No.39 アオハルデストラクション(中編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同じく、少し時間を遡ったH世界――アキとフユのいた場所にて。
ハルと一時的に別行動をしたアキとフユ。
女性トイレに一人入るフユの姿を見送ったアキは、脳内で買い物のルートを考える。
……H世界に来てからそこまで長い時間を過ごしたわけではないにも関わらず、すっかりと馴染んでいる。
もはや、ハルよりも特定の分野においてはエキスパートであると言えるかもしれない。
(……ふふ、こんな『楽しい』日常を送れるなんて、思いもしなかったわね)
顔には出さないものの、アキは密かにそう思う。
心の底から『今の生活』を楽しみ、満喫していることに驚きはない。
何もかもが新鮮で、A世界よりも平和で……唯一の不満は身体を動かす機会が少ないということくらいだった。
(こんな生活が、ずっと続けばいいのにな)
皆の前では『お姉さん』として振る舞っているものの、アキとて実年齢はハルたちと同じ少女である。
『お姉さん』としての振る舞いが嫌なわけではない。
ただ、A世界とH世界では『お姉さん』としての性質は全く異なる。
アキの住む集落の『お姉さん』としては、集落全体の安全を守るための戦士として、そして様々な獲物を狩る筆頭狩人として頼りにされていた。
それはそれで彼女は満たされていたが――少し『不安』と『不満』を抱えていたのも事実である。
――もしも自分がいなくなれば、集落は崩壊してしまうだろう。
『お姉さん』として頼られるのは、突き詰めて言えば自尊心を満足させるものであることは疑いようはない。
だからアキは嬉しく思っていたし、皆の期待に応えようと思ってはいた。
反面、それが皆のアキへの『依存』になっていることに内心では気付いてもいた。
アキがいなくなった途端に崩壊してしまいかねないことへの『不安』と、たった一人の少女の肩に重くのしかかる責任への『不満』。それを明確に感じていたのだ。
――ハルたちとの生活は全く違う。
確かに『お姉さん』としての役割を持っているが、A世界でのそれとは全く異なる性質であることをアキは常々感じていた。
頼られてはいるが依存されてはいない。
仮にアキがいなかったとして、自分たちでどうにか出来るだけの知恵と力、そして世界全体がそういう作りになっていること――それがアキの心の余裕に繋がっていた。
(ふふ、意外とこういうのが性に合っているのかもしれませんねぇ~)
手はかからないし逆に頼れるところはあるのに、肝心なところで抜けている
弟同様ではあるが、素直に甘えてくる可愛い
そして、幼児同然であり手はかかるが可愛らしい
彼らの『姉』としての生活は新鮮で、『楽しい』と心の底から感じられるものであった。
もし、今回の件に無事決着がついて、願いが叶うのであれば――このままH世界に残りたい。そう本気で思うほどに。
「……! これは――」
そんなことを考えていたアキであったが、彼女も異変に気が付いた。
というよりも、彼女は知らないことであったが、ハルよりもアキの方が出現した巨大デブリに近い位置にいたのだから当然であろう。
デブリの出現と同時に、すぐに周囲を警戒。
フユを確保すると共にハルの安全を守るためにデブリへと立ち向かおうとすぐさま頭を切り換える。
「……アキお姉ちゃん」
「ああ、フユちゃん! ちょうどよかったわ~。
今デブリが現れて――」
背後からかけられたフユの声に安堵の笑みを浮かべつつ振り返るアキ。
ちょうどその時、ハルからも『超科学脳波通信機』越しに声が掛けられ、応答する。
――そんな風に、あれこれと複数のことを考えながら行動したことが、アキにとっては決定的な『隙』となった。
「…………え?」
ハルに応答しようとしつつフユへと振り返ったアキは、その時一瞬だけ、しかし確実に『混乱』した。
なぜならば、フユがまるでアキへと向かって差し出すように手に持った物が、あまりに異質だったからだ。
――超科学収納ボックス
H世界で暮らすに当たって、彼女たちに個別に渡されたものだ。
N世界で用意しておいた着替え等を入れただけのものであったが――なぜそんなものをフユが今手に持っているのか。
いや、それ以前に、フユが今手にしているボックスにアキは見覚えがない。
H世界に来るために与えられたボックスと異なるものであることをアキははっきりと記憶している。
「……
謝罪の言葉をフユが呟いたことをアキが認識した瞬間。
「!?」
開かれたフユのボックスから、黒い泥が溢れ出す。
そしてその泥は瞬く間に一つの形を作り出していく。
異形の泥の塊に、アキは見覚えがあった。
「――フユちゃんの世界の『鬼』……!?」
泥が形作ったのは、F世界における『男』――ありとあらゆる生き物を殺し喰らい尽くす『鬼』を模したもの。
もしこれをナツが直接目にしたのであればその正体にすぐに気付いただろう。
……
「くっ……!?」
驚きで反応が遅れ、現れた『鬼』のデブリの攻撃を避けきれなかった。
そのせいで『超科学脳波通信機』が外れ――ハルとの会話が途切れてしまう。
「フユちゃん!」
「……」
なぜフユが鬼デブリを閉じ込めたボックスを持っていたのか、なぜこの場でいきなり解放したのか。それを問い詰める気はアキには元よりなかった。
ただひたすらに、『妹』を心配するだけだったのだ。
だが、妹は姉の心配には応えず――無言のままその場から逃げ去ろうとする。
「――
逃げようとするフユへと鬼デブリが向こうとする。
おそらく、元々がF世界に近い存在なのだろう。だからF世界の人間であるフユへと優先的に反応しようとしているのだ、とアキは『本能』で理解する。
と同時に、鬼デブリへと向けて放った低い声もまた、アキの『本能』が発させたものであった。
一瞬だけ鬼デブリが震え、アキへと改めて向き直る。
「……いい子ですねぇ~。余所見してたら――すぐ死んじゃいますよ、あなた?」
ハルを守るためにデブリと戦っていた時とは比べ物にならない『圧』を発しながら、アキは笑う。
その『圧』に、鬼デブリも本能のまま『獲物』を追っていては拙いと感じたのだろう。真正面からアキへと襲い掛かろうとする。
(――ハル君と連絡は取れなくなっちゃたし、フユちゃんが何を考えているのかもわからない。
それでも、わたしのやるべきことはただ一つ!!)
様子見も、警告も何もなしにノータイムで襲い掛かってくる鬼デブリの腕をいなし、鳩尾に当たる部分へと向けてアキが全力の拳を放つ。
倍以上の体格差があるにも関わらず、鬼デブリが後方へと吹き飛ばされ……痛みを感じているのか、殴られた箇所を抑えながらよろよろと起き上がるのを見てアキは誰にともなく宣言する。
「うふふっ、弟たちが待っているのでぇ~……
戦いを『楽しむ』つもりなど一切ない。
目の前の障害を速やかに排除し、もう一体の巨大デブリも片付ける。
ハルたちとの合流ができれば最上ではあるが――通信機がどこに転がって行ってしまったのかわからない。
だから、とにかくまずは目の前の障害を排除する。
そうシンプルにアキは考えると共に、結果的にそれがベストの選択肢であるはずだと思うのであった。
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