No.37 崩壊の序曲(後編)

 他人の目に見えない場所でデブリは現れる。




 その前提がいきなり覆された。


(どうなってるんだ……!?)


 ハルの予想でも長引けばいずれデブリがどこであろうとも出てくるだろう、となっていた。

 しかし、あまりにも早すぎる。

 しかも今出現しているデブリの大きさは、今までの比ではない。


(時間が経つほどに大きくなる、とは思っていたが流石にこれは一足飛びどころじゃない!)


 総てがハルの予想を裏切っている。

 人がいるところでも現れ、しかもかつてない大きさ。

 時間帯も今までと異なり昼間から現れている。

 何かがおかしい。

 ハルの考えの及ばない『何か』が起こっている――そう考えざるを得ない事態が起きていた。


「……くそっ」


 パニックは止みそうにない。

 当然だろう、元凶たるデブリが健在なのだから。

 人混みに押され、ハルもまた不本意ながらデブリから距離を取らざるを得ない。


(このまま俺を追ってきたら、巻き込まれる人が多すぎる!

 危険だが、どこかで逸れないと……!)


 デブリが狙っているであろう自分の周囲に人気がない場所、そこへと移動して少しでも被害を軽減するしかない。

 それと同時に、ハルは『超科学脳波通信機』を装着。


『アキさん、デブリが現れた!』


 すぐさまアキへと連絡を取る。


『わかってるわ。すぐにそっちへ向かうから――えっ!?』

『? アキさん!?』


 突然、通信が途絶えた。

 デブリがいる場所とアキたちがいる場所は離れている。

 何か不測の事態が起きたことは明らかだ。しかも、戦闘力の高いアキが咄嗟に対処できずに『超科学脳波通信機』を失うような。


(……くっ、とにかく移動するしかないか)


 アキとフユのことは心配だが、彼女たちとすぐに合流することは難しそうだ。

 人の波に逆らっていかなければアキたちの元へと向かえない。

 下手にそんなことをすれば、デブリから逃げる人の邪魔になってしまい被害が広がるだけだ。

 そう判断したハルは、ひとまず自分一人でこの場から離れデブリを人気のない方へと誘導しようとする。




 このショッピングモールの出口は、横方向に広いので何か所かある。

 その全てに人が出鱈目に向かってしまっていることを考えれば――


(……危険だが、『上』に向かった方がいいか)


 何基かあるエスカレーターは無視し、建物の隅っこの目立たないところにある非常階段を使って上の階層へと駆けあがる。

 狭い道なのでデブリが追ってきているかはまだわからないが、ハルを狙っているのだとすればこれで大分被害を減らせるはずだ。

 目指すは上の階、そしてそこから外――屋上というわけではなく広めの休憩スペースがあるので、そこへとデブリを誘導しようとする。

 上の階の客も下の階のパニックに気付き、騒ぎが起き始め逃げ出そうとする人が現れだしている。

 パニックが上へと伝染する前に早めに決断したのは正解だった。

 昇って来たハルと入れ違いに、エレベーターと非常階段に人が集まりだしてきている。


(……良し、とは言い切れないが、上手い具合に人混みを抜けることは出来たか)


 目的地である休憩スペースへは、特に人混みに押されることもなくたどり着けるだろうとハルは一安心するものの、そのまま足を止めることなく進み続ける。


(一体何が起きている……?)


 走りながらも考えるのは、、だ。

 しかも今までの法則から何もかもが逸脱し、ハルの予想を超える規模で現れたことには『不自然さ』しか感じられない。

 ハルの天才的頭脳は走りながらもフル回転し、様々な原因と可能性を考え出す。


(――……?)


 辿り着いた結論は、それだった。

 アキとフユとも一時的に別行動をとっていたというのもあるが、そこまで長い時間にもならないし『隙』と呼べるほどのものではないだろう。

 けれども、ナツだけは違う。

 N世界へと戻ったためすぐにこちらへとやってくることが出来ないタイミングを狙った――そう考えるのが自然だろう、とハルは考える。

 それならば、アキたちと短時間の別行動も大きな『隙』になり利用することができる。


(……ということは――犯人は、ということか……)


 どちらにしろハルたちの行動が筒抜けになっていることを考えれば、そうと言わざるを得ない。

 もしハルのこの考えが正しいとすれば……。


(やはりN世界側に犯人がいることになる……!)


 今デブリが現れているH世界よりも、単独で犯人のいると思われるN世界に向かったナツの身にも危険が迫るのではないか、そうとも考えられるのだ。

 情報を得るためにN世界に戻るのは必須ではあったが、ナツ一人ではなく全員で向かった方が良かった、そう悔やむ。


「よし、外に出た!」


 考えている間も足を進め、とりあえずの目的地である休憩スペースへと辿り着いた。

 ハルの目論見通り、既に誰もいなくなっている。

 が、同時に建物の数階分上にあるためハルも逃げ場がない場所でもある。

 それについてはハルに『考え』がある。

 重要なのは、他の人に被害を与えないことだ。


『アキさん、フユ!』


 状況が変わってるかと思い連絡してみるものの、やはりアキとの連絡がつかない。フユも同様だ。

 既にハルの見たデブリと交戦しているのであればまだマシだが、通信が繋がらなくなったタイミングを考えると――別の『何か』に巻き込まれたと思った方がいいだろう。

 この場は自分一人で切り抜けるしかない、そうハルが覚悟を決めた時だった。


「ハル!」

「ナツ!?」


 ハルの後を追うように、休憩スペースへとナツが現れた――

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