第40話 グリッター

「ゆーにゃさん、コラボ本当にありがとうございました! 感激です!」

 コラボ相手が入れ替わりして最後の相手が控え室から出た。

 ショート動画で少し踊る程度の撮影と数枚の写真撮影はあっという間に終わった。


 マナちゃんに送ったメッセージには相変わらず既読がついていない。

 颯さんとリョウさんもまだ帰って来ない。


「マコさん、最後のヘアメイクのスタンバイはいつからしていれば良いですか?」

「えっとーそうねー今から45分後くらいには戻って来て欲しいわね」

「分かりました! 私、ちょっと歩いてきます!」


 廊下に出て少し歩いたところでリョウさんに会った。

 リョウさんの話ではバックヤードエリアを颯さんと二人で手分けして探したけれど見つけられなかったと言う。

 どこにいても目立つマナちゃんなので出演者やスタッフに聞いて歩いたけれど目撃情報も得られなかったという。

 探しに行くと言ったら止められてしまいそうなので「お手洗いに」と言ってリョウさんと別れた。

 颯さんも控え室に戻るという事は、本格的に会場と会場周辺のマナちゃん捜索をイベントの運営や警備に依頼する可能性が高い。

 

 私は既にマナちゃんが恐らくいるであろう場所の検討はついていた。

(観客エリアにいる)

 バックヤードを既に探し終えているからそう思っているのではなく、マナちゃんが控え室に居ない事に気が付いてからずっとそんな気がしている。

 けれど、観客エリアに私が行って良いものか悩んでいる。

 観客エリアに出演者は入ってはいけないというルールが出演にあたっての契約書の中に記載されている。

 興奮状態の観客の中に出演者が登場すればパニックを起こす事は目に見えている。

 パニックが起これば恐らくその瞬間のステージを完全に潰す事になる…

(今の私には悩んでいる時間はない)

 スタッフパーカのフードをすっぽりと被って、観客エリアへスタッフのふりをして入って行った。


 客席側から観たステージは遠くからでもハッキリと分かる程眩しかった。

(あのステージを歩いたんだな…)

 ただただ自分がついさっき成し遂げた事の大きさを感じながら、ステージを見つめていると、丁度私と対角線上の位置の二階席にマナちゃんがいる事が分かった。

(絶対怒られるけど、マナちゃんが客席にいるとバレてパニックになるよりマシ!)

 夢中でリョウさんにメッセージを打った。

 リョウさんは直ぐに私からのメッセージを確認し『マナちゃんを確保しに行く』『ゆーにゃはこのままバレないように戻って来なさい』という返信をくれた。

 私は特に返信はせずにさらに深くフードを被って会場からそっと立ち去った。


 ***


「ゆーにゃちゃん! 行こ!」

 笑顔のマナちゃんと手を繋いでグランドフィナーレのステージに二人揃って上がった。

 二階観客エリアになぜマナちゃんが居たのかを私はまだ聞いていないけれど、私の連絡を受けたリョウさんが颯さんに伝えて、颯さんがマナちゃんを保護したという事と、暫く颯さんと二人で話した後に控え室に戻って来たマナちゃんはいつものマナちゃんだったという事実だけは知っている。


 ステージには今日出演したモデル達の中でも特に人気の子達が並び、それぞれのブランディングの思惑が見え隠れしつつも「ファッション大好き!」という共通点で結ばれているモデル達には大きな一体感があった。

 もちろん、私とマナティもその一体感の一部になっている。


 その日一番の熱狂を生んだグランドフィナーレが終わると、退場のアナウンスが流れる中でSNSタイムが始まった。

 みんな出来ればマナちゃんと撮影したいと思っているのだろう…ステージの袖に入った直後からマナちゃんの動きを目で追っている子が何人もいる。

 しかし、当の本人はマイペースを崩さずに「ゆーにゃちゃんお腹空いたから残ってるお弁当食べよ」と足早に控え室に私を連れて戻ろうとしている。


「ねぇ、マナちゃん…その…」

「なぁに? あ、観客エリアに居たの見つけたのゆーにゃちゃんなんでしょ? いけないんだー、入っちゃダメって言われてるエリアなのにー」

「マナちゃんが心配だったから怒られるの承知で入ったのに、そんな言い方なの?」

「ごめんー、ごめんね。ありがとう、心配して探し出してくれて」

「怒ってないよー、でも、すっごい偉い人とかに怒られたら助けてね」

「それは任せて! マナの得意分野だから!」

 廊下は後片付けに追われる人達が流れる様に通り抜けて行く。

「ねぇねぇ、ゆーにゃちゃん、今日の打ち上げの後は二次会行かずに二人でお家女子会しない?」

「久しぶり! 絶対しよ! どうせ大人達はお酒飲めれば良いんだしね」

「それじゃぁ、運転して欲しいからお酒飲まないでって言っておこう!」

「大丈夫だよ、颯さんとリョウさんは私達を家に送り届けるまで絶対にお酒飲まないから」


 控え室の前に着くと、想像以上に多く大人達が私とマナちゃんを待ち構えていた。

 助けてくれると言っていたマナちゃんも一緒に怒られることになる様だ。

 二人で目配せをして、長くなるであろうお説教を真摯に受ける体勢を整えた。


 髪にたっぷりと付けられたグリッターが頭を下げる度に落ちて、お祭り終わりの花火の残像の様に床を彩った。



 

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