第31話 ライブ
休日の桜木町駅前は想像していたよりもずっと多くの人が歩いていた。
そして、この駅前の広場はよくイベントがされているのだろうか?
ライブステージになる大きなトラックが広場内に停車していても、誰も興味を持っている様子がない。
「日の入りの少し前、16時になったら予定通りステージをオープンにして最初の曲を自己紹介なしで開始、ステージオープンと同時にみなとみらい地区にある大型モニターとゆーにゃのチャンネルに、このステージをリアルタイムで映します」
リョウさんが最終確認のミーテイングで流れを改めて説明してくれている
「ちなみに、チャンネルとSNSには『16時を見逃さないで!』と一言とカウントダウンタイマーだけを既に投稿していますが、30分を切ったところでヒントになる写真を10分おきに投稿していきます」
全員でリョウさんの説明を一言も漏らさないよう集中して聞いた。
全ての説明が終わり一旦休憩となった。私は最後の立ち位置の確認を済ませ、本番を静かに待つ。
5分前、バンドの皆さんも立ち位置にスタンバイした。
2分前、SNSに『みんなにいつもありがとうの気持ちを込めて歌います!』と投稿すると、ゆーにゃがライブをするのではと場所の特定が始まった。
1分前、マイクのスイッチが入った。
16時、ステージがオープンになり、演奏が始まった。
眩しい程のライトに照らされたステージと突如始まった演奏に人が吸い寄せられて足を止める、スマホのカメラを一斉に構えられている事は感覚的に分かった。
そして「ゆーにゃ!」とどこからともなく名前を呼ばれた。
近くの商業施設のモニターに映った私を見て走ってステージまで来てくれた子だろうか? 息を上らせながら何度も私の名前を呼んでくれる声がする。
歌っているのに、不思議と周りの声が耳に届く。
一曲目が終わると大きな歓声と拍手をもらった。
「こんばんわ! ゆーにゃです! 今日は、動画配信チャンネルの登録者150万人突破の感謝を伝える為に一番リクエストの多かったライブをします! 今、初めて私を知ってくれた方もいつも応援してくださっているみんなも、一緒に最後まで聴いてもらえたら嬉しいです」
二曲目が終わる頃には駅前の広場は人で埋め尽くされ、最後の曲が終わり、ゆっくりとトラックがステージを閉じた後も歓声は続いた。
***
「ゆーにゃ! 最高だったわよ!」
社長が目を爛々とさせながら褒めてくれた。
「本当によく頑張ったね! 想像以上のライブだったよ!」
リョウさんも演奏をしてくれたバンドの方達、スタッフの人達からも拍手を貰う事が出来て、安心したのか、急に足に力が入らなくなりその場に座り込んでしまった。
「本当に…本当にありがとうございます! 皆さんのおかげで無事歌い切る事が出来ました! ありがとうございます」
緊張の糸が切れたからなのか、達成感や充実感なのか…涙が溢れた。
みんなで余韻に浸りながらトラックに横付けされた送迎用のハイエースに乗り込み、打ち上げの為事務所に戻る。
車中でも、ゆーにゃのSNSの盛り上がりだけでなく、ネットニュースのゲリラライブの成功を伝える記事を読み上げながらどこまでも賑やかに過ごした。
車が一般道に降りてまもなく、リョウさんのスマホが鳴った。
車内が一気に静まり、リョウさんの電話が終わるのを全員無言で待った。
「エリリンのマンションに寄って、私を下ろしてから皆さんは事務所に行って打ち上げを楽しんでください」
「エリリンの今すぐ来て〜病かな? リョウは何だかんだエリリンに甘いからねー」
社長が揶揄い口調で冷やかすと、いつもとは明らかに様子の違うリョウさんが
「いえ、今の電話はエリリンのお母さんからで…その…ここ二日程全く連絡が取れないと…」
「まったく、あの子はー、本当に人を心配させるのが趣味なんじゃないかって本気で時々思うわよー…今回もいつもの構ってちゃんよ!」
社長はリョウさんの肩を力強く叩いて
「後輩のゆーにゃの頑張りを一緒に労うように連れ出して来て! 社長命令よ」
社長はいたって明るくいつもの様に振舞っているが、明らかに様子がおかしいと誰もが気づいていた。
一人車を降りるリョウさんに「エリリンが甘ったれた事言ったら、一発喝入れといて!」と更に言った。
そう言いながら社長の手は震えている。
リョウさんは「承知しました」と言っているかの様なニュアンスの会釈をして、足早に車を離れて行った。
リョウさんが降りた車内は事務所に着くまで重い空気で支配され続けた。
事情を知らない事務所のスタッフの人達が明るく私たちの到着を盛り上げてくれたが、私も含め車内にいた人は誰一人として笑顔を作る事が出来なかった。
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