可愛いだけでは厳しいのでメンヘラ始めます

明日美 燁乃

第1話 前髪

『今日も可愛い』

『ビジュ良すぎ』

『今度は高校の制服で踊ってください』

 ぽつりぽつりと高評価の数字が伸びて行くのに合わせてコメントが付く。

(制服でってまた来てる、ほんとキモい)


 私、雨宮あまみや 祐奈ゆうなは高校生インフルエンサー。

 動画の配信とSNSの投稿をほぼ毎日欠かさず行っているが、試行錯誤し手は尽くしているつもりでいるけれど、500人にも満たないSNSに二桁の再生回数しかいかない動画と始めた頃に想像していたインフルエンサー像とはかけ離れた状態でいる。

「祐奈は可愛いから配信者とかになったらすぐ有名人になっちゃうね」

 そう同級生達に言われ続けたのを鵜呑みにしてしまったのは自分なのに、最近はそんな無責任な事を言い続けていた同級生達を責めたい気持ちになっている。

『可愛いだけの配信者は他にもいるからもう観ない』

 が一つ増えた。

(そんな事わざわざコメントに残さないでよ)


 高校生と言っても通信制の学校に在籍している私の日中はとても自由時間が多い。今も平日の昼間に渋谷へ向かって歩いて居る。

 最近は配信者らしくブランドロゴの目立つ派手な色の最新の服を常に着る様に心がけ、ヘアメイクも変わりやすい流行に乗り遅れないようチェックが欠かせない。

 家から20分くらい歩くと渋谷のスクランブル交差点のど真ん中だ。

 そのど真ん中が私のお気に入りで、学校という常に目立てるステージがない今の私には多くの人の視線を感じられる場所が必要だった。

 東京の人は他人に無関心とよく言われているけれど、それは目立つ容姿をした10代の女の子には適応されない。

 人の視線を感じながら街を歩く。

 信号が点滅し始めていつも通り足早に横断歩道を渡る人達とすれ違う。


 いつもの様に向けられる視線を流して優越感に浸れると思っていたのに、今日はそんな気分にれなかった。

 むしろ、自分と同じロゴの付いた服やバッグを持つ人がやたらと目につき、さっき目にしたが脳裏にチラつく。

(可愛いだけまだマシじゃない!)

 苛立ちを感じながら歩道を渡り、予定していた駅前のビルでの買い物は止める事にして、衝動的に改札を通って山手線に乗った。


 ***


 吸い寄せられる様に降りた駅は“JR新宿駅”で、向かった先は“歌舞伎町”だった。

 新宿に来た事は何度もあったけれど、このエリアに来た事が無いのは基本的に飲み屋さんが多く酔っ払いが多そうだという近づきたくないイメージと、具体的に説明するのは難しいけれど、なんとなく“怖いエリア”と認識しているからだ。


 少し警戒しながら歩いていると道の反対側の広場の角で奇声混りの金切り声で男性をリュックで殴りながら罵倒しているのが見えた。

 派手なブランド品で身を固めた男性を罵倒しているのは、子供服の様なデザインの服にツインテールの女の子で、とてもカップルには見えない男女がなぜあんなに派手な喧嘩をしているのだろうか…やはり歌舞伎町は怖い街であるという認識は間違っていなかった。

 トラブルに巻き込まれたくない気持ちでその場を離れようと広場に背を向けた時、すぐ側にいた二人組の男性が嘲笑気味に話しているのが聞こえた。

「メンヘラってなんか気になるよな」

「お前、結構好きだよなメンヘラ女、俺は絶対パスだけど」

「好きなわけじゃ無いけど、まぁ無しじゃないな、可愛いのが絶対条件だけどな」

 そう話ながら男性達がその場を離れて行くのを見送り、しばらく遠巻きにツインテールの女の子の行動を眺めながら、私のスマホの検索エンジンのタブはメンヘラに関する情報で溢れていった。

 

 広場でのトラブルは最終的に警察が来て野次馬はお開きになり、私もその流れに乗って新宿駅の方へ向かい調べたてのショップで服や靴、バッグを買い揃え、キャラクターグッズも買った。

 飛び込みで入れる美容院で前髪をツインテールに似合うよう切ってもらい、そして最後に薬局で生まれてはじめて飲む必要のない薬を買った。

(これで、今より多くの人に気にしてもらえるかもしれない…)


 家までの帰り道、これからの配信の事だけが頭の中を巡った。


(今の配信用アカウントは全部消そう)


 見つめるスマホの画面を遮るように重い前髪が視界を狭くしていた。

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