No.03 ハルとナツ

 水たまり程度だった『黒い泥』が突如膨張、巨大な壁のようになって春人を呑み込もうと襲い掛かってくる!


「うわっ!?」


 流石の天才でも予想外すぎる出来事には咄嗟に対応できない。

 『黒い泥』の壁に為す術もなく春人が呑み込まれ――る直前、虹色の光が春人の前で輝く。


「なんなんださっきから!?」


 眩い光が周囲を照らし、『黒い泥』が光に怯む。

 その瞬間。


「超科学フラッーーーシュッ!!!」

「は?」


 光の中から『女の声』と共に更なる光が降り注ぐ。

 新たな光を浴びた『黒い泥』は、陰のように霧散し、最初から何もなかったかのように消滅していった。


「ふーっ、間に合ったわね」

「お、おまえ……?」


 光が止んだ後、そこに一人の女性が春人に背を向けて立っていた。

 『黒い泥』が完全に消え去ったのを確認し、春人へと振り返る。


「……!」


 その顔を見て春人は息をのむ。

 美しい少女だ――『女嫌い』ではあっても顔の美醜の区別くらいはつく。テレビ越しに見る芸能人やアイドルを『綺麗』『可愛い』と感じる感性は普通の男と変わりはない――歳は同じくらいだとは思う、見たことのない学校の制服を着た少女である。

 春人の目が少女にくぎ付けになる。

 それは彼女の美しさに見惚れた……からではない。


(なんだ、こいつ……? 『女』なのに……?)


 少女に対して奇妙な感じを覚える。

 初めて見る顔だ、それは間違いない。

 なのに既視感がある。

 加えて、『女』なのは明らかなのに、のだ。

 こんなことは初めてだった。

 春人の『女嫌いセンサー』はもはや超能力の域に達している。

 『女』であれば年齢に関係なく、周囲数百メートルにいる『女』を感知するレベルだ。

 ……そして、常に拒否反応を示し続けているという難儀な目にあっているのだが――




 それはともかく、目の前の少女に対しては拒否反応がない。

 一体なぜ? その答えを知るよりも早く――


「無事でよかったわ、!」

「おわっ!?」


 満面の笑顔を浮かべた少女が春人に抱き着いてきたのだ。


(やべぇっ!? 吐く……!?)


 前にも数度あった。

 振られたが諦めきれない女が突然春人に抱き着いた時、抑えきれない拒否反応に嘔吐してしまったのだ――そしてその時も春人が悪者になったので更に『女』への拒否反応が強まった。

 生理的な反応だからと言ってもこんな場所で吐瀉物を顔面から浴びせかけるなどしてはならない。

 こみ上げる吐き気を堪えようとする春人であったが……。


「……? あれ……?」


 覚悟していた嘔吐感は訪れなかった。


「お、おまえ、一体……?」


 自分に抱き着くこの少女は一体何者なのか?

 さっきの『黒い泥』は何なのか?

 そして、『女』なのになぜ拒否反応が出ないのか?

 わからないことばかりだった。

 抱き着いた少女が顔を上げ、真っすぐに春人の顔を見つめ、笑顔を浮かべて言った。


「私はあなたを守るためにやってきた、

 ――そう呼んでね、ハル!」

「…………は?」

「ふふふっ、予想はしてたけど感激ね! わ!」

「…………なに? おい、一体どういうことだ? 訳が分からないぞ、説明しろよ!?」






 『女嫌い』のハル春人と、『男嫌い』のナツ。

 この二人の運命の出会いが全並行世界パラレルワールドを巻き込む大騒動の始まりであることを、当のハルたちはまだ知る由もないのであった。

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