第19話 挨拶

「ゆーにゃさん入られましたー」

「おはようございます、ゆーにゃです。よろしくお願いします。」

 その場にいる人全員に聞こえる大きさの声でしっかりと挨拶をする。


 開店前のコスメショップを貸し切っての撮影は開店前とは思えない程賑やかで、ショップ従業員の多くの人が一目マナティを見ようと集まっていた。


 ヘアメイクをしてもらいながら台本の確認をした。

 今回の最新コスメお買い物企画は企業からの依頼ではないので、本当に欲しいものを欲しいだけ買って良いという企画だ。

 欲しいだけという企画ではあるが大体2万円でお釣りが来るように選んでいくようにリョウさんに言われている。

 「本当に欲しいのか、使うのか」をしっかり悩んでなかなか決められない表情と「全部!」と棚にある商品を端から買っていくマナティに圧倒される表情は必ず撮りたいと言われた。


 ***


「ゆーにゃちゃん、それだけ? お店にある物全部買っても良いのにそれだけで良いの?」

 順調に進んでいた撮影で、突然マナティさんの表情が曇った。

「えっと…そんなに沢山あっても使いこなせないし、本当に可愛いな、欲しいなって思った物だけ買いたいなって…」

 私の買い物カゴに商品が増えない事にちょっと不満そうに振る舞ったマナティさんは、何かのスイッチが切り替わったかの様に

「じゃぁ、マナも何となくしか欲しくない物は全部買わない! ゆーにゃちゃんとお揃いで選んだリップだけにするー」

 そう言って私達のお買い物サポート係として商品説明をしてくれている販売員の方に買い物籠をおしつけて

「ゆーにゃちゃんのカゴに入ってるのと同じ商品以外全部カゴから出しておいてね」

そう伝えて私の腕を掴み

「プチプラのコーナーに行こー!」

 そう楽しげに買い物を続行した。

 デパコスコーナーの何分の1という価格帯の商品が並ぶプチプラコーナーに私が普段愛用しているシートマスクの期間限定品があった。

 私が愛用品を見つけた事に気が付いたのか

「あ! ゆーにゃちゃんがいつも使ってるやつ発見ー!」

 そうカメラに寄って行って言った。

(凄い…あの撮り方なら、私の愛用品が何なのか分からなくても知っている様に映る)

 マナティさんが私の愛用品について話すタイミングを作ってくれたチャンスは逃せないので、去年からずっと週に3日は使っていて、撮影の前の日は炎症を抑えるスペシャルケアシートをお守りの様な感覚で使っている事を話すと、スタッフの人達から「いいね!」のサインを貰えた。


 貸切にした店舗をくまなく見て回りいよいよお会計だ。

 今日のマナティさんのお会計は私とお揃いのリップと愛用品の基礎化粧品で合わせて3万円ほどだった。

 私はというとマナティさんのちょうど半分の1万5千円のお会計だった。

「それじゃぁ、いつも通りカードで!」

 いつも動画で見ていたお会計シーンが目の前で展開されているが、桁違いの合計金額が提示されるでもない今回のお買い物は、とても地味でマナティのファンは全員がっかりするのではなかろうか? と少し不安を覚えた。


「マナティさん、今日は沢山欲しい物プレゼントしてくださってありがとうございます! お揃いアイテムもとっても嬉しいです!」

「マナも、ゆーにゃちゃんとのお買い物とっても楽しかった! お友達とお出かけって撮影しててもやっぱり楽しいね! また、マナと遊びに行って欲しいな!」

「もちろん! 喜んで!」

 撮れ高OKのサインに素早く反応したマナティが動画の締めの挨拶を言い始めた。


 挨拶を終えてカメラが止まったのを確認すると

「そうだ! 今日ね、ゆーにゃちゃんにマナからプレゼントがあるんだよー!」

 いつもの締めのメッセージを言い終えてエンディングかと思ったところでたった今思い出したかの様にアクセサリーの様なバッグの蓋を開けた。

「コスメもこんなに買って頂いてこれ以上受け取れませんよ」

「そんな事言って良いのかな〜? はいっ!」

 マナティさんが差し出した小さな封筒に箔押しされたハイブランドのロゴに目がいってしまった。

(こんなモノまでハイブランドなんだな…)

「あれ? 本当に受け取ってくれないの?」

 少し不安そうに私の顔を覗き込むマナティさんに全力で首を横に振り

「ありがたく頂戴します!」

 と少し大袈裟に言って受け取った。

「中身見て! 見て見てー!」

 急かされる様に封筒の中を覗くとステッカーが2枚入っていた。

「これね、マナティちゃんねるオリジナルのダイカットステッカー! マナのデザインで作ったんだぁ!」

「え! 可愛い! っていうか今までステッカーってありましたっけ?」

「さすが、リアルフォロワーのゆーにゃちゃん! スッテカーは初めてのグッズで、昨日納品されたばっかりなんだよ! だから今は、私とゆーにゃちゃんしか持ってないんだよーすごくなーい?」

「凄い! すっごい嬉しいです! これってもうスマホのケースに入れてても大丈夫ですか?」

「もちろん! 私も入れてるからお揃いで入れた記念でセルフィしよ!」

 早速スマホとスマホケースの間にステッカーを入れてスタジオの鏡越しのセルフィをした。

 今回はもちろんセルフィを撮る前に投稿内容を確認し、その内容をリョウさんに伝えて許可も貰っている。

 事前に許可を貰っているので、撮影からマナティさんが投稿し、それに私が答える投稿をするまで5分もかからなかった。

 あっという間にマナティちゃんねるのステッカー完成と私達のコラボ動画が近日中に配信される事が拡散されトレンド入りした。

 1000万人のフォロワーを抱えるトップインフルエンサーの影響力を肌で感じて“マナティなんて凄くない”と一瞬でも思ってしまった事を心の中で謝った。


 SNSがひと段落すると社長を連れたリョウさんがマナティさんに声をかけた。

「本日は、ゆーにゃとのコラボ撮影ありがとうございました」

「頼んだのはマナなので、そんな、お礼とかいらないです」

「初めてお目にかかります、テルプロダクション社長の坂乃宮と申します。今後もどうぞよろしくお願いいたします」

 丁寧に挨拶をする社長を見て、ややうんざりした目をした様に感じたがマナティさんは慣れた様子で「こちらこそお願いします」とだけ言って控え室に戻って行った。

 社長はマナティさんのマネージャーさんにも深々と頭を下げて挨拶をしていた。

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