第41話 ボム

「ここのバスボム一回に一個かな? ねぇ、普段バスボムって使う?」

 会場で配布されていたバスボムの余りをメーカーさんがぜひ使ってくださいと言ってくれたので、バスボム大好きなマナちゃんが遠慮なく大量に頂いて来た。

「ソルト派かなー、ママがバスタブに色が残りそうって嫌がるから」

「え! 今から大量に投入するつもりでいたんだけど、大丈夫?」

「大丈夫! お湯を抜いた後すぐにシャワーでバスタブを流せば残ることなんてないから…だってシャワーで流しても色が残るなら、肌も染まっちゃうでしょ? お風呂出たら肌が真っ青って衝撃的だよ」

「確かに、面白いと言えば面白いけど困るよねー、派手な青だもんなーまぁ、そこが可愛いんだけどね」


 ステージ用のメイクやヘアセット剤が付いた状態だとリラックスして話せないという事で、女子会の前にお風呂に入る事にした。

 ラメの類なんかは概ねマコさんが会場で落としてくれたけれど、いつもよりしっかり作り込まれたメイクと髪型は洗わなくては落としきれないという判断になり家に着くなり早々にお風呂の準備をしている。


 今日は両親揃って私のステージを見に来てくれたけれど、会場ではもちろん未だに会っていないだけでなく、今年のお正月は旅行に行かなかったからと私のステージを観たその足で両親は箱根へ行った。


 お風呂が沸いたという音楽とアナウンスが聞こえた。

「マナちゃん、お風呂沸いたから先にどうぞ」

「えー一緒に入らないのー?」

「入らないよー」

「つまんないよーせっかくのお泊まり会なのに黙ってお風呂入るのー」

(家庭用の普通サイズのバスタブに一緒に入ろうという感覚が分からない…)

「それじゃぁ、バスタブ入ったらメッセージしてくれる? ドア越しに話そ」

「うーん…OK!」

 マナちゃんがいそいそとお風呂へ入って行く。


 きっと、いざお風呂に入ったらメッセージで私を呼ぶことなんて忘れてしまうだろうと思っていたら、しっかりと『湯船入ったー』と連絡が来た。


 脱衣所の椅子に座って扉に背を向けて声を掛けた。

「マナちゃん、何をわざわざお風呂に入りながら話たいの?」

「本当に来てくれた!」

「提案したのは私だから…それで、お風呂でしたい話って何?」

 少しの沈黙の間にシャワーの水滴が落ちる音が響いた

「今日観客エリアに居た時の事と前にテーマパーク行った時の事…」

(マナちゃんはどんな表情で今話しているのだろう…)

「…うん。マナちゃんのペースで話して」

 この話を聞く為の準備期間は十分にあった。

 けれど、あまりにも唐突で動揺している。


「何から話そうかな…ねぇ、ゆーにゃちゃん…知ってるよね? マナの病気…」

 リョウさんからは知らないフリをしろと言われているけれど、今ここで嘘をつくのは違うと思った。

「…うん。知ってる…ごめんね、知らないフリをしてて」

「ううん。それは、ゆーにゃちゃんだから全然良くて…解離性同一性障害なんて言われたらどうして良いか分からないと思うし…」

「…実は、どう接して良いか一瞬迷ったんだけど、私の知ってるマナちゃんがマナちゃんである事は変わらないし…でも、マナちゃんと同じ体を使っている別の人が現れたらどうしようかな…とは思ったかな…正直に言うと…あと…」

「あと?」

「私のファッションメンヘラ、凄く嫌な思いをさせちゃってるだろうな…って」

「そっかぁ…やっぱり、メンヘラを公言してる人は症状への理解が早いのね! 調べてくれたの? あ、ゆーにゃちゃんが一番知りたいのはメンヘラをキャラにしてる事をどう思っているかだよね? 別に嫌とか思った事ないから安心して!」

(嫌とか思った事ないというマナちゃんの言葉に隠しようがない程大きな安心を感じている)

「解離性同一障害は…ゆーにゃのキャラを固める為に、どうしたらよりメンヘラらしくなれるか調べてる時に偶然精神科医の先生が配信してる動画で観た事があって知ってたの…」

 浴室から「なるほどねーそんな解説動画とかもあるんだなー」と小さな独り言が聞こえた。

「それなら話が早いね! 今日ね、ステージの後袖に入った瞬間から颯とみんなが揃った控え室に戻る直前までの記憶が無いの…多分、誰かに入れ替わっちゃてて…それがスマホの操作が出来ない子だったんだと思う。テーマパークの日もベンチでゆーにゃちゃん待ってたところから病院のベッドで目が覚めるまで記憶が無いからその時も入れ替わってたんだと思う。マナ、いつも急に入れ替わっちゃて…だから、テーマパークで私のお腹を刺したのが誰なのかわからないんだよね…」


 想定していた何百倍も明るい声で語られた真実をどんなテンションで受け止めれば良いのか一瞬戸惑ってしまったけれど、真剣に受け止めたいと思う気持ちから自然とマナちゃんにかける言葉が出ていった。

「マナちゃんがどんな気持ちで今まで過ごしてきたかは、私ではとてもじゃないけど想像出来ない…でも、辛い時とかモヤモヤしてやるせない時、私でも話を聞くだけなら出来るから…いつでも、話して欲しいな」

 今の言葉は良い子ぶったりしている言葉ではなく、私の本心だ。

 直ぐに「ありがとう」と言われると勝手に思っていた私の予想を大きく裏切る一言に一瞬耳を疑ったけれど、確かにマナちゃんは「ゆーにゃちゃん、なんか…心理士みたいな事言うね」とそう言った。


 浴室から微かに笑いを堪えているのがしばらく聞こえている。


「今、すっごく真面目に話してたのにー」

「ごめんー、でも、なんか、それっぽ過ぎて…」

 湯船のお湯がチャプチャプ言っている…肩を震わせて笑うのを抑え込んでいるのが想像出来る。


「もー、のぼせない様に適当なところでお風呂出てね」

 リビングに戻ろうと椅子を立ち上がろうとすると

「ありがとう…ゆーにゃちゃん、聞いてくれて本当にありがとう…」

 しおらしくされたらされたで気恥ずかしくて、わざと嫌味っぽく「どういたしまして」と言って椅子から立った。


 しばらくするとお風呂から上がったマナちゃんが「さっきは重い話だったのにありがとう」と改めて言ってきたので「いつでも話は聞くけど、今日の女子会はその話じゃ無い話で盛り上がりたいかな」と私が言うと

「それじゃぁ、マナの病気を勝手に話たリョウさんの秘密を一つ話しちゃおっかな! ゆーにゃちゃんのパパとママ不在だからNGなしで話せるし」

 と、とっておき感を出してきた。

「え!? なんでリョウさんの秘密をマナちゃんが知ってるの?」

 いつものニヤリ顔をしっかりと決めたマナちゃんは

「リョウさんと颯って昔付き合ってたんだよ? 知ってた?」

 と、さらりと言ってみせた。

「えー!! 嘘でしょ? 何それ、知らない…って言うかキューピッド作戦の時にそれ知ってたの!?」

 もったいつける素振りをしながらマナちゃんは得意げに

「続きはゆーにゃちゃんがお風呂出たらね」

 と、ゴシップ爆弾を女子会に投下した。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る