No.04 未知と既知

「――というわけで、これからしばらく! よろしくね、ハル!」

「いやいやいや!? 俺は納得してないからな!?」


 公園での出来事の後、ハルと『ナツ』と名乗った少女は移動――ハルの部屋へと戻っていた。

 そこで色々とナツから簡単な話を聞かされた後、突然の同居宣言である。

 いかに頭脳明晰なハルといえど、状況がはっきりと呑み込めていない。

 ……それほどまでに、ナツの言ったことは理解しがたい、現実離れしたものだったのだ。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は少し遡り――


「……それで、お前は一体誰なんだ? そして、あの……『黒い泥』は何だったんだ?」


 公園からハルのアパートへと戻り、質問攻めにするも。


「もぐもぐもぐ……ちょっと待って。ご飯食べさせて!

 あははっ、すっごい身体に悪そうで心がくすぐられるわね、のご飯!」

「……」


 お腹が空いたとわめくナツを放置しておくわけにもいかず、帰り道の途中で再びコンビニに寄り適当な弁当を買い与えたのだが……。

 何が楽しいのか、ナツは笑顔でコンビニ弁当の中身を口に詰め込んでいく。


(なんなんだよ、この『女』……さっきまではビクビクしてたのに……)


 この部屋に戻ってくるまで、今のような快活さは微塵もなく。

 どこか怯えたようにビクビクと周囲を見回しながらハルの背中にぴったりとくっついて歩いていたはずなのだが……。

 コンビニでもハルにくっついて離れず、先の女性店員から物凄い目で睨まれていたりもする。

 ……ナツがいたおかげか、今度はしつこく絡まれなかったのは良しとしておきたい気持ちはあるが、それ以上に『ナツ』という少女の存在が謎過ぎて良しとはしきれない。


(っていうか、飯おごらせやがって……!)


 今ナツが楽しそうに食べている弁当の代金はハル持ちである。

 紳士であるハルは、おそらくは『黒い泥から自分を助けてくれたであろう少女』に礼としてご飯をおごるのは当然のことだろう、と思いつつも――心のどこかで『なんでこいつに?』と無遠慮なことも考えている。

 普段の自分ならば絶対にそんなことは考えないだろうに、なぜかナツにだけは遠慮がない。そんな自分の感情に戸惑いもしている。




「はぁ~、新鮮な味だったー」

「……そうか」


 美味いでも不味いでもない感想だが、満面の笑顔を見ると満足はしていそうだ。

 どちらにしろハルの手料理でもなし、実際にナツがどう思っていようが関係ないと頭を切り替える。


「それで? そろそろちゃんと話してくれるんだろうな?」


 外にいる時はビクビクとして話にならず、部屋に入ったら入ったで弁当に夢中になってしまい延び延びになってしまったが、そろそろ事情を説明してもらいたい。

 食後のお茶――同じくコンビニで買ったペットボトルだが――をこれまた楽しそうに飲んでいるナツに問いかける。

 『女』であるのになぜか拒否反応が起きないナツは不思議な存在ではあるが、事情も話さず好き放題され続けるのは流石の紳士と言えども我慢の限界はある。

 いや、ある意味拒否反応がない=男と思って接して良い、ということなんじゃなかろーか、つまり叩き出しても構わないんじゃなかろーか、と思い始めるハルであった。


「ん。お腹いっぱいになったし……叩き出されちゃたまんないしね。おっけー」


 心読んでるのか、と突っ込みたくなるのをぐっと堪える。


「じゃ、改めて自己紹介ね。

 私は『ナツ』――夏海なつみよ」

「四季嶋……?」


 自分と全く同じ苗字に思わず眉を顰めつつ記憶を浚う。

 かなり珍しい苗字だし、親戚の可能性があるか――と思い出そうとするが、該当する人物はいない。


「親戚じゃないわよ。

 さっきも言ったけど、。住む世界は違うけれども、……ってわけ」

「……並行世界って……そんなわけ……」


 いわゆる『パラレルワールド』のことだろうとはすぐに理解できたが、そんなものが本当に実在しているとまではハルは信じていない。

 そんなハルの内心は、読心術などなくても理解できているのだろう。ナツは微笑みを崩さず続ける。


「まーすぐには信じられないよね。この世界に来る前に一応調べたけど、並行世界って物語の中の存在みたいだし。

 ……うーん……証拠は見せられないことはないんだけど、それはもうちょっとだけ待って欲しいかな? 明日、遅くとも明後日には見せてあげるからさ」

「何で今じゃないんだよ?」

「だって、ハルは疑り深いでしょ? 自分のことだもん、わかるよ。

 私の世界を見せてあげても多分信じない。もっと別の世界を見せないとねー。そのための『準備』が必要ってわけ」

「……」


 疑り深い、と言われて黙り込む。

 心外だとまでは言わないが……ちょっとやそっとのことでは信じる気にはならない、どころか相手の論理の『穴』を突くため探ることくらいはするだろう、と自覚はしている。


「ね、ね? 私が自己紹介したんだから、そっちもしてよー」

「……四季嶋春人だ。って、知ってるんだろう?」

「まぁね。でもほら、こういうのって『礼儀』じゃないのぉ?」

「……」


 なるほど、確かにその通りだ。と思いつつも憮然としてハルは黙り込む。

 そんなハルの態度に気を悪くするでもなく――むしろハルの緊張をほぐすようにナツは優しく笑みを浮かべたままだ。

 ……自分が意地を張っているだけなのではないか、この態度は『子供』っぽくて良くないのではないか。そうハルも思い始めてはいるが……だからと言って『女』相手に油断はできない。

 …………やはり意地を張っているだけなのだが、そう簡単に自分の考えを曲げないのがハルという男である。


「ま、ま。ハルの考えてることはわかるし、さっきも言った通り『証拠』は早ければ明日には見せられるからちょっとだけ待ってて。

 それよりも急がなきゃいけない理由があるのよ」

「……急ぐ理由? なんだ?」


 脳裏に浮かぶのは、あの謎の『黒い泥』――突然現れ、襲い掛かって来たと思ったらすぐに消えたためハル自身は未だ危機感はないが……。


「私がこの世界にやってきた理由――それは、ハル。なの」

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