No.47 真に信頼できるもの(後編)
(これが最後――あとは時間との勝負だ……!)
半ば勝利を確信しているとはいえ、『最悪の事態』はまだ起こりえる。
ナツ、アキ、フユについては絶対的に信頼しているから問題はないだろう。
しかし、コハルだけはまだわからないのだ――彼女が的確な状況判断を下し、即行動に移った場合には『最悪の事態』が訪れる。
そうさせないためにもハルたちに出来ることはただ一つ。
「皆、行くぞ!」
フユの持つ箱から最後の鬼デブリが出現するのと同時に、ハルは自ら前へと駆ける。
すぐ目の前には鬼デブリ――見た目は鈍そうだが、その速度は人間を遥かに上回り、ハルならば何をされたか気付かないうちに肉塊へと変わるだろう最大の脅威だ。
だが。
「ふふっ、させませんよ~」
こちらには人類最強……否、全並行世界における『
ハルよりも、鬼デブリよりも速く駆けたアキがカウンター気味に鬼デブリの顔面を蹴り上げ、ハルを守りつつ鬼デブリを引きつける。
……この時点で、ほぼ勝敗は決したと言える。
鬼デブリによる奇襲でハルを仕留められなかった時点で、コハルの勝ちの目は完全になくなったのだから。
いや、そもそもアキと合流された時点で勝ち目はなくなったと言えよう。
アキさえいれば、たとえどこかからの不意打ちを仕掛けようともほぼ確実に防がれるのだから……。
それでもコハルの唯一の勝ち目は残されている。
デブリが捕えているフユ――彼女の人質としての価値こそがそれだ。
ハルたちが躊躇わずに即向かって来たのは予想外ではあったが、アキが鬼デブリに構っている今が最後のチャンスとなる。
ハルとナツだけでデブリを速攻で倒しフユを解放することは難しいだろう――鬼デブリほどではないとはいえ、今残っているデブリは人間では到底太刀打ちできないほどの大きさであることに変わりはない。
だから、デブリにすぐに指示を出してフユを助けたければ……と動くのが、コハルに残された最後の道だった。
「デブリ! フユを――」
瞬時に状況判断を下し、ハルたちの動きを止めようとデブリへと指示を出そうとする。
しかし――その動きは当然
「ナツ、頼む!」
コハルの方へは目もくれず、一直線にフユの元へと駆けながらハルが叫ぶ。
「任せて! 『超科学フラーーーッシュ!!』」
「くぅっ!?」
一方でナツはというと、ハルの後ろを着いて走っていたが、ハルの合図と共に
ただの眩しい光を放つだけではなく、並行世界の『陰』とも言える存在のデブリに対しては攻撃手段ともなりえる『超科学フラッシュ』をまともに浴び、流石にコハルも大きなダメージを受ける。
小さなデブリであれば光に掻き消されてしまうことだろう。
コハルは一撃で消えることはなかったが、無傷ではいられない。
眩しい光に目がくらみ、全身に熱湯を浴びたかのような衝撃を受け、デブリへ出そうとしていた指示が途切れる。
(……一体何のつもり!?)
デブリへの指示を中断させる、という意味ではこの行動は効果はある。
だが、デブリはでくの坊ではない。
捕らえたフユを締め付けて殺す……ということまでは自律的にできないまでも、ハルが近づいて攻撃を仕掛けようものなら当然反撃に出る。
ハルがコハルではなくデブリへ、またナツがコハルへと向かった時点で勝敗は逆転する――そうコハルは思った。
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
しかし、そうはならなかった。
自分自身を鼓舞するようにハルが叫ぶと共に、彼が両足に履いている靴が光り輝く。
次の瞬間、
更に遅れて一瞬後、フユを捕らえていたデブリが頭上から押し潰される――超巨大デブリがアキにやられた時と同じように……。
「な、なにが……!?」
潰されたデブリはまだ消滅してはいない。
それでも形を保ってはいられず、捕らえていたフユは解放されハルがしっかりと抱きとめている。
その場に止まることはなく、ハルはフユと共にその場から離脱。コハル、デブリ、鬼デブリそれぞれから距離を取って安全を確保する。
一体何が起きたのか、コハルには全く理解できていなかった。
瞬間移動したハルがデブリの頭上へと現れ、圧し潰してフユを助けた――起きた事実はそうとしか言いようがない。
「……ほんと、超科学アイテム様様だな。
フユ、怪我はないな?」
「……ぅん……お兄ちゃん、すごぃ……!」
余り表情は変わらないが、どこかキラキラした目で自分を抱きかかえるハルを見上げるフユ。
ハルが身に着けていた護身用の超科学アイテムは一つではない。ただそれだけのことである。
『超科学防護シャツ』で身を守るだけでは心もとないと考えていたハルとナツは、もう一つの超科学アイテムを使うこととしていた。
それが、ハルの履いているシューズ――『超科学脚力強化シューズ』である。
効果は名前の通り、ありとあらゆる脚力を強化するというものだ。
元々はこれも『護身用』である。
超強化した脚力で、ビル数階分のジャンプ力を発揮することもできるし、逆にビル数階分を飛び降りても大丈夫なようになる。
――ハルがショッピングモールの外に出ず、屋上の休憩スペースへと向かったのはこれが理由だ。
人気のない場所へとデブリを誘導して被害を防ぎ、いざとなったら飛び降りて一気に逃げる――それが出来る都合のいい場所が、屋上休憩スペースだったというわけである。
結局、想定していた使い方はすることはなく……。
強化した脚力で一気に飛び上がり、ビル数階分からの落下エネルギーを全てデブリに叩き込みフユを助けることに使うこととなった。
……結果として、それは正解だったと言える。
フユ、そして良樹と風見真理。
全ての人質は解放された。
残る脅威は鬼デブリだけだったが――コハルが目にしたのは……。
「……嘘でしょ……!?」
「ふふふ、ちょうどいい運動にはなりましたね~」
アキにサンドバッグにされ、為す術もなく滅多打ちにされて消滅してゆく鬼デブリの姿だった。
一つの並行世界を滅ぼしかけている最強の『鬼』を瞬殺した上に、当のアキは息一つ切らしていない。
ハルが潰したデブリも、ナツが『超科学フラッシュ』でとどめを刺し完全に消滅。
「今度こそ終わりだ、コハル」
もはやコハルには打つ手が存在しない。
この戦いは、ハルたちの完全勝利に終わったことを、コハルは嫌でも認めざるを得ない状況だった……。
ハルたち4人が揃った時点で、決着はついていたのだ。
あらゆる障害を薙ぎ払う戦闘力を持つアキ。
基本はアホの子だが的確な状況判断能力と対応力を持ち、デブリへと特効とも言える超科学アイテムを持つナツ。
この2人がいれば、人質のことさえ除けばデブリは相手にならない。
そしてハルたちを後押ししたのが、フユの言葉。
デブリに捕らわれているにも関わらず、ハルの『怖いか?』という問いかけにフユは否を返した。
……つまり、この時点でフユは
そのことをハルたちもすぐに理解していた。
後はコハルの知らない護身アイテムを攻撃に使って不意を突き、フユを助け出すだけだ――それもフユが危険を感じてない時点で成功することは目に見えていた。
もしもコハル側に、ハルたちと同じような仲間がいればもう少し状況は変わったかもしれない。
けれどもそうはならなかった。
コハルと違い、ハルたちは仲間を――別世界の自分自身を無条件に、絶対的に信頼していた。
そして互いにその信頼に全力で応えようとしていた。
どんな状況であろうとも、最後の最後に信じられるのは『自分自身』である。
ハルたちは、そんな『自分自身』が、それぞれの特殊能力を持って複数存在している、全並行世界で唯一無二の存在と言える。
……だからこの勝利は必然のものだと言えよう。
『特異点』を巡るハルたちとコハルの戦いは、ハルたちの勝利に終わったのだ。
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