No.17 血と肉と暴力 ~アキの世界(後編)
「…………マジか、これ……」
時折、二人がぶつかっているのだろう、『バシン』とか『ドスン』とか凄まじい衝撃が大気を震わせている。
が、二人の動きは全く見えない。
超高速移動しながらの肉弾戦……そうとしか言いようがない。
トリック、と思いたいが――時折聞こえてくるヨシキの憎々し気な雄たけびと、楽しそうなアキの笑い声。そして二人の激突の余波によってどんどんと大きくなる地面の亀裂やら振動する大気がそう思わせてくれない。
「あー……アキ姉がバトってる間に説明しておこうかしらねー。でもその前に、フユちゃん? 他に怖いのは近くにいない?」
「…………いなぃ……よ」
(? なんでフユに……? そういえば、あの『ヨシキ』がどこからともなく現れた時も、事前にフユが警告してたな……)
「そう。じゃあ大丈夫ね。
えっと……ハル、驚いたでしょ?」
「あ、ああ……っていうか、何なんだ一体?」
トリックとか特撮とか……実現不可能ではないが、先ほど目にした『ヨシキ』は特殊メイクや着ぐるみではない、とハルは直感的に理解していた。
それに今も響き渡る生々しい戦闘音――それが『作り物』ではない『本物』なのだ、と強烈に訴えかけてきている。
「簡単に言うと――
「……はぁ?」
「最初の方に生まれた生命が多分そうだったんでしょうねー。オスとメスは繁殖に必要なのにも関わらず、互いに殺し合うような『本能』を持ってしまった……それが現代まで続いているって感じ。
で、太古の昔から戦い続けた結果、あんな感じの……何というか戦闘特化の進化をしちゃってるのよね。
アキ姉は見た目はそんなでもないけど、身体の中身はそりゃもうすごいわよー。襲って来た男と同じかそれ以上の筋肉がぎゅっと凝縮されて、更にそれを外骨格みたいに進化した外側の筋肉が閉じ込めて……それで更にまだ成長し続けてるみたい」
「……わ、わけがわからん……!
というか、男女が殺し合う? だったらどうやって子孫を残してるんだ?」
『本能』レベルで殺し合いをしてしまう生物なのだ。
交尾の後にメスがオスを喰い殺してしまう虫などがいるが、それともまた異なるレベルの話だろう。
少し言いにくそうにナツは言う。
「そのぅ……たまになんだけど、ちょっと弱い個体が生まれるみたいなのよ。私やハルの感覚での『普通の人間』なんだけどね。
男も女も、そのたまに生まれる弱い個体を捕獲して……ね?」
「…………」
濁す口ぶりであったが、どういうことかハルにはそれだけで理解できた。
要するに、その『弱い個体』を繁殖用として捕えておいて子孫を残しているということなのだろう。
――子供を為す、あるいは産めなくなった『弱い個体』がどうなるのかは考えたくもない。
黙り込んでしまったハルを気遣いつつ、無理矢理明るさを装ってナツは話題を変える。
「アキ姉を護衛メンバーに選んだ理由は、単純に『戦闘力の高さ』からね。
……ぶっちゃけ、N世界でもH世界でも、真っ当な手段でアキ姉を止めることはできないと思うわ。それくらい、アキ姉は強いの。多分、このA世界でも一番なんじゃないかなってくらい。
そんなアキ姉ならデブリなんて相手にならないし、大群で襲い掛かってきても問題なく捌ける――ハルの身を守るという点で、アキ姉より頼りになる人は多分どの並行世界にもいないと思うわ」
「そうか……」
鉄塊をパンチ一発で砕いたのだ。泥のような身体をしていたデブリなぞ、跡形もなく爆散するだろう。
そして、ハルはアキとの会話で抱いた違和感の正体に思い至り、背筋を震わせる。
――「……ふふっ、うふふっ。いいわねぇ、お姉ちゃん、そういう『男』
アキの『男嫌い』はナツとは質が全く異なる。
本能レベルでの『男嫌い』であり、これはA世界の女全てに共通するものだ。
つまり、アキの『男嫌い』は――
そんなアキがハルや、滞在していたN世界の男に対して殺意を抱いていないのは、きっと『弱い個体』と同じと認識されているからだろう、と推測する。
……だが、アキはハルに対して『そういう男は好き』と言った。
(お、俺の考えすぎだったらいいんだが……)
アキの発言は、ハルが戦う意思を見せた時だった。
……アキの言う『好き』は、もしかしたら『戦いたい相手』と同義なのかもしれない――ハルはそう考えてしまうのだった。
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