がその巨体を誇るように
波の揺れを物ともせず鎮座している。一応は軍人だからか、船首同様、甲板に設けられた一本の
筒が大砲である事を認識できた。
巨大な船と獰猛な牛の雄叫びに港が野次馬で溢れる。海軍学校の生徒も兵舎を飛び出し砂浜に集まって呆然と巨大な船を見上げる。すると船の方から聞き慣れた嫌らしい声が聞こえてくる
「貴様、我がボーレルに大砲を向けるとは無礼であろうが!」口から唾を飛ばして激昂する様子が
目に見えるようだ。砂浜に集まった学生には拳を振り上げガニ股の足で地団駄を踏無学長の姿が目に浮かぶ。続いて
「無礼なのは其方でしょう。マルクトに間借りしている分際で、市長からの正式な要請にも関わらず賄賂寄越せば入港を許してやるとは身の上を弁えなさい」包容力のある妙齢淑女の諌める声が流れてくる。
「貴っ様ぁ!このボーれる海軍学校学長ボッキャオ・パビリウス様を苦労するか!」
「単に馬鹿を馬鹿と罵っただけで苦労した覚えは御座いません」
「もう許さんっ!ボーレルの軍人を怒らせれとどうなるか、その体に思い知らせてやるっ!」
バタバタともつれあう音がしたかと思えば
「サーシャ、私の右肩横80センチ」と同時に船の舳先から火薬の爆発音のような激しい音。
石が砕けて木が割れる音に混じってボッキャオの叫び声。
「次。右腰上10、俯角ちょい上げ」また舳先から爆発音と多分室内?が破壊される音の後に
「やめてくれえっ!」とみっともなく哀願するボキャオの情けない声。
「ならばさっさと承認印を押しなさいみっともなく逃げ回るしか脳のないダニ!」
罵声と一緒に「ぼぐぅっ」と肉の塊を殴り受けたような音がすると
「ひいいいいっ!、はいいっ!ただいまっ!ひいっ蹴らないで、蹴らないでぇ!ごめんなさい、ごめんなさい」とボッキャオの情けない声に港の野次馬も砂浜の学生も腹を抱えて大笑いしている。
が、同室の端っこにいるアルルカン、マヌエルは恐怖と驚愕で壁に張り付いていた。
ペレスヴェートに掴み掛かった小男が首を掴まれて持ち上げられ、壁際に押しつけらると、ペレスヴェートの背後、港の方から石壁と木板の壁を破壊してパレスヴェーとの横を抜け、壁に押し付けられたボッキャオの顔の左真横に大穴が開き木片が飛び散る。小さな「礫」だとは思うが、速度が早くて「礫」としかわからない。続けて股間の真下にもう一つ。「やめてくれえっ!」の後に股間から小便が滲み出て滲みが広がる。ボッキャオも双dが、自分の真横を通り抜ける凄まじい速さの礫に
眉ひとつ動かさず、表情ひとつ変わらないこの女が怖くてしょうがない。
「ふん、情けない。たかが対物ライフル二発で失禁して喚き散らすとは、ボーレルの男とは実に情けない、癇煩と変わりませんね」
この一言がマズかった。砂浜にいた学生たちの頭に血が上るも、ボーレル人の名誉を侮辱したのは軍舎に舳先を向ける船ではなく、軍人として恥ずかしい行為をしでかしたボッキャオで、あまつさえこいつは女性にたいして侮辱的な言葉も吐いている。船から聞こえるボッキャオの声は港に集まったテュルセル市民の耳にも届いたであろう。明日からどんな顔して街を歩けばいいのか。血気盛んな学生とはいえ、軍人たるもの知性を持たねばならぬと教鞭をとる指導教官の教え通りにボッキャオは後から吊るせば良い、今は軍舎の正面玄関から出てきた青い服の金髪女性の歩く道の両脇に立ち生徒一同直立の姿勢から頭を下げて見送ることで謝罪の意を示した。その中から一人の学生がヴィータに歩み寄り
「私はボーレル海軍学校の生徒で首席を務めるエベル・ヴィエレと申します。この度は当学長が大変無礼を〜云々〜」
意に介さず顔も向けずスタスタと歩くヴィータの目にその青年の姿は映らず、その声は耳に届いていない。彼女が見るのはただ一つ。自分の歩く先で待つ薄荷色の髪の少女に見える振袖姿の少年。正直、女に飢えた田舎の小僧に纏わりつかれるのは気分が悪い。前を向くと隣の小僧が視界には放ってくるので下の砂浜を見ながら主人の方へと歩みを進めると、主人の方から突っ込んできた。
「お帰りヴィータ。変な事されなかった?」胸の双丘の真下に額をつけるように腰に手を回して主人が抱きついてくる。これはとんでもないご褒美だ。荒くなりそうな息をグッと堪えて、好機とばかりに小さな肩と背中を抱きしめる。
「只今戻りました海尋様。会話の成立しない知性の低いマスかき猿相手によく我慢したとマヌエルを褒めるべきでしょう」
簡単な「お使い」に何をてこずっているのかと痺れを切らして学長室に乱入したのはヴィータなのだが、ボッキャオとマヌエルのやり取りを間近で耳にしてダメダこりゃと実力行使に出たのである。舳先からASVK-KORD12.7ミリ対物ライフルを担いだアレッサンドラが飛び降りてきた。いつまで抱きしめとんじゃ、はよ離さんかいとの威嚇のつもりだろうか。
「ご苦労様アレッサンドラ。見事な射撃でした」
「二発で良かったの?」方に担い大口径対物ライフルを正面で抱えると先ほどから周りをチョロチョロしているエベルに目障りだからどっか行けと冷たい視線を投げつける。
「貴方、もう謝罪はいいから学長のシモの始末でもしてらっしゃい」とエベルを追い払う。
「ええ、失禁と脱糞で三発目は不要と判断しました。泡吹いて失神したわ、あの出歯亀好色スケベオヤジ」
「今から脳天撃ち抜いた方が良くない?」
「まずはキンタマ使い物にならなくなるまで蹴り上げて惨めに転げ回る所をヒールの先で睾丸踏み潰してからにして頂戴。私は靴底で触るのも嫌だけど」
舳先の真下でそんな事絵をやっている間に揚陸艦ペレスヴェートの船首が真ん中から左右に開き、なかからスロープが降りてくる。
スロープの上にカフカーシスがキャッチャーミットを持って構えると材木置場から直径60センチ、長さ20メートルほどの原木がブン投げられてきた。
「おーし、バッチこーい」とほぼ水平にカッ飛んでくる原木をキャッチャーミットで受けてそのまま三塁方向へ送球するようにペレスヴェートの格納庫の奥で待ち構えるスコールイに投げ渡す。
スコールイはスコールイで魔法少女のノリで杖を使って「しゃらんら〜」と投げ渡された原木を傷つけないよう緩やかに杖でさし示した場所に寝かせる。同じ要領でもう2本、3本全て積み終わる頃には材木置場や軍舎周りの野次馬は「あいつら人間じゃねぇ」って顔つきで呆けていた。
海尋&侍女様’Sがスロープを登って船内に消えると、左右に開いた船首ハッチが閉じて船が後ろに下がり始める。どいつもこいつも「はあああ〜〜〜」とため息漏らしてその場にへたり込んだ。
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