No.30 はるなつあきふゆ行動開始(前編)
「提案なんだが、
夕食、風呂と終え、寝るまでの『家族団欒』の最中にハルは切り出した。
本当は風呂前に言おうと思っていたのだが、タイミングが掴めずに遅い時間になってしまった。
「デブリを誘う……?」
「……わざと人気のない場所に行ってみよう、ということかしら~?」
「ああ。アキさんの理解で合っている」
数少ないこちら側からのアクション、それは『自らデブリの出現を誘う』ということである。
人目のあるところではデブリは出てこない。
だから常に誰かと一緒にいれば安全は安全ではあるが、それでは事態は全く進展しない。
未来の財政破綻を避けるためにも、N世界側に頼るだけでなく自分たちからも行動すべき頃合いだ、とハルは考えている。
「ナツ、N世界側でも調査していて、デブリが出現したらわかる――で合ってるよな?」
「うん。ハルの周囲をモニタリングしてて、出て来たら向こう側でわかるようになってるよ。ただ、今のところ『デブリが出てくる予兆』とかはわからないままなんだけど……」
この一週間、全くデブリが出てこなかったわけではない。
最初の裏山公園で遭遇したような大きさではないが、小さなネズミほどの大きさのデブリは時々出現してはいたのだ。
ハルが心配した通り、学校のトイレではそこそこ出現してしまっていた。人気のない階段や廊下等も危ないのだが、そちらは大体ナツと一緒にいるため出てこなかったが……。
小さなデブリはハルがちょっと手で払ったりするだけで消えてしまうため、特に問題はない。
そうした小型デブリの出現は都度ナツにも話してはいるが、N世界では出現の予兆は掴めていないためあまり意味がない。
「出現の予兆がわかればそれに越したことはないが、まぁ今はいい。仮にわかったとしても、ナツまで連絡が来るのに時間がかかるしな」
「んー、まぁそうね……」
N世界との通信機のようなものは残念ながらない。
並行世界間を跨っての通話はまだ実現していないのだ。
だから時々ナツがN世界へと戻って話を聞く、という非効率極まりない方法しかない。
仮に予兆があったとしても、さしたる意味はないだろう。
「今までデブリが出てきた中では、やっぱりナツと最初に出会った時のが最大だった。
デブリの大きさ次第で、N世界での観測結果も変わるんじゃないか?」
最初にナツが来た時、『デブリがハルの近くで観測されたから』と言っていたのを忘れてはいない。
デブリが出てくる場所を仮に『穴』とすれば、大きければ大きいほど『穴』も当然大きくなる。
『穴』が大きくなれば、観測結果も変わってくるだろう――『穴』の発生源、『穴』のつながる先など……黙って待っているよりはマシな結果が出るのでは、とハルは考えた。
そのためには、多少の危険はあれど『囮』作戦を実施してみるのがいいだろう、と。
「無駄足になるかもしれないけどな」
大きめのデブリが出てきても何もわからないままかもしれない。
それ以前に、狙い通りデブリが出てきてくれるかもわからない。
『やらないよりはマシ』程度の行動ではあるのは自覚している。
「……うーん……わざわざハルを危険に晒すのはちょっと嫌なんだけど……言っていることはわかるわ」
「そうねぇ~。狩りは待つことも必要だけど、獲物を自分で探しに行かないとね~」
「…………」
ナツは少し悩んだようだったが、アキたちも反対しないのを見て決断する。
「わかった。ハルの作戦、やってみましょう!」
「ああ。今日はもう風呂も入っちまったし、明日の夜に決行しよう」
(……これで何か進展があればいいんだが――)
可能性としては
ここ一週間の『動き』、N世界の情報からある程度の『推測』は出来ているが――やはり『確証』がない。
欠けている『確証』を得るためには危険な橋を渡るのも必要だろう、とハルは決断したのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、夜――
(……一週間ぶりだけど、なんかすごい久しぶりって感じだな)
『憩いの場』である裏山公園に来たのは一週間ぶりであるが、妙ななつかしさをハルは感じていた。
ナツたちが来てからというもの、ここに『憩い』を求めることがなくなっていたことにも気付いていた。
ハルの気持ちお構いなしの好意の押し付けは相変わらずだったが、ナツがすぐ傍にいることにより以前よりは落ち着いてきている。
返事だけはしっかりと返すようにはしていても、前ほど無駄に誠実に対応はしなくなり大分負担も減った。
だから『憩いの場』に来る必要もなくなっていたのだろう。それ以前に、一人で出掛けること自体がなくなってはいたが。
(さーて、鬼が出るか蛇が出るか。
……何も出ないってのはちょっと勘弁だが)
相変わらず人気のない夜の公園。
ここならばデブリも出やすいだろうし、大暴れしても他人に影響を与えることはない。
不思議と『怖さ』はなかった。
度胸があるだけではない。
実感は少ないものの――『並行世界の自分』を信じているからだ。
「! 来やがった……!」
油断なく周囲を見渡していたハルの目に、蠢く陰――『黒い泥』が映った。
小さなネズミサイズではない。
最初に遭遇した泥の壁と同じサイズ……いや、
「……って!? この大きさは……!?」
泥の溢れ出す勢いが止まらない。
次々と泥が湧き出し、どんどんと巨大化してゆく。
やがて現れたのは――F世界で見た『鬼』と同じほどの大きさのデブリ。
人型の巨人となったデブリであった。
「…………これは、流石にちょっとなー……」
思わずひきつった笑いを浮かべてしまう。
腕に自信はあるが、流石に
天才でなくとも容易に理解できる。
人間の身体よりも大きな猛獣と戦えるか? と聞かれれば誰もがNoと答えるだろう。
ましてやハルの前に現れたのはただの猛獣ではなく、並行世界の狭間に漂うデブリ――生き物ですらない謎の存在だ。
これに生身で対抗できると思う人間は、本能が壊れている者だろう。
あるいは――
「――………ぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
段々と大きくなる、いや近づいてくる悲鳴。
それがナツのものだとハルが認識した次の瞬間。
「うっお……!?」
大地を揺らしながら、彼女たちが着地した。
「うふふ、出番ですねぇ~」
「……うぐっ、えぐっ……怖かった……」
「……アキお姉ちゃん、すごい……」
両手でナツとフユを抱えたまま、少し離れた場所からアキが跳躍――ハルとデブリの間に着地したのだ。
「さ、ナツちゃん、フユちゃん。ハル君の傍に」
「うぅ……うん……」
人力オンリーの空中ジェットコースターの恐怖と衝撃が抜けきっていないナツだったが、ふらふらとしながらもフユと共にハルと合流する。
そして一人巨大デブリと対峙するアキはと言えば、
「さーて、お姉ちゃんがんばっちゃいますよ~」
と、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべつつおっとりとした口調で言う。
虚勢でもなく、心の底から巨大デブリを恐れていないのだ。
生き物ですらない謎の存在を恐れない生物にはもう一種類いる。
猛獣すらも素手で倒せるほど、生物としての圧倒的強者である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます