第33話 情報

 年末年始もゆーにゃは休まずTVや配信動画、SNSに登場していたけれど、全て去年中に撮影や編集を終わらせていたもので、投稿そのものも予約で行っていたものが多い。


 タレントになって初めてのまとまった休暇だったけれど初詣くらいしか家から出ないで過ごした。


 例年、海外の派手なカウントダウンパーティーで年末年始の動画やSNSを更新するマナちゃんもルルメゾのプロデューサー業で忙しかった様で『ゆーにゃちゃんと同じで私も引き篭もりしてる 笑』と度々メッセージが来た。

 そして、そんな他愛も無いメッセージのやり取りを繰り返しているうちに年が明けた。

『ティーンの憧れのマナティがそんな地味な過ごし方で良いの?』

『自分だって今は憧れの対象なんだから引き篭もってちゃダメでしょ?』

『ゆーにゃはメンヘラだから人混みとか苦手なんだよ、多分 笑』

『メンヘラキャラ、便利に使い過ぎてるよ』

『あ、明けましておめでとうございます』

『本当だ! おめでとう! 今年もよろしくね』


 ***


 年が明け、パパが単身赴任先のインドへ戻り、ママが仕事始めで打ち合わせへ出かけた日、私も“今年最初の動画撮影”の為にスタジオへ向かった。


 スタジオに着くといつものスタッフ達が既に揃っていたので順番に新年の挨拶をしてまわった。

 挨拶まわりをしながらリフレッシュ用に置かれているお菓子がいつもよりご当地感がある事に気が付いた。

(リョウさんも実家に帰っていたのかな? 鳩型の有名なサブレーがある)

 今日のスタジオ入りはリョウさんの運転してくれる車ではなくタクシーだった。

 社長とリョウさんは朝から関係各所への挨拶回りに大忙しらしく、スタジオにも一瞬顔を出したけれど、またすぐ別の挨拶先へ行ってしまったらしい。

 私はまだ新年になってから一度も会っていない。


 新年最初の動画撮影では“今年の抱負”をゆーにゃが真剣に語る内容だ。


 抱負と言いながら、月額制の会員コンテンツ“チームゆにゃ”の魅力を伝え、ルルメゾの春夏アイテムやカタログ、そしてファッションイベントでのランウェイの全てに親友のマナちゃんがプロデューサーとして関わるというビッグなお知らせなど、ファンのみんなに伝えなくてはいけない情報を伝える動画だ。


 “チームゆにゃ”という会員コンテンツの名称はゆーにゃの動画に関わるスタッフや視聴者も含めた呼称でコメント欄である日自然発生的に多用されるようになった。


 台本の最終チェックをして撮影に入る前に一旦休憩になった。

 休憩になるのを待っていたかの様にリョウさんがスタジオに現れた。


「リョウさん! 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 しっかりと頭を下げて挨拶をする。

「ゆーにゃ、去年の大活躍以上の活躍を今年も期待してるからね! よろしくね」

「あの、社長への挨拶、本当に今日事務所に伺わなくて良いんですか?」

「あぁ、社長はね、新年の挨拶だけでなくて飲み会もはしごしなくちゃいけないから、来週のミーティングの時で十分だよ。もちろん私からゆーにゃが挨拶に行きたがった事は伝えておくから安心してね」

「わかりました。ありがとうございます! あと、サブレーの差し入れありがとうございます」

「よく私の実家が鎌倉って知ってたね」

「はい、エリリンさんに以前聞いて…」


 まずい事を言ってしまったと思いとっさに手で口元を隠してしまった。


「ゆーにゃ、エリリンの話を誰もしないから話しちゃいけないと思ってる?」

「…はい。正直怖いくらい誰もその話題に触れずにいつも通り過ごしている様に見えるので…言ってはいけないのかな…と思っています」

「話したいけど、話せないんだよ…みんな…エリリンが少しずつおかしくなってる事はエリリンに関わっている事務所の人間ならみんな薄々気が付いていたと思うから…コミドリとホストクラブで豪遊していたと聞いた時は耳を疑ったよね…あまりにもエリリンらしく無い行動だったから…」


 リョウさんの大きくはない声が広いとは言えないスタジオの中に響いていて、スタッフの誰もが聞こえないフリをしているのが分かった。


「エリリンが、ゆーにゃに必要以上に絡み出した時もがストレスか何かの影響で出ているんだとばっかり思って、何度もエリリンを社長と私で注意したの…でもエリリンは、ひたすら私と社長、ゆーにゃも全員勘違いしているから私が守ってあげないとって言い続けたり…挙句にはマナティが自分のお腹を自分で刺したと言い出したり…」


(マナティが自分で自分を刺した? テーマパーク動画を撮影した日の事件をなんでエリリンさんが語ってるの?)


 スゥっと息を吸い込んで、照明が吊り下げられた天井を仰ぐリョウさんを視界の端にとらえながら、私は足元に視線を落とした。


 エリリンさんを追い込んだ何かの一つに自分が関わっていると言われた様に感じて当たりどころの無い居心地の悪さを全身で感じた。


「本当に…いつまで遡ればエリリンが今も居るんだろう…って、どこで私はかけるべき言葉を間違えてしまったんだろう…いつ見逃してはいけないサインを見落としてしまったんだろうって考えちゃうんだよね…タイムリープなんて出来るはずもないのに…」


 感情的に話すリョウさんに戸惑う気持ちも今すぐこの話題を終わらせたいという思いもあったけれど、マナティの事件についてはもっと詳細に教えて欲しいと思った。

 空気を読むのであれば、ここは他のスタッフ全員がそうしている様にリョウさんが話し終えるまで黙って聞くのが正解なのだろう。

 けれど、私は…


「リョウさん、テーマパークでのマナティの怪我をどうしてエリリンさんがそんな風に言ったんですか? あの日、パークに居たんですか?」


 頭で理解している正解を無視して、傷心のリョウさんの傷を広げるかもしれない質問を無神経に聞いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る