No.02 ハルと憩いの場
春人の『女嫌い』は昔からだ。
本人が覚えている範囲では、幼稚園の時が一番初めだった。
そのころから既にモテはじめていた春人を巡って、女児たちの醜い争いを目にしたのがきっかけ――と本人は思っている。
小学校の頃も、中学校の頃も変わりはない。
……どころか悪化の一途をたどる。
同級生は当然のこととして、上級生下級生、果ては教師までも……。
告白を断り大泣きされて問題となったこともある――自分が悪いわけではないと思いつつ、半ば無理矢理謝罪もさせられた。
学校だけが問題ではない。
道を歩けば逆ナンされるのは日常茶飯事。
小さいころには誘拐されかけたことが何度もある。
名前すら知らない女性からストーキングされたのは両手の指でも足りないほど。
では家庭なら……? となるが、本人は無自覚であるが『女嫌い』の源流は家庭にこそあった。
異様な過保護と過干渉、息子を『理想の恋人』とでも思っているのかと問いたくなるような母親。
弟のことを何でも言うことを聞く奴隷と思っているような姉。
兄のことを何でも言うことを聞いてくれるスーパーマンと思っているような妹。
……彼女たちが春人が『女は苦手』となる原因であり、そこから更に外の女性と触れ合うことによって『女嫌い』となったのである。
当人たちに悪気はないのはわかっているが、これ以上一緒に暮らしていれば家族が崩壊してしまう――そう判断した春人と父親は、高校から春人の一人暮らしをさせることとなった。
根本的な解決には至らないが、少なくとも家族崩壊を避け、また春人に対する家の女性陣の頭を冷やすことはできる。そういう考えだ。
高校生にでもなれば女性側も落ち着くだろう。じっくりと『女嫌い』を治す、あるいは緩和させていけばいい……そうも思っていたのだが、なかなか上手くはいかなかった。
「あー……うぜー……」
優等生の仮面を外し、年相応の少年へと戻った春人が心底うんざりしたように吐き捨てる。
彼の住むアパートの裏山――その中腹に作られた公園から自分の住む町を見下ろしながら、コンビニで買った缶コーヒーを飲んでいる。
時刻は夜。公園には春人の他に誰もいない。
男子高校生であっても夜間の人気のない公園に一人、しかも帰りは街灯はあるとはいえ山道だ。大人であっても危険を感じ避けるべきシチュエーションではあるが――あいにくと春人に怖いものはなかった。
実際、何度かトラブルに巻き込まれたことはあったものの、その全てを難なく突破している。
イケメンな上、腕っぷしも強いのだ。普通の人は真似をしてはならない。
それはともかく。
他人の目がないこの場所は、春人にとっての数少ない憩いの場であった。
「ほんと、マジうぜー……」
今日だけで昼休みに2件、放課後に3件の告白をされた。
それだけではなく朝晩の下駄箱、休み時間ごとに机の中にラブレターが何通も入れられていた。
無視するわけにもいかず、それらすべてに目を通し返事を書き、本人の手に渡るようにして……。
やっと『女』から解放されたのがついさっき。
……缶コーヒーと共に適当な弁当を買ったコンビニで、女性店員から手を握られたり連絡先を聞かれたりしたのが本日最後だと思いたい、と心の底から春人は願う。
人類の半分が『女』なのだ。
どこへ行っても『女』がいる。
『女』がいる限り春人に安息の時は訪れない。
関わり合いにならないようにすることは不可能なのだ。
「はぁ、どうにかしなくちゃならないんだけどなー……」
自分の状況を、春人はその明晰な頭脳をもって極めて精確に分析していた。
生涯独身を貫くにしても、このままでいいわけがない――というよりも、このままだと春人の能力をもってしても対処できない大きなトラブルを招きかねない。
それで被害を受けるのが自分だけならばともかく、周囲の人間にまで害が及ぶほどのトラブルになるかもしれないのだ。
どうにかしなければならない。
けれども、どうにもできない。
誤解してはならないのは、彼は『女嫌い』ではあるものの『男が好き』というわけでもない。性的には至ってノーマルである。
加えて、年相応に性欲はあるし、『女の子と一緒にきゃっきゃうふふな青春』を送りたいという願望もある。
だが、心ではそう思いつつも奥底では『女嫌い』という意識が大きく横たわっており、肉体的には女性全般に大して拒否反応を起こすようになってしまっている。
もはや自分ではどうにもできないのではないか――己を律することを常としている春人とはいえ、自分の全てをコントロールできるわけではないのだ。
「……悩んでも仕方ないか。さて、帰って色々片付けなきゃなー」
自由な時間は夜しかない。
一人暮らしなのだから家事は全部自分でこなさなければならないし、自分の好きなことをする時間も欲しい。勉強時間だって必要だ。
いつまでも公園で黄昏ているわけにもいかない、と気分を切り換える。
自宅アパートへ戻ろうとした春人だったが――
「……? 気のせい、か?」
誰もいないはずの公園の片隅で、『何か』が動いたような気がした。
人の気配はない。
公園の灯りが作る陰があるだけで――と、その時、
「!? なんだ!?」
陰が不自然に蠢くのを春人は確かに見た。
『何か』がいるのではない、陰そのものが動いているのだ。
「……生き物、じゃないよな……?」
蠢く陰、否『黒い泥』のようなものが確かにそこに
春人の知識にはそのような生物は存在しない。
それが何なのか、逃げるべきなのかどうかすら判断ができなかった。
……躊躇いが、致命的な隙を生んだ。
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