第29話 シコリ

 ミーティングの日でないのに事務所の会議室に呼ばれた。


 会議室には既に社長とリョウさんが談笑していた。

 ノックをして部屋に入ると、ドアの小窓から感じられていた和やかな空気が一気に消え失せた。

「ミーティングの日でも良かったんだけど…ゆーにゃには先に伝えておこうと思ってね…」

 社長の重い口ぶりにリョウさんが代わって話しはじめた

「エリリンが休業に入る。今日の夜に休みに入るにあたってのコメント動画を撮影して編集完了次第、動画の配信をする事が決まった…SNSも復帰までの間は一切の更新をしない予定でいる」

「…そうなんですか…コミドリさんの件があったからですか? …私への接し方がおかしかったのも今回の休業に関係あるんですか?」

 社長とリョウさんは予め黙秘を決めていたのか、何も答えてくれなかった。


 ミーティング終わりの廊下でエリリンさんと会ってしまった。

(なんだか、気まずい…けれど挨拶はしないと…)

「おはようございます」

「おはよう…ゆーにゃちゃん、色々困らせてしまっていたみたいでごめんね。これかも、困った事があったら必ずリョウちゃんに相談してね。リョウちゃんはゆーにゃちゃんの事絶対助けてくれると思うから…それじゃぁね」

 目を合わせる事なくエリリンさんはそう言って、廊下の一番奥にあるスタジオを目指してゆっくりと私の前を通り過ぎて行った。

(エリリンさん、何だか別人みたい…)

「あ、そうそう」

 廊下の真ん中でピタリと止まってエリリンさんがこちらに振り向いた。

「マナティは私よりも良いお姉ちゃんしてる?」

「マナちゃんは親友なので、お姉ちゃんとかでは…」

 エリリンさんは私の目を見てフフっと笑って

「…親友ね、これからも親友でいられると良いね」

 と言ってスタジオへ向かって歩いて行った。

 妙な言い方をされたせいで心に小さなシコリが出来たのを感じた。


 ***


「ねーねー、エリリンって大丈夫なのー?」

 マナちゃんがエリリンさんの休業に関するネット記事を見ながら私に聞いた。

「公には体調不良が続いてと言ってるけれど、完全にメンタル系らしい…休めば元のエリリンに戻るとリョウさんが言っていたから、きっと大丈夫なんじゃないかな?」

「そっかーメンタル系かー、多いよね、配信者って…そっち系の病気になっちゃう人…というかそういう持病もちの人…」

 マナちゃんはチラリと私を見て

「メンヘラアピールしてるファッションメンヘラのゆーにゃちゃんが一番メンタル安定してそうだよね」

「そーゆー言い方はしないでよー、時々その事考えると後ろめたくなるんだから…」

「え? なんで後ろめるの?」

「それは…見た目では分からない病気を患っている風を装って、それをキャラにしてるって、やっぱりいけない事だと思うんだよね…注目されたいが為に病気のふりをするなんて…」

「ねぇ、ゆーにゃちゃん、考え方変えた方が良いよ?」

「え?」

「ゆーにゃちゃんは、普通の時ならと思ってしまう事を勢いで始めてしまう程、あの時はおかしかったんだって考えたら?」

「…なるほど」

「そう! だから、メンヘラ配信者ゆーにゃが誕生した時は、正真正銘ゆーにゃはメンヘラだったんだよ! だから嘘じゃない。配信を続けて行くうちに、ファンや事務所のチームに支えられてメンヘラ起こさなくなった…それで良いじゃん!」

「そう言われたら、確かにそんな感じしてきたかも…」

「そうそう! 嘘ついてる、いけない事してる…なんて、常日頃考えてたらゆーにゃちゃんもメンタル休業する事になっちゃうから、そんな考え今すぐやめてー」

「…うん。そうする!」

(マナちゃんのこーゆーところ本当に好きだな…)


 最近は私の部屋で会ってお喋りする事がとても多い。

 外で会うとマナちゃんはもちろん最近は私も人目を気にしてしまうので、部屋でのんびり過ごすのが、なんだかんだで一番楽しい時間になっている。

 それと、双方のファンから“マナゆにゃお家女子会”の投稿はとても人気がある。

 なので、お家女子会用の写真撮ると言えば颯さんもリョウさんも快く送迎をしてくれる。


「そういえば、ルルメゾのファッションイベントのランウェイでのばら撒きアイテムなんだけどねー」

「ばら撒きってあの節分の豆撒きみたいな事するやつだよね?」

「そうそう! ステージから一番近いアリーナ席の最後尾までなるべく投げられるものが良いな…って思ってて…何かアイディアないー?」

「えーなんだろう…何貰ったら嬉しいかな…」

「喜んでもらえるって観点ももちろん大事なんだけど…予算ってのがね…どうしてもあるからね…」

「なんか、マナちゃんが予算…とか言ってると面白い」

「プロデューサーだからね! ちゃんとそーゆーのも考えてるんだよー」

 

まだ秋の気配すら無い時期から来年の三月に向かって準備を進めている。

 ファッションイベントのランウェイの件はまだ少し余裕がある様だけれど、春夏の最新アイテムの企画会議と試作品のチェックは毎日が締め切りの様な状態でいるとマナちゃんは目をいきいきとさせながら言った。

 マナちゃんだけでなく私もこの企画にモデルとして参加できる事がとても嬉しくて楽しみでいる。

 もちろん、責任感の様なものも感じるけれど、マナちゃんが一緒だと思うととても心強い。


「さーてと、大切なモデルが今日もトレーニングを疎かにしないように、そろそろ颯に連絡しようかなー」

「トレーニングは毎日欠かさずやってるから安心して。マナちゃんがプロデュースした服、絶対可愛く着たいもん」


 ゆーにゃちゃんを玄関で見送った。

 本当は今日、マナちゃんに聞きたい事があった。

 エリリンさんが言った言葉がどうしても引っかかったままだからだ。

 エリリンさんはどうして「これからも親友でいられるといいね」なんて言ったのだろう…私をマナちゃんに取られたとでも思って、単純な嫌がらせで言ったのだろうか… 「マナちゃんが最高の親友である事は改めて確認出来たから、気にするのはやめにしよう!」と、自分に言い聞かせた。


 けれど、なぜか心のシコリが大きくなった様な気がした。

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