第26話 エリリンの自分語り 前編

 あぁ、我ながらバカらしいと思う。

 この間延びしただらしない喋り方をいつから始めたのかもすっかり忘れて、今では四六時中この喋り方になった。


 今でもはっきりと覚えているのはエリリンとして夢を見たという自覚があった朝、自分の一部であったはずのエリリンに完全に支配されたのを感じた事だ。

 私は、寝ても覚めてもエリリンになった。


 ***


 私があの子の一番の存在でいたい


 幼稚園の頃には既に始まっていたと思われるこの感情は、誕生日を迎える度に煩わしい存在になっていったけれど、切って手放す事がどうしても出来なかった。


 小学校の低学年くらいまでの私は、私の事が大好きという友達の存在を常に欲していて事あるごとに友情を確認する言葉を口にしていた様な気がする。

 中学年になる頃には、私以外の人と私の事が大好きな友達が親しくする事が許せなくなり友情を試す為に無茶振りをして従わなければ次の日から無視をして、新しい私の事が大好きな子と友達になった。

 中学生になると、友情を邪魔する恋愛というものが現れ、私の事が大好きなはずの友達が塾で隣の席になる他校の男子に告白を考えていると私に相談してきた。

 告白なんて許せない。

 彼氏という存在が友達に出来る事に嫌悪感を感じたし、理解が出来なかった。

 「私がいるのに、私の事が大好きなのに、どうして彼氏が必要なの?」そう詰め寄ってみようかとも思ったけれど、そんな事をするよりも友達が告白しようとしている男子に彼女が出来てしまえば良いんだと思った。


 それ以降、友達が好きになった人も好きになりそうな人も端から私の彼氏にした。


 何度かそんな事を繰り返したら同級生に友達はいなくなった。

 けれど、学校というのは素晴らしいところで、四月になれば後輩という存在が入学してきて私の新しい友達になってくれた。


 後輩の友達は同級生の友達の何倍も私に気に入られようとしてくれた。

 初めて後輩の友達が出来て、私の無茶振りを泣きながらでもこなすのを見て、心がとても満ち足りたあの瞬間を今でもハッキリと覚えている。


 そして、もっとという明確な目標を持って、私は高校生活を地元から少し離れた高校で始めた。


 高校生活でより多くの後輩の友達を得る為にになる事を決めた。

 同級生全員と仲が悪くならないようにし、学校の委員会や行事、部活などを積極的に行って、誰からも嫌われない模範的な一年間を過ごした。

 そして迎えた高校二年生の四月、待ちに待った後輩が沢山入学して来た。

 生徒会の役員として新一年生の前でスピーチをした私の姿にきっと憧れてくれるだろうと心を弾ませていた。


 けれど、後輩達が一番に仲良くなりたい先輩は誰よりも信頼されているはずの私ではなかった。


 隣のクラスの地味女がゲームの実況をする動画配信をしていて、その実況動画が面白いとネットで話題になり、その地味女はネットで有名人らしい。

 ゲームの事ばかり投稿しているSNSのフォロワーも一万人以上いると同じクラスの子達が騒いでいた。

 私は、SNSは見るのが専門で自ら配信した事もなければそもそも誰にもアカウントをフォローされていない。

 私のフォロワーはゼロ人だ。


 新入生へ向けたスピーチをしている時、体育館の壇上から一人とても可愛いらしい新入生を見つけていて、絶対にその子を私の新しいにしようと決めていた。

 けれど、その可愛い子も他の後輩達同様にネットで有名な地味女と友達になろうとしている様で、地味女と同じ部活に入部した同級生を頼って「SNSの相互フォローをした」と廊下ではしゃいでいるのをこの耳で聞いた。


 可愛い後輩の友達に囲まれる私の高校生活の予定が音を立てて崩れた。

 そして、この日の夜、学校生活へのモチベーションを失った私は、地味女でも出来るならと動画配信のアカウントを作った。


 “エリリンチャンネル”が誕生した。


 学校生活への魅力を全く感じなくなった私は、ひたすらSNSのアルゴリズムや動画の作り方を独学で勉強し始めた。


 気がつけば部活も委員会も辞め、授業中も動画の事ばかり考える様になっていた。エリリンチャンネルの一回目の投稿動画は自己紹介。

 二回目の投稿は当時流行っていたチャレンジ系の動画を真似たものだった。

 三回目、四回目と投稿回数は増えていったけれど、動画そのものはチャレンジ企画の真似事だった。

 今はとても観れたものではないその動画がエリリンチャンネルの原点だ。


 チャンネルを開設して間もない、動画制作に夢中になっていたあの頃は不思議と自分に夢中になっていてを必要とはしていなかった。


 私が求め続けていたは私を常に不安にさせる存在でもあった。

 常に私に好意が向いているかを確認しなくてはいけない、そんな存在だった。

 なんて面倒なだけでいない方が良いじゃん!

 私の生活にが必要でないと確信した時に、私はリョウちゃんに話しかけられた。


「ねぇ、エリリンチャンネルってあなたがやってるの?」


 あんなに学校生活に貢献していた私の名前を知らない失礼な同級生を最初は無視しようかと思ったけれど、自分のチャンネルの数少ない視聴者かもしれないと思ったら会話をする気になった。

「そうだけど、観てくれてるの?」

「観てる…まぁ観たは観た。なんであんなつまらない動画投稿してるの? もっと編集とか凝った方が良いし、企画だって誰かのパクリばっかりだよね?」

 カチンっとくる…その表現には嘘はなく、本当に頭がカチンとした

「は? 何? バカにする為にわざわざ声かけたの? ウザいんだけど」

「怒るって事はつまらない動画って自覚してるんだよね? 面白い動画にしたくない?」

「したいに決まってるでしょ! でも、編集も難しいし企画なんて全然思いつかないし…出来るならしてるわよ!」

「じゃぁ、私に企画と編集やらせてくれない?」

「なんであんたが私の動画の企画と編集するのよ? 関係ないじゃん!」

 顎に手を当てて暫く考えた上で

「友達になれば良いじゃん。友達なら関係なくないし、一緒に動画作っても良いと思うんだけど」


 私の知らない友達がその瞬間に出来た。

 この未知の友達がかけがえのないものになる事は直感的に私でも分かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る