No.11 ヘルプ! 並行世界のお姫様

 ナツの使った『超科学催眠電波』の効果は覿面だった。

 その効果についてはハルも認めざるを得ない。


(……流石に、トリックとかドッキリじゃないよな、これは……)


 自分のクラスにしれっと混ざり込んだナツに対して、誰も不信感を抱いていない。

 『超科学コピー装置』なる怪しげな道具で自分の机と椅子を作り出し、教室の隅っこに隠れるようにして座っている。

 ハルの席は教室の中央付近なので少し離れてしまっているが、『すぐに駆け付けられれば大丈夫』ということで妥協している――席の変更までやろうとすると、催眠の深度を上げなければならないので避けるようにしている。

 それはともかくとして。


(……はぁ、マジうぜー)


 午前の授業も終わり昼休み。

 いつも通り、内心でうんざりしながらハルは『色々』を片付ける。

 朝下駄箱に昨日の帰宅後に入れられたのであろうラブレターと、机の中に入っていたラブレターの対処。

 幸運なことに今日は昼休みに『告白』の予約はなかった。

 ならば昼休み中に全て片付けるか、そう考えていたが……。


「……あいつ……?」


 午前中は大人しくしていたためあまり気にしていなかったが、昼食はどうするつもりだろう? とふと気になりナツの様子を窺う。

 すると、ナツの様子がおかしいことに気付く。

 ハルに見せるような快活な笑顔もなく、強張った表情で俯きじっとしている。

 そんな彼女へと、複数の男子が近づいていき――


(拙いな)


 『ナツに違和感を抱かない』とはなっているが、だからといって『ナツに気付かない』わけではない。それは朝の出来事からも明らかだ。

 だから、ハルが女子に放っておかれないのと同様、ナツもまた男子に放っておかれるはずもなく――


「おい、行くぞ」

「! は、ハル!?」


 気付いたと同時に勝手に身体が動いた。

 有無を言わさずナツの腕を掴むと、強引に教室から連れ出す。

 ……男子と女子、両方からの突き刺さるような視線を感じるが構っていられない。

 そのままナツを連れ、昼休みには人がほとんどいないであろう特別教室近くまで移動。


「……行ってこい」

「……う、うん……」


 そちらにあるトイレへ行くようにナツを促す。

 彼女の顔色は真っ青になっていた。

 ……それが異性に対する拒否反応だということを、ハルもよく理解している。

 他の人がいない、というのはデブリの危険性があるかもしれないが――皆無というわけではない。おそらくは大丈夫だろうとハルは考える。

 ハルに促され、ナツは女子トイレへと駆け込み――




「…………ごめん、ハル」


 数分後、まだ顔色は良くなくふらふらとしているナツが戻って来た。

 泣きそうな顔をしているのを見て、流石にハルも感じるものがある。


「いや……もっと早く気付くべきだった」


 『並行世界の自分』という話全てをまだ信じ切ったわけではない。

 けれども、ハルは心のどこかではナツの言うことを受け入れていることに気付いてもいた。

 理解していなかったのは、自分とナツの『差』だ。

 ハル同様、異性に対して極端な拒否反応を持っているナツ。それを知識としては受け入れていたが、本当の意味で理解していたとは言い難い。


(そうだよな……同一人物って言っても、じゃ全然違うよな)


 『男』である自分ハルなら。たとえ多少強引な手に訴えられても自分の身を守る自信はある――相手に嘘八百を並べられて冤罪をかけられるという危険性はあるが、直接的・身体的被害はほぼ防げるとは思う。

 『女』であるナツ自分はそうではない。もしも強引な手段を取られたら……まず身を守ることはできないだろう。事後に訴えても気休め程度の慰めにしかならない。

 もちろん、ナツにとって全ての男が『そういうこと』をしてくる危険人物と映っているわけではないはずだ。もしそうだとしたら、かなり『痛い女』である。

 しかし、そんな『痛い女』とは全く異なる次元での『男嫌い』であるナツにとって、悪気無しであっても『男』に囲まれる空間は拷問以外の何物でもないだろう。言ってみれば、アレルギー持ちがアレルゲンと触れ続けているような状態なのだ。しかも、アレルギーの度合いはハルよりも更に重症という感じだ。

 それでも、他人に不快感を与えないように、ハルに心配をかけまいと我慢してきたのは――何もかもが『ハルに何かあった時にすぐ駆け付けられるため』。

 全てが『ハルのため』なのだ。


「…………


 こんな時どうすればいいのか。

 散々『困る』ほど女にモテると思っていたというのに、ハルには答えが出せなかった。

 だが、どうだろう? と考えれば――きっとそれがナツにとっても求めているであろうものである、とハルは確信が持てた。


「あ、ハル……私の名前……」


 今にも泣き出しそうだったナツが、ことに気付く。

 ハル自身、今まで『おまえ』と呼んでいたのには無意識の理由があることに気付いてはいた。

 ――。そういう理由に。

 照れくさそうにハルは目線を逸らしながら言葉を続ける。


「その、なんだ……


 きっと自分なら。

 求めている言葉は謝罪ではなく感謝だ。

 そう、ハルは思った。

 言われたナツはと言えば、ぱちくりと数度瞬きをし――表情を悟られぬようにハルの胸に顔を埋めるように抱き着く。


、ハル。でも――うん、もう大丈夫」


 感謝するハルと対照的にナツは謝罪の言葉を放つ。

 が、すぐにハルから離れ顔を上げると、いつものように快活な笑顔を浮かべる。

 ……その目は少し赤かったが。


「えへへ、やっぱり男の人は苦手だけど――ハルが近くにいてくれればだいじょーぶ!」

「……ああ。ナツに守ってもらってるわけだしな。デブリ以外だったら、俺が助けてやるさ」

「いやん♪ 流石、並行世界の私! ……その、うん。守りに来た私が言うのはおかしいけどさ……」


 躊躇うナツの言葉を遮り、ハルは力強く自分の胸をドン、と拳で叩き宣言する。


「構わん。存分に俺を頼れ。

 ――んだからな」

「……っ! うん、改めて――よろしくね、ハル!」

「ああ。こちらこそだ、ナツ」


 ……成り行きではあるが、ようやくハルは自分の『直感』というか『本能』に正直に従うことにした。

 論理的な納得はナツ曰く別の機会にしてくれるということだし、それを待つのでいいだろう。

 それよりも目前に差し迫った危機――自分の命を狙う謎の犯人とその凶器たるデブリへの対処が最優先だ。

 また、証明を待たずとも……目の前の少女が『並行世界の自分』であるとハルももう理屈抜きで納得していた。

 普段の自分なら『女』相手にこんなことはありえない――が、目の前にいるのは『ただの女』ではない。直感でそう悟ってしまったがために、そしてそれを信じるに足るとハル自身が思ってしまったがために。


「うへへっ、ちょっと照れるね」

「……だな」


 二人そろって恥ずかしそうに笑いながら。

 お互いに自然と差し出した右手同士で固く握手を交わすのであった。

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