第30話 企画

 エリリンさんが休職した事で、事務所に来るTV出演の仕事は全て私にまわってくる様になった。

 バラエティのグルメリポーターやドッキリ、クイズ番組にカラオケ番組と様々な番組に出た。

 TVに出る様になって私の動画やSNSに今までとは違う層のファンも増えた。

 どの番組に出ても決まって「メンヘラ発動させてください」や「マナティの秘密教えて」と言われた。

 どの番組でも同じ事を求められ、同じような顔ぶれの中で初めこそ“芸能人”と一緒にTV出演というシチュエーションにワクワクしたが、一ヶ月もしたらすっかり慣れてしまった。

 私がテレビに出演する際の衣装はもちろんルルメゾなので、ルルメゾの広報担当者からは出演の度にお礼の連絡が入った。

 

 TVの仕事は動画とは比べ物にならない程撮影以外にもする事が多かった。

 エピソードトークや企画の為の事前ミーティングやアンケート…そして“みんなが知りたくて仕方ないマナティのプライベート”について話せるネタを作れる様にマナちゃんに相談してエピソードトークを作る為のお出かけをした。

 わざわざエピソードを作らなくてもどうせ好き勝手に編集されてしまうし、適当な事を言っておけば良いんじゃないか…とも思ったけれど、ゆーにゃの不安定なメンタル設定の管理から解放されつつある今、嘘のエピソードの管理を始める気にはなれなかった。

 ゆーにゃのTVでの露出が増えるとという言葉が多世代で使われる様になった。今までの10〜20代を中心に使われていた頃よりも、もっとカジュアルなニュアンスで広まっていった。

 気分転換にカフェで台本や企画書の内容に目を通していたら、すぐ横の席にいた私の親世代の女性グループの一人が「メンヘラ起こしそう」と爆笑しながら言っているのを聞いた。

(笑える様な状態じゃないのがメンヘラなんだけどな…)


 目を通していた企画書の中に“登録者300万人突破おめでとう企画!”というものがあった。

 最近すっかり自分のチャンネルを見なくなっていたが数ヶ月前に目指すと言った100万人を気がついたら突破して100万人を祝う時間がとれないまま既に150万人の人が登録をしてくれているらしい。

(完全にマナティのおかげだな…)

 おめでとう企画は視聴者からのリクエストに全力でゆーにゃが応えるという内容で、他の配信者がしている様な過去にコラボした人からのメッセージやサプライズは用意されていない様だ。

 私の場合、お世話になったコミドリさんは詐欺で逮捕され、エリリンさんは休業中という状況だから…サプライズ出演なんてあるはずもない。

 あってもマナティが突然ケーキを持って現れるくらいの事だろう。


 ***


「それじゃぁ、ゆーにゃがチャレンジするのはゲリラライブって事で良いかな?」

「…はい」

「ちょっとー、もっと自信を持って返事してよね。この前のカラオケ番組での歌声もかなり評判良いから! レコード会社から人気ミュージシャンの楽曲提供で歌手デビューって話もきてるって言ったでしょ?」

「…はい」

「ねぇ、ゆーにゃ、もし本当はやりたくないとかなら無理にやる必要はないから、嫌だったらそう言って良いんだよ?」

「…いえ、そうではなくて…なんだか今から緊張してしまって…」

「これだけTVに動画配信に、いろんな媒体に出てるのに今さら緊張する事ないでしょ」

「私、今まで殆ど仕込みがない状態で出演した事がないので…もし、誰にもゆーにゃって気がついて貰えなかったらって…誰も足を止めてライブを観て貰えなかったら…って不安になってしまって…」

 社長とリョウさんは顔を見合わせ「なるほど」と私に下積み経験がほとんど無かった事を再確認したようだ。

 私も登録者が少ない時期があった…けれどそんなものは一般的に下積みと呼ばれる期間にはならない一瞬の事だ。

「言われてみれば、ゆーにゃはあっという間にここまで来たと思う…ラッキーな事も多くあったけれど、やっぱりゆーにゃのタレント性があって出来た事だと思うから自信を持って今回のライブ企画に挑んで欲しい」

 リョウさんは力強く私を見てそう言った。

「そうよ! 同じ様にリョウがプロデュースしても芽が出ない子は芽が出ないから。ゆーにゃの存在感と実力を見せつけやる! くらいの気持ちで頑張って!」


 ***


 私のゲリラライブは横浜の桜木町駅前で行う事が決まった。

 渋谷や新宿など、もっと人通りの多い場所の方が良さそうなものだけれど、混乱が生じた時の事を想定してこの場所になったと説明された。


 その事をママに伝えたところ、珍しく私の仕事の内容に興味を示し「観に行く!」と言われた。

「今、行くって言ったから絶対来てね! お客さんゼロは絶対に嫌だから!」

「真剣に歌えば、必ず足を止めてくれる人がいるから大丈夫よ」

「なんでママにそんな事分かるの?」

「ママ、歌手目指してたからね。よく桜木町駅前でストリートライブしてたなぁあの頃…懐かしいな…」

「嘘!?」

「嘘をついてどうするのよ。当時は毎日何組も入れ替わりストリートライブしてたから、結構レコード会社の人が聞きに来てるなんて事もあったのよ」

 ママの思い出話がしばらく続いたが、ストリートライブ経験者としてのアドバイスもしてくれた。

「心配してる時間があるなら練習しなさい。緊張して歌詞がとんでも、メロディ聞こえたら反射的に歌えるくらいまで」

「言われなくても練習するよ」


 ゲリラライブまで二週間、やれる事を全てやって挑もう。






 

 

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