第28話 エリリンの自分語り 後編

 大学生活も人並みに送りながら、リョウちゃんと二人で運営する“エリリンチャンネル”での動画配信は更にクオリティが上がり、私も人気配信者と呼んでもらえる様になった。


 大学三年生の夏休み、いつもの様に動画の企画会議をしていると

「エリリンって就活はするの?」

 とリョウちゃんに聞かれた。

 言われてみれば確かにそういうものを意識しなくてはいけない時期になろうとしている。

「正直、就職とか全く考えてなかった。就職してWワーク禁止とか言われて配信辞めるのは絶対嫌だし」

「それなら良かった!私もこのままエリリンとエリリンチャンネルやっていきたいと思っていたから」

 嬉しそうなリョウちゃんは続けて

「実は大学のゼミのOGにあたる人が芸能事務所を立ち上げるから、うちに就職しないか?と誘われているんだよね」

「え? 何? 私には就職して欲しくないのに自分は就職するの?」

「そうじゃなくて、最後まで聞いてよ。その事務所に私は正社員としてエリリンのプロデューサー兼マネージャーの仕事をする。エリリンはその事務所のタレント第一号になるのはどうかな? って相談」

「私がタレント? ムリだよそんなの…」

「何言ってんの? 今、何人の登録者がエリリンの事観てるか知らないの? もう、とっくにタレントみたいなものだよ」

「でも…」

「これからも一緒に動画を作っていくのなら、もっと稼げる方法でやっていかないと! もう大人だしね、私達も」

 そんな会話をしてから二週間も経たずにリョウちゃんと私は芸能事務所のスタートアップメンバーになった。


 高校二年生から初めて大学を卒業する頃には、私は今にも登録者が100万人に到達しそうな人気チャンネルの有名配信者になった。


 社会人になってからの生活も学生時代とほぼ変わらず、毎日の様に動画の為の撮影や企画会議に追われていた。

 けれどタレントとして事務所に管理される配信者になって変わった事がある。

 エリリンチャンネルの事を考えると強いストレスを感じる様になった。

 再生回数や登録者数の増減を社長から厳しく指摘された。

 一日中、ついには夢の中でも私は“配信者エリリン”としての意識が働き続ける様になった。

 私は常にエリリンになった。

 サングラスを外し素顔を出して撮影する様になってから少しずつ語尾を伸ばして癖のある話方をする様になっていたのだけれど、あくまでも撮影と時だけだった。

 けれど、常にエリリンでいる様になった頃には常に間延びした話し方をする様になっていた。

 本来の自分が小さくなっていけば行くほど、エリリンへのネガティブな意見を全て真正面から受け止めて更に動画の事ばかり考える様になった。

 もう、受け止めきれない、動画の事も考えたくない…そんな時に私に憧れて後輩になりたいからと事務所に入社してきたタレントの女の子が挨拶に来た。


 あの子だ…高校の一つ下の学年にいた私が絶対ににしたいと思った可愛いあの子だ。


 ずっと忘れていた感覚を一瞬思い出した。


 けれど、今の私は知っている。

 友達というのは独占したり支配したりするものではないという事を。


 私がその事を理解して、適当に距離を置いて接する事を心がければ心がける程、可愛いあの子は私に媚を売る様に擦り寄ってきた。

 高校生の時、私には見向きもしなかったあの子が、有名配信者の私と何とか友達になろうと必死にアピールをしてきた。

 あまりにも凄いアピールに押され負けてしまう事が何度か重なった頃、その子がSNSで『エリリン(親友)からお揃いのプレゼント!』と私が普段気に入って使っている帽子と同じ物を被ったセルフィを投稿した。

 もちろんプレゼントなんてしていない。

 けれど、有名になりたい一心でついてしまった嘘だとその嘘を見送ったのが間違いだった。

 可愛いあの子は事ある事にSNSで嘘をつく様になった。

 急にくっついてきたかと思ったら勝手に撮った写真を『エリリン、私の事好きすぎ』と投稿し、配信者友達のコミドリとの飲み会に無理矢理参加してきて、更にその様子を『エリリンさん、直ぐに私の事呼ぶ』と投稿した。

 いいかげん、事実と異なる投稿をやめて欲しいと直接伝えた。

 するとあの子は「エリリンさん、私の事可愛がってくれるのはありがたいんだけど、スキンシップが無駄に多いし、嫉妬と束縛激し過ぎて無理」などと言い始めた。

 この言葉に対しても事実とは異なるという事を周囲に伝えたが、過去にへの誤った接し方をしていた事を謝罪する動画を投稿している私に対して周囲は「昔の悪い癖が出ちゃったの?」「やっぱり人って変われない」などと言ってきた。 

 一番悲しかったのはリョウちゃんも周囲と似た反応をした事だった。

「エリリン、可愛がるのは良いけれど、過剰なスキンシップや束縛は相手の立場になって考えて、ハラスメントのトラブルにならない様にね」

 そう会社の会議室で言われた時はとてもショックだった。

 私の言葉よりもあの子の言葉を信じるんだ…と。

 顔を合わせる度に悲しくなったので、リョウちゃんとの部屋を出た。


 自宅で撮影も出来るようにと必要以上の部屋数があるマンションに引っ越した。

 

 引越しの荷解きをしながら、ラジオ代わりに動画を流している。

 告白動画を投稿している高校生の女の子の動画が始まった。

 その子は『中学では陽キャとして振る舞っていたけれど、本当は陰キャのメンヘラです』といった趣旨の事をカメラに向かって告白し最後に『みんなと繋がって、死にたいって気持ち減らしたい』などと言った。

 直感的に、この子は自分とは正反対のキャラクターを自分にあてがったという事。

 生真面目にこのメンヘラキャラを守ろうとする事。

 配信者として私を超えていく事の三つを確信した。

 少なくとも最後の一つは確実に実現されるだろうと思う。


 なぜなら、“ゆーにゃ”と名乗るこの可愛い新人の動画のURLを『昔の私達の動画みたい』とリョウちゃんが送ってきたからだ。

 リョウちゃんは必ずこの子の動画をプロデュースしたいと言い出すだろう。

 昔、私と一緒に動画を作ろうと言ってくれた時の様に。


 ***


「マナティ、ゆーにゃちゃんの事、これ以上囲い込まないで」

「はぁ? 何言ってるんですか? エリリンさん、エリリンさんじゃあるまいし、私はそんな事しませんよ?」

「過去に今あなたがしている様な事をしていたから分かる! ゆーにゃちゃんを親友って言葉で繋いで支配しようとしないで!」

「そんな事そもそもしてないし、可愛い可愛い後輩のゆーにゃちゃんを私から取らないでって言ってる様にしか聞こえませんよ?」

 マナティは明らかに私を馬鹿にした素振りで

「ってゆーか、今日テーマパーク撮影あるのゆーにゃちゃんのスケジュールで調べて来ましたよね? それってストーカーじゃん? キモっ」

 確かに私はマナティと話す為にゆーにゃちゃんのスケジュールを見た。

「エリリンさん、コレ!」

 少し太めのペンの様な物を差し出され、反射的に受け取ってしまった。

「それ、カッター、可愛いでしょ? あげるよ、手首でも切っておけば、ゆーにゃちゃん優しいから『私は知らなかった〜嫌いにならないで〜』なんてみっともないメッセージ送ってくる先輩でも心配してくれるんじゃない?」

「あの時は、気が動転してて、変な内容を送ってしまっただけで…そもそも自傷行為なんて、そんな事するわけないでしょ!」

「へー動転してあのキモいメッセージをー…切らないなら返してー」

 マナティにそのままカッターと言われた物を返した

「エリリンの指紋ベッタリじゃん」

 そう言ってエリリンは自分の脇腹にカッターの刃を押し付けた

「あぁー、っ本当に痛い」

「ちょっと! 何してるの? 何自分のお腹にカッター刺してるのよ!! 頭おかしいんじゃない!?」

 何が起きているのかよくわからないけれど、明確に分かるのは、マナティが私に対して悪意のある事をしているという事だ。

「ゆーにゃちゃんが今戻って来たら、私の話とエリリンの話、どっちを信じると思う?」

 背筋がゾワゾワとして、とても冷たい汗が体から噴き出ている様な感覚になった。

「早くここから離れた方が良いんじゃない? ゆーにゃちゃん、戻って来ちゃうよ」

「話はまだ…いや、そのお腹手当しないと!」

「分からない? 今ゆーにゃちゃんが戻って来たら、エリリンさんが私の事刺したと思うと思うよ? また『違う!嫌いにならないで〜』ってメッセージ送る事になっても良いの?」

 ドクドクと気持ちの悪い脈が強く体を響いている。


 マナティの勝ち誇り自信に満ちた視線に怖気付いて、私はその場を離れ一目散にパークを出た。


 おかしな事が起きた。

(リョウちゃんに直ぐに伝えなきゃ! …でも、私の話信じてくれる?)


 ***


 マナティがテーマパークで自傷行為をした事はもちろん報じられなかった。


 あの日パークを出てすぐ、駐車場にリョウちゃんが運転する社用車があるのを見つけて、仮眠を取っていたリョウちゃんに電話をかけて起こした。

 そして、あの時見た事、言われた事の全てを話した。

 話を最後まで聞いてリョウちゃんが私に放ったのは「エリリン、少しまとまった休みを取ろう…ごめん、エリリンがここまでおかしくなっていってる事に気づいてあげられなくて…」という謝罪の言葉だった。


 プツンっとずっと張りつめていた物が切れた。


「それじゃぁ〜、私は〜しばらくOFFってことね〜ゆっくりしちゃお〜バイバ〜イ、リョウちゃん」

 そう笑顔で言ったバカらしいほど間延びした声が今も耳の奥でこだましていて、自分以外の声を私の耳は受け付けなくなってしまった。


 あの日以降、リョウちゃんや社長から何度も電話がかかってきたが、メッセージを読むので精一杯だった。


 今はメッセージを開く事もしなくなった。

 それでもリョウちゃんからメッセージは届く。

 リョウちゃんが今の私にかけてくれる言葉は友達としてだろうか…それともマネージャーとしてだろうか。

 

 返信しないと…でも出来ない。

 見つめるスマホの画面の隣で桜色のマグカップの底はコーヒーですっかり染まってしまった。








 

 

 






 

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