第21話 距離

「おはようございます」

「あ〜! ゆーにゃちゃん! おはよ〜、あのね〜」

「エリリンさん、すみません直ぐにミーティングなので失礼します」

「…そう、またね〜」


 エリリンさんは事務所の先輩だし私を有名にしてくれた恩人だから、やはり無視は出来ない…けれど、最近はエリリンが怖くて仕方ない。

 コミドリさんの逮捕の件以来、ずっとエリリンさんのメッセージはミュートのままで少し距離を置きたいと思っているのだけれど、距離を置こうとすればするほど、エリリンさんからのメッセージの頻度は上がるし、SNSでやたらと絡んでくるし、プレゼントを贈りつけてくる。

 プレゼントを贈りつけてきては決まって「お揃いだから〜ゆーにゃちゃんも使ってね〜、それで、SNSにもアップしてね〜」と言われる。

 社長とリョウさんからSNSで絡まないよう言われているのを知っているはずなのに、なぜそんな事を言ってくるのか、してくるのかが私には理解出来なかった。


 ミーティングがいつもより早く終わったので、社長とリョウさんにエリリンさんについて思うところを話した。

 あっさりとリョウさんが「私から話しておくから大丈夫」と言ってもらえた。

 正直、「可愛がってくれている先輩の好意をそんな風に言うものではない」と怒られてしまうかともしれないと心配したけれど、私が困っているという事に対してフォローをしてくれると言ってくれた事にとても安心した。

 安心して晴れやかな気持ちになった私とは反対に、社長とリョウさんの表情はどんよりと重く曇っている。

 理由を聞いて良いものかと悩んでいると、社長の方から、暗い表情をせざる終えない事情を話してくれた。

「エリリンの事なんだけどね…その…」

 社長が言葉を選びきれずにいる様子にリョウさんが話そうかという素振りをしたけれど、そのまま社長が続けた。

「エリリンは…特定の後輩を独占的に可愛がりたがる節があってね…ゆーにゃちゃんの事を始めて会った時からとても気に入っている事はリョウも私も把握していて…でも、ずっと常識の範囲の可愛がり方に見えていたし、二人の関係も良好そうだったから気がつくのが遅くなってしまって…一人で不安な思いをさせてしまってごめんなさい」

 社長に頭を下げられて、慌てて顔を上げて欲しい旨を伝えた。

「実は、マナティとのコラボの話が最初難航した理由の一つがエリリンなんだよ…まったく…コミドリの件があって文句が言えなくなって黙ったけれど…」

 社長は今まで黙っていた事を話すのが止まらなくなり、リョウさんが思い出しながらぐったりした目をし始めた。

 最終的に社長が「今、うちの事務所が一番大切にしたいのはゆーにゃだから!」と言ってエリリンさんに関する愚痴が終わった。


 エリリンさんが今まで親切にしてくれていたのが、後輩想いの先輩だからではなく気に入った後輩を独占する為だったのかと思うと、背筋がゾッとした。


「あ〜、ゆーにゃちゃ〜ん、さっき話そうとした事なんだけどね〜」

 会議室を出てすぐの廊下でエリリンさんと鉢合わせてしまった。

(鉢合わせた? もしかして待ち伏せていた?)

「エリリンさん、本当に今日はすみません、早く帰らないといけなくて」

 へこへこと頭を下げながらエリリンさんの前を通りそのまま帰ろうとした

「ねぇ、避けてるよね? 私の事?」

 空気がピタリと止まった。

「…な〜んてね! 驚かせてごめ〜ん。気をつけて帰ってね〜」

「エリリンさんの事避けるなんて、ありえませんよ! お疲れ様です!」

 足早に事務所を出た。


 最近はリョウさんの送迎がない時は必ずタクシーに乗るように言われているけれど、タクシーを待つ時間も耐えられないほど、事務所から一刻も早く遠ざかりたかった。

 一瞬垣間見えた素のエリリンさんの刺すような視線を思い出すと動悸がして息が上がって来たが、立ち止まる事も出来ずに、怖いという感情に任せて足をひたすら自宅へと向かわせた。

 自宅のあるマンションの高層部が見えて来た。

 更に早歩きをして最後の信号に足を停められた時、ぐいっと服の裾を掴まれた。

「ゆーにゃちゃん! マナだよーちっとも気づいてくれないから、追いかけるの本当に大変だったよー」

「マ、マナちゃん!?」

「もー、いったいどーしたの? そんなに慌ててトイレ? なら呼び止めてごめん」

 マナちゃんとの会話で一気に力が抜けるのを感じた。

「あの、ちょっと相談したい事があるんだけど…」

「なになにー!? ゆーにゃちゃんからのそーゆーのマナ、超待ってた!」

「今から家で話すとか…」

「え! ゆーにゃちゃん家行って良いの!? 行く! 今すぐ行こう!」

 タクシーを探し出したマナちゃんに「あそこのマンション」と指差すと、この距離なら一番近いコンビニでお菓子買って歩いて行こうという事になり、マナちゃんは絶対に食べきれない量のお菓子を籠いっぱいに放り込んでお会計をして、一番大き来な買い物袋二つ分のお菓子を二人で一袋ずつ持って家へ歩いて向かった。


「あのね、ゆーにゃちゃん…私ね…」

マンションのエレベーターに乗ると珍しくためらいがちにマナちゃんが言った。

「実は、お友達のお家に遊びに行くのって小学校の低学年ぶりくらいなの…なんか楽しみなのに緊張してきた…」

 落ち着かないのか、マナちゃんはスマホを取り出して

「ゆーにゃちゃん家訪問動画撮って良い? それなら緊張しなさそうだから」

 などとお願いして来たけれど、訪問動画なんてリョウさんに確認をする以前に絶対NGな私の姿勢に諦めを見せスマホをポケットに戻して、今度は完全に黙った。

 沈黙と緊張の面持ちの芸能界のお姫様、マナティことマナちゃんを我が家の玄関に迎え入れた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る