第25話 みんなの好きな
『なーんて 笑、全然しらない』
心臓が潰れてしまったのではないかと思うほどほどぴたりと全身の動きが止まっていたけれど、視線は画面の文字をしっかりと追っていた。
そして続けて
『さっき決まったんだけど、明日退院してお家に帰れるんだ!』
信じられないほど自然に一瞬にしていつもの空気感に戻った。
『良かった!』
『それで、ゆーにゃちゃんにお願いがあって…家にお見舞いに来てくれない?』
『お見舞い? 良いに決まってるよ! むしろ行きたい!』
『ありがとー、今回の入院は過労だったところにテーマパークではしゃぎ過ぎてダウンしたって事にする事になって』
『いつもより長く思い出投稿が続いていたのは療養中のベッドの中からの投稿でしたーって感じでまとめたいんだよね! 療養中は安静にしなきゃダメだよマナティってファンからコメント殺到しそうだけど…』
『あぁ! それで、私がマナちゃんちゃんと寝てね! ってお見舞いする感じ?』
『そうそーう、さすがゆーにゃちゃん! 話が早くて助かるー』
『多分OKですけど、一応リョウさんに確認しますね』
『お願ーい!』
***
「キタキター! 入って! ゆーにゃちゃん!」
「マナちゃん、ちゃんと寝てよー」
リョウさんと颯さんが日時の調整をして直ぐに“ゆーにゃ、マナティのお見舞いをする企画”動画の撮影は実現された。
「はい、マナちゃんからリクエストされてたフルーツジュース! とコレ!」
「このジュース超好きなんだよねー、で、これ何? 本?」
ガサゴソと包みを開けるマナティの手元にカメラが近づく
「ん? え? これ…カタログ…ってゆーか宣伝じゃん!」
爆笑しながらマナちゃんが包みを剥いだカタログの表紙をカメラにみせる
「ルルメゾの最新秋冬カタログ! 私のモデルとしての初仕事をいち早くマナちゃんにみてもらおうと思って!」
「当たり前だけど、ゆーにゃちゃんルルメゾ似合っていて可愛い…あーでもポーズと表情のレパートリー少なくない? カメラマンさんとかスタッフさん大変だっただろうな…」
「そーゆー視点での感想? 良い点は可愛いだけ?」
「モデルの仕事なら可愛くて服が似合ってるのは当たり前、カタログのお洋服が良く見えるように自分でポーズとか表情をもっと研究しないとね! 先輩からのアドバイスだよー、ありがたく聞いてねー」
「本当に、もっと頑張らないとですね、私! ルルメゾさん! もっと頑張るんで来年の春夏のカタログもチャンスください!」
カメラに向かってルルメゾさんに意欲を全力でアピールした。
「じゃぁ、親友枠でマナも! ルルメゾさん! マナもお願いします!」
マナちゃんもルルメゾにアピールした。
私服がハイファッションである事が周知の事実であり、パリやニューヨークのファッションウィークに招待されているマナちゃん。
海外の有名ファッション誌にも写真が掲載されている彼女が日本のティーン向けアパレルのモデルをしたいなんて…彼女ははなから言っていない。
ルルメゾの来年春夏のカタログにマナちゃんが“親友枠”で参加する事はもう既に決定していて話が着実に進んでいる。
それは、マナちゃんからルルメゾに「親友のゆーにゃの出るカタログやショーのプロデュースを来年の春夏でさせて欲しい」と直接頼み込んだと聞いている。
もちろんルルメゾは二つ返事でOKをして、既存チームにマナティプロデュースを叶える為のチームをプラスして、カタログだけでなく、来年開催されるファッションイベントへ向けて更に勢いを増しているらしい。
今日、この撮影が始まる前にマナちゃんから「ルルメゾの春夏はマナがプロデュースするからね! 楽しみにしてて!」と言われたので、噂レベルではなく本当にプロジェクトとして動いているんだな…と思ったらマナちゃんが益々凄く思えた。
今、お見舞い企画の中に唐突に私が自分がモデルをしたカタログの宣伝をねじ込んでいる様に編集されるであろう一連の流れは、これから始まる“プロデューサーマナティのドキュメンタリー”への前振りとして使われる。
一旦休憩のサインがカメラマンさんから出た。
「ねぇねぇ、ゆーにゃちゃん、ルルメゾの春夏コレクションのステージとカタログ、絶対成功させようね!」
「私、今日からステージに向けて頑張る! 来週からウォーキングのレッスンやパーソナルジムでの体づくりも始まるし…この休憩で…ドーナツの誘惑に負けない」
「ドーナツ一個くらいじゃ何も変わらないと思うけど…まぁ、大事だよね! 気分的なやつ! あ、ナッツ食べたら? ゆーにゃちゃんが意識高めてる 笑 って後で投稿しよ! なんか面白いから」
そう言ってマナちゃんはスマホのカメラを準備し始めた。
テーマパークでの出来事が本当は無かったのではないかと思えてしまうほど、マナちゃんはいつも通り元気で、弱っている様子はなく、むしろ念願のプロデューサー業が出来るとなって今まで以上に元気になっている様にすら感じる。
「ゆーにゃちゃん、女優みたいにナッツ食べて」
「えー何そのリクエスト、難しいよー…うーん、こんな感じ?」
カメラに向けてナッツを持ってポーズをとる
「ゆーにゃちゃん、これ、動画」
「ちょっ、えー、写真撮るって言ったじゃーん、これ、地味に恥ずかしいんだけど」
「写真なんて言ってないよー投稿するって言っただけだよー」
マナちゃんも現場のスタッフの人もみんなで笑いながら過ごしている休憩時間のリラックスしたこの一コマさえも、カメラさんは録画ボタンをしっかり押していて「今のかなり良い感じに撮れてるから、ショートで投稿したら?」と動画をその場で見せてくれた。
「この瞬間も逃さないとか流石すぎる! マナの方はスマホで撮ってたやつを投稿するから、ゆーにゃちゃんの方で“古から伝わるドッキリされた”的な感じで投稿したら面白いんじゃない?」
「えー、恥ずかしいよー、でも、ファンが喜んでくれそう!」
「そうそう! こーゆーのみんな好きだよねー」
「でも、最近メンヘラ感がかなり薄れちゃってるのは、キャラとしてどうなのかな? って思う瞬間あるんだよね… 着実にファンも増えてて登録者100万人の目標達成も見えてきたし」
「メンヘラキャラなんて別に女の子あるある的な感じで成長過程で卒業しましたーで良いんじゃない? 今のゆーにゃにメンヘラを求めてる人なんていないんじゃない?」
「そう言われると確かに…」
「そうそう! でも、メンヘラキャラがベースにあるってちょっと羨ましいな…弱った時、メンヘラ発動させて良いわけじゃない? 私、絶対メンヘラとか発動させられないもん…いつでもポジティブなマナティの事がみんな好きだからね」
そんな事を言われてしまうと…今のこの状態が無理しているのでは…と心配になる
「私は、どんなマナちゃんも好きだよ」
「え! 何!? 突然の告白?」
笑いながらマナちゃんは「ねーねー今、ゆーにゃちゃんに愛の告白されたー」と颯さんに話しながらスマホをバッグに戻してもらっている。
本当にいつでもキラキラしている。
マナちゃんの輝きを僻む様にネガティブに思った事も一瞬あったけれど、一緒にいればいるほど、彼女は誰よりも輝く為の意識を常にしている。
だからキラキラし続けている事がわかる。
それが加工した輝きではなく本物だから、多くの人がマナティから目が離せないのだと思う。
私もそんな存在になりたい。
撮影再開の声がかかって、私は自然にゆーにゃに戻った。
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