No.31 はるなつあきふゆ行動開始(後編)

「ぐすっ……フユちゃん、他に『こわいの』はいない?」

「……ぅん……いまは、いない」


 ハルの元にナツとフユが合流。

 フユの『危険感知能力』で他にデブリが現れないかを警戒しつつ、アキの戦いを見守る。


(……デブリが現れてくれたが、想定以上に大物がでてきてしまったな……)


 デブリを釣りだすのは予定通りだが、現れたのはハルの想定をはるかに上回る大きさの個体だった。


? それとも今回たまたまなのか……)


 超小型のデブリは時々現れていたが、ハル単独でどうにもできない大きさのデブリは最初に出現した時だけだ。

 この一週間……『溜め』の時間を与えてしまったが故にデブリが大きくなったのか、今回がたまたま大きな個体だったのか――どちらの可能性もありえる。

 ただし、前者だった場合は問題だ。

 財政破綻とは別の意味で『タイムリミット』が出来てしまうことになる。

 手の付けられないほど強大なデブリが現れたら……ハルだけでなく、このH世界の他の人々にも影響を与えることになりかねない。


「……大丈夫か……?」


 四人で暮らし始めてから一週間、大きな動きがなかったためあやふやになってしまっていたが、事態は思っている以上に深刻なのかもしれないとハルはようやく自覚し始めていた。

 自分の命だけでなく、H世界全体――そこまでいかずとも、今暮らしている町をも巻き込む大騒動になる可能性が出てきてしまった。


「だいじょーぶだいじょーぶ」


 ハルのつぶやきをどう解釈したのか、調子を取り戻したナツが気楽そうに返す。

 おそらく、思った以上に大きなデブリが出てきてしまったことに驚いている、と解釈したのだと思われる。


「あのくらい、アキ姉の相手じゃないわ」

「……だが」


 アキが見た目からは想像できないパワーの持ち主だということは理解しているが、それでもあまりに体格が違いすぎる。

 人間が『象くらいに大きくなったヒグマ』と向き合っているようなものだ。

 『戦い』になんてなるはずのない、生物として覆しようのない『差』が――捕食者と被捕食者との絶対的な『差』が存在している。


「ま、ハルのことだし自分で見てみないと信じないよね。私もだけど。

 見てればわかるわよ――多分だけど、なんだってこと」




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 戦いはあっという間に終わった。

 否、それは『戦い』と呼べるようなものではなかった。

 一方的な『虐殺』というものですらない。




「じゃ、いくわよ~」


 アキがぎゅっと右拳を固める。

 ……と同時に、まるで握りしめられた拳に周囲の大気が吸い込まれるような――そんな感覚をハルは覚えた。

 『闘気』とか『覇気』とか、あるいは『魔力』だとか……漫画やアニメの中の存在でしかないと思われていたが確かに存在し、アキの一挙手一投足に込められているのだ……というのも、ハルの錯覚ではない。


「うふ、ふふふっ……、ですかねぇ~?」


 微笑み、ゆっくりと拳を構えるアキへと向かってデブリが襲い掛かる。


「せーのっ!!」


 デブリの動きに合わせ、無造作に――しかし一切の無駄も隙も無く、アキは右拳を突き出す。

 格闘技としての基礎も構えもなっていない、素人の放つただのパンチ……のようにしかみえない。

 だが、『速さ』が違う。


(見えない……!?)


 ハルの動体視力をもってしても、アキの拳を見切ることは出来なかった。

 音を置き去りにしたアキの拳に遅れること一瞬。




 ――パァンッ!!




 と風船が弾けるような破裂音と共に、


「…………マジか」

「マジよ。マジ。あのくらいのデブリなら、アキ姉なら本気出すまでもないわ」


 デブリの巨体は、頭部と胴体に当たる大部分が消失していた。

 残った腕と足も溶けるようにして消え去っていく。

 『戦い』でも『虐殺』でもない。

 ただの――いや、軽く手を振ってほこりを払った程度にしかアキは思っていないだろう。

 たった一撃、軽くパンチを放っただけで、アキは自分の何倍も大きいデブリを仕留めたのである。


「うーん……柔らかすぎて手応えないですねー。まぁ皆に危険が及ばなければそれに越したことはないけれど~。

 フユちゃん? 他には出てこないですか~?」

「…………だいじょぅぶ……」

「そうですか~……」


(めっちゃ残念そう)


 危険がなければそれが一番、と言いつつも『暴れたりない』というのが見え見えだった。




 弱肉強食、『男』と『女』が互いに殺し合う修羅の世界――A世界。

 そんな世界において、『最強』の存在であるアキにとってデブリは恐るべき捕食者でも猛獣でもない。

 頂点捕食者にして絶対強者、文字通りの『地上最強』の生物たるアキにとっては『戦いの相手』とすら認識されないほど、『弱い存在』でしかないのだ。


「……ありがとう、皆。流石にあんなでかいヤツが出てくるとは思わなかったから焦ったが……」

「うふふ、あの倍くらい大きくても全然問題ないわよ~」

「頼もしい限りだ。……男としてはちょっと情けなくなるけどな……」


 いざとなれば自分も戦うつもりでいたハルだったが、アキには到底敵う気がしない。

 トリックとはもう疑っていない。

 あのデブリは確かな存在感があった。まともに戦ったら、為す術もなく蹂躙され死んでいたであろうことも本能でわかっている。

 そんな相手をあっさりと倒したのだ、アキの力を疑う余地はない。

 情けなさや申し訳なさは感じるが、いつまでもそこに拘っている場合でもない、とすぐに頭を切り替える。


「ナツ、さっきのヤツはかなりの大きさだった。N世界でも当然観測できてるよな?」

「うん、向こうに行って聞いてみないとわからないけど、大丈夫のはずだよ」

「わかった。なら――そうだな、今週末にでも確認を頼む。

 それと、もし皆さえ良ければだけど、これからしばらく夜に同じようにデブリを釣りだそうかと思うんだが――どうかな?」


 ハルの目的は二つ。

 N世界側で調査している人に対して、デブリ出現の情報を幾つも与えること――情報が多ければ多いほど、『原因』は突き止めやすくなるはずだという考えだ。

 もう一つは、デブリの『大きさ』がどうなるかの確認だ。

 今回、一週間ぶりに大きなデブリが出現したが、先週に比べて遥かに巨大になっていた。

 これが継続するのか、それともこまめにデブリを出現させていればあまり大きくならないのか……それを確認したい、と思っているのだ。

 ……唯一の懸念点は、デブリを送り込んでいる『犯人』がいる場合にハルの狙いを察し、わざと小さめのデブリを送り込んで油断を誘うかもしれないというものだが、


(考えすぎても仕方ない。行動していかなければ、解決はしないだろう)


 とハルは決断した。

 調査のための情報集めはどちらにしても必要なのだ。

 恐れることなくデブリを出現させ、少しでも解決に近づく――そのために行動し続けるしかない、とハルは考えている。


「私は別にいいよ。あ、でも私がN世界に戻ってる間だけはやめてね?」

「わたしも構わないですよ~」

「…………フユも、がんばる……」


 思惑については話していないが、三人はハルの考えに同意してくれた。


「ありがとう。頼むよ」


 『自分自身』に礼を言うのは奇妙な感じがしたが、ハルはそう言って頭を下げる。

 アキの戦闘力頼りになってしまうが、そうせざるをえない。

 彼女だけではない。ナツにN世界との渡りをつけてもらわなければ解析もできないし、フユがいなければ安心して『釣り』はできない――今回も離れた位置で待機してもらっていて、ハルの周囲にデブリ出現の気配を感知してくれたのが彼女なのだ。

 結局、自分一人ではどうすることもできないことを自覚している。

 彼女たちに頼らざるを得ない。


(ならせめて、『考える』ことだけはしないとな――)


 適材適所だ。

 果たして自分にその能力があるのかはわからないが、『考える』こと――作戦の立案は自分のやるべきことだ、とハルは考えていた。

 ……戦闘担当だが『目の前の戦い』にしか目が向かないアキ、危険は感知するが積極性はないフユ。

 ナツは情報や知識は色々と持っているが、対症療法的な対応しかできないようだ。

 ならば、守られるだけでなく彼女たちの能力を最大限に活かして今回の件を解決するための『作戦』を考えるくらいはしよう、そうハルは思っているのだ。

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