第32話 いつものまま
私のゲリラライブが成功した日、エリリンさんは自ら命を絶った。
ライブ終わりの打ち上げへ向かう車中から降りて彼女のマンションへ向かったリョウさんが第一発見者だ。
事件の可能性についても検討されたものの、現場の状況からすぐに自殺と断定された。
エリリンさんの直接の死因については、報道される事もなく私達事務所の後輩にも知らされる事はなかった。
連日TVやネットでは有名配信者の自殺というセンセーショナルなニュースを報道し続けた。
報道とは別に、エリリンさんの死に便乗するかの様な動画も大量に配信された。
便乗した動画の再生になんて協力したくないけれど、既に事務所が管理しているエリリンチャンネルでは閲覧出来ない、エリリンさんの活動初期の動画が投稿されているものは思わず観てしまった。
私も初めて見るエリリンさんの初期動画…中でも受験生期間中の動画でエリリンさんが過去問を解いてリョウさんが間違った箇所を解説するというのは、勉強になるという以上に二人の自然なやり取りが魅力の動画だった。
リョウさんは声だけの出演だったがとても存在感があり、エリリンさんはリョウさんとのやり取りの中でみんなの知っているエリリンになっていったんだな…とエリリンチャンネルの歴史を感じた。
事務所の先輩が亡くなったと言っても私の仕事がストップする事はない。
SNSや動画チャンネルのコメントには突然の事に私のメンタルが崩壊するのではと心配してくれるファンからの温かいメッセージが途絶える事なく送られて来た。
私自身、悲報を受けた瞬間はまさかこんなに冷静に日々の仕事が出来るなんて思ってもみなかったが、私は人の心がないのではないか? と不安に思うほど、普通に仕事をしている。
新年用のバラエティ番組の収録ではどうでも良い事で大袈裟に笑ったり、わざとらしくメンヘラな素振りをしてMCの芸人さんにツッコミを入れてもらったり…動画の撮影もいつも通りだ。
いつも通りなのは私だけではない。
社長も最初にエリリンさんの最期の姿を目にしたリョウさんさえもいつも通りだ。
ただ、エリリンさんの事を誰も口にしないという事だけで、それ以外は何も変わらずに過ぎて行った。
今年最後の仕事はルルメゾの冬のラッキーバッグの紹介と初売りの店舗限定の目玉商品の紹介だった。
ルルメゾの洋服やアクセサリーをほぼ毎日着けている私にとって、今やルルメゾの商品紹介ほど事前準備のいらない仕事はない。
***
「祐奈ー、パパ帰って来たわよー」
部屋のドア越しにパパが単身赴任から一時帰国した事を知らせるママの声がした。
リビングに珍しく両親が揃っている。
我が家のいつもの年末年始が始まる。
「パパ、おかえりなさい」
「祐奈、ただいま! 久しぶりなのに、SNSや動画で毎日の様に観てるから久しぶりな感じがしなくて変な感じだな」
「パパ、ゆーにゃのガチファンじゃん」
「あら、ママも全部観てるわよ?」
「え! 普段何も言わないから観てないんだと思ってた!」
家族で揃って話す事を中学生の頃は面倒に感じていた。
特にパパは帰国初日はいつもずっと話し続けているので、相手をするのが正直怠いと思っていたし、本人に「話が長いから怠い」と真正面から言っていた。
けれど、今日は、両親が話し疲れるまで話に付き合おうと思う。
両親もエリリンさんのニュースを知らないはずがない。
けれど、二人ともやはり全くその話題には触れ図、いつも通り私の事を永遠と話している。
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