第5話 ネイル

『今日の19時、この前撮影した動画を配信しするね!』

『分かりました! 18時半を過ぎたら、私のチャンネルでコミドリさんのチャンネルを告知して、そこから配信動画確認後に出演の感想を配信します』

『OK、よろしくね』


 今、正午過ぎ、お昼を食べたらメイクして感想動画撮影しよう。

 感想動画はコミドリさんの動画でやったナチュラルだけど盛れるメイクでスタートして、撮影の途中で「やっぱいつものメイクの方が話せる」とか言ってナチュラルメイクから地雷メイクにしていく過程を見せつつ感想を話す動画にする。

 先日のコミドリさんとの動画撮影の時に編集のスタッフさんから感想動画撮影についてのアドバイスを貰えたので、その通りの動画を作る。

 自分なりに言われた事をまとめた簡単な台本を作って何度も試し撮りをしてより面白い動画になればという思いで練習してきた。


 編集が苦手な私の動画は、基本的には一発撮りの動画に少しのテロップを付ける程度なので、撮影した素材がとても重要になる。

 何度も練習した台本を握り締め改めて気合いを入れて撮影に挑む。


 ***


『重大発表!! 今日まで隠すの大変でした! ゆーにゃ、超人気配信者の動画に出演しちゃいました! そ・れ・で、なんと! 今日19時にその動画が配信されちゃいます!!』

 18時半、予定通りに告知のメッセージを投稿した瞬間、瞬く間に詳細を尋ねるコメントが並んだ。

 この、リアクションの早さがとても嬉しい。

 更に動画の詳細と今の心境を投稿をする。

『なんと! あの、美容系配信で人気のコミドリさんのチャンネルでいつもとは違ったゆーにゃに大変身しちゃいます! いつも応援してくれてるみんなに絶対みて欲しいので、配信が開始する前にお知らせしちゃいました! リンクを下に貼っておくのでよろしくお願いします! あー、みてもらいたい気持ちとみてもらえなかったら…って不安でパンクしちゃいそう』

 ここまで、予定通りに進んでいて、あとはさっき撮影して編集もした感想動画を動画終了のタイミングを見計らって投稿すれば完璧だ!


 19時になると同時にコミドリさんのチャンネルに『ビジュ最強と噂のメンヘラ女子がメイクでメンヘラキャラ卒業!?』というサムネイルの動画が配信された…


(え? なんで、メンヘラキャラ卒業とか書かれてるの!? 聞いてたのと違う!)


 企画書と違うサムネイルが付けられた動画の配信に動揺が止まらない。


(まさか、動画の内容も事前に送って貰っていたのと違う!??)


 恐る恐る動画をリアルタイムで視聴した。


 配信された動画の内容は事前に送って貰っていたものと同じだった。

メンヘラキャラと書かれた事に対して、すぐにコミドリさんに連絡をしたところ、この動画のコミドリさんのまとめの台詞の中に「地雷メイク卒業して今日のメイクの方が絶対可愛いよ! 人気出ると思うんだけどな〜」というのがあり、その部分を使ってサムネイルを作ったという事と、インパクトがある事が大事だと言われた。

 メンヘラがキャラであるとゆーにゃの登録者の人達にバレてしまうのではないか…メンヘラを装うなんて不謹慎だとコメント欄が炎上してしまうかもしれない…様々な不安が過ってパニックになった私は、準備していた感想動画ではなく、緊急でライブ配信の準備をしている。

 考えた結果ではなく、衝動的にライブ配信をしようとしている。


カメラをいつもの位置にセットし配信を始める。


『みんなにみてって言った動画だけど、やっぱりみて欲しくない…また、中学の時と同じ事しちゃった。有名配信者のコミドリさんに声をかけて貰えて嬉しくて…みんなとはありのままのゆーにゃで繋がりたいのに…』


 配信を始めた直後から視聴者の数が目が回る様な速度で増えていくのが分かった。


キャラを立てる為にメンヘラを装ったと非難されるのが恐くて、震える声、話し始めたら炎上するかもしれないという恐さで涙も止まらなくなった。

 涙を指で拭いながら、崩れたアイメイクで更に続ける

『コミドリさんに教えて貰ったメイクのゆーにゃの顔は沢山の人に受け入れて貰えるかもしれない…けど…ゆーにゃはやっぱりゆーにゃでいたい』


いよいよ鼻水も出てきて鼻をすする音もマイクが拾っている。


『コミドリさん、せっかくみんなに好かれる可愛いメイクを教えてくれたのにごめんなさい…』


コミドリさんへの謝罪後、嗚咽もし始めた時、ふと冷静な自分が少し戻ってきて、慌ててライブ配信を止めた。


(終わった…きっとコミドリさんにも失望されちゃったし、登録者もいなくなって、もうコメント欄が炎上しているかもしれない)


 現実を受け入れる準備が出来ていない私はスマホの電源を切って適当に置いた。

 今すぐゆーにゃを脱ぎ捨てたくて、雑にトレードマークのツインテールを解き、服を脱ぎ捨て、メイクを落としに洗面台へ向かった。

 鏡に写るすっぴんにだいぶ平常心を取り戻したけれど、突然の自分の行動を含めてまだ状況がうまく飲み込めないでいる事は変わらなかった。


 スマホの電源を入れる勇気を持つ事が出来ないまま、何もしないでいる手元には、ゆーにゃによく似合う苺ミルク色のネイルがツヤツヤとガラスの様に光り「衣装とヘアメイクを脱いでもお前はゆーにゃだ」と主張している。


(ゆーにゃから逃げられない…)


 ゆーにゃと運命共同体である私の指は2時間ぶりに覚悟を決めてスマホの電源を入れ直した。

 反射的に通知で溢れる画面から目を逸らしたが、視線を向けずにはいられない状況が直ぐに訪れる。

 コミドリさんから電話がかかって来た。

(出たくない…でも、コミドリさんには謝らないといけない…)

 腹を決め、電話に出たと同時にコミドリさんが勢い良く話し出した。

 あまりの勢いに聞き取れず黙ってしまった。

『ゆーにゃちゃん! 聞いてる! もう、大変! ヤバいよ!』

 謝罪の言葉も出てこない私にコミドリさんは同じことを何度も言っている。

『ゆーにゃちゃん! 再生回数みてる? こんな再生回数の伸び方初めて! 本当にあのPR動画最高だったよ!』

(…最高? 聞き間違え?)

『あの…私、言われていた動画も撮っていたんですが…』

 精一杯の声を振り絞って謝罪と言い訳を始めた私の言葉に被せて、

『こんな最高のPR、メンヘラキャラのゆーにゃちゃんにしか出来ないよ! よく思いついたね! 本当にありがとう! 私も準備出来次第、緊急でゆーにゃちゃんへのメッセージ動画ライブ配信するね! これは凄いよ! かなり伸びるよこれ!』

 コミドリさんは興奮した様子で続ける

『あと、これから先の展開なんだけど、実はエリリンの動画チームから流れを作らせて欲しいって依頼があって…ゆーにゃちゃんに相談してから返事するのが正しいけど、波を逃したくないし、ゆーにゃちゃんにとってもかなり良い話しだから即OKしちゃった。それでね、ゆーにゃちゃんは台本出来るまで何も更新せずに病んでるって程で過ごしてもらいたいの! 本当に勝手に決めて申し訳無いけど、チャンスだからよろしくね!』

 結局、コミドリさんは言いたい事を言って忙しそうに電話を切った。

 あまりの展開の速さについていけていない私だが、求められている事は理解した。ゆーにゃは今回の動画出演で病んでしまって何も出来ないでいる状態を演出する…つまり、最も重要なことは動画はもちろんSNSも何もせずにコミドリさんからの次の連絡を待つという事だ。

 頼まれなくても、しばらく配信なんて出来る気分ではないと思いながら、自分のチャンネルの登録者数を習慣的に見た。


(信じられない…)


 桁が1つ増えた登録者数に、コミドリさんからの電話の最重要事項を忘れかけた。 SNSも動画の登録者数に比例してフォロワーが増えている。

 今にも何か発信してしまいそうな苺ミルク色の爪先は高揚感という言葉では表せない興奮を抑え込むために、もう一度スマホの電源を切った。

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