No.07 特異点とハル

「最初の方に話した通り、私とあなたは『並行世界間の同一人物』……でも性別が違う。それが、ハルが『特異点』と言った理由になるわ」

「それは聞いた――信じるかどうかは別だが……。

 しかし、並行世界があるというのであれば、ある個人の性別が逆転している世界というのは普通にあるんじゃないのか?」


 内心では『そんなことはないだろう』と思いつつもハルは疑問を投げかける。

 ハルの予想通り、ナツは首を横に振って否定する。


「もしもあの人が『男だったら』『女だったら』っていうのはIF――基本的には可能世界ロマニアの範疇になるわね。

 まぁ誰かの性別で歴史が分岐する……となった場合、新しい軸世界アクシスになるかもしれないけど。

 それでアクシス間の性別って、不思議なことに皆一致してるのよね……ここは実はN世界でも理由がわかってないんだけど」

「……ふむ?」

「仮説にもなっていないレベルだけど、アクシスという『縦軸』だけではなく、時間以外の『横軸』があるのかもしれない。

 ちなみになんだけど、ある人が『いる』『いない』っていうのはアクシス間でも普通にあるわね。

 例えば――ハル、あんた姉と妹いるわよね?」

「ああ……」

「でも、私は一人っ子なのよねー。お姉ちゃんか妹欲しかったなー……」

「……あんまいいもんじゃないぞ」


 割と本音であった。


「とまぁ、そんな感じでアクシス間で人物は共通ではない。けど、『いる』人物に関しては性別は一致しているってことね。不思議なことに」

「不思議だな」


 お互い、いくら突っ込んでも明確な答えの出ないものについては『そーゆーもの』として流すことにしたようだった。


「話を戻すと、N世界が観測できている世界、そしてそこにいる人物で今のところ唯一『性別が違う』のがあなた――ハルなの」

「ということは……俺以外の並行世界の『俺』は全員『女』ということなのか?」

「うん。

 明日か明後日に、って私言ったよね? 先に言っておくと、その時に別世界のハルも紹介するわ。彼女たちも私と一緒に、ハルを守るために来てくれるの」

「……」


 難しい顔をしてハルは考え込む。

 話が理解できていないわけではない。


「……俺が『特異点』だとして、?」


 わからないのは結局『そこ』だ。

 ナツの言葉全てを信じたとして、では『特異点』だからどうした? という話だ。


「仮に俺が死んだとして……それは結局『H世界の人間が一人死んだ』だけで終わる話なんじゃないか?」


 それはそれで大事件ではあるが。

 ハルの言葉を受け、ナツは少し考えながら応える。


「……ってのが本当のところなのよねー……」

「わからないって、おい」

「もし――もしもの話よ? ハルが『この世界で』『この世界の事情によって』死んだとした場合……きっと何も起きないとは思う。

 アクシス間の同一人物とは言っても、そもそもの世界観が全く違うんだから本当に同じ人間としては成長しない。性格や体格も全然違う成長をする。

 N世界やH世界は、まぁ今のところそれなりに平和だし、戦争をしている地域にでもいかない限りは事故や事件に巻き込まれない限りは『安全』だって言えると思う。

 けど、他の世界はそうであるとは限らない。だから、どんな人生を送るのかはどのアクシスであるかによって全く違うわ。

 だから極端な話、他のアクシスでは既に死んでいる私がいるかもしれない。それで別のアクシスの私たちに影響は全く与えない」


 『異世界』レベルで異なる世界にいる自分が死んだら、他の自分も全員死ぬ――そんなことがもし起きたとしたら、それはもはや並行世界ではないだろう。

 人類には観測できない『何か』によって支配された、一見して並行世界に見える同一世界であるとさえ言える。

 そのようなことはない、とナツは言う。


「ハルが『特異点』であること、そして『この世界の存在によって』、特にデブリに殺された時に何が起きるかは……未知数としか言えない。

 何も起きないかもしれないし、H世界が崩壊するのかもしれない。あるいは、H世界だけでなく他のアクシスも巻き込んで崩壊するかもしれない。それとも、デブリが溢れ出してこの世界をどこかのロマニアにするのかもしれない。

 だからといって放置しておくわけにはいかない。

 『特異点』だということが判明した後――あなたの周囲にデブリの影が見え隠れしていることに気付いて、私が一足先にやってきたってわけ」

「ふむ……」


 自分が監視されていたということだろう、とハルは理解する。

 ……見られて困ることが全くないわけではないし気分は良くないが――そのおかげでデブリの襲撃から守られたのだ、文句は言えまいと割り切る。

 割り切れないのはやはり狙われる理由だ。

 ナツの言では『わからない』であり、しかも最悪の場合複数のアクシスを巻き込んだ大崩壊につながる可能性も否めないらしい。

 『犯人』は結果がわからない危険な橋を渡ろうとしているのだが、そんなことをする『動機』がわからない。


(……俺が死ぬことで『何も起きない』と確信しているか、あるいは楽観視しているか……)


 いずれにしても情報が足りなさ過ぎて『犯人』の目星をつけることは現時点では無理、と言わざるを得ない。


「纏めると、まず俺を狙ってデブリを送り込んできているヤツがいる。そいつの動機は全くの不明だし、仮に成功して俺が死んだとして何が起きるかも未確定。

 そして、デブリから俺を守るためにおまえが並行世界からやってきた……ってことだな」

「そういうこと。

 ……長々と並行世界のこととか説明したけど、纏めるとそれだけなのよねー」


 笑うナツであったが、纏めだけ聞いてもハルは笑い飛ばしたであろうことは自覚できている。

 ――全ての話をまだ信じたわけではないが、少なくともデブリという存在を目にはしたし、何もないところからナツが現れたのも目撃している。

 トリックである可能性は否めないが、だとしてもそんなことをする理由がない。


「いいだろう。並行世界云々については、明日か明後日に見せると言っていたな? それで判断する」

「うん、そうして! 自分で言うのもなんだけど、私の話だけで何もかも信用できるわけないもんね!」

「ああ。特に、さっきまとめた通り、おまえナツが俺ということも信用してないからな」

「ちょっ!? そこは納得して欲しいんだけど!?」


 並行世界の確証がもてない以上、『並行世界のもう一人の自分』という話も信じられないのは当然であろう。

 ナツはそこを信じてくれないことに不満があるようだが、証拠は何もない。

 ……とハルも思ったのだが。


「えいっ」

「うわっ!? おまえ、やめ――」


 にやっと笑ったナツがいきなりハルへと飛び掛かり、抱き着く。

 拙い――と思ったハルだが、最初に出会った時同様に拒否反応は起きることはなかった。

 けれども、じゃあ拒否感を抜きにして『女の子に抱き着かれた』というドキドキとかがあるかといえば……それもなかった。


「ね? でしょ?」

「……あ、ああ……」

「そりゃそーよ。だって、見た目も性格も全然違うけど――なんだもん。逆にこれでドキドキしたりしたら、相当なナルシストよ?」

「……」


 自分の姿を鏡で見てほれ込むようなものだろう。ナルシストの語源そのままだ。

 どう見ても『女』であるナツに密着されても何も感じない。

 自分のすぐ近く、互いの吐息が当たるくらいの距離にナツの可愛らしい顔があっても、抱き着いた胸が自分の胸に押し当てられていても……本当に何とも思わない。

 姉妹と母親であっても、拒否反応とまでは言わずとももう少し何か感じるだろう。

 『うっとうしさ』すらも感じない。

 敢えて言うならば……『人型のクッション』を抱きかかえている、というのが一番近い感覚だ、とハルは思った。


「えへへっ、実はなんだー」

「? それはつまり……?」

「ハルが『女嫌い』なのと同じ――いや、反対? 私は『男嫌い』なの。でも、ハルなら大丈夫。へへー、お父さん以外の男の人、初めてかも」


(『触れた』、か……まさか本当に……?)


 ハルは思い出す。

 アパートの部屋に戻る前の、異様に周囲を警戒していたナツの様子を。

 あれはデブリを警戒していたのではない――ハルの『女レーダー』の逆版、『男レーダー』で周囲の男の存在を察知し怯えていたのだ、と。

 ……性別の反転した別の並行世界の自分。

 なぜか触れ合っても拒否反応のおこらない『異性』であり、自分と同様に異性に対して異様な拒否反応を示すことといい、確証は持てずとも感覚的には納得しかけている自分に気付いてもいる。


「さ、て。一旦お話はここまでにしましょうか」


 最後にもう一度、ハルの顔を見てにこりと笑うとナツは離れる。

 ……ナツが離れたことにほんの僅かな寂しさのようなものを覚えたことに、ハルは内心で驚きを隠せなかった。


「とにかく、色々とまだ信じられないことはあるでしょうけど――デブリがあんたを狙ってるってことだけは信じられたでしょ?

 ――というわけで、これからしばらく! よろしくね、ハル!」


 ……と、ハルの気持ちを全く無視してそう宣言するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る