第2話 カラコン
『ゆーにゃ可愛い』
『ビジュ最高!完全に沼った』
『ゆーにゃになりたい』
(コメントの内容ってどんな配信しても殆ど同じなんだな)
メンヘラインフルエンサー“ゆーにゃ”になって一週間になる。
SNSのフォロワーも配信の登録者もあっという間に3000人を超えた。
『中学では頑張って陽キャを装っていたけど限界だった。通信制の学校に進学してメンケア頑張ろうと思ったけど上手くいかない…ダメな人間だけど、まだ自分の事諦めたくないから…投稿する事で、みんなと繋がって…しにたいって思う気持ち減らしたい』
そんな投稿から始まった“ゆーにゃ”のアカウントを一番最初にフォローしてDMを送ってきたのは明らかに下心のある男性だった。
今までならキモいと無視するところだが適当に返信をしている。
繋がりを求めているメンヘラという設定に早くもうんざりしたが、徹底して設定を守る姿勢が良かったようで次第に同世代の女の子からのフォローや共感のコメントが増えていき、フォロワーが2000人を超えた頃には“病んでいる事への共感”よりも私の容姿やファッションについてのコメントが大多数を占める様になった。
今も“毎日メイク”の動画を配信して『可愛い』という趣旨のコメントがテンポ良く増えている。
『メイク前からゆーにゃは勝ちが約束されてる』
『可愛いが過ぎる』
(ここまでのコメント全部最高だからスクショしとこ)
ゆーにゃを褒める内容のコメントでいっぱいの画面をスクショするのが最近の日課であり、自己肯定感を維持する為の大切な作業になっている。
メンヘラを装うと決めて最初に見た目をそれっぽくする事は直ぐに出来たけれど、肝心のどの様な配信やSNS投稿をしたらメンヘラになれるのかg全く検討がつかず、関連のありそうな動画を片っ端から観た。
今人気があるメンヘラインフルエンサーはもちろん精神科医が解説する精神疾患等の動画も漏らす事なく観た。
中でも一番参考になった動画は精神科医がメンヘラについて解説する企画で、明確にどんな行動をとるとメンヘラなのかを教えてくれている様に感じた。
けれど一方で、お医者さんの動画には俗に“病んでいる”と言われる状態がいかに苦しいものなのかについても語られていて、想像しただけで気が滅入りそうになった。 そして、そういった症状や障害で困っている人、苦しんでいる人がいるという現実を知った上でなおそれを装ってキャラ付けに利用している自分の行動に後ろめたさを感じた。
SNS、配信メンヘラになって一ヶ月が過ぎた。
5000人を目前にフォロワーが伸び悩んだ。コメントも相変わらず容姿を褒める内容が多いが明らかに数が減っている。
(何か興味をひける投稿をしないと…)
人気インフルエンサーになりたい一心でメンヘラを装うと決めた日に見た、ツインテールの女の子を思い出しながら、次の一手になりそうなアイディアを頭の中で巡らせた。
ぐるぐると今一つなアイディアが頭を二、三周した時だった、あの現場の野次馬の声が聞こえた気がした。
「OD《オーディー》したんじゃない?」
OD と言われているそれはオーバードーズ…市販薬の副作用を利用する為に過剰に摂取して一時的に気分の高揚感や落ち込みを起こすことで、辛い気持ちを紛らわせるとSNSで見た。
なんとなくメンヘラを装うのにこのODというものを彷彿とさせる為、わざと写真や動画の中にODに使用されているという市販薬を映り込ませるという事は今までもしてきている。
(…やるしかない)
ほんの少し薬が映り込んでいるだけでは、メンヘラとしての説得力に欠けると思い、
大量に薬を飲んでいるライブ動画を配信する事を決め、ネットで最低何錠の服用でODと言われる状態になれるのか確認した。
(今後を考えて最低量にしないと…最初から大量ではネタ切れしてしまう)
カメラの位置と映り方を何度も確認し、タブレットのお菓子で薬を飲んでる事を装う練習した。
(本当にODなんてする訳がない)
最初は本当にODを実行しようかとも考えたけれど、どう考えてもリスクが高すぎると思った私は、口に含んで飲み込んだふりをする事でやり過ごす事にした。
撮影準備は万端。
『もう無理、限界』と、動画の前に一旦意味深な投稿をした。
心配しているという趣旨のコメントやDMが届き始めたのを確認した。
メイクをワザと崩し、髪も乱れさせ何度も確認した定位置について、配信ボタンを押した。
『私、ほんとに自分が嫌いすぎて無理、いなくなりたい…でも、それも出来なくて…こんな風にネガティブだとフォロワーのみんなも離れていっちゃうって怖くて……』
しばらくの沈黙の後、衝動的に薬を飲んだふりをして、しばらくまた沈黙の後、何も言わずに配信を停止した。
心臓が飛び出しそうなほどバクバクと音を立てているのを感じながら、口に残った錠剤をティッシュに出した。
(ODしてる様に見えたかな…)
口から出した薬を捨てるのに幾重にもティッシュで包んだ。
薬を包んだティッシュは意識的にゴミ箱の底に捨てた。
ゴミ箱の底を何となく再度確認してから服を着替え乱れたツインテールの髪をおろした。
今夜はこのままお風呂に入ってSNS等何も見ないで寝てしまうつもりでいたけれど、習慣的に見たスマホの画面にはかつてない数の通知件数が表示されている。
口元が緩むを感じた。
緩む口元とは対照的にカラコンを入れた眼の奥は微動だにせず通知件数が増えるにつれ硬直を増しているのを感じた。
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