第4話 キャラクター

「ゆーにゃちゃんって絶対そっち系だと思った!」

 結局、ハードなメンヘラ服を着てホテルのカフェに行く勇気が出なかった私は、普通のワンピースを着て、ママが先月買ったばかりの最新のハイブランドのバッグを拝借して打ち合わせに行った。


 コミドリさんと会って話始めてからは、別に普段のバッグで問題なかったな…と思ったけれど、自分は「子どもではない」と無言でコミドリさんに伝える方法がバッグをハイブランドにする事くらいしか昨日までの私には思いつかなかった。

 けれど、その子どもではないと伝えたい気持ちのせいで事をコミドリさんにあっさり見抜かれてしまった。


「まぁ、おしゃれインフルエンサー目指してたけど数字伸びなくてキャラ変えて動画配信メインにしたってところかな? いいと思うよ? 私も最初とはキャラも配信内容も全然違うし、何だかんだで数字が一番大事だからね」

「あの、私がリアルとキャラ違う事…」

「あぁ、言わない言わない! 安心して、そーゆー人結構多いんだよね配信者って、キャラ作っておいた方が結果的にアンチのコメントとかに耐えられるから良いと思うし! 何よりガチなメンヘラな子に動画出演の依頼なんてしないから」

 ポットのハーブティを少し面倒くさそうに注ぎながらコミドリさんは続ける。

「これから人気出そうな綺麗な顔の子に私の動画に出て欲しいな…って思って探してたらゆーにゃちゃん見つけたって感じだから、メンヘラ系かどうかは私にとっては正直どうでも良いんだよね」

 そう出演依頼の経緯を話してくれた。

 少し雑談をして、場が温まったところでクリップで纏められたそれなりに厚みのある書類がテーブルに置かれた。

「それでね、これが企画書! あと、書いてはいないんだけど、動画出演についてひとつお願いがあってね…」

 視線を逸らしながら少し言い難そうに一息ついたコミドリさんは

「私の動画、制作の費用を出演してもらう子と折半にしてるんだよね…だけど、高校生のゆーにゃちゃんに折半は大変だと思うから、編集のスタッフさんに渡す分だけお願い出来るかな?」

(コミドリさんくらいの配信者になると編集や撮影にスタッフさん雇ってるんだな…)

 以前、編集を依頼した場合の金額を調べてみた事がある。

 調べた金額より少し高い気はするけれど、人気配信者は人気の編集者に依頼していて相場よりも高額なのだろう。

 毎回の動画で支払うのは厳しいけれど、今回の一回分ならお年玉とかの貯金もあるし払える金額だ。

 コミドリさんの動画に出演するチャンスと考えらた迷う必要なんてないと確信した私は、即費用の負担について了承した。

 費用負担を承諾して初めてコミドリさんと目が合った気がした。


 動画の撮影は1週間後、企画内容は人気のプチプラコスメのアイカラーパレットを紹介する動画で、コミドリさんにアドバイスをもらいながら私がセルフメイクをしていくというものだ。

 いつもの地雷メイクより可愛い仕上がりになるといった趣旨のものなので、せっかく習得した地雷メイクを早々に脱ぎ捨てることになる。

 確立し始めたキャラを否定する事になるのでは? と思いもしたが、そんな事はどうでも良いくらい、今はコミドリさんの動画に出演した後の自分のチャンネルの登録者の伸びを期待する気持ちでいっぱいだ。


 ***


 動画の撮影は普段視聴者として観ているコミドリさんの部屋で行われた。

 いつも一人で動画撮影をしている私には、製作チームのいる今日の撮影はとても賑やかで楽しいだけでなく、今後の動画作りのノウハウの様なものを肌で感じる事の出来る貴重な機会になった。


 出演の打ち合わせをしたその日から今も私はひとつの大きな欲求と戦っている。

 それは、今回の出演の件を誰かに話したいとい、人気配信者と撮影した事を自慢したい…という欲求だ。

 もちろん、出演についての匂わせは絶対NGと言われている。

 誰かに話したい…けれど、中学卒業と共に友達とも何となく距離が出来てしまって満足に連絡をとっている人もいなければ、両親も私がゆーにゃとしてメンヘラ配信を行なっている事なんて知る由もない。

 というのも、私は中学生の頃からほとんど一人暮らし状態だ。


 父は仕事でインドに単身赴任中で年に数回まとまった休みを取って帰ってくる程度、母は趣味と友達の多い人で常に人に会う予定が多い上にフリーランスのライターもしていて、私が中学生になり、父が単身赴任になったのをきっかけに、旅行雑誌の取材で地方にも頻繁に長期滞在で出張に行くので、家には殆ど居ない状態になった。


 そんな生活をする私には話し相手は基本的に居ない。

 人とのコミュニケーションは顔の見えないSNSとチャンネルのコメント欄程度だ。

 その事に今まで不満も問題も無かったが、今回の様に「実はね…」「内緒なんだけど…」と言う類の会話は全く出来ない不自由さを感じた。

(まぁ、話し相手が居ても今回の件は匂わせすらNGなんだけどね…)

 コミドリさんとの動画が配信されるまでの間、基本的にゆーにゃはハイな状態をキープしないといけない…満たされない欲求でモヤモヤとしていても、ハイなゆーにゃとしての動画を配信しないと…


 撮影モードにスイッチを切り替える為、メイクを始める。

 コミドリさんと初めて会った日に「配信の時はキャラの方が良い」と言われた事の意味が少し分かった気がした。


 ゆーにゃは私だけれど、あくまでゆーにゃとしての配信だから、予定通りのゆーにゃをカメラの前でするだけだ。

 もし、今、祐奈として動画を撮影するとなったら何を撮ったら良いかも分からないし、モヤモヤする気持ちをぶつけてしまいそうだけれど、ゆーにゃはそんな事はしない。

 今日のゆーにゃは好きなキャラクターのカプセルトイでレアが出た喜びでハイになっていてここ最近ずっと気分も良いと配信する予定だ。


 数字が欲しくて生まれたゆーにゃというもう一人の自分が案外と本来の自分を支えてくれている様に感じながら、メイクポーチを手に取る。

 ガサゴソと音を立てながら、ゆーにゃになる為のメイクアイテムを探していると、この前の撮影で使ったアイシャドウパレットがポーチの中から顔を出した。


(匂わせをしたい欲求を叶えられる方法を思いついちゃった!)


 いつもの地雷メイクを仕上げた目元にコミドリさんとの撮影で使ったアイシャドウパレットの中で一番ラメが強いハイライトカラーを指先に取って、目頭に軽くのせてみた。

 必要以上にギラつかせた涙袋のせいで、目頭のラメは全く輝かず、瞬きの度に大きなラメが落ちていったけれど、私はこの誰も気がつかない行為にとても満たされた。


 

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