No.48 真あるべき世界へ

 勝敗は決した。


「…………」


 コハルにも己の敗北が決まったことはわかっているのだろう。

 地面に膝をつきがくりと項垂れており、これ以上何かをする気力もないようだった。

 仮にここから逆転を狙うとしても、やれることは新しいデブリを呼びだすことくらいだろう――そして呼びだしたところで、最強の鬼デブリさえも一蹴できるアキがいる限りどうにもならない。

 N世界側の風見真理に乗り移ったデブリも無力化されている以上、コハル単独でこの状況を覆すことは不可能と言わざるを得ない。




 が、意外なことにここで状況が硬直した。


(……むー……流石に、自分と同じ顔した相手は躊躇うわねー……)


 コハルを『倒す』――ということに一番悩んでいるのはナツだ。

 自分と全く同じ顔をしているため、どうしても躊躇ってしまう。

 ……これが他のデブリのような姿であれば何も迷うことはないのだが……。




(んー、ナツちゃんと同じっていうのを差し引いても――女の子に手を出しづらいわねぇ~……いざとなったらやるしかないですけど~……)


 同じく、アキもどうしたものか迷い、ハルたちの指示を待つというある意味『丸投げ』をしている。

 規格外の戦闘力を持つアキではあるが、彼女の世界の都合上『女』が『女』に手を上げるということは基本的にない。

 本来の目的である『ハルの護衛』という意味では、最終的には手を上げざるを得ないのかもしれないが……今までの人生で『女』に拳を振るったことのないアキにはどうしても躊躇いがあった。




(…………どうしよう……フユ、かえらなきゃ、だめ……? ぅぅん、でもお兄ちゃんをまもれたから……)


 そしてフユは、このまま問題が解決してしまったらF世界に帰らなければならないのではないか、という不安に襲われている。

 ……彼女に関してだけは、ある意味でデブリたちの脅迫の方が望みに沿っているとも言えるだろう。

 『特異点』であるハルをデブリから守るというのが、フユたちが集められた理由だった。

 コハルを倒せばその理由も消える。

 そうなれば自分はF世界へと戻ることになるのではないか、それがフユの躊躇う理由だ。

 ただ、フユにはデブリの言いなりになってハルたちを危険に晒したという『罪悪感』がある。

 やらかしてしまったことを考えれば――いや元々の目的を考えれば相応の報いである、と思えないこともないのだが……『帰りたくない』というのもフユの本音だ。

 元よりフユがコハルをどうこうすることもできないのだが……。




 最後、一番の被害者であるハルはというと――


「……コハル」


 彼は、おそらくこの中で一番状況を良く把握し、を考えられていると自覚していた。

 ハルの言葉にコハルはゆっくりと顔を上げ――その目に涙を溢れさせた。


「なんで……?」


 もはや為す術もないコハルは、半ば自棄になっているようだ。

 これまで裏で冷静に動いていたのとは真逆に、感情をむき出しにハル達に向かって叫ぶ。


「本当ならわたしが本物だったのに! わたし、偽物なんかじゃないもん!

 良樹君とだって、本当なら……本当ならわたしが付き合っていたのに!!」

「……」


 ハルは表情一つ変えず、コハルの恨み節を受け止めている。

 彼が何を考えているのか――同一人物であるはずのナツたちにも理解できていない。

 『ハルが女性である』かつ『女性のハルが男性に好意を抱ける』というIF世界ロマニアの存在であるコハルにとって、この世界は何もかもが間違っているのだ。


(…………これはわたしたちの傲慢が招いた『罪』よね……)


 最大の原因となったのが、N世界による『観測』だとナツは理解していた。

 N世界が観測さえしなければ、IF世界は顕現することもなく……あるいは誰にも観測はされないがひっそりと存在していたかもしれない。

 それを乱したのがN世界による観測だ。

 超科学によって並行世界の存在を確定させたと思い込んだN世界の『傲慢』が、ロマニアを生んだ。

 ……とも言えるのだ、今回の件は。

 真にハルに謝罪すべきはナツ、コハルの呪詛を受けるべきもナツ――彼女はそう思っていたが……。


「……ふぅー……」


 コハルの呪詛を一身に受けたハルは深く息を吐く。

 動揺している素振りはない。

 一体彼が何を考えているのか――コハルへの対処はともかく、フユの処遇についてはナツも気付いている――超科学系の話は別として、状況判断や先を見据えた『戦略的な視点』においてはハルが最も優れているのはわかっているが、全てを丸く収める方法までも見据えているのだろうか……?


「まずは、ナツ」

「え? う、うん?」


 コハルから目を離さず、ハルはナツへと声を掛ける。

 この状況で自分へと声を掛けられるとは思わず、ナツの声が上擦る。


「今回の件……『特異点』である俺を守るというのが目的だったよな?」

「そ、そうね……」

「『俺を守る』というのは――という解釈で合っているか?」


 なぜ改めてそんなことを訊ねるのかわからず一瞬戸惑うが、


「えっと……うん。突き詰めるとその理解で合ってるわ」


 ハルの言葉をナツは肯定する。

 今後、N世界の犯罪者が並行世界に逃れて……という可能性は否めないが、少なくともハルをピンポイントで狙うという意味では、デブリが一番危険な存在であることは確かだ。

 ……デブリ以外の犯罪者に関しては、ハルだけでなくナツたちも同様の危険を孕んでいることは否定できない。

 ナツの答えは『とりあえず現状は』ではあるが、ハルは納得したようにうなずき、


「アキさん」

「え? 私ですか?」

「アキさんは――その、自分の世界にいなければならない事情ってありますか?」

「えー……えっと……ないわけじゃあないけどぉ~……私がいなければすぐにどうにかなる、っていうわけでも……ない、かな~……多分……?」


 次はアキへと声を掛ける。

 アキの返答は曖昧であったが、嘘は言っていない。

 たとえアキがいなかったとしても、アキの集落が即『男』に滅ぼされるということはないだろうし、むしろバランスブレイカー気味のアキがいないことで男女間のパワーバランスは保たれることになるかもしれない、と彼女は考えている。

 ……それに、一方的に頼られるばかりの生活に少し疲れたという思いもある。口には出さないだけの理性を持っているが。


「わかりました。

 ……それじゃ、フユ。念のために聞いておくが――元の世界に戻りたく……ないよな?」

「! ぅん……!」


 こくこくと物凄い勢いでうなずくフユ。

 元々、ハルとナツの間では『フユをこのままF世界から離せないか?』という相談をしていた。色々と問題が山積みで、並行世界の人間を別の並行世界に住まわせることができるのか……と解決の目途はたっていなかったのだが。

 コハルの件と共に、ハルには『いい案』が思いついていた。


「よし――後は、コハル。おまえだ」

「…………」


 ハルの呼びかけにもコハルは応えない。

 呪詛を吐き切って、もはや反応する気力すらも尽きてしまっているのだろう。

 自棄になって襲い掛かってこないのであれば問題ない、とハルは構わずに続ける。


「コハル、俺たちと?」

「………………え……?」


 ハルの言葉は、コハルだけでなくナツたちにとっても意外なものだった。

 彼が何を考えているのかわからず、女4人の視線がハルへと集まり――


「コハル次第ではあるが――多分、これが一番丸く収まる解決法だと思うぜ」


 不敵にハルは笑みを返すのだった――

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