第16話 ジャンクフード
顔を上げて見渡す必要が無い程、重い空気が滞留していてこの場に居る全ての人間が下を向いている事が分かった。
「今回のコミドリ逮捕の件を受けて、今後は一層コラボに関する検討だけでなく、プライベートでの配信者や業界人との集まりも参加メンバーを十分に確認し、噂レベルであったとしても、少しでも問題のありそうな人物とは関わらないよう注意を徹底してください。また、過去に食事や飲み会の席で同席した人間の良くない噂などを耳にした場合には速やかに担当マネージャーに報告するように! 以上」
社長が厳しい表情とやや呆れた口調で全所属タレントに伝えた。
所属タレントが一同に揃う事はまずないので、初めて会う人も多い。
「今、社長から話があった通りで、私から付け加える事は特にないけれど…全員、表舞台で活躍したいと思うのなら、もっと動物の勘、危険予知能力を高めてください! それ以外に身を守る方法は無い…危うい物には近づかない…もう、これしかないと思ってください。」
リョウさんは今回の件で一番疲弊している。
私とコミドリさんとの間で発生した製作費のやり取りの件は、ママが早々に私に弁護士を付けた事と、私が被害者という立ち位置だった為に大人達の想定よりも早く片付いた。
しかし、エリリンさんがコミドリさんと一緒にホストクラブで豪遊している動画がSNSに流出し、その支払いに使われたお金が詐欺で集めたお金だった事がわかったとあって今もその対応にリョウさんは本人よりも追われている。
重い空気の中、誰よりも明るい髪色したエリリンさんが前に出た。
「謝罪動画の内容と重複してしまいますが、この場で事務所の皆さんに改めて謝らせてください。ご迷惑をおかけしてしまってごめんなさい。知らなかったとはいえ、分不相応なホスト遊びに疑問を抱かなかった自分にも責任の一端はあると思っています。本当に申し訳ございませんでした」
俯き頭を下げ続けるエリリンさんに、顔を上げるよう社長が促す。
全員が居心地の悪い思いをした全体会議は1時間の予定時間通りに行われた。
他の所属タレントが会議室を出ていく中で、エリリンさんと私は残るように言われた。
今後想定される誹謗中傷への対処についてと、当面の間、エリリンとゆーにゃのコラボもSNSでの絡みも行わないという決定事項を告げられた。
もちろん意見や反論はないし、正直エリリンさんと絡みたくもないしあまり顔を合わせたくない。
ただただ事務所の決定に従い嵐が過ぎるのを待つしかない。
今回のことでゆーにゃについてあらぬ憶測が飛び交ってしまわない様に、心配してくれているファンへ向けた経緯の説明の動画を先手として投稿する事が決まったので、明日までに届く経緯説明の台本を明々後日の撮影日までに覚える事と、今思っている事については自分の言葉で言えるようにする準備の二つをリョウさんから明後日までの宿題として出された。
***
「心配してくれているファンのみんなへ」と言っても、心配や応援する気持ちではないアンチ的な動機で動画を視聴する人もいるという状況で、どんな言葉なら誤解なく伝わるのか、ただひたすら、誤解がない表現を探す作業が続いた。
けれど、探した言葉で何パターンも作った原稿はどれも大差なかった。
この何パターンも原稿を作る作業があったおかげで、暗い気分に引きづられて考え込むという時間の余裕がなかった事は気分的にプラスに働いた気がしている。
少し前向きになれたところで作った原稿をリョウさんに送った。
リョウさんから少しの訂正指示はあったけれど、送った原稿の8割は採用された。
(今日はこのままSNSを見ないで寝よう)
寝る前のエゴサーチがいつからか習慣化していたけれど、次の撮影まで一旦休もうと決めた。
最近は心配するコメントか悪口が殆どで、心配させて申し訳ない気持ちとなぜ事情を知らない人に事実と異なる認識で非難されなくてはいけないのか…という気持ちで、見たら見ただけ嫌な気持ちになっていた。
翌朝、終日予定はないけれど、明日の撮影に備えて台本を覚える。
明日の撮影もいつも通りカンペが用意されるという事だけれど、一発撮りで視線は外さない方が良いだろうと言われているので、そう出来るように何ども繰り返し台本を声に出して読んだ。
今日はなぜだか無性にジャンクフードが食べたくなっているけれど、パンパンに浮腫んだ顔で撮影して、その動画があちこちに拡散される可能性を考えたら、自然とジャンクフードへの熱は冷めた。
最近の私はメンヘラ系配信者ゆーにゃである以上に「綺麗に可愛く動画を残したい」という欲求の方が強くなっている。
今回の件でゆーにゃについての切り抜き動画が大量に投稿された。
どんなセンスで切り抜いたらこんなに映りの悪い瞬間だけを繋げて構成できるのかと不思議でならな程、悪意満載の編集がされた動画も見つけてしまった。
ゆーにゃをブスな印象にしようとする人への対抗策として、私はとにかく常に可愛く映ろうと決意を固めた。
撮影の前日は今まで以上に肌や髪のケアをするだけでなく、睡眠や運動、食事もしっかりと管理して行おうと外出禁止だった期間を利用してケアに特化した美容について少し勉強していた。
勉強した事を直ぐに活かせるなんて私はなかなか出来るタレントだと気分を良くしていると…ピコンっとメッセージの通知が入った。
『前日の夜はなるべく夜更かしして目の下にクマでも作っておいてもらえるとありがたい! ゆーにゃのメンタル予定的に今は安定期だけど、こんな事があった直後だし、動画の特性とこれまでSNSで無言を貫いた事を考えたら、ゆーにゃのメンタルは落ちているのが妥当だと思うから…まぁ、不健康な感じで撮影の日を迎える様に』
私の固い決意はマネージャーの最もな意向によって簡単になかった事になり、デリバリーでハンバーガーとピザを頼む準備を始めたが、ふと「食べずにげっそりしてる方が可哀想に見える?」と窓ガラスに映った自分に向かって問いかけた。
食べるより食べない方が後からのリカバリーが楽な気がする。
ゆーにゃは落ち込んだら食べられない事にすれば良いし…ゆーにゃについての記録と予定を書いている手帳のゆーにゃのメンタル予定の修正と合わせて「落ちててご飯食べれなかった」というメモを追記した。
けれど、リョウさんからのオーダーである不健康にはやはりジャンクなモノの摂取は不可欠だと思ったので、ネット小説のサイトで過激な単語とやたらとご都合主義なキャラクターしか登場しない恋愛小説でも読もう…夜更かしにはジャンクなモノをお供にするのが一番だと思う何だかんだでクセになるから。
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