第35話 ハンドリング
「このブタさんの点心、写真見て絶対可愛いと思ったけど、想像以上に可愛い!」
「あんな事言い出して、どうしてそのテンションで食事できてるの?」
リョウさんが予約してくれたお店は社長が中華街で会食する時にいつも予約しているお店らしくお料理が美味しいのはもちろんだけれど、内装が分かり易く中華色の強い豪華な感じが中華街に来ているというテンションをも満足させてくれるレストランだ。
「ねぇ、さっき言った辞めるって本気なの?」
「…本気で言いました。もちろん、今決まってるお仕事は全部します」
「ゆーにゃが急に仕事を放り出す事がないって事は私が一番良く分かってるし…これだけ目まぐるしく色々な事が起これば辞めたくもなるよね…」
「すみません…」
「これは絶対に守って貰いたいんだけど、辞めたいと思っている事については私以外には絶対に言わないで、いい? 何だか秘密な事ばかり抱え込ませて…申し訳ないけど…」
「はい」
「社長には私から報告するから後日改めて三人で話し合いましょう。ご両親には仕事を辞めたいという事は伝えてあるの?」
「さっき決心したので、まだ両親にも言ってないです」
新しい蒸篭が運ばれて来た。
鮮やかな点心が二種類、私もリョウさんも蒸篭を空にするまで一旦食事モードになり静かに食べる。
蒸篭が空になるとまた唐突に話し始める。
「事務所としては可能な限りゆーにゃに残って貰える環境を整えたいと思っている」
「ありがとうございます」
「配信者として、タレントとして今それなりに成功していると思うのだけれど、他になりたいものがあるの? それはタレントをしながらでは難しいの?」
「リョウさん、私、大学に進学して心理士になりたいんです」
「心理士? メンヘラキャラからメンケアする人になりたいの? それなら精神科医って選択肢もあるけど、医師免許の方が何かと都合が良いと思うし…」
「医学部を簡単に勧めないでください…私の学力知ってますよね?」
「知ってるけど、まだ高校1年生だからね。心理士ももちろん良いと思うけどね」
「何で心理士なの? ゆーにゃは元々、有名配信者になって、それこそマナティみたいになるのが夢だったわけじゃない? 近くで見てみたら想像と違ってがっかりしちゃった?」
「いえ、有名配信者は想像以上でした…発言一つで色々な世界が広がるというか…凄く特殊な立ち位置というか…今でも凄いと思うし憧れる気持ちはもちろん持ってます」
「その憧れの存在の今は妹分だけど、近いうちに肩を並べられるかもしれないよ?」
下げられていく蒸篭を視線で見送りながら、リョウさんが言いたい事は結局「タレントを辞めるな」に辿り着く事を理解した。
ただ、事務所としてタレントが居なくなると困るというニュアンスもあるかもしれないけれど、私の将来の事を考えてくれているというのがしっかりと伝わって来たので聞く耳を持つ事が出来ている。
「分かった。ゆーにゃの受験勉強を動画にしよう!」
「何でそうなるんですか? 辞める話をしているのに…」
「エリリンの過去動画にあったでしょ? 過去問解いて私が解説する動画」
「はい…観ました。面白かったです」
「ほら! TVの仕事が週に数本あって、ほぼ毎日更新されるSNSや動画配信の撮影や準備をしながらの受験勉強は確かに大変だと思うけれど、受験勉強に関する動画だけに絞れば、動画の撮影は週に1日程度で大丈夫だしむしろ普通科の高校に通っている子よりも受験勉強の時間たっぷり確保できるしモチベーションも維持しやすいと思うんだよね」
モチベーションの部分は確かに動画配信した方が維持しやすいと自分でも思ったのでリョウさんの提案に思わず大きく頷いて納得してしまった。
「あとね、ゆーにゃ、ハッキリ言っておくと、今のあなたは、タレントを辞めても、どこで何をしていても“ゆーにゃ”なの…だから身辺警護の意味も込めて事務所所属のタレントで居続ける事を考えて欲しい」
事務所に入る時、リョウさんがママに今後予想されるトラブルへの対処の意味でも所属した方が良いと言っていたな…とふと思い出した。
大きなトラブルこそ私の身には降りかかっていないけれど、SNSや動画のコメント欄は常にスタッフに人が管理してくれていて、私はほぼ過激なアンチコメントや誹謗中傷の様な物を見る事がない様にしてくれている。
ネットの誹謗中傷の話をされた瞬間に事務所を辞めるのがとても怖くなって来た。
「脅す様な事を言ってごめんね、でも事実だから…事務所のタレントじゃなくなったら今と同じ様には関われなくなってしまうから…私の親心みたいな物を感じて貰えたら嬉しい」
「…リョウさん、ありがとうございます。直ぐに意見を変えてしまって信じてもらえるか分からないのですが…タレントとして事務所には残りたいです…でも、大学受験をして心理士になりたい気持ちは変わらないので、勉強を優先できる様にして頂きたいです」
「勉強を優先じゃなくて、第一志望に合格できる様にしよう! 企画にするなら超人気の予備校講師も家庭教師みたいに付けられるからね」
コースメニューも追加したメニューも全て食べて、最後のデザートが来る頃には、新年の抱負で語ったゆーにゃの次のゆーにゃの姿が固まった。
帰路のハンドルを握りながらリョウさんは「辞めたいと言われた時は本当に変な汗も出たし…一瞬目の前が真っ暗になったよ…」なんて半分笑いながら言っている。
一番良い答えにリョウさんがいつも導いてくれるという安心感は私の中で更に大きくて確かなものになった。
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