第6話 チーク
「ゆーにゃちゃん、はじめまして〜エリリンで〜す。今回、コラボOKしてくれて〜ほんっと〜にありがと〜」
目の前にいるのは150万人登録者のいる有名配信者のエリリンさんだ。
動画と変わらずおっとりとした独特のイントネーションで和かにコミドリさんと私を出迎えてくれた。
私が一所懸命に装った、ゆーにゃというキャラクターは、ほんの数日の間に完全に趣味の領域を出た配信者になっていた。
「それで〜ゆーにゃちゃんとコミドリとのコラボ内容なんだけどね〜」
エリリンさんから企画書を受け取る。
コミドリさんの時にも驚いたが、それ以上にとても細かく書かれた企画書で、有名配信者というのはかなり準備に準備を重ねた上で成立している事を思い知った。
エリリンさんが話す横で企画内容を一緒に聞いているのが、リョウさんというエリリンさんの右腕だ。
リョウさんは撮影はもちろん、編集、企画とエリリンさんの動画の全てをみているらしい。
さっき頂いた名刺にはプロデューサーという役職の他に副社長も記載されていた。
「今回の企画でエリリンを社会派な発信も出来るインフルエンサーという印象付けをしっかり行いたいので、お二人も動画内で使用する言葉にも注意して頂きたいです」
企画書の次のページを見るよう促しながらリョウさんが続ける。
「今回の動画では、周囲の期待に応えたい気持ちと本来のありたい自分と求められている姿とのギャップに悩んでいる人の気持ちに寄り添う事と、本人の気持ちを完全に無視して無責任なキャラ付けや発言を自分はしていないだろうか…と自分を振り返るきっかけの二つを提供出来る内容にしたいと思っています」
私はちらりとコミドリさんの表情を伺った。
すると、それに気がついたコミドリさんはリョウさんの言ったことを私の為に要約し始めてくれた。
「OK! コミドリがメンヘラ美少女配信者ゆーにゃを追い込んだ件でトレンドワードになった #自分のためのメイク について渦中の2人と人気女性配信者の3人で話す中で、今リョウさんが言ってた内容を包括すれば良いのよね? これ、かなりの再生数になるよね! 絶対!」
鼻息荒く再生数を期待するコミドリさんに「自分が悪者の様にSNSや動画のコメント欄で言われている事、気にならないんですか?」と聞きたい気持ちでいると
「ゆーにゃちゃん、もしかして〜コミドリがネットで叩かれてるの気にしてるのかな〜?」
エリリンさんが私を真っ直ぐ見て尋ねた。
そして、コミドリさんが笑いながら
「号泣のライブ配信直後にもお礼を言った通り、私は今回の件、ゆーにゃちゃんに本っ当に感謝してる! 正直私のチャンネルここ半年以上、登録者数だけじゃなくて再生数も伸び悩みだったから…炎上したおかげで沢山観てもらえたし、登録者も増えた。この仕事で食べてる私には再生数と登録者数が命だから…こんなに注目されたのは本当にありがたい! しかも、超敏腕プロデューサーのリョウさんの企画で火消しするっていう最高の展開だからね!」
と言って、私だけでなく、エリリンさんとリョウさんにも視線を送った。
「コミドリ、やっぱ強いよね〜過去一番の炎上にこのリアクションだも〜ん」
「まぁ、配信者として活動する以上、炎上も自分への注目度が上がったと捉えて、いかにプラスになる様対処するかが大切ですからね。エリリンのブランディングはもちろんだけれど、今後のお二人の活動の幅が広がる様にしっかりキャラを立てて編集するんで、そこは信頼して任せてください」
リョウさんが話すと今、自分が仕事をしているという実感が湧いた。
「それで、ゆーにゃちゃん、私との炎上をバネにして登録者100万人を目指す覚悟は出来たかな?」
「はい! まだまだですが、ここから100万人目指します!」
「頼もしいね! でも、ここからは茨の道だし本当に伸び悩むから仲間を作った方が良いと思うよ。企画もそうだけど今は自分で編集した動画だよね? ショートは勢いが大事だから編集する時間があるうちはそれで良いけど、ショートではない動画は編集とか外に依頼する事考えた方が良いと思うよ」
「リョウちゃんが編集してあげたら〜? そ〜したら私もゆーにゃちゃんともっといっぱいコラボしやすいし〜」
「確かに! ゆーにゃちゃんが良ければ私が編集や企画担当するよ!」
エリリンさんに促されたリョウさんが前のめりに答えてくれた。
「最近、10代の配信者の女の子にカメラや編集を善意で手伝うふりして下心を持って近づいてくる輩がいたりするからね…今私がエリリンンの他に担当している配信者の中にも嫌な思いをしたっていう子が実際にいるから…外注を検討する時は遠慮せずに相談してね!」
リョウさんの話を聞いて、時々DMで『良い企画なので、もっと編集を工夫したら更に良い動画になると思います。良かったらお手伝いしましょうか?』なんて連絡が来ていたのは、もしかしたら悪い人だったかもしれない…と思ったら少しがっかりしたけれど、無視してきて良かったと思った。
企画の話に戻ってと言っているかの様に、咳払いをしてリョウさんがエリリンさんに視線を送る。
「いっけな〜い。ついついお喋りが盛り上がっちゃった〜」
エリリンさんはリョウさんの視線を感じて話を戻した。
打ち合わせが終わり、お昼にエリリンさんがデリバリーを頼んでくれたグルメバーガーを食べて、全員が撮影に向けてヘアメイクをし始める。
(あの動画以来、久しぶりの地雷メイク…)
手際良く、ゆーにゃになっていく。
ゆーにゃの顔になるまで、様々な配信者の地雷メイク動画を参考にした。
地雷メイクを初めてした時に「すっぴんの方が可愛い」と思わず鏡の中の自分に言ってしまう程酷い仕上がりだったけれど、今は見事に可愛い地雷メイクが完成した。
今日も可愛いゆーにゃが完成しようとしている。
私のこだわりというか、これは母に初めてメイクを教えてもらった時に言われて以来習慣化している手順が一つある。
チークをメイクの序盤に薄くのせ、最後にもう一度のせるという手順だ。
ママが言うには「チークをのせた瞬間、幸せな顔になるから必要以上にメイクが濃くならなくて、失敗しない」らしい。
私は、ママから教えて貰った手順にネットに溢れる地雷メイクの情報を落とし込んでゆーにゃの顔を完成させた。
「ゆーにゃちゃ〜ん、そろそろヘアメイクOKかな〜? OKなら撮影始めよ〜」
エリリンさんの声に改めて緊張する顔に仕上げのチークを乗せた。
緊張なのか高揚感なのか、それともママの直伝の技の効果なのか、今日のゆーにゃの顔はいつもより血色がやけに良い仕上がりになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます