第24話 検索

 “マナティがテーマパークで何者かに刺される”というショッキングな事件は特に報道される事なく数日が過ぎた。

 もちろんどんなに検索しても何も出てこない。


 被害にあったマナちゃんはというと、お腹にちっちゃな傷が出来ただけだし、大事にしたくないからと被害届を出さないと、さっきビデオ通話で話た時に思っていたよりも元気そうな口ぶりで言っていた。

 マナちゃんが被害届を出さないとなればもちろんテーマパークで撮影した動画は予定通り公開するし、二人のSNSもテーマパークの思い出投稿がしばらく続く予定だ。

 この状況に若干の気持ち悪さの様なものを感じるけれど、一方で動画が予定通り公開される事を心から喜んでいる自分もいる。


 気持ち悪さの正体は“被害者のマナティのケア”よりも“予定通り動画が公開されるか”に関係者全員が注目しているという事だとすぐに分かったが、今もその事実には気がついていない風を装っている。


「祐奈ー、沖縄のお土産に買ってきたちんすこう食べるー?」

 部屋のドア越しにママが声をかけて来た。

 テーマパークでの事はおそらくリョウさんからママに連絡が入っているはずだけれど、これと言ってママは私に何も聞いて来ない。

 けれど、翌日の早朝の飛行機で家に帰って来たという事は多分心配してくれているのだと思う。

「お茶は飲むけどちんすこうは食べない」

 部屋から出てダイニングに向かうと心なしか上品な個包装のパッケージに入ったクッキーがお菓子用のバスケットに盛られていた。

「お茶、ママはジャスミン茶だけど祐奈は?」

「同じで良い」

 ママは茶器収集の癖がある。

 お茶の種類や産地で茶器を使い分けるという理屈で大量の茶器がある。

 旅行先で買ったものやアンティーク、好きな陶芸作家の作品等とにかく多種多様な茶器があり、特に気に入っているもので部屋のインテリアに合うものは飾り棚に並べられている。

 初めて家に遊びに来る人はオブジェの様な椅子に「これ、どう座るの?」と疑問を抱き、飾り棚の茶器コレクションに「お店みたい」と言う。

 この前我が家に遊びに来たマナちゃんも例外なく「この椅子、マジで使う人いるんだ」と驚き「なんか超こだわりある系のカフェみたい」とお約束と化したリアクションを漏れなくとっていた。

 ジャスミン茶を飲みながら、ママが目の前のバスケットの中にあるクッキーを一つ摘んだ。

「え? それ、ちんすこう?」

「そうなの! なんか沖縄土産で検索したらパッケージがオシャレだから買ってみたの! 味もしっとりしてて美味しいのよこれ!」

「へー、ママがちんすこう買ってくるなんて珍しいと思ったんだよねー」

 私も一つバスケットからちんすこうを摘んだ。

(確かに、今までお土産で貰った事のあるちんすこうより心なしかしっとりしていて美味しい気がする、パッケージも良い意味で沖縄過ぎない、シーサーのデザインだけど…)

「祐奈、タレントのお仕事、嫌だなって思う事があればいつ辞めても良いのよ」

 お茶に視線を送りながらママは続けた

「ママね、実は昔、一瞬だけ事務所に所属した事があるの」

「え!? そんなの一度も聞いてないよ!」

「…うん。一度も言ってないからね」

「いや、そうじゃなくて…なに? アイドルにでもなろうとしてたの?」

「アイドルというか、歌手」

「いやいやいや、ママ、歌は下手じゃないけど特段上手くないじゃん」

「そうなの、だから、まぁ一瞬だけだったんだけどね」

 あくまで話が終わるまで目を合わせる気がない様子で、視線はお茶とちんすこうを行ったり来たりしている。

「その一瞬でも、なんか色んな事があったり、色々裏側みたいなのを感じて嫌になっちゃったから…祐奈も、もしそうなってるなら、変に頑張らずに辞めちゃえば良いよって思って」

「分かった。もし辞めたいなって思ったらすぐ言うね」

 なんとなくその場に居続けるのが気不味くてお茶だけ持って部屋に戻った。


 思い返せば、事務所での面談の日にやけに細かく質問していたのは、事前に両親会議や諸々検索しておいたとかではなく、自分も一度芸能事務所に所属した事があったからだったんだと妙に納得した。

 なんとなく、誰かに話したくてマナちゃんに『私のママ、昔、芸能事務所に一瞬だけ所属してて歌手になろうとしてたって唐突に告白して来た。驚き過ぎて写真見せてって言いそびれた 笑』と送ってみた。

『そんなのマナ興味なーい』とかって返信が来るんだろうな…そんな事を思っていたら直ぐに想定外の返事が届いた。


『知ってるよ! RENAで検索したら画像出てくるよ』

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