第15話 コミドリの自分語り 後編
今までつけていたカテゴリーのラベルの全てに“元”が付いた瞬間、SNSでの私もあっという間に“元キラキラ女子大生”になってしまった。
読者モデルの仕事もお天気お姉さんの契約更新がない事を伝えられた月の撮影を最後に呼ばれなくなった。
暇な時間を持て余していると、同じく撮影に呼ばれなくなっていると思われる読者モデル友達から食事会に誘われた。
会食会場のレストランは外苑前駅から住宅街へ向かって7〜8分歩いたところにある創作イタリアンのお店で、過去に何度か行った事があるお店だった。
分かりやすい看板はないけれど、2階の入り口に向かう階段に掛かったツタのアーチが目印だ。
最近まともな食事をしていないから、ちょうど良い誘いだと思い『参加する』と返信をした。
***
お店はいつもの事ながら満席で、一番奥の個室に案内された。
個室には読者モデル友達と男性が3人が既に座っていた。
3人の男性は会社経営者と音楽レーベルの役員、外資の金融会社で管理職をしている推定40代のいかにもな人達だった。
男性達は豪遊した海外旅行の話、自分がいかに大きな仕事をしているか、大きなお金を動かしているかをひたすら話し続けた。
そしてそれを私はひたすら興味のある素振りで聞き流した。
豪華なコース料理がなければ5分で退席するところだけれど、ここのイタリアンはデザートを食べ終わる瞬間まで本当に素晴らしく美味しいので、笑顔で最後まで話を聞き流す事を積極的に選んだ。
退屈な会食が終わり呼んでもらった帰りのタクシーに友達と2人で乗り込む時に渡された封筒のわずかな厚みで今日の食事会がどういった会だったのかを理解した。
私の笑顔で最後まで聞き流すという対処方法は友達の顔を立てる意味でも正解だった。
「ねぇ、また誘っても良いかな?」
友達はタクシーの暗い車内で封筒の中身を確認し、小さなバッグにねじ込みながら私に聞いた。
私も中身を確認して、しっかり「うん」と頷いた。
会食から1週間後、会社経営者の男性から直接2人きりでの食事の誘いがあった。
特に嫌な気はしなかったので、その食事の誘いをきっかけに定期的に会うようになり、会う度に封筒を貰った。
食事だけでなく、彼の秘書として出張に同行する様になる頃には最初の会食の10倍以上の厚みを秘書としての給与とは別に毎月封筒で貰う様になっていた。
まともに考えればおかしな状況だ。
出張について行って業務外の時間を楽しむだけの秘書の仕事なんてあるはずがない。
けれど、私は何も気に留めない素振りで雇用契約書にサインをし「秘書です」という顔をして彼について歩いたし、厚みを増す封筒を当たり前の様に受けとた。
私のSNSを“今もキラキラしている女性”にしたかったから。
彼からの秘書として呼ばれなくなるのに一年もかからなかった。
秘書として呼ばれなければ手渡しの封筒はもちろん貰えない。
しばらくは仕事が忙しいのだろうくらいに構えていたけれど、よく出入りしているバーで“帰国子女でMBA取得間もないアラサー女性”と彼が頻繁に会っていると言う噂を聞いた。
噂を聞いて今後の生活の不安が過った。
現状、秘書としての給与は決まった日に支払われているけれど、契約社員として1年の雇用契約を結んでいる私に恐らく契約更新はない。
就職をほんの一瞬考えたが、スキルもなければ、無駄に目立ってしまう“元”のつく肩書きをいじられるだろうというネガティブなイメージから、就職は絶対にしたくなかった。
“人より目立ってチヤホヤされるべき私に相応しい職業でないと嫌”このあまりにも幼稚な理由こそが私の本心で、絶対に譲れない部分だった。
写真投稿のSNSには昔からのファンやキラキラ生活の人とだけ繋がっていたい人等がフォロワーとしていたけれど、収益と呼べる程の金額は毎月振り込まれなかったので、もっと収益化出来そうな動画配信も始める事で就職しない理由を作った。
しかし、動画を撮ると言っても、何を撮れば良いか分からなかった。
10代の女の子の様に踊れば可愛いわけでもない…他の配信者のバズっている企画をマネして撮影した動画をいくつか投稿したけれど、望んでいた結果は得られなかった。
一瞬だけ再生数が伸びた企画は“元お天気お姉さんのぶっちゃけ話”だった。
お天気お姉さん時代にあったイラッとした事をイニシャルトークで話す企画だ。
『シリーズ化希望』というコメントが幾つか付いたけれど、過去の出来事を話しているだけなので、手持ちの話題が増える訳もなく…シリーズ化する事は出来なかった。
この時の教訓として、常に新しいネタが勝手に提供されるシリーズ化出来る企画を考えたいと思う様になり、必死にたどり着いた先が“美容情報配信”だった。
美容情報配信はプロの知識などは必要なく、元読者モデルの美容好きが何を買ったか、どの様に使っているかを友達に話す様な感覚でカメラに向かって話すという至ってシンプルな作りがウケた。
元読者モデルでお天気お姉さんで、元準ミスキャンパスなのに飾らないキャラクターであくまで“美容オタク”として情報を配信する“コミドリ”の存在は瞬く間に広がり、あっという間に女性ファンを獲得した。
動画を投稿すればするだけファンが増え、熱心なコミドリファンは信者と呼ばれ、私が動画で紹介するアイテムを全て買った。
信者と呼ばれないまでも「コミドリの動画をコスメを買う時の参考にしている」という人が圧倒的に増えた事で、コスメのメーカーから『うちの商品をぜひ紹介してください』と言った類のDMが頻繁に入る様になり収益化もかなり安定した頃に、タイミングを見計らったかの様に彼からメッセージが来た。
『秘書の契約更新はできない。最近忙しくて会えていなかったけれど、みどりも活躍しているみたいで安心した。これからも応援してるよ!』
ようやく来た彼からの連絡に一言『ありがとう』とだけ返して、そのまま彼のアカウントをミュートした。
今の私には彼の様な存在は必要ない。
コミドリの人気が鰻登りで沢山のファンから賞賛される日々はとても気分が良かったけれど、決定的に何かが欠落していた。
私の男性にチヤホヤされたい、モテていたい…という一番強い欲求が満たされない。
生活の不安や動画配信を軌道に乗せる為の忙しさですっかり忘れていたけれど、私には絶対的に男性からの高評価が必要だった。
***
美容系配信者としてすっかり有名になった私は雑誌で特集が掲載される事も増え、撮影後は決まって編集部の人達と食事に行っては接待をしてもらっていた。
そんな中、ある美容雑誌の特集記事の撮影終わりの打ち上げの二次会で生まれて始めてホストクラブに行った。
編集長の女性が「サクッとイケメンにチヤホヤしてもらえるから最高なんだよね! 話も面白いし! メンケア超重要!」と言いながら歌舞伎町の超有名ホストクラブを案内された。
彼女はプライベートだけでなく、仕事の打ち上げの二次会等で度々ホストクラブを利用しているらしく、席についてくれるホストの誰もが彼女と親しげだった。
ホスト遊びなんて正直モテない女、男性に相手にされなくなったお金だけあるおばさんがする事だと思っていたのでまるで期待していなかった。
けれど“他人のお金で遊んだホストクラブ”は最高に楽しい思い出を私の脳に刻み込んだ。
お店を出る時にお店の外までお見送りをしてくれるホストを選べると言われたので、
特に話が面白かったとかという事はなく、ただただ顔が好みだった。
お見送りの前に一度席に戻って来て私の隣に座った霧人はこっそりとこう言った
「みどりちゃんが俺を選んでくれて嬉しい、他は全員おばさんだし美人じゃないから…みどりちゃんに俺の姫になって欲しい……後でDM送るね」
改めて渡された名刺には今日来店した超有名店ではない店舗の名前が記載されている。
なんでも、霧人は超有名店の系列店で働き始めたばかりの新人ホストで、今日は研修も兼ねて偶然この店で接客をしていたらしい。
この日、私が編集部の人達と別れるのを待っていたかのようなタイミングで霧人からDMが来た。
そのDMにはメッセージアプリのアカウントが書かれていた。
メッセージアプリの方に『連絡ありがとう、楽しかったのでまた行くね』と社交辞令を送った次の瞬間『今すぐが良い』というメッセージと電話があった。
電話を切った瞬間に歌舞伎町に戻るタクシーを探していた。
***
「みどりーありがとー!」
「やっぱりみどりさんカリスマですわ!」
目の前にキラキラしたボトルが置かれ続々と店内のホストが集まってくる。
「霧人さんの姫! いつもありがとうございます! そして、今日も最高にカッコ良いオールコールありがとうございます!」
霧人がオーダーしたシャンパンはオールコールという店内のホスト全員が私の卓に集まりシャンパンコールを盛り上げてくれるものらしい。
派手に着飾った男性達が一斉に私を「姫」と言ってチヤホヤしてくれる。
店内の全員が私の卓に集まっているという事は、他の席にホストがついていないという事で…今この瞬間、この空間で圧倒的に目立っている。
この優越感となんとも言えない気持ち良さに麻痺してどんどんと遊び方が派手になっていっているという自覚はある。
けれど、今日で最後にしようという気には到底なれない。
売掛金と呼ばれる担当ホストへの借金が書かれた青色をした伝票の数字が大きくなる程、私の籠の中にいる、幸せの青い鳥が増えた様な気分になった。
「ねぇ、みどりー、来月俺の初バースデーイベントなんだけどさぁ」
「知ってる! 私がタワーしてあげる!」
「マジで! やっぱり最高の姫だよみどりは!」
「霧人〜どうしたんだよ? 超テンション高いじゃん!」
「あ、社長! みどりが来月の俺のバースデーでシャンパンタワーしたいって言ってくれて! すげー嬉しくて!」
「霧人の姫、マジでカリスマ! いくらのするの?」
「そんなの、俺が来月No.1になれる金額のタワーに決まってるじゃないですか! ね、みどり、俺をNo.1にしてくれるよね?」
「もちろん!」
お金はどうとでもなるはずだ…
***
「小宮山、聞いているのか?」
取り調べを受けながら、自分を振り返るなんて、刑事ドラマの犯人みたいな事をしてしまった事が可笑しくて笑いを抑えられない。
「小宮山? お前…大丈夫か?」
息を整え、刑事の顔を見る
「大丈夫ですよ。ただ、自分自身が可笑しくて…フフっ…なんで詐欺をしたのかって話ですよね?」
大きく深呼吸をして質問に答える
「…カリスマな姫でいたかったから」
支払い能力をなくし、犯罪者になった今の私には私を“姫”と呼んで浴びる様に酒を飲み、内輪ノリで盛り上がるしか脳のない顔が良いだけの男達すらいない。
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